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第二章 王国動乱
決戦の終わり
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「そうか、ユークレール卿が・・・」
東軍本陣、その一番奥の簡素だがしっかりとした作りの椅子に座るジーク・オブライエンは重々しくそう呟いた。
ヘイニー・ユークレールが倒れた、その衝撃の報告を持ってきた伝令はしかし、その内容に動揺した様子は見せず、落ち着いた様子でこの場を後にしていく。
「無敵の剣も主を失えば脆い、か」
僅かに視線を上げ、彼方を見る瞳で彼が呟いたその言葉を理解出来る者はこの場にはいない。
いや、もう一人だけその場にはいたか。
「ジーク様、どうなさいますか?」
その一人であるマービン・コームズが、ジークの背後から声を掛ける。
彼の声に、思案したジークの時間は短い。
「私が出よう」
短く告げた言葉に、ジークはゆっくりと立ち上がる。
椅子に座っていたために形の崩れた外套を払うばさりという音に、周囲に奔った動揺は一度だけ。
彼らはすぐに直立不動の姿勢を取ると、いつでも出られると準備万端の態度を示していた。
「・・・では?」
「あぁ、後は任せる」
「・・・はっ」
そんな健気なアピールをして見せる彼ら、恐らくこの場にいるのだから貴族達であろうが、にジークは一瞥をくれることもなく歩き出す。
その背後にピタリと張り付いたマービンとジークのやり取りは短く、それが何を示しているかは当人達にしか分からないだろう。
しかしそのやり取りを終えたマービンはいつになく真剣の表情を浮かべ、ジークに付き添うでもなくその場を素早く後にするのだった。
「供の必要はない」
マービンがその場を後にした事で、自分がその後釜に収まるのだとうきうきとした表情で若い貴族がジークの傍へと駆け寄ってくる。
それをにべもなく切り捨てて、ジークは目の前の陣幕を潜る。
「さて・・・貴公らも既に知っての事だろうが、ユークレール卿が倒れた。これから貴公らには、その救援に向かってもらう」
陣幕を潜った先では、一糸乱れぬ姿で整列している兵士達の姿があった。
彼らはジークが一声掛ければどんな所にも赴く、彼が自らの領地である古都バーバリーから引き連れてきた兵士達だろう。
「百年・・・我がリグリア王国が隣国であるオスティア王国と戦争になって、もうそれだけの時が過ぎた。その百年の間に正式な和平が結ばれたことは一度としてない・・・つまり彼の国と我が国は百年争い続けてきたのだ。そして貴公らはその百年間、絶えず前線で戦い我が国を守り続けてきた誇り高き兵士達である」
ジークが立つ場所は、兵士達からすれば見上げる高さにある。
彼はそこから兵士達を見下ろし、端的に作戦を伝えると淡々と語り始めていた。
「その貴公らにとって、今の戦いなど何になる?所詮は王位という飾りを巡った、くだらない諍いに過ぎない。敢えて言おう、こんなもの児戯に過ぎぬと。よって貴公らに私が下す命令は一つだ」
今まで不動の姿勢を取り、静かに語っていたジークが腰に佩いていた剣を抜き放つ。
「―――蹂躙せよ」
彼はそれを目の前の地面へと突き刺すと、静かにそう告げた。
「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」
雄たけびが上がる。
それが轟いた頃にはジークはもはやその場になく、背中を向けて陣幕の中へと戻っていた。
この先に語るべきことは残されていない、戦いは終わったのだ。
◇◆◇◆◇◆
「何故だ、何故だ、何故こうなってしまったのどぅぁぁぁ!!!?」
盛大に嘆きの声を上げながら逃げ延びる、ルーカスに付き従う貴族の数は少ない。
それは何もそれ以外の貴族が全て打ち取られてしまったという事ではなく、今回の敗戦で彼を見限った貴族がそれだけ多かったという事であった。
「思惑とは少々異なる結果とはなりましたが・・・どうやらその異名に偽りはないようで」
そんなルーカスに並走しながら、パトリックは懐から取り出した例のものへと視線を向けていた。
彼が放った弾丸は狙った相手とは違う人間に命中した、しかしそれに見せた彼女の反応は確かに彼を満足させるに足るものであった。
「さて、後は・・・これをどうするかですか」
手にしたそれを大事に懐に仕舞い直したパトリックは、並走するルーカスへと視線を向ける。
そこには今だに俯き、ぶつぶつと何事かを呟いているルーカスの姿があった。
「ルーカス様―――」
「い、いや!まだだ、まだ我は終わってはいないぞ!!ここから再起すればいいのだ、何度負けようとも最後に笑えばいい!!なぁ、そうであろうパトリック!?貴公もそうは思わないか!?」
パトリックは嫌々ながら、側近の務めとして主を気遣う言葉を掛けようと彼の背中へと手を伸ばす。
すると突然ルーカスが顔を上げ、その手を掴んでいた。
そして彼は狂ったような輝きをその目に宿すと、激しく唾を飛ばしながら何か訳の分からないことを喚き散らしていたのだった。
「いや、それは・・・」
「ふははははっ!!そうだ、そうではないか!!戦に勝敗はつきもののと、誰かが言ったではないか!ん、違うか?まぁよい、とにかくこんな一度の敗戦などで我が・・・ん、貴公らどこに行くのだ?あぁ、良い良い。貴公らにも都合があるのであろう、行って構わんぞ。ただし今度の戦には必ず参加してもらうからな!」
ルーカスの様子に、ここまで彼に付き従ってきた貴族達もそそくさと離れていく。
ルーカスもそれに気づき呼び止めていたが、彼はどうやら上機嫌なようで大してそれを気にせず、守れもしない約束を結ばせて満足していたようだった。
「これは、もう駄目だな・・・で、あれば」
諦めを口にすると、今度は別の希望が湧いてくる。
ルーカスの姿に静かに首を横に振ったパトリック、彼は周りを気にするように見渡すと静かに笑みを浮かべていた。
「こうする他ありませんね・・・おっと、これは不味いか。音が出ますからね。ではこちらで・・・」
パトリックは懐へと手を伸ばし、例のものを取り出す。
しかしそれでは余計な音が立ってしまうと気づいた彼はそれを懐に戻すと、腰に佩いた剣へと手を伸ばしていた。
「こんなものでも、使い道は色々とありますから。さてさてどこへ持っていくか?ジーク・オブライエンに献上するか、それとも・・・」
今も何やら希望溢れる計画をぶち上げては悦に浸っているルーカスに、その声は聞こえていないだろう。
聞こえていたのならば激怒した筈だ、その自らの首をどこに売り渡すかなどと口にしているパトリックに対して。
「では、お覚悟を。正直に言いますと、それほど嫌いではありませんでしたよ」
並走していた馬をルーカスの横に寄せ、パトリックは静かに得物を振り上げる。
そして別れの言葉と共に、彼はそれを振り下ろそうとしていた。
「っ!あぁ、なるほど・・・そういう事ですか。確かにそれではまだ・・・では次の手は」
しかしその寸前、パトリックは何かに気がつくとその手を止める。
「ん?どうしたパトリック、随分と近いではないか。少し息苦しいぞ」
「いえ、ルーカス様。実は私、少し閃きまして」
「おぉ!何だ、聞かせろパトリック!!」
背後に迫った危険などに知る由もなく、ルーカスは振り向くとパトリックへと声を掛ける。
そしてパトリックもまた、先ほどまで彼の命を奪おうとしていたなどとおくびにも出さずそれに対応するのだった。
「えぇ、それなのですがルーカス様にはある場所に行っていただきたく―――」
食いつきよくこちらの話に乗ってくるルーカスにパトリックはにっこりと笑みを見せると、その耳へと口を近づけ囁く。
その表情は、蛇のそれとそっくりだった。
東軍本陣、その一番奥の簡素だがしっかりとした作りの椅子に座るジーク・オブライエンは重々しくそう呟いた。
ヘイニー・ユークレールが倒れた、その衝撃の報告を持ってきた伝令はしかし、その内容に動揺した様子は見せず、落ち着いた様子でこの場を後にしていく。
「無敵の剣も主を失えば脆い、か」
僅かに視線を上げ、彼方を見る瞳で彼が呟いたその言葉を理解出来る者はこの場にはいない。
いや、もう一人だけその場にはいたか。
「ジーク様、どうなさいますか?」
その一人であるマービン・コームズが、ジークの背後から声を掛ける。
彼の声に、思案したジークの時間は短い。
「私が出よう」
短く告げた言葉に、ジークはゆっくりと立ち上がる。
椅子に座っていたために形の崩れた外套を払うばさりという音に、周囲に奔った動揺は一度だけ。
彼らはすぐに直立不動の姿勢を取ると、いつでも出られると準備万端の態度を示していた。
「・・・では?」
「あぁ、後は任せる」
「・・・はっ」
そんな健気なアピールをして見せる彼ら、恐らくこの場にいるのだから貴族達であろうが、にジークは一瞥をくれることもなく歩き出す。
その背後にピタリと張り付いたマービンとジークのやり取りは短く、それが何を示しているかは当人達にしか分からないだろう。
しかしそのやり取りを終えたマービンはいつになく真剣の表情を浮かべ、ジークに付き添うでもなくその場を素早く後にするのだった。
「供の必要はない」
マービンがその場を後にした事で、自分がその後釜に収まるのだとうきうきとした表情で若い貴族がジークの傍へと駆け寄ってくる。
それをにべもなく切り捨てて、ジークは目の前の陣幕を潜る。
「さて・・・貴公らも既に知っての事だろうが、ユークレール卿が倒れた。これから貴公らには、その救援に向かってもらう」
陣幕を潜った先では、一糸乱れぬ姿で整列している兵士達の姿があった。
彼らはジークが一声掛ければどんな所にも赴く、彼が自らの領地である古都バーバリーから引き連れてきた兵士達だろう。
「百年・・・我がリグリア王国が隣国であるオスティア王国と戦争になって、もうそれだけの時が過ぎた。その百年の間に正式な和平が結ばれたことは一度としてない・・・つまり彼の国と我が国は百年争い続けてきたのだ。そして貴公らはその百年間、絶えず前線で戦い我が国を守り続けてきた誇り高き兵士達である」
ジークが立つ場所は、兵士達からすれば見上げる高さにある。
彼はそこから兵士達を見下ろし、端的に作戦を伝えると淡々と語り始めていた。
「その貴公らにとって、今の戦いなど何になる?所詮は王位という飾りを巡った、くだらない諍いに過ぎない。敢えて言おう、こんなもの児戯に過ぎぬと。よって貴公らに私が下す命令は一つだ」
今まで不動の姿勢を取り、静かに語っていたジークが腰に佩いていた剣を抜き放つ。
「―――蹂躙せよ」
彼はそれを目の前の地面へと突き刺すと、静かにそう告げた。
「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」
雄たけびが上がる。
それが轟いた頃にはジークはもはやその場になく、背中を向けて陣幕の中へと戻っていた。
この先に語るべきことは残されていない、戦いは終わったのだ。
◇◆◇◆◇◆
「何故だ、何故だ、何故こうなってしまったのどぅぁぁぁ!!!?」
盛大に嘆きの声を上げながら逃げ延びる、ルーカスに付き従う貴族の数は少ない。
それは何もそれ以外の貴族が全て打ち取られてしまったという事ではなく、今回の敗戦で彼を見限った貴族がそれだけ多かったという事であった。
「思惑とは少々異なる結果とはなりましたが・・・どうやらその異名に偽りはないようで」
そんなルーカスに並走しながら、パトリックは懐から取り出した例のものへと視線を向けていた。
彼が放った弾丸は狙った相手とは違う人間に命中した、しかしそれに見せた彼女の反応は確かに彼を満足させるに足るものであった。
「さて、後は・・・これをどうするかですか」
手にしたそれを大事に懐に仕舞い直したパトリックは、並走するルーカスへと視線を向ける。
そこには今だに俯き、ぶつぶつと何事かを呟いているルーカスの姿があった。
「ルーカス様―――」
「い、いや!まだだ、まだ我は終わってはいないぞ!!ここから再起すればいいのだ、何度負けようとも最後に笑えばいい!!なぁ、そうであろうパトリック!?貴公もそうは思わないか!?」
パトリックは嫌々ながら、側近の務めとして主を気遣う言葉を掛けようと彼の背中へと手を伸ばす。
すると突然ルーカスが顔を上げ、その手を掴んでいた。
そして彼は狂ったような輝きをその目に宿すと、激しく唾を飛ばしながら何か訳の分からないことを喚き散らしていたのだった。
「いや、それは・・・」
「ふははははっ!!そうだ、そうではないか!!戦に勝敗はつきもののと、誰かが言ったではないか!ん、違うか?まぁよい、とにかくこんな一度の敗戦などで我が・・・ん、貴公らどこに行くのだ?あぁ、良い良い。貴公らにも都合があるのであろう、行って構わんぞ。ただし今度の戦には必ず参加してもらうからな!」
ルーカスの様子に、ここまで彼に付き従ってきた貴族達もそそくさと離れていく。
ルーカスもそれに気づき呼び止めていたが、彼はどうやら上機嫌なようで大してそれを気にせず、守れもしない約束を結ばせて満足していたようだった。
「これは、もう駄目だな・・・で、あれば」
諦めを口にすると、今度は別の希望が湧いてくる。
ルーカスの姿に静かに首を横に振ったパトリック、彼は周りを気にするように見渡すと静かに笑みを浮かべていた。
「こうする他ありませんね・・・おっと、これは不味いか。音が出ますからね。ではこちらで・・・」
パトリックは懐へと手を伸ばし、例のものを取り出す。
しかしそれでは余計な音が立ってしまうと気づいた彼はそれを懐に戻すと、腰に佩いた剣へと手を伸ばしていた。
「こんなものでも、使い道は色々とありますから。さてさてどこへ持っていくか?ジーク・オブライエンに献上するか、それとも・・・」
今も何やら希望溢れる計画をぶち上げては悦に浸っているルーカスに、その声は聞こえていないだろう。
聞こえていたのならば激怒した筈だ、その自らの首をどこに売り渡すかなどと口にしているパトリックに対して。
「では、お覚悟を。正直に言いますと、それほど嫌いではありませんでしたよ」
並走していた馬をルーカスの横に寄せ、パトリックは静かに得物を振り上げる。
そして別れの言葉と共に、彼はそれを振り下ろそうとしていた。
「っ!あぁ、なるほど・・・そういう事ですか。確かにそれではまだ・・・では次の手は」
しかしその寸前、パトリックは何かに気がつくとその手を止める。
「ん?どうしたパトリック、随分と近いではないか。少し息苦しいぞ」
「いえ、ルーカス様。実は私、少し閃きまして」
「おぉ!何だ、聞かせろパトリック!!」
背後に迫った危険などに知る由もなく、ルーカスは振り向くとパトリックへと声を掛ける。
そしてパトリックもまた、先ほどまで彼の命を奪おうとしていたなどとおくびにも出さずそれに対応するのだった。
「えぇ、それなのですがルーカス様にはある場所に行っていただきたく―――」
食いつきよくこちらの話に乗ってくるルーカスにパトリックはにっこりと笑みを見せると、その耳へと口を近づけ囁く。
その表情は、蛇のそれとそっくりだった。
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