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第二章 王国動乱
勝利に沸く
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「敵が、引いてく・・・?」
人が争い、馬が倒れ、剣や盾が砕けていく戦場には、舞い上がる土や埃が絶えることはない。
それらは全て無秩序で、その傾向や光景によってそこで何が起こっているかなど推測することは不可能だろう。
しかし何事にも例外というのは付き物だ、人の無秩序な動きによって舞い上がる土や埃が行動を予測させないならば、一定の秩序を持った動きをすればいい。
例えばそう、全ての者達が一目散に逃げていくような、そんなある種の秩序を持った行動を。
「あぁ、そっか・・・勝ったんだ俺達」
一斉に引いていく敵軍、彼らが巻き上げる土煙を馬上から眺めながら、ユーリはそう呟くと腕をだらりと垂らし、手にしていた書きかけの書類を取り落としていた。
その書類には、今まさに全軍撤退を行っている敵軍の行動も勿論記されていた。
彼はそこに書かれたその事実を信じられず、見上げた先でその光景を目にして初めて、間違いではなかったのだと安堵したのだった。
「はぁ~、良かったぁ・・・」
敵の本陣へと突っ込んだケイティを保護し、何とかそこを抜け出した後も、彼らは散発的な敵の攻勢に対処しなければならなかった。
それをケイティの無謀な突進とその救援のために無茶苦茶になった軍で行わなければならなかったため、その後の戦いは時にユーリが自ら剣を振るわなければならないほど混戦となっていた。
そのためかユーリはようやく終わった戦いに、ぐったりと力尽きるように脱力していく。
見れば彼の身体はもうボロボロで、今も馬の上に乗れているのか不思議なほどの様相を呈していた。
「ユーリー!!勝った、勝ったんだよあたいら!!」
全身を覆う疲労感、それと共にじわじわと湧いてくる勝利の喜びは、不思議な程な幸福感でユーリの身体を温めていた。
ユーリが一人、その温かさにぬくぬくと浸っていると、どこかから太陽のように明るい声が響いてくる。
「あぁ、そうだねケイティ。何とか・・・ちょ!?待って、ケイティ!!それは・・・うわぁ!?」
そちらへと顔を向ければ、満面の笑みを浮かべたケイティが手を振りながらこちらへと馬に乗って近づいて来ていた。
そこにはちょうど沈みゆく太陽の姿があって、それと重なる彼女の髪は茜が増して本当に綺麗だ。
綺麗だけど、本当に綺麗だけど、ちょっとそれは不味いではないですかね。
何でそう、馬の上から綺麗に飛び込んで来れるのか。
「あははははっ!!やったね、ユーリ!!あたいらやったんだよ!!これも全部、ユーリ!あんたのお陰さ!!」
馬の上から馬の上へと飛び込んできたケイティ、そんな彼女の事を今の疲れ果てたユーリが受け止められる訳もなく、彼らは縺れ合いながら地面へと叩きつけられてしまう。
しかし山賊の頭であるケイティにとってはそんなことは慣れっこなのか、彼女はそれを気にすることなくユーリの上へと馬乗りになると、その身体を思いっきり抱きしめていた。
「げほっ、げほっげほっ!!?ちょ、ケイティ・・・く、苦しい。その、お願いだから少し緩め・・・痛でててて!!?」
彼女の容赦のない抱きしめは加減を知らず、落馬の衝撃に背中を強かに打ってしまっていたユーリにとってそれは、激しい追撃となってしまっていた。
「ケ、ケイティ!?本当、限界だから!どうにか―――」
背中を打ったことでただでさえ呼吸が困難な状況に、肺を締め付けられてはいよいよ止めとなりかねない。
ユーリは何とか身体をもたげると、ケイティへと必死に許しを請う。
「本当に、あんたのお陰さ・・・あの時あんたが来てくれなきゃあたいは、あたいは・・・ぐすっ、ぐすっ・・・うあぁぁぁん!」
しかしそれも、この胸を濡らす温もりに気づくまでの話だ。
「・・・はぁ、仕方ないな。よしよし、怖かったねケイティ。もう大丈夫だから、安心していいんだよ」
ユーリの胸に縋りつき泣き出したケイティに、ユーリは諦めたように溜息を洩らすと、微笑みを浮かべて彼女を受け入れる。
優しい手つきで撫でたその髪からは、血と泥と汗に塗れている筈なのにどこか懐かしい匂いがした。
「よしよし・・・あ、あれ?ちょっとケイティ?その、何かどんどん強くなってきてる気がするんだけど?あれ、痛いな?ケイティ?ケイティさーん?痛て、痛ててて・・・!?」
穏やかな気持ちでケイティの頭を撫でていたユーリの顔も、いつか苦痛の表情に変わる。
ケイティがしがみつく力、それが段々と強くなっているのだ。
「あら、ユーリちゃん?そんな所にいたの?」
「あぁ、良かった!シャロンさん助けてください!!ケイティが離してくれなくて!」
そこに、シャロンとデズモンドが現れる。
彼らの姿を目にしたユーリは、丁度いい所にと彼らに助けを求めていた。
「何だか楽しそうね、あたしも加わろうかしら?ユーリちゃーーーん!!」
「・・・ん」
しかし彼の願いも空しく、それは最悪の結果を招いてしまう。
勝利の喜びに抱きしめ合うユーリとケイティの姿に触発され、シャロンもまたそれに加わろうとこちらに駆け寄ってきたのだ。
しかもさらに悪い事としては、それにデズモンドまでもが追従しているという事だった。
「ちょ、嘘でしょ!?ま、待って・・・ぎゃあああ!!?」
大の大人二人、しかもどちらかというと大柄な大人二人のボディプレスに、ユーリは断末魔の悲鳴を上げる。
今度こそ間違いなく、それは止めの一撃となっていた。
「兄さーん、こんな時に何ですが新しい指令が・・・んん、兄さんはどちらに?」
ユーリがぐったりと伸び、三途の川を渡ろうとしているとエディが何やらひらひらと一枚の書類を振りながらやってくる。
「・・・向こうだ」
「え?あぁ・・・はぁ、全く。幾らなんでも、羽目を外し過ぎってもんじゃねぇですかい?」
彼に用事があったにも拘わらず、その当人の姿が見つけられなかったエディは、近くにいたシーマスへとその所在を訪ねる。
そのシーマスが示した先に目を向ければ、そこには仲間達によって揉みくちゃになっているユーリの姿が。
エディはその姿に溜息を洩らすと、手にした書類を振りながら駆け寄っていく。
彼が口にした皮肉に、ユーリはついに答えることはなかった。
人が争い、馬が倒れ、剣や盾が砕けていく戦場には、舞い上がる土や埃が絶えることはない。
それらは全て無秩序で、その傾向や光景によってそこで何が起こっているかなど推測することは不可能だろう。
しかし何事にも例外というのは付き物だ、人の無秩序な動きによって舞い上がる土や埃が行動を予測させないならば、一定の秩序を持った動きをすればいい。
例えばそう、全ての者達が一目散に逃げていくような、そんなある種の秩序を持った行動を。
「あぁ、そっか・・・勝ったんだ俺達」
一斉に引いていく敵軍、彼らが巻き上げる土煙を馬上から眺めながら、ユーリはそう呟くと腕をだらりと垂らし、手にしていた書きかけの書類を取り落としていた。
その書類には、今まさに全軍撤退を行っている敵軍の行動も勿論記されていた。
彼はそこに書かれたその事実を信じられず、見上げた先でその光景を目にして初めて、間違いではなかったのだと安堵したのだった。
「はぁ~、良かったぁ・・・」
敵の本陣へと突っ込んだケイティを保護し、何とかそこを抜け出した後も、彼らは散発的な敵の攻勢に対処しなければならなかった。
それをケイティの無謀な突進とその救援のために無茶苦茶になった軍で行わなければならなかったため、その後の戦いは時にユーリが自ら剣を振るわなければならないほど混戦となっていた。
そのためかユーリはようやく終わった戦いに、ぐったりと力尽きるように脱力していく。
見れば彼の身体はもうボロボロで、今も馬の上に乗れているのか不思議なほどの様相を呈していた。
「ユーリー!!勝った、勝ったんだよあたいら!!」
全身を覆う疲労感、それと共にじわじわと湧いてくる勝利の喜びは、不思議な程な幸福感でユーリの身体を温めていた。
ユーリが一人、その温かさにぬくぬくと浸っていると、どこかから太陽のように明るい声が響いてくる。
「あぁ、そうだねケイティ。何とか・・・ちょ!?待って、ケイティ!!それは・・・うわぁ!?」
そちらへと顔を向ければ、満面の笑みを浮かべたケイティが手を振りながらこちらへと馬に乗って近づいて来ていた。
そこにはちょうど沈みゆく太陽の姿があって、それと重なる彼女の髪は茜が増して本当に綺麗だ。
綺麗だけど、本当に綺麗だけど、ちょっとそれは不味いではないですかね。
何でそう、馬の上から綺麗に飛び込んで来れるのか。
「あははははっ!!やったね、ユーリ!!あたいらやったんだよ!!これも全部、ユーリ!あんたのお陰さ!!」
馬の上から馬の上へと飛び込んできたケイティ、そんな彼女の事を今の疲れ果てたユーリが受け止められる訳もなく、彼らは縺れ合いながら地面へと叩きつけられてしまう。
しかし山賊の頭であるケイティにとってはそんなことは慣れっこなのか、彼女はそれを気にすることなくユーリの上へと馬乗りになると、その身体を思いっきり抱きしめていた。
「げほっ、げほっげほっ!!?ちょ、ケイティ・・・く、苦しい。その、お願いだから少し緩め・・・痛でててて!!?」
彼女の容赦のない抱きしめは加減を知らず、落馬の衝撃に背中を強かに打ってしまっていたユーリにとってそれは、激しい追撃となってしまっていた。
「ケ、ケイティ!?本当、限界だから!どうにか―――」
背中を打ったことでただでさえ呼吸が困難な状況に、肺を締め付けられてはいよいよ止めとなりかねない。
ユーリは何とか身体をもたげると、ケイティへと必死に許しを請う。
「本当に、あんたのお陰さ・・・あの時あんたが来てくれなきゃあたいは、あたいは・・・ぐすっ、ぐすっ・・・うあぁぁぁん!」
しかしそれも、この胸を濡らす温もりに気づくまでの話だ。
「・・・はぁ、仕方ないな。よしよし、怖かったねケイティ。もう大丈夫だから、安心していいんだよ」
ユーリの胸に縋りつき泣き出したケイティに、ユーリは諦めたように溜息を洩らすと、微笑みを浮かべて彼女を受け入れる。
優しい手つきで撫でたその髪からは、血と泥と汗に塗れている筈なのにどこか懐かしい匂いがした。
「よしよし・・・あ、あれ?ちょっとケイティ?その、何かどんどん強くなってきてる気がするんだけど?あれ、痛いな?ケイティ?ケイティさーん?痛て、痛ててて・・・!?」
穏やかな気持ちでケイティの頭を撫でていたユーリの顔も、いつか苦痛の表情に変わる。
ケイティがしがみつく力、それが段々と強くなっているのだ。
「あら、ユーリちゃん?そんな所にいたの?」
「あぁ、良かった!シャロンさん助けてください!!ケイティが離してくれなくて!」
そこに、シャロンとデズモンドが現れる。
彼らの姿を目にしたユーリは、丁度いい所にと彼らに助けを求めていた。
「何だか楽しそうね、あたしも加わろうかしら?ユーリちゃーーーん!!」
「・・・ん」
しかし彼の願いも空しく、それは最悪の結果を招いてしまう。
勝利の喜びに抱きしめ合うユーリとケイティの姿に触発され、シャロンもまたそれに加わろうとこちらに駆け寄ってきたのだ。
しかもさらに悪い事としては、それにデズモンドまでもが追従しているという事だった。
「ちょ、嘘でしょ!?ま、待って・・・ぎゃあああ!!?」
大の大人二人、しかもどちらかというと大柄な大人二人のボディプレスに、ユーリは断末魔の悲鳴を上げる。
今度こそ間違いなく、それは止めの一撃となっていた。
「兄さーん、こんな時に何ですが新しい指令が・・・んん、兄さんはどちらに?」
ユーリがぐったりと伸び、三途の川を渡ろうとしているとエディが何やらひらひらと一枚の書類を振りながらやってくる。
「・・・向こうだ」
「え?あぁ・・・はぁ、全く。幾らなんでも、羽目を外し過ぎってもんじゃねぇですかい?」
彼に用事があったにも拘わらず、その当人の姿が見つけられなかったエディは、近くにいたシーマスへとその所在を訪ねる。
そのシーマスが示した先に目を向ければ、そこには仲間達によって揉みくちゃになっているユーリの姿が。
エディはその姿に溜息を洩らすと、手にした書類を振りながら駆け寄っていく。
彼が口にした皮肉に、ユーリはついに答えることはなかった。
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