上 下
171 / 210
第二章 王国動乱

トトール平原の決戦

しおりを挟む
「何故だ・・・何故こうなる!?」

 決戦の地、トトール平原。
 そこはその南部に広がるとトトリア平原と合わせて黄金の穀倉地帯と称される、リグリア王国を代表する平原であった。
 タガリスとフルスタリスという二つの河川によって育まれた豊かな土壌は、植える作物を選ばないというほどに栄養豊富だ。
 しかしその土壌は、ここで流された多くの血によって育まれたと世の人は言う。
 何故ならば多数の兵が展開しても十分なスペースのある平原と、水場に事欠かないこの地は太古より多くの決戦の場として選ばれてきたからである。
 そこに流れた血の量は、一体如何ほどになるのか。
 そして今日もまた、決戦の気配に死肉を漁る鳥共が今か今かと空を舞う。
 そんな場所に、衝突する両雄の一方であるルーカスの声が響いた。

「準備万端といった感じですね。おや、そういえばルーカス様は何と仰られていられたか・・・確か、負け続けのこちらから仕掛けてくるとは向こうも思うまい、でしたか?」

 その傍らには、いつものようにパトリックの姿が。
 そして彼らの向こう側には、彼らが「僭称者」「女王派」等と呼ぶ者達が陣を構えていた。
 その陣は一糸乱れぬ統率を保っており、軍容もこちらと比べても遜色がない。
 兵の数ならば勝っている筈の西軍に、変わらぬ兵を東軍が揃えてきたという事は、彼らがほぼ全軍をそこに結集したという事を意味している。
 それはつまり、彼らはルーカスが決戦を仕掛けてくるのを今か今かと待ち構えていたという事だった。

「向こうは当然、マーカス・オブライエンの部隊も出してくるでしょう。あぁ、向こうにはボロリア家の旗も見えますね。他にも色々と・・・リシリー家、ナルバ家、あれはインタータの分家のリドリア・インタータ家ですね、あぁ本家の方も来てますか。それにあれは・・・オブライエン家の旗がもう一つ?あぁなるほど、ジーク・オブライエン・・・彼の方もようやくご出陣ですか」

 中央に何も遮るもののない平原を挟んで対陣する二つの軍勢に、パトリックは向こうの軍勢の様子を眺めながらそう口にする。
 特に、最後にその存在をジーク・オブライエンの存在を見つけた彼は、嬉しそうにそれを口にしていた。

「ぐっ・・・」

 ルーカスの失態をあげつらうようなパトリックの言葉に、彼は苦しそうな呻き声を上げる。

「相手は決戦を予想してなかったんじゃないのか?これじゃ話が違う」
「それに向こうはとうとうジーク・オブライエンまで出てきたんだ、勝てる訳が・・・」
「あぁ、そうだよな。これまでずっと負けっぱなしなんだ、それなのにあのジーク・オブライエンまで出てきちゃ・・・」

 周りからひそひそと漏れ聞こえてくる声は、どれもすでに敗北が決まったかのように話している。
 それはルーカスの予想が外れたという事よりも、向こうにあのジーク・オブライエンが出てきたことがはっきりした事の方が大きいようであった。

「ま、まだだ!まだ負けた訳ではない、向こうも侮れる相手ではないと分かっただけだ!!それにこちらの方が兵は多いのだ!!状況は変わっておらんぞ、こちらが優勢なのだ!!ジーク・オブライエンといえど、無限に兵を生み出せる訳ではない!!」

 勢いに乗せられここまでやって来たとはいえ、彼らは元々ずっと連戦連敗を繰り返しているのだ。
 少しでも不安になる要素が出てくれば、すぐにその心は折れてしまう。
 そんな貴族達の様子を察したルーカスは慌てて声を上げると、力強くまだこちらの方が優勢なのだと断言していた。

「その証拠に、見よあの敵の左翼を!こちらの右翼と比較にならんほどの数ではないか!!この兵力の差、如何なジーク・オブライエンといえど覆せるものではない!!」

 長年、戦場に立ち続けこの国を守り続けたジーク・オブライエンの名は余りに大きく、そのイメージは幻想の領域にまで膨らんでいる。
 その幻想を打ち砕き、現実にまで引き落とそうとルーカスは対陣する敵軍の一翼を示して見せる。
 彼が口にしたようにこちらの右翼に対面する敵の左翼、それはこちらの軍勢と比べれば下手すると半分程度の兵しかいないように見えた。

「皆の者、あの左翼から突き崩すぞ!!」

 このままでは時間が経てば経つほどこちらの不利になってしまう、そう判断したルーカスは早々に開戦を決断する。
 彼が上げた開戦の号令に応えた声は、彼が決戦を決断した時よりもずっと鈍いものであった。

◇◆◇◆◇◆

「ふっふっふ・・・」

 ルーカスが兵が薄いと判断し狙いを定めた左翼、その後方の軍全体を見渡せる位置の高台には部隊を指揮する指揮官の姿があった。
 その指揮官は自らが指揮する軍を確かめるように見渡すと、顔を俯かせ不気味な声を響かせる。

「はーっはっはっは!!遂に、遂に世間がこの僕の実力に気づいてしまったようだな!!このボロア・ボロリアの実力に!!!」

 そして突然、がばっと身体を起こした左翼指揮官、ボロア・ボロリアは高笑いを上げた。

「この僕もついに一軍の指揮官か、ここまで来るのに随分と時間が掛かってしまったが・・・まぁ、天才というものは中々世に認められ辛いものと聞く。そう考えれば・・・ま、悪くないペースといったところか?」

 今までの懲罰部隊、そして自らの家から率いてきた兵を率いるのとは違う、様々な家紋がそこら中に掲げられている一軍を指揮するという立場に、ボロアはご満悦といった表情を浮かべている。

「ほぅ、坊ちゃまの実力が世間にですか・・・はて、坊ちゃまが何か実績を上げられましたか?私の記憶では、部下である懲罰部隊の皆さまが功績を上げられただけだと存じましたが・・・あぁ、そうそう!カンパーベック砦失墜という大変大きな功績を上げられましたか!坊ちゃまが上げられた大事な功績を忘れてしまうとは・・・これは執事失格にございますな」

 それに水を差すように、彼の横からその執事であるセバスが口を挟んでくる。
 彼はとぼけた口調で明後日の方へと視線をやりながらボロアの功績など知らないとのたまい、挙句彼の失態を思い出したとわざとらしくあげつらっていた。

「ぐぬぬ・・・ぶ、部下の功績は上司である僕の功績ともいえるだろう!?つまり奴らが上げた功績は、僕の実力ともいえる訳だ!!ふふんっ、そう考えればこの地位は僕の実力で得たものという事になる!どうだ、これなら文句ないだろう!?」

 セバスの痛いところを的確についてくる言葉に呻き声を上げたボロアは、開き直ると部下の立てた功績は上司である自分の功績だと胸を張る。

「ほぅ・・・つまりこの左翼の指揮官という地位も坊ちゃまの実力だと?」
「そうだ!どうだ、僕は凄いだろう!?褒めてもいいんだぞ?」

 そんなボロアの言動に呆れると思われたセバスは、逆に感心したような態度を見せる。
 それに気を良くしたボロアはさらに態度をでかくすると、反り返るようにして胸を張っていた。

「では、あれを撃退してご覧くださいませ。坊ちゃまのその実力で、ね」

 自らの妄想に浸り、今や空を見上げるように胸を反らしているボロアには目の前の出来事は見えていない。
 セバスはそんな彼に、そう告げる。

「あれを撃退しろだと?あぁ、任せておけ!そんなもの軽く・・・?」

 目の前に迫る、敵の大軍を見据えながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

その無能、実は世界最強の魔法使い 〜無能と蔑まれ、貴族家から追い出されたが、ギフト《転生者》が覚醒して前世の能力が蘇った〜

蒼乃白兎
ファンタジー
15歳になると、人々は女神様からギフトを授かる。  しかし、アルマはギフトを何も授かることは出来ず、実家の伯爵家から無能と蔑まれ、追い出されてしまう。  だが実はアルマはギフトを授からなかった訳では無かった。  アルマは既にギフト《転生者》を所持していたのだ──。  実家から追い出された直後にギフト《転生者》が発動し、アルマは前世の能力を取り戻す。  その能力はあまりにも大きく、アルマは一瞬にして世界最強の魔法使いになってしまった。  なにせアルマはギフト《転生者》の能力を最大限に発揮するために、一度目の人生を全て魔法の探究に捧げていたのだから。  無能と蔑まれた男の大逆転が今、始まる。  アルマは前世で極めた魔法を利用し、実家を超える大貴族へと成り上がっていくのだった。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

処理中です...