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第二章 王国動乱
暴かれた因縁
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空にはためく懲罰部隊の旗、その手錠を嵌められクロスした腕の意匠が徐々に角度を上げていく。
それを掲げようとしているのは勿論あのキングスレイヤー、ユーリ・ハリントンだ。
彼はお供達であるオカマ、チビ、巨人の手を借りて、邪悪な魔王の城へと旗を掲げる。
彼が魔王の城にその旗を掲げると立ち込めていた暗雲は晴れ、眩い朝日が彼を照らした。
彼はその景色を、かつて魔王の城だった城壁の縁から誇らしげに見下ろす。
そして何かに気がつくと、彼は真っすぐにやってくるのだ。
世界を救った勇者が帰る場所といったら決まっている、愛する姫の下だ。
彼、ユーリ・ハリントンは私に手を伸ばすとこう口にする。
「―――ら!頭!!」
お頭と。
ん、それは何かおかしくはないか、ここはお頭ではなくちゃんと名前で呼んで貰わないと。
まどろみと覚醒の間の胡乱な意識の中で、サガトガ山賊団団長ケイティはうっすらと目蓋を開ける。
そこには彼女の身体を必死に揺らして起こそうとしている、髭もじゃのむさ苦しい男の姿があった。
「きゃあああああ!!!?」
うっとりと恍惚な気持ちで美しい夢に浸っていた所から、急にそんな現実を突きつけられれば誰だって悲鳴を上げるだろう。
シャロンもまた当然のようにそれを行い、かつ山賊団の団長らしい豪傑さで目の前の男の頬を強かに張り倒していたのだった。
「ひ、ひでぇじゃねぇですかい頭ぁ・・・俺ぁ、ただ頭を起こそうとしただけなのに」
「あん?何だいあんたかい、そりゃ悪かったねぇ。でもあんたにも悪いところはあるよ、あたいが昼寝してるときは起こすなっていつも言ってるだろう?折角、ユーリ様が迎えに来てくれたってのに・・・」
見ればケイティの足元に蹲り、痛そうに叩かれた頬を押さえているのは彼女の部下であり側近と呼んでもいい団員であった。
彼の顔を目にし拍子抜けしたように息を吐いたケイティは、起き抜けざまに握りしめていた短剣を手放すと、顔を背けてはぼそりと何事かを呟いていた。
「ん?何か言いましたかい、頭?」
「ばっ!?べ、別に何でもないよ!!それより、何か用があったんだろ?あたいの貴重な昼寝の時間を邪魔したんだからさ!」
目の前の男はケイティが側近に取り立てるだけあって感覚が鋭く、彼女が思わず零してしまったその独り言もしっかりと聞き咎めてしまう。
それを指摘されたケイティは破裂音のような音を口から発すると、その炎のように真っ赤な髪と同じ色に顔を染めていく。
彼女はそれを誤魔化すように目の前の男へと用件を尋ねるが、彼はそうした彼女の振る舞いを見て見ぬふりをしてやるだけの器量があったので、特に気にせずに用件を伝える。
「あぁ、それなんですが・・・お耳を拝借してもよろしいですか?実はですね・・・」
「何だい、随分もったいぶるじゃないか?何々・・・」
男が口を寄せた耳は、まだ先ほどの興奮が収まっていないのかほんのりと赤い。
その色は、男が口にしたことによって再び濃く染まることになる。
「何だって!!?」
しかしそれは、先ほどとは異なる感情でであった。
◇◆◇◆◇◆
「ユーリ!!あんた、ユークレール家の家宰だったってのは本当かい!?」
ユーリ達の幕舎に飛び込んでくるなり、ケイティはそう叫んでいた。
その頬は興奮に上気し、彼女の真っ赤な髪と同じ色になっていたがそれは怒りのためであった。
「え?そうですけど、どこで聞いたんですかそれ?」
すっかり設営を終えた幕舎では、ユーリ達が四人で集まり何やらカードゲームに興じている所であった。
シャロンとデズモンドが既にゲームを降り、エディと一対一になった場に押し入ってきたケイティ、ユーリはその剣幕に思わず手にしていたカードを取り落としていた。
どうやら既にゲームは勝負を決める段になっていたようで、エディがユーリの取り落としたカードを覗き見てはガッツポーズを決め、机の上に積み重ねられていたチップを根こそぎ回収していた。
「っ!!本当だったんだ・・・じゃああんたが!あんたがあの女を、聖剣騎士団の連中を嗾けてあたい達を襲わせってのかい!?」
「聖剣騎士団を嗾けた・・・?えっとその、どういう事でしょうか?」
興奮するケイティの剣幕は激しく、その声に彼らの幕舎の周りに人が集まってくる。
「とぼけったって無駄だよ!あたいはサガトガ山賊団のケイティ!!この名前、忘れたとは言わせないよ!!」
「いや前にも言ったと思うんですけど、知らな・・・あれ、そういえばその名前どっかで聞いたような?あぁー!そういえばエクスが、そんな名前の山賊団を相手したとか言ってたような気がするな!」
さっぱり心当たりがないとポカンとした表情を浮かべているユーリの態度は、怒りに燃えるケイティからすればすっとぼけているようにも見える。
それにさらに怒りを高ぶらせた彼女は、かつてしたように自らの名を名乗る。
ユーリもまたかつてのように知らないと答えようとしていたが、その途中で彼はようやく思い出したようだった、エクスが薙ぎ倒してきた賊の数々、その中にそうした名前の山賊団があったと。
「・・・それだけ?あたい達を叩きつぶした事が、たったそれだけの事だって?あたい達が!あんた達のせいでどれだけ酷い目にあったか!!あの時あの女が現れなければ、あたい達は捕まる事も!こうして扱き使われることもなかった!!」
あの時、エクスが討伐して帰ってきた賊の数は数得きれないほどのものに上った。
そのためユーリからすればその一つ一つの印象は薄くなり、大した思い入れないのも当然である。
しかしエスクによって壊滅的な打撃を受け、そのために懲罰部隊として国のために働くという屈辱的な仕事をすることになった彼女達の恨みは強く、それが二人の間に深いギャップを生んだ。
それは二人の態度の違いとなって現れ、まるで自分達が破滅する原因となった出来事がどうでもいい事だとでも言いたげなユーリの態度に、ケイティは激高した。
「拾いな!!」
ケイティは懐から短刀を素早く取り出すと、それを抜き放つ。
その目にも止まらぬ早業に周囲の者達が息を呑む中、彼女はその鞘をユーリへと投げつけていた。
「えーっと、これは?」
革で出来た短刀の鞘は地面へと落ちても大した音を立てない、それを拾い上げたユーリは何の意図でそれを放ったのかと不思議そうに首を捻っている。
「あたいらの流儀さ!決闘のね!!」
それはケイティ達のような賊に伝わる決闘の流儀、貴族における手袋を投げつけるのと同じようなものであった。
それを語ったケイティの言葉に、初めてそれを知った者達の間にはざわざわとした衝撃が奔り、元々それを知っていた彼女の部下達はうんうんと頷いて見せていた。
「ユーリ・ハリントン、あんたに決闘を申し込む!まさか逃げやしないだろうね!!」
抜き放った短刀をユーリへと突きつけ、ケイティは決闘を申し込む。
その自らの髪の毛と同じよう燃え盛り真っすぐにユーリを見据える瞳は自信に溢れており、まさかユーリがそれを断るなど考えてもいないようだった。
「いや、普通に逃げますけど?受ける理由ないし、大体―――」
しかし彼女の思惑とは裏腹に、ユーリはそれをあっさりと断っていた。
それもその筈だろう、この決闘はケイティの一方的な恨みに端を発しており、ユーリには受けたところで何のメリットもないのだから。
普通ならばそこで男としてメンツなどを引っ張り出すものなのだろうが、生憎ユーリという人間はそういったことに無頓着な男だった。
「うおおぉぉぉぉ!!!決闘だってぇ!?こいつは面白れぇ!!」
「しかもあの『キングスレイヤー』と『サラトガ山賊団団長』の対決だろぉ!?これで盛り上がんなって方が無理な話だぜ!!」
「いいぞ、やれやれぇ!!」
しかし周りがそれを許してはくれない。
決闘という出来事は、今までずっと収監されており、今現在は戦場で無理やり働かされている彼ら囚人達にとって余りに刺激的な娯楽であった。
しかもそれを「キングスレイヤー」の異名を持つユーリと、あの悪名高い山賊団である「サラトガ山賊団団長」が行うだ、これで盛り上がるなというのは無理な話であった。
「待て待て、手前らぁ!!盛り上がるのはまだ早ぇぞぉ!!決闘といったら、付きもんのあれを忘れちゃいねぇかぁ!?・・・そう、賭けだ!!賭けが出来るぞ手前ぇらぁぁぁ!!!」
「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」
しかもそんな囚人達を焚きつけるようにエディが賭けの話を持ち出してしまえば、もうお終いだ。
興奮のるつぼと化した囚人部隊の面々に、もはやユーリに決闘を断る選択肢などなくなってしまっていた。
「え、あの俺、やるつもりないんですけど・・・」
怒号のような歓声が響き渡る幕舎に、ユーリの空しい声が響く。
そんなユーリの肩に、誰かが優しく手を掛けてきていた。
「シャロンさん・・・」
それはユーリの仲間であるシャロンのものであった。
彼の顔を見上げ、その優しい表情に安堵するユーリ。
「あら、いいじゃない受けちゃえば?ああいうお転婆娘ちゃんは、一度バシッと決めとけば大人しくなるものよ?あ、エディちゃん!あたしも一口乗らせてもらうわー!」
「おっと、姉さんもですか?へへへ・・・どうしやすか、こっちは色々と商品取り揃えてやすぜ?単純明快で分かりやすいどっちが勝つかに賭ける単勝もありゃ、勝ち方や時間、果ては状況にまで言及する複式なんてのもある。前者の方が当てやすいですが、後者は一発当てりゃでかいですぜぇ」
「うーん、そうねぇ・・・」
しかし現実は過酷であった。
シャロンはユーリに対し適当な言葉を投げかけるとウインクしては去っていく、そしてスキップをするような足取りでエディへと近寄った彼は、楽しそうな様子で賭け事に興じるのだった。
「えぇ、そんなぁ」
最後の頼みの綱であるシャロンが見せたそんな振る舞いに、ユーリはがっくりと項垂れる。
もはや彼に決闘から逃れる術はないのか、そんな時デズモンドが幕舎の幕を捲って顔を見せていた。
「デズモンド!君なら―――」
まだ自分には頼れる仲間がいた、そう輝く表情で顔を上げるユーリ。
「・・・決闘場の準備、終わったぞ」
そんな彼にぶつけられたのは、デズモンドの残酷な言葉だった。
「いやぁ流石はデズモンドの旦那だ、仕事が早い!!ささっ、皆様がた場所を移しやしょう!楽しい楽しい決闘の始まりでやすよ!!」
「さぁいい子ちゃん達、ついて来てぇ!こっちよー!」
デズモンドの知らせ、ぞろぞろと場所を移していく囚人部隊の面々。
彼らを先導するシャロンはどこかから調達したのか分からない旗を取り出すと、それをフリフリと振っては楽しそうにデズモンドが設えた決闘場へと急いでいた。
「・・・頑張れ」
最後に、デズモンドだけが地面に手をつき項垂れるユーリの肩にポンと手を置き、そう優しく声を掛けてくる。
「ははは・・・」
ユーリにはもはや、それに言葉を返す気力も残されていなかった。
それを掲げようとしているのは勿論あのキングスレイヤー、ユーリ・ハリントンだ。
彼はお供達であるオカマ、チビ、巨人の手を借りて、邪悪な魔王の城へと旗を掲げる。
彼が魔王の城にその旗を掲げると立ち込めていた暗雲は晴れ、眩い朝日が彼を照らした。
彼はその景色を、かつて魔王の城だった城壁の縁から誇らしげに見下ろす。
そして何かに気がつくと、彼は真っすぐにやってくるのだ。
世界を救った勇者が帰る場所といったら決まっている、愛する姫の下だ。
彼、ユーリ・ハリントンは私に手を伸ばすとこう口にする。
「―――ら!頭!!」
お頭と。
ん、それは何かおかしくはないか、ここはお頭ではなくちゃんと名前で呼んで貰わないと。
まどろみと覚醒の間の胡乱な意識の中で、サガトガ山賊団団長ケイティはうっすらと目蓋を開ける。
そこには彼女の身体を必死に揺らして起こそうとしている、髭もじゃのむさ苦しい男の姿があった。
「きゃあああああ!!!?」
うっとりと恍惚な気持ちで美しい夢に浸っていた所から、急にそんな現実を突きつけられれば誰だって悲鳴を上げるだろう。
シャロンもまた当然のようにそれを行い、かつ山賊団の団長らしい豪傑さで目の前の男の頬を強かに張り倒していたのだった。
「ひ、ひでぇじゃねぇですかい頭ぁ・・・俺ぁ、ただ頭を起こそうとしただけなのに」
「あん?何だいあんたかい、そりゃ悪かったねぇ。でもあんたにも悪いところはあるよ、あたいが昼寝してるときは起こすなっていつも言ってるだろう?折角、ユーリ様が迎えに来てくれたってのに・・・」
見ればケイティの足元に蹲り、痛そうに叩かれた頬を押さえているのは彼女の部下であり側近と呼んでもいい団員であった。
彼の顔を目にし拍子抜けしたように息を吐いたケイティは、起き抜けざまに握りしめていた短剣を手放すと、顔を背けてはぼそりと何事かを呟いていた。
「ん?何か言いましたかい、頭?」
「ばっ!?べ、別に何でもないよ!!それより、何か用があったんだろ?あたいの貴重な昼寝の時間を邪魔したんだからさ!」
目の前の男はケイティが側近に取り立てるだけあって感覚が鋭く、彼女が思わず零してしまったその独り言もしっかりと聞き咎めてしまう。
それを指摘されたケイティは破裂音のような音を口から発すると、その炎のように真っ赤な髪と同じ色に顔を染めていく。
彼女はそれを誤魔化すように目の前の男へと用件を尋ねるが、彼はそうした彼女の振る舞いを見て見ぬふりをしてやるだけの器量があったので、特に気にせずに用件を伝える。
「あぁ、それなんですが・・・お耳を拝借してもよろしいですか?実はですね・・・」
「何だい、随分もったいぶるじゃないか?何々・・・」
男が口を寄せた耳は、まだ先ほどの興奮が収まっていないのかほんのりと赤い。
その色は、男が口にしたことによって再び濃く染まることになる。
「何だって!!?」
しかしそれは、先ほどとは異なる感情でであった。
◇◆◇◆◇◆
「ユーリ!!あんた、ユークレール家の家宰だったってのは本当かい!?」
ユーリ達の幕舎に飛び込んでくるなり、ケイティはそう叫んでいた。
その頬は興奮に上気し、彼女の真っ赤な髪と同じ色になっていたがそれは怒りのためであった。
「え?そうですけど、どこで聞いたんですかそれ?」
すっかり設営を終えた幕舎では、ユーリ達が四人で集まり何やらカードゲームに興じている所であった。
シャロンとデズモンドが既にゲームを降り、エディと一対一になった場に押し入ってきたケイティ、ユーリはその剣幕に思わず手にしていたカードを取り落としていた。
どうやら既にゲームは勝負を決める段になっていたようで、エディがユーリの取り落としたカードを覗き見てはガッツポーズを決め、机の上に積み重ねられていたチップを根こそぎ回収していた。
「っ!!本当だったんだ・・・じゃああんたが!あんたがあの女を、聖剣騎士団の連中を嗾けてあたい達を襲わせってのかい!?」
「聖剣騎士団を嗾けた・・・?えっとその、どういう事でしょうか?」
興奮するケイティの剣幕は激しく、その声に彼らの幕舎の周りに人が集まってくる。
「とぼけったって無駄だよ!あたいはサガトガ山賊団のケイティ!!この名前、忘れたとは言わせないよ!!」
「いや前にも言ったと思うんですけど、知らな・・・あれ、そういえばその名前どっかで聞いたような?あぁー!そういえばエクスが、そんな名前の山賊団を相手したとか言ってたような気がするな!」
さっぱり心当たりがないとポカンとした表情を浮かべているユーリの態度は、怒りに燃えるケイティからすればすっとぼけているようにも見える。
それにさらに怒りを高ぶらせた彼女は、かつてしたように自らの名を名乗る。
ユーリもまたかつてのように知らないと答えようとしていたが、その途中で彼はようやく思い出したようだった、エクスが薙ぎ倒してきた賊の数々、その中にそうした名前の山賊団があったと。
「・・・それだけ?あたい達を叩きつぶした事が、たったそれだけの事だって?あたい達が!あんた達のせいでどれだけ酷い目にあったか!!あの時あの女が現れなければ、あたい達は捕まる事も!こうして扱き使われることもなかった!!」
あの時、エクスが討伐して帰ってきた賊の数は数得きれないほどのものに上った。
そのためユーリからすればその一つ一つの印象は薄くなり、大した思い入れないのも当然である。
しかしエスクによって壊滅的な打撃を受け、そのために懲罰部隊として国のために働くという屈辱的な仕事をすることになった彼女達の恨みは強く、それが二人の間に深いギャップを生んだ。
それは二人の態度の違いとなって現れ、まるで自分達が破滅する原因となった出来事がどうでもいい事だとでも言いたげなユーリの態度に、ケイティは激高した。
「拾いな!!」
ケイティは懐から短刀を素早く取り出すと、それを抜き放つ。
その目にも止まらぬ早業に周囲の者達が息を呑む中、彼女はその鞘をユーリへと投げつけていた。
「えーっと、これは?」
革で出来た短刀の鞘は地面へと落ちても大した音を立てない、それを拾い上げたユーリは何の意図でそれを放ったのかと不思議そうに首を捻っている。
「あたいらの流儀さ!決闘のね!!」
それはケイティ達のような賊に伝わる決闘の流儀、貴族における手袋を投げつけるのと同じようなものであった。
それを語ったケイティの言葉に、初めてそれを知った者達の間にはざわざわとした衝撃が奔り、元々それを知っていた彼女の部下達はうんうんと頷いて見せていた。
「ユーリ・ハリントン、あんたに決闘を申し込む!まさか逃げやしないだろうね!!」
抜き放った短刀をユーリへと突きつけ、ケイティは決闘を申し込む。
その自らの髪の毛と同じよう燃え盛り真っすぐにユーリを見据える瞳は自信に溢れており、まさかユーリがそれを断るなど考えてもいないようだった。
「いや、普通に逃げますけど?受ける理由ないし、大体―――」
しかし彼女の思惑とは裏腹に、ユーリはそれをあっさりと断っていた。
それもその筈だろう、この決闘はケイティの一方的な恨みに端を発しており、ユーリには受けたところで何のメリットもないのだから。
普通ならばそこで男としてメンツなどを引っ張り出すものなのだろうが、生憎ユーリという人間はそういったことに無頓着な男だった。
「うおおぉぉぉぉ!!!決闘だってぇ!?こいつは面白れぇ!!」
「しかもあの『キングスレイヤー』と『サラトガ山賊団団長』の対決だろぉ!?これで盛り上がんなって方が無理な話だぜ!!」
「いいぞ、やれやれぇ!!」
しかし周りがそれを許してはくれない。
決闘という出来事は、今までずっと収監されており、今現在は戦場で無理やり働かされている彼ら囚人達にとって余りに刺激的な娯楽であった。
しかもそれを「キングスレイヤー」の異名を持つユーリと、あの悪名高い山賊団である「サラトガ山賊団団長」が行うだ、これで盛り上がるなというのは無理な話であった。
「待て待て、手前らぁ!!盛り上がるのはまだ早ぇぞぉ!!決闘といったら、付きもんのあれを忘れちゃいねぇかぁ!?・・・そう、賭けだ!!賭けが出来るぞ手前ぇらぁぁぁ!!!」
「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」
しかもそんな囚人達を焚きつけるようにエディが賭けの話を持ち出してしまえば、もうお終いだ。
興奮のるつぼと化した囚人部隊の面々に、もはやユーリに決闘を断る選択肢などなくなってしまっていた。
「え、あの俺、やるつもりないんですけど・・・」
怒号のような歓声が響き渡る幕舎に、ユーリの空しい声が響く。
そんなユーリの肩に、誰かが優しく手を掛けてきていた。
「シャロンさん・・・」
それはユーリの仲間であるシャロンのものであった。
彼の顔を見上げ、その優しい表情に安堵するユーリ。
「あら、いいじゃない受けちゃえば?ああいうお転婆娘ちゃんは、一度バシッと決めとけば大人しくなるものよ?あ、エディちゃん!あたしも一口乗らせてもらうわー!」
「おっと、姉さんもですか?へへへ・・・どうしやすか、こっちは色々と商品取り揃えてやすぜ?単純明快で分かりやすいどっちが勝つかに賭ける単勝もありゃ、勝ち方や時間、果ては状況にまで言及する複式なんてのもある。前者の方が当てやすいですが、後者は一発当てりゃでかいですぜぇ」
「うーん、そうねぇ・・・」
しかし現実は過酷であった。
シャロンはユーリに対し適当な言葉を投げかけるとウインクしては去っていく、そしてスキップをするような足取りでエディへと近寄った彼は、楽しそうな様子で賭け事に興じるのだった。
「えぇ、そんなぁ」
最後の頼みの綱であるシャロンが見せたそんな振る舞いに、ユーリはがっくりと項垂れる。
もはや彼に決闘から逃れる術はないのか、そんな時デズモンドが幕舎の幕を捲って顔を見せていた。
「デズモンド!君なら―――」
まだ自分には頼れる仲間がいた、そう輝く表情で顔を上げるユーリ。
「・・・決闘場の準備、終わったぞ」
そんな彼にぶつけられたのは、デズモンドの残酷な言葉だった。
「いやぁ流石はデズモンドの旦那だ、仕事が早い!!ささっ、皆様がた場所を移しやしょう!楽しい楽しい決闘の始まりでやすよ!!」
「さぁいい子ちゃん達、ついて来てぇ!こっちよー!」
デズモンドの知らせ、ぞろぞろと場所を移していく囚人部隊の面々。
彼らを先導するシャロンはどこかから調達したのか分からない旗を取り出すと、それをフリフリと振っては楽しそうにデズモンドが設えた決闘場へと急いでいた。
「・・・頑張れ」
最後に、デズモンドだけが地面に手をつき項垂れるユーリの肩にポンと手を置き、そう優しく声を掛けてくる。
「ははは・・・」
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