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第二章 王国動乱

夢見た景色

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「お、おい・・・これ、いつまで続くんだ?」
「分からねぇ・・・でもよ、凄ぇな二人とも」

 決闘が始まった頃には晴れていた天気が、いつの間にか雲が立ち込め曇り空に変わっている。
 その天候とリンクするように、この会場にも妙な空気が立ち込め始めていた。
 それは決闘の始まりの様子からすぐにつくと思われていた決着が、いつまで経ってもつかないせいであった。

「いいですぜ兄さん、こりゃ最高だ!!大方の連中がすぐに決着がつくと踏んで、そこに賭けが集中してるんだ!!このまま行けば・・・うひゃひゃ、胴元の大儲けだ!!」
「あら、あたしは最初からユーリちゃんならこれぐらい出来るって分かってたわよ?頑張ってー、ユーリちゃーん!!」
「何をしているのだ、ケイティとやら!!さっさとその男を仕留めるのだ、そうすれば先ほどの無礼は不問にしようという言うのだぞ!!僕のこの寛大な処置を・・・えぇい、馬鹿者め!!どうしてそこでもっと踏み込まない!?」
「おや、これはこれは・・・こんなところでかの『怪盗』殿とお会い出来るとは。どうです、一杯?」
「・・・頂こう」

 エディは賭けの儲けに歓喜し、シャロンはユーリの奮闘に声援を送る。
 ボロアは中々ユーリと仕留められないケイティにやきもきしては身を乗り出し、偶然にもデズモンドの隣の席となったセバスは手にしていた酒を彼に勧め、デズモンドはいつものようにむっつりとそれを受け取った。
 それぞれがそれぞれにこの決闘を楽しんでいる中、ケイティだけが不可解な思いに駆られていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・何でだ、何であたいの攻撃が当たらない?」

 決闘が始まってからユーリは一度も反撃をしてこない、そのためケイティは一方的に彼を攻撃し続けていた。
 しかしそれにも拘らず、彼女の攻撃は一度もユーリの身体を捉えることはなかったのである。
 一方的な攻撃は休む暇も与えず彼女は深い疲労に伝う汗を拭う、それは拭っても拭っても絶えることなく滴り続けていた。

「か、頭!?何やってるんです、あいつは反撃の一つもしてこねぇんだ!!今攻めれば、こっちの勝ちですぜ!?」
「うるさい!あんた達は黙ってな!!」

 傍から見れば一方的な戦いに、ケイティが手を止める理由が分からない彼女の部下達から、野次とも悲鳴ともつかない声が飛ぶ。
 ケイティはそれに吠えるように怒鳴りつけると、彼女の身体から跳ねた汗が周囲へと散っていく。

「おかしい、そうおかしいんだ・・・あいつの動きはどれも下手糞で、素人に毛が生えた程度のものにしか見えない。そんな奴相手にあたいが何度も攻撃をしくじる訳ないんだ、なのに実際はどれも紙一重で躱されちまってる・・・まるであたいがどんな攻撃をしてくるか、事前に分かってるみたいに」

 圧倒的に優勢でありながら、まるで追い詰められた獣のような凶暴な表情を浮かべているケイティは、油断なくユーリを睨みつけながら感じている違和感についてぶつぶつと口にする。
 彼女の視線の先では、ユーリがその視線の迫力に怯えたように縮こまりながら、何やら書き物をしている姿が映っていた。

「ひぃ!?怖ぁ・・・えーっと、何々?今は攻撃してくる気配はないのかな?じゃあ安心だ」

 手元で書き綴っていた書類を抱きかかえるように悲鳴を上げたユーリは、その書類へと視線を向けると安堵の息を漏らしている。
 そこには、この場所に起こる出来事、ケイティや他の人間の一挙手一投足に至るまでが詳細に記されていた。
 ユーリのスキル「書記」の能力の一つ「自動筆記」は、目視の範囲であるなら素材に関係なくその全てを正確に記すことが出来た。
 そう、全てである。
 彼はケイティとの戦いの最中、彼女の行動の全て、まさに今起ころうとしている全てを記し、それを読みながら戦っていたのだ。
 完璧に記された「今」の中には必ず「未来」の予定が綴られている、彼の能力「自動筆記」はそうして疑似的な未来予知を可能としていた。

「油断したな!!」
「ん、攻撃・・・?うひゃあ!?」

 記される未来の予定にも、それを読んでから行動に移す以上タイムラグは出てきてしまう。
 ましてやそれを実行するのが、戦いに向いていないユーリとなれば、それはギリギリの行動となってしまうだろう。
 結果、ケイティとユーリの攻防はこうして紙一重のやり取りが続いていたのだった。

「そうか、分かったぞ!!それだな、それに何か秘密があるんだ!!」

 攻撃が来ないと安心して油断したユーリの隙をついて攻撃した、今度のケイティの行動は実はそれだけではなかった。
 彼女はこの奇妙な状況の原因を探ろうと、ユーリの動きをつぶさの観察していたのだ。
 そして彼女は気づく、ユーリがこちらの攻撃を躱す際に必ず手元の書類へと目を落としているということに。

「あっまず、バレた。これは・・・ん、何だこれ?」

 ケイティがユーリの能力の秘密にまで気づいたとは思えない、しかしそれでもそこに気づけば彼女の実力であれば何とでも出来てしまうだろう。
 敗北の予感に顔を青くするユーリはしかし、書き続けている手元の書類に何か不審な記載を見つけたようだった。

「そうと分かれば、こっちのもんさ!!」
「しまった!?」

 ユーリの力の秘密がその手元の書類にあると知ったケイティは、それに狙いを定めて刃を振るう。
 それは有用な手段ではあったが、それでも本来のユーリであればその行動を事前に予測し紙一重で躱すことが出来た筈であった。
 しかし彼は今、自らの記載の中で見つけた奇妙な内容に心を囚われてしまっており、それが隙となっていたのだ。
 そのためケイティの振るった刃は、見事に彼が手にしていた書類を弾き飛ばす事に成功する。

「ははっ、頼みの綱がなくなったね!!こうなりゃあたいのもんだよ!!」

 書類を弾き飛ばしたケイティはそのまま距離を詰め、ユーリに止めを刺そうとしている。
 未来の予定を綴った書類を失ったユーリに、それを躱す術はないだろう。
 それでもユーリは、彼女が弾き飛ばした書類を目で追い、そこに記されていた内容に思い馳せていた。
 そこに記された内容はこうだ。

「っ!?・・・酒か、これは?」
「えぇ、そうでございますが・・・何か問題でもございましたか?」
「・・・下戸だ」

 セバスに勧められた飲み物が酒だったことで、下戸のデズモンドがそれを吹き出してしまう。

「あらやだ!?デズモンドちゃん、何するのよ!?」
「ちょっと姉さん、押さねぇでくだせぇ!金が・・・あぁ!?」

 それが掛かってしまったシャロンが怒って立ち上がり、その尻に押されたエディが抱えていた金を零してしまう。

「ふー、しかしこれは一体いつになったら終わるのだ?パイプでもふかせなければ、やって・・・ん?何だお前達は?おい、止めろ!?僕を誰だと・・・うわぁ!?」

 その金を追いかけ集まって来た囚人がいつまでも決着がつかない決闘に退屈し、パイプをふかしていたボロアを弾き飛ばす。

「これで終わりさ」

 そして今、ユーリの上に馬乗りになり手にした短刀を振り下ろそうとしているケイティの背後で会場となっていた荷物が崩れ、その中から囚人達用の度の極めて高い酒が入った瓶が雪崩落ちてきたのだった。

「えっ―――」

 背後に迫る危機に、ケイティはようやく気づき振り返る。
 その先では酒瓶のいくつかが他の瓶と当たって割れ、その中身であった度の極めて高い酒がボロアが落としたパイプの火に着火し、一瞬で燃え広がる様子が繰り広げられていた。
 今それに気づいたばかりの彼女は、それに反応することは出来ない。
 しかしその事を、事前に知っていた者ならば?

「危ない!!!」

 ユーリは全身の力を振り絞り、馬乗りとなっていたケイティを弾き飛ばす。
 そして彼女の上へと覆いかぶさると、その身を庇うようにギュッと抱きしめていた。

「だ、大丈夫か?」
「あ、あぁ・・・何とかな。それよりどうなったんだ?」

 エディが零した硬貨を追うのに夢中となって、元々不安定だった会場の荷物を崩してしまった囚人達は、その瓦礫の中から顔を起こすとお互いの安否を気遣っていた。

「おい、あれを見て見ろよ!」

 その囚人達の中の一人が、瓦礫の中から何かを指し示していた。

「その・・・怪我はない?」

 その先では目の前に迫っていた短刀で頬を切り、背中に浴びた燃え盛る酒によってまだそこを燃やしているユーリがケイティへと手を差し伸べている所だった。

「空が、晴れてく」

 囚人達の中の誰かだろうか、空を指さしそう呟く。
 彼の言う通り、空を覆いつくしていた雲が流れ、そこから眩しいばかりの日差しが差し込んできていた。

「・・・は、はい。大丈夫、です」

 眩しいばかりの日差しを背中に浴びながら手を差し伸べてくるユーリの姿は、ケイティの視点からは逆光で輝いて見えていた。
 それはいつか、彼女が夢見ていた景色に似ている。
 ケイティは目をポーっとさせ、トロンとした表情で差し伸べられた手を握りしめていた。

「んー?結局これはどうなったのだ?」

 そんな二人の姿に、ボロアが決着はどうなったのだと不思議そうに首を捻る。
 彼の後ろからは、ユーリを心配したシャロン達が慌てて駆け寄ってきている所だった。
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