【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第二章 王国動乱

女王の騎士マーカス・オブライエン

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 戦場の南側、そこは先に戦闘が始まった北側と比べてごつごつとした地肌が剥き出しとなっており、大小様々な石がゴロゴロと転がっている場所であった。
 それはその場所から少し南側に下った場所に流れるフルスタリス川の影響であろう、耳を澄ませば水のせせらぎが聞こえてくるような距離にも今はそれを聞くことはない。
 何故ならばその場所を、幾多の戦士達が雄たけびを上げながら疾駆していたからである。
 相手方の兵の数の少なさを狙った右翼の攻撃に遅れること暫く、この左翼もまた相手方へと攻勢を仕掛けていた。
 それは右翼ほどではないしてもこちらにも確かに存在する兵力の差に、順調な推移を見せていたのだった。

「ふははははっ!おっと、失敬失敬・・・この笑い方は私にしては下品だったな。それにしても順調ではないか我が軍は!あんな美味しい獲物を目の前に左翼に回された時はどうしたものかと思ったが・・・ふふふ、考えてみればあのような誰でも勝てる相手と戦ったところで大した功績にもなりはしないではないか!で、あれば・・・むしろ手強い相手右翼を破ってこそ目立てるというもの。ふはっ、ふははははっ!!何だこの左翼の指揮官こそ、この『孔雀公』アントン・オルトンに相応しい舞台ではないか!!」

 無人の野を行くが如く、快進撃を見せている自らの軍に指揮官である「孔雀公」アントン・オルトンはその自慢の尾羽を左右に振っている。
 この尾羽というのは比喩ではなく、彼の身に纏う鎧の背後に本当に背負っているものだ。
 そして彼は領地から連れてきた部下に背負わせている輿の上で腕を組むと、ご満悦の表情で戦場を見下ろすのだった。

「よし、このまま一気に・・・んぉ!?痛つつ・・・えーっと、どこかおかしなところは?うん、ないな!何だ、どうした!何故止まっているのだ!?私は止まれなどと言っていないぞ!!」
「わ、分かりません!?前の兵士が急に立ち止まって・・・」

 その上機嫌も彼の乗っていた腰が急停止し、彼自身もつんのめるようにバランスを崩してしまえば途端に損なわれてしまう。
 輿へとつけてしまった顔を持ち上げた彼は立ち上がると、どこか格好に変な所はないかと確認してから兵士を怒鳴りつける。

「ならば退かせればいいではないか!おい、お前達!そこを―――」

 輿が急に止まったのは前を進む兵士が足を止めてしまったからだと話す部下に、オルトンはだったら兵を退かせればいいと怒鳴っていた。
 自らの恰好にばかりを気にしている彼は気づかなかったのだ、今まで順調に進んでいた彼の軍、それがいつの間にかまるで壁にぶつかってしまったかのようにぴったりと静止してしまっている事に。

「あぁ良かった。貴方でしたかオルトン卿、そちらの指揮官は」

 真正面から響いたその声に目を向ければ、そこには金髪の美青年の姿があった。
 オルトンが足元の部下を怒鳴るためにそちらへと顔を向けていたのはほんの一瞬の間だ、そしてその前までは確かに彼の目の前には味方の軍勢の姿が広がっていた筈なのである。
 しかし今はたった一人、その青年の姿があるだけ。
 信じられないその光景に、オルトンはパチパチと何度も瞬きをし、ゴシゴシと目蓋を擦っていた。

「な、何だ?気のせいか、先ほどまでいた我が軍の兵士がいなくなっているような・・・ま、まぁよい!そこな少年、貴公はあのマーカス・オブライエンとお見受けするが如何か?」

 「孔雀公」オルトンは、細かいことは気にしない性質であった。
 そのため彼はよく分からないことは気にしないことにして、目の前のもっと重要な事に注目していた。
 つまり目の前に、あのマーカス・オブライエンが現れたという重要な事実に。

「はい、僕がマーカス・オブライエンです。オルトン卿、お互いこれ以上の損失は無意味だとは思いませんか?ここは一つ、僕達の一騎打ちで決着を―――」

 オルトンの問い掛けにマーカスはさわやかに微笑むと、胸を押さえて軽く会釈する。
 彼はそれに続いてオルトンへとある提案を持ち掛けていたが、オルトンはその時もはや彼の話など聞いていなかった。

「やはり!やはりマーカス・オブライエン!噂には聞いていたが、本当に美しい少年ではないか!!あぁ、戦場など埃まみれになるばかりと本当は来るのも嫌だったか・・・こんな運命に巡り合うとは、神よ感謝いたします!!」

 輿の上で跪いたオルトンは両手を組むと空を見上げ、神へと感謝の祈りを捧げていた。
 その頬からはポロリと一筋の涙が伝う、それは眩しい太陽の光を浴びキラキラと輝いていた。

「さぁ、マーカス君!美しいものは美しいもの同士、一騎打ちで決着をつけるべきとは思わないかね!!?」
「はぁ、ですから先ほどからそう申し上げているのですが・・・?」
「何っ、そうなのか!?では、同意という事でいいのだな!?ならば・・・とぅ!!!」

 一騎打ちの同意はあっさりとついた、何故ならば双方が始めからそれを望んでいたからだ。
 それを取り付けたオルトンはいきなり輿の上を駆け出すと、その縁から見事なジャンプを決める。
 そしてまるで約束事があるかのように、飛び出した彼に向かって部下の一人が彼の得物を空中に向かって放り投げるのだった。

「うむ、完璧だ!!マーカス君、卑怯とは思うまいな!一騎打ちは既に始まっているのだ!!そして刮目せよ!今、必殺の―――」

 空中でそれをキャッチしたオルトンはすぐさまそれを抜き放つと、鞘だけを部下へと投げ返している。
 そして空中で美しいポーズを決めたオルトンは、大上段に剣を構えると呆気に取られた表情で彼を見上げるマーカスに狙いを定め、それを振り下ろす。

「・・・一騎打ちはもう始まっている、それでよろしかったですね?」

 次の瞬間、気づけばオルトンは地面へと横たわっていた。
 そして彼の目の前には涼しい顔をしたマーカスが彼の眼前へと剣先を突き付けている、その腰からは何故か二本差している剣の鞘が打ち合う硬質な金属音が響いていた。

「な、何が・・・?一体何が起こったのだ?」

 まるで幾つかのシーンを読み飛ばしてしまったかのように唐突に起きた目の前の現実に、オルトンは訳が分からないと目を白黒とさせている。

「はっ!分かったぞ!マーカス君、さては君はその見事な腕前を頼りにする指揮官なのだな!!うむ、噂には聞いていたが確かに凄まじい腕前だ!!しかーし!戦場での勝敗は、個々の実力で決まる訳ではないと知るがいい!全軍突撃、突撃だー!!」

 そして突然何かを悟ったかのように意識を正気を取り戻したオルトンは、後ろを振り返ると部下に対して大声を張り上げていたのだった。

「は?いえあの・・・一騎打ちで決着をつけるという話だったのでは?」
「一騎打ち、何の話だ?ふふふ・・・幾ら腕が立とうともな、数の上ではこちらが圧倒的に有利なのだ!!思い知るがいい、数の力というものを!!おぉ、そうだいいぞ!マーカス君のことは避けて攻撃するのだ!!」

 その幾らなんでも酷すぎる振る舞いには、流石のマーカスも黙ってはいられないようで、彼は呆れたような表情でオルトンへと話が違うと文句を口にする。
 しかしオルトンはそんな彼の問い掛けにすっとぼけて見せると、自らの命令に従い総攻撃を掛けている兵士達の姿に楽しそうに歓声を上げるのだった。

「ふはははっ、どうだマーカス君!こうなればもはや手の打ちようがあるまい!ふっふっふ、幾ら腕が立とうとなぁ!戦争というのは所詮、数がものを言うのだよ!!」

 オルトンの余りにあっけらかんとした態度に油断してしまったマーカスは、彼を自らの手から逃がしてしまう。
 彼の手から逃れ立ち上がったオルトンは、その尾羽をフリフリと振りながら勝ち誇った笑い声を上げる。
 その背後からは、物凄い数の兵が雄たけびを上げながら進撃していくのだった。

「そう、ですか・・・でしたら僕も好きにやらせてもらいます」

 様々な騒音が巻き散らされている戦場の中で、マーカスの周囲だけがまるで時が静止したかのように静かだった。
 その中で彼はゆっくりと周りを見渡すと、ある一点を指し示して手にしていた剣を伸ばしていた。

「あそこに兵を、騎兵を五十騎ばかり選出して向かわせろ。それでそこを抜けるから、そこから一気に敵を打ち崩すんだ」
「はっ!」

 マーカスはまるで既に決まっている運命を口にするかのように、兵を動かす指示を出す。
 そしてそれを承った部下もまた、それを一切疑わずに実行へと向かっていく。
 それはどこか、奇妙な光景だった。

「五十騎ばかりの騎兵で、あの分厚い構えを突破する?そんなことが出来る訳が―――」

 マーカスの部下は命令を受けていつでも動かせるよう待機していたのか、ほとんど間を置かず騎兵を率いて指示されたポイントへと向かっていく。
 そちらへとチラリと視線を向けたオルトンは、そこに待ち受ける兵士達の分厚い壁にそんなことは不可能だと鼻で笑っていた。

「オルトン様、大変です!!」
「何だ騒々しい、どうしたというのだ!?」
「さ、先ほどの場所が突破されました!そ、そこを起点にこちら側の構えが一気に崩されてしまっています!!」
「・・・何だと?」

 騎兵の動きは、徒歩の兵士と比べれば驚くほど速い。
 しかしまるで、その行軍を誰にも阻まれなかったと考えなければおかしいほどの速さでその報告は齎されていた。

「・・・何故だかは分からないのですが、僕には見えてしまうんです。戦場で兵を動かすべき、最良のポイントというものが。父上はこれを僕の特別な能力だというんですが・・・僕は単に戦場の動きや兵士の様子、そうしたものを経験や知識で解釈した上で出す勘・・・ようなものだと思っているんです。あははっ、それでも自惚れすぎですよね。すみません」

 マーカスは申し訳なさそうに笑った、その余りに特異すぎるその能力を語って。

「あぁ、ですので。僕の事を避けても無駄ですよ?僕にはこの能力?がありますので」

 お前達にはもはや打つ手はないのだと語るマーカスの表情には、一切の嫌味がない。
 それが逆に、敵側に立つ兵士達の背中に寒気を奔らせた。

「兵の動かすべき場所が分かるだと?そんな能力・・・そんな能力認められるかぁぁぁ!!!」

 オルトンは輿の上で地団太を踏み、そう叫ぶ。
 彼の背後では、これまでの戦いのためかそれとも恐怖のためか、尾羽が抜け落ちはらりと宙を舞っていた。

「・・・あいつだ、あいつを殺せぇ!!あいつさえ殺してしまえば、私達の勝ちなのだからぁ!!」

 そしてオルトンは、指揮下の全軍を使ってマーカスを殺そうとする。

「ふははははっ!!幾ら腕が立つとはいえ、この数相手ではいつまでも立ってはいられまい!!マーカス・オブライエン破れたり!!!」
「・・・確かに、この数は骨が折れますね」

 それは、ある意味では正解であった。 

「でも、僕は誓ったんです。もう二度と、失敗はしないと」

 ただしそれは、彼を殺すことが可能であれば、だ。
 マーカスは手にして剣を鞘へと戻すと、今まで手にしていなかったもう一つの剣へと手を伸ばす。
 引き抜いたその剣の刀身は、まるで夜の闇を塗り固めたように真っ黒であった。

「何だ、その剣は・・・?」
「っ!?お逃げください、オルトン様!!」

 見たことのない黒い刀身の剣に、オルトンは震える。
 いやそれは、彼の本能が震わせた恐怖の知らせだ。
 彼よりも早くそれを感じた部下が叫び、オルトンの乗った輿が跳ね上がる。

「何だ、良い部下がいるじゃないですか」

 次の瞬間、跳ねあがった輿は真っ二つに裂け、その間を影が渡る。
 そしてそれを担いでいた部下の身体もまた同じようになり、マーカスはその中の一つの首を掴みながらそう口にしていた。
 彼はその首から垂れる血を、手にした黒い刀身の剣へと注ぐ。

「おはよう、ワールドエンド」

 そして終わり目覚め、世界は眠りにつく。
 真昼の夜の始まりだ。
 西軍の左翼、彼らはそれから数分の後、跡形もなく壊滅するのだった。
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