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第二章 王国動乱

トトール平原の決戦

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「何故だ・・・何故こうなる!?」

 決戦の地、トトール平原。
 そこはその南部に広がるとトトリア平原と合わせて黄金の穀倉地帯と称される、リグリア王国を代表する平原であった。
 タガリスとフルスタリスという二つの河川によって育まれた豊かな土壌は、植える作物を選ばないというほどに栄養豊富だ。
 しかしその土壌は、ここで流された多くの血によって育まれたと世の人は言う。
 何故ならば多数の兵が展開しても十分なスペースのある平原と、水場に事欠かないこの地は太古より多くの決戦の場として選ばれてきたからである。
 そこに流れた血の量は、一体如何ほどになるのか。
 そして今日もまた、決戦の気配に死肉を漁る鳥共が今か今かと空を舞う。
 そんな場所に、衝突する両雄の一方であるルーカスの声が響いた。

「準備万端といった感じですね。おや、そういえばルーカス様は何と仰られていられたか・・・確か、負け続けのこちらから仕掛けてくるとは向こうも思うまい、でしたか?」

 その傍らには、いつものようにパトリックの姿が。
 そして彼らの向こう側には、彼らが「僭称者」「女王派」等と呼ぶ者達が陣を構えていた。
 その陣は一糸乱れぬ統率を保っており、軍容もこちらと比べても遜色がない。
 兵の数ならば勝っている筈の西軍に、変わらぬ兵を東軍が揃えてきたという事は、彼らがほぼ全軍をそこに結集したという事を意味している。
 それはつまり、彼らはルーカスが決戦を仕掛けてくるのを今か今かと待ち構えていたという事だった。

「向こうは当然、マーカス・オブライエンの部隊も出してくるでしょう。あぁ、向こうにはボロリア家の旗も見えますね。他にも色々と・・・リシリー家、ナルバ家、あれはインタータの分家のリドリア・インタータ家ですね、あぁ本家の方も来てますか。それにあれは・・・オブライエン家の旗がもう一つ?あぁなるほど、ジーク・オブライエン・・・彼の方もようやくご出陣ですか」

 中央に何も遮るもののない平原を挟んで対陣する二つの軍勢に、パトリックは向こうの軍勢の様子を眺めながらそう口にする。
 特に、最後にその存在をジーク・オブライエンの存在を見つけた彼は、嬉しそうにそれを口にしていた。

「ぐっ・・・」

 ルーカスの失態をあげつらうようなパトリックの言葉に、彼は苦しそうな呻き声を上げる。

「相手は決戦を予想してなかったんじゃないのか?これじゃ話が違う」
「それに向こうはとうとうジーク・オブライエンまで出てきたんだ、勝てる訳が・・・」
「あぁ、そうだよな。これまでずっと負けっぱなしなんだ、それなのにあのジーク・オブライエンまで出てきちゃ・・・」

 周りからひそひそと漏れ聞こえてくる声は、どれもすでに敗北が決まったかのように話している。
 それはルーカスの予想が外れたという事よりも、向こうにあのジーク・オブライエンが出てきたことがはっきりした事の方が大きいようであった。

「ま、まだだ!まだ負けた訳ではない、向こうも侮れる相手ではないと分かっただけだ!!それにこちらの方が兵は多いのだ!!状況は変わっておらんぞ、こちらが優勢なのだ!!ジーク・オブライエンといえど、無限に兵を生み出せる訳ではない!!」

 勢いに乗せられここまでやって来たとはいえ、彼らは元々ずっと連戦連敗を繰り返しているのだ。
 少しでも不安になる要素が出てくれば、すぐにその心は折れてしまう。
 そんな貴族達の様子を察したルーカスは慌てて声を上げると、力強くまだこちらの方が優勢なのだと断言していた。

「その証拠に、見よあの敵の左翼を!こちらの右翼と比較にならんほどの数ではないか!!この兵力の差、如何なジーク・オブライエンといえど覆せるものではない!!」

 長年、戦場に立ち続けこの国を守り続けたジーク・オブライエンの名は余りに大きく、そのイメージは幻想の領域にまで膨らんでいる。
 その幻想を打ち砕き、現実にまで引き落とそうとルーカスは対陣する敵軍の一翼を示して見せる。
 彼が口にしたようにこちらの右翼に対面する敵の左翼、それはこちらの軍勢と比べれば下手すると半分程度の兵しかいないように見えた。

「皆の者、あの左翼から突き崩すぞ!!」

 このままでは時間が経てば経つほどこちらの不利になってしまう、そう判断したルーカスは早々に開戦を決断する。
 彼が上げた開戦の号令に応えた声は、彼が決戦を決断した時よりもずっと鈍いものであった。

◇◆◇◆◇◆

「ふっふっふ・・・」

 ルーカスが兵が薄いと判断し狙いを定めた左翼、その後方の軍全体を見渡せる位置の高台には部隊を指揮する指揮官の姿があった。
 その指揮官は自らが指揮する軍を確かめるように見渡すと、顔を俯かせ不気味な声を響かせる。

「はーっはっはっは!!遂に、遂に世間がこの僕の実力に気づいてしまったようだな!!このボロア・ボロリアの実力に!!!」

 そして突然、がばっと身体を起こした左翼指揮官、ボロア・ボロリアは高笑いを上げた。

「この僕もついに一軍の指揮官か、ここまで来るのに随分と時間が掛かってしまったが・・・まぁ、天才というものは中々世に認められ辛いものと聞く。そう考えれば・・・ま、悪くないペースといったところか?」

 今までの懲罰部隊、そして自らの家から率いてきた兵を率いるのとは違う、様々な家紋がそこら中に掲げられている一軍を指揮するという立場に、ボロアはご満悦といった表情を浮かべている。

「ほぅ、坊ちゃまの実力が世間にですか・・・はて、坊ちゃまが何か実績を上げられましたか?私の記憶では、部下である懲罰部隊の皆さまが功績を上げられただけだと存じましたが・・・あぁ、そうそう!カンパーベック砦失墜という大変大きな功績を上げられましたか!坊ちゃまが上げられた大事な功績を忘れてしまうとは・・・これは執事失格にございますな」

 それに水を差すように、彼の横からその執事であるセバスが口を挟んでくる。
 彼はとぼけた口調で明後日の方へと視線をやりながらボロアの功績など知らないとのたまい、挙句彼の失態を思い出したとわざとらしくあげつらっていた。

「ぐぬぬ・・・ぶ、部下の功績は上司である僕の功績ともいえるだろう!?つまり奴らが上げた功績は、僕の実力ともいえる訳だ!!ふふんっ、そう考えればこの地位は僕の実力で得たものという事になる!どうだ、これなら文句ないだろう!?」

 セバスの痛いところを的確についてくる言葉に呻き声を上げたボロアは、開き直ると部下の立てた功績は上司である自分の功績だと胸を張る。

「ほぅ・・・つまりこの左翼の指揮官という地位も坊ちゃまの実力だと?」
「そうだ!どうだ、僕は凄いだろう!?褒めてもいいんだぞ?」

 そんなボロアの言動に呆れると思われたセバスは、逆に感心したような態度を見せる。
 それに気を良くしたボロアはさらに態度をでかくすると、反り返るようにして胸を張っていた。

「では、あれを撃退してご覧くださいませ。坊ちゃまのその実力で、ね」

 自らの妄想に浸り、今や空を見上げるように胸を反らしているボロアには目の前の出来事は見えていない。
 セバスはそんな彼に、そう告げる。

「あれを撃退しろだと?あぁ、任せておけ!そんなもの軽く・・・?」

 目の前に迫る、敵の大軍を見据えながら。
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