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第二章 王国動乱
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「ぐぬぬぬ・・・どうして、どうしてこんな事になったのだ!?」
カンパーベック砦奪還に湧き上がる陣地から打って変わって、静まり返った幕舎の中でボロアの声が空しく響く。
カンパーベック砦という明確な拠点を手に入れたにも拘らず、彼が今だその外に張った幕舎の中に居残っていたのは、ユーリ達が立てた手柄を認めたくなかったからだ。
そのために彼は、この陣地を引き払うまで監視が必要だとか何とか理由をつけて、今だにこの場に居座っているのだった。
「砦の奪還に成功したのですから、素直に喜べばよろしいのでは?」
ボロアの執事であるセバスが口にした言葉は、完全に彼をおちょくるためのものだろう。
ボロアが自らの思惑を語ったその場に居合わせたセバスは、彼がなぜ今そんなにも動揺しているか知っている筈なのだから。
「馬鹿者!!僕の失態の責任を奴らに押しつけるためにやらせたのだぞ!成功しては何の意味がないじゃないか!?」
「おぉ、そうでございました。これは失敬失敬・・・」
案の定、ボロアから大変情けない言葉を引き出し、ご満悦の様子のセバスは軽い調子で謝罪を告げる。
「ん?待てよ・・・そうだ、素直に喜べばいいのだ!!その手があったではないか!!」
「・・・どうされました坊ちゃま?遂に頭がおかしくなりましたか?」
セバスがボロアをおちょくるためだけに発した言葉、しかしどうやらそれにより彼は何かを閃いたようだった。
食事の途中だったのか、その両手にナイフとフォークを握りしめたまま彼は立ち上がる。
そんな彼に、セバスは冷ややかな視線を送っていた。
「ふっふっふ、まぁそう慌てるなセバス・・・砦奪還の報告はまだだな?」
「折角熱々の内にお召し上がりいただこうと用意した食事が、刻一刻と冷めていく様子を見れば焦りも致しますが・・・まだでございますな。そもそも、その仕事は坊ちゃまの役割では?」
どれだけ主人を侮っていても仕事だけは完璧にこなすセバスは、もちろん食事についても完璧なタイミングで提供していた。
その食事が刻一刻と冷めていき、ボロアがこちらを指すために使っているナイフが彼の立派な口髭を少しばかり切り落としていても、彼は僅かに眉をひくつかすだけで堪えて見せる。
「そうだ、それはこの僕の仕事だ!そして!!僕は奴らが砦を奪還したことなど、悔しくてまだ報告していないのだ!!」
「・・・逆に、清々しくなってしまうほど情けない発言でございますな」
ユーリが所属する懲罰部隊を指揮下に置くボロアには、日々の戦況を上へと報告する義務があった。
しかし彼はユーリ達がカンパーベック砦をたった四人で奪還したという大手柄を上に報告することが余りに悔しく、今までそれを怠っていたのだった。
「ふふふ、だがなセバス・・・今回はそれが功を奏したのだ!僕は砦奪還の報告をまだしていない!まだしていないという事は、それを自分の手柄として上に報告してもいいという事だ!!ふははっ、どうだこの素晴らしいアイデアは!!早速、オブライエン公に報告に向かわねば!!後の事は任せたぞ、セバス!」
ボロアが閃いた逆転の一手とは、ユーリ達の手柄を自分のものとしてしまうというものだった。
その素晴らしい閃きに酔いしれるボロアは、もはやいても立っても居られぬと椅子から立ち上がると、食事のためのナプキンを首元に着けたまま飛び出していく。
「・・・ふむ、我ながら上出来ですな」
ほとんどで手を付けずに食事を残していったボロア、セバスはその残された食事を一掴みすると口に放り込み、自らの料理の腕前を自画自賛していた。
「それにしても、よろしいのですかな坊ちゃま?私の記憶が確かならば、坊ちゃまは自らの失態であるカンパーベック砦失陥についても上に報告していなかったように思えるのですが」
喜び勇んでカンパーベック砦奪還の報告をオブライエン公、つまりジーク・オブライエンへとしに行くボロア。
しかしそのジークは彼が報告を握り潰したため、カンパーベック砦の失陥すらまだ知らない筈なのだ。
落ちたこともない筈の砦を奪還したと報告にやって来ては、あまつさえそれを手柄のように誇る、そんな人間に対してジーク・オブライエンはどう接するのか。
セバスはそんなことを想像しながら、自ら用意した素晴らしく美味しい昼食をゆっくりと堪能していたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「カンパーベック砦を奪還した、だと?おかしな話だな、奪還したも何も・・・あそこは元々我々のものだった筈だが?」
王都クイーンズガーデン、その王城である黒百合城の奥、宰相であるジーク・オブライエンのために用意された執務室で、その部屋の主は窓から注ぐ日差しを背中で浴びながらそう静かに口にしていた。
「へ?」
顔の前に組んだ腕の上に顎を乗せるようにしてこちらを睨みつけてくるジークの迫力はそれだけでも大したものであったが、それに背後からの後光まで加わればもはや思わず息を呑んでしまうほどだ。
そんなジークの前で彼からお褒め言葉が頂けると期待し間抜け面を晒していたパルバール男爵ボロアは、彼から返ってきた意外な返事に更なる間抜け面を披露していた。
「え、えー何を仰っているのか皆目見当も・・・あっ!!?」
ジークの発言の意味が分からないと、キョロキョロと視線を彷徨わせながら適当な言葉を口にしていたボロアも、やがてその意味を悟ると顔を真っ青に染める。
今更ながら自分がカンパーベック砦陥落の報告を握り潰していたことを思い出した彼は、ダラダラと滝のような冷や汗を流し始めていた。
「おかしいですね、ボロリア卿の報告を信じるならばカンパーベック砦は一度陥落したことになる。そうなりますとその責任をまず追及しなければなりませんが、当時の責任者は・・・おや、ボロリア卿ではありませんか。これは、いかがいたしましょうかジーク様?」
そんなボロアにさらに追い打ちをかけるように、ジークの背後に控えていたマービンが心底不思議そうに彼の失態を指摘する。
ボロアの喉から、首を絞められたカエルのような悲鳴が漏れた。
「・・・カンパーベック砦は重要な軍事拠点だ、それを失墜した責任は余りに重大である。よってボロリア卿には爵位剥奪のうえ即刻死―――」
ジークは先ほどから全く変わらぬ不動の姿勢のまま、淡々とボロアに最後通牒を告げる。
彼がそれを言い終わる前からマービンはその決断を察していたのか、何やら兵士を呼びにやろうとしていた。
ボロア処刑、そのための兵を。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!私の、私の勘違いであります!!我が部隊の運営は至って順調、何も問題ありません!!カンパーベック砦の奪還など、ましてや失墜など起こってなどおりませんでした!そ、それでは、報告も終わりましたのでこれで失礼させていただきますぅぅぅ!!!」
ゴンと響いた物音は、ボロアが見事なジャンピング土下座を決めた時の音だ。
彼はその姿勢のまま、先ほど報告したことは全て自分の勘違いだったと捲し立てると、そのまま全速力でこの場を後にしていく。
「・・・よろしかったのですか?」
「あんな者でもこちらに味方する貴重な貴族の一人だ、そう易々と手放す訳にもいくまい」
随分と長く続いたボロアの悲鳴もやがて途切れ、沈黙が訪れた室内にマービンの窺うような声が響く。
それに答えたジークはどこか疲れたような様子で、軽く頭を押さえているようだった。
「いえ、そちらではなく・・・例の部隊についてにございます、何やらたった四人だけで例のカンパーベック砦を奪還したとか。褒美の一つでも与えるべきではないでしょうか?」
そうではないと口にするマービンの言動は、カンパーベック砦で起こった出来事を全て知っている者の口ぶりだ。
それは当然で、彼らはそれらの事をボロアから報告されるまでもなく全て掌握していたのだった。
「その事か・・・あれには当然の事だ、捨て置け」
「・・・左様で」
マービンが口にしたのはユーリ達の活躍についてだ、それを彼から聞いたジークは深く腰を下ろしていた椅子から立ち上がると窓の外へと視線を向け、そう冷たく言い捨てる。
しかし自らの息子にそんな冷たい態度を取ったジークの発言を耳にしたマービンの口元には、どこか優しげな微笑みが浮かんでいた。
「ところでジーク様、エスメラルダ様の件なのですが・・・いかがいたしましょう?」
「・・・あれももう子供ではない市井の厳しさを知るのもいいだろう、放っておけ」
「はっ」
会話の終わりにマービンが思い出したように付け加えたその話題、それに答えたジークの声が少し疲れているように感じられたのは気のせいだろう。
束の間の休息に再び席へと戻ったジークはマービンへと合図を送る、それに応えたマービンが次の者へと入室を促すと報告に訪れた貴族風の若者が緊張した面持ちで入室してくる。
それに対し、先ほどまでと同じ厳しい面持ちで対応するジークに疲れた様子はない。
彼の執務はそれからたっぷり半日ほど続き、終わった時にはすっかり日が暮れてしまっていた。
◇◆◇◆◇◆
「身体は泥に汚れ、碌に食べるものもなく、眠る所も満足に用意出来ない。こんな生活、こんな生活もう・・・もう、最っ高ですわ!!」
リグリア王国某所、カンパーベック砦からほど近い森の中で黒髪の美しい少女が両手を握りしめてはそう叫んでいた。
その言葉を叫んだ少女、エスメラルダはこの国でも最高の名門であるオブライエン家に生まれた生粋のお嬢様であった。
そんな生粋のお嬢様であるエスメラルダにとって、こんな野外でキャンプするなど当然初めて経験である。
そしてその初めての経験は予想だにしない喜びを彼女に与えたようで、彼女はその頬を土埃で汚しながら汗まみれの顔でそう叫ぶ、キャンプ最高と。
彼女は余程興奮しているのか、普段使わない言葉遣いにまでなってしまう始末であった。
「ねーさまねーさま!見て見てー!凄いでしょ、これ!?ボクが獲って来たんだよ!!」
「ね、ねーさま!わ、私も色々取ってきました!ほら野苺もあるし、美味しそうなキノコだって!」
「えー?キノコなんて美味しくないじゃん!ボクのお魚の方が嬉しいよね?ね、ねーさま?」
「そ、そんなことないもん!!キノコだって美味しいもん!ねーさまもそう思いますよね!?」
そんな彼女の下に彼女以上にその全身を泥まみれにした黒と白の獣耳少女達が駆け込んできていた。
彼女達はそれぞれ手にした獲物を掲げるとそれをアピールし、エスメラルダから褒めてもらおうと押し合うようにして競い合う。
それに挟まれながらぎゅうぎゅうと押しつぶされていくエスメラルダは困ったような表情を浮かべていたがどこか嬉しそうで、二人の妹達もすっかり彼女に懐いたようだった。
「やれやれ、呑気なもんだぜ。まるでピクニック気分じゃねぇか」
もはやそれぞれの作業を放り出し、二人してエスメラルダを引っ張り出しているネロとプティの姿に、ガララは肩を竦めると呆れるようにそう漏らす。
彼の背後では、彼らが懲罰部隊の野営地だと知らずにそこからかっぱらってきたテントの設営に四苦八苦しているヌーボの姿があった。
「あ、あわわ・・・ガ、ガララ、こ、これ、どうしたらいいんだな?」
「あん?ちっ、そんな事も分からねぇのか?全く、仕方ねぇ奴だな手前はよぉ!」
テントのパーツである木製の支柱とロープを手にしながら、それをどう使っていいのか全く分からないと首を捻っているヌーボ。
そんな彼の姿に舌打ちを漏らしたガララは腕を捲るとテキパキと指示を出し、あっという間にテントを設営してしまっていた。
「ま、こんなもんだろ」
出来上がったテントを見上げながら、小柄なガララは満足そうにそう呟く。
「わー・・・凄いね、ネロ!」
「うん!ねーねー、どうやったの?どうやったのー?ボクにも教えてよ、ねーねー?」
それを知らない者からすればまるで魔法のような手際の良さでテントを設営して見せたガララに、ネロとプティの二人が目を輝かせながら彼の下へと飛びついてくる。
その背後では、自分も教えてもらいたそうなエスメラルダの怨めしそうな姿もあった。
「あぁん?ちっ・・・しょーがねぇーなー、全くよぉ!!」
キラキラと輝く四つの目に、ガララは面倒くさそうに頭を掻きむしると舌打ちを漏らす。
しかし再び顔を上げた彼の表情はどこか楽しげで、腕まくりして見せたその姿は生き生きとしていた。
こうしてエスメラルダ一行のキャンプ生活は、今日も賑やかに過ぎていくのだった。
カンパーベック砦奪還に湧き上がる陣地から打って変わって、静まり返った幕舎の中でボロアの声が空しく響く。
カンパーベック砦という明確な拠点を手に入れたにも拘らず、彼が今だその外に張った幕舎の中に居残っていたのは、ユーリ達が立てた手柄を認めたくなかったからだ。
そのために彼は、この陣地を引き払うまで監視が必要だとか何とか理由をつけて、今だにこの場に居座っているのだった。
「砦の奪還に成功したのですから、素直に喜べばよろしいのでは?」
ボロアの執事であるセバスが口にした言葉は、完全に彼をおちょくるためのものだろう。
ボロアが自らの思惑を語ったその場に居合わせたセバスは、彼がなぜ今そんなにも動揺しているか知っている筈なのだから。
「馬鹿者!!僕の失態の責任を奴らに押しつけるためにやらせたのだぞ!成功しては何の意味がないじゃないか!?」
「おぉ、そうでございました。これは失敬失敬・・・」
案の定、ボロアから大変情けない言葉を引き出し、ご満悦の様子のセバスは軽い調子で謝罪を告げる。
「ん?待てよ・・・そうだ、素直に喜べばいいのだ!!その手があったではないか!!」
「・・・どうされました坊ちゃま?遂に頭がおかしくなりましたか?」
セバスがボロアをおちょくるためだけに発した言葉、しかしどうやらそれにより彼は何かを閃いたようだった。
食事の途中だったのか、その両手にナイフとフォークを握りしめたまま彼は立ち上がる。
そんな彼に、セバスは冷ややかな視線を送っていた。
「ふっふっふ、まぁそう慌てるなセバス・・・砦奪還の報告はまだだな?」
「折角熱々の内にお召し上がりいただこうと用意した食事が、刻一刻と冷めていく様子を見れば焦りも致しますが・・・まだでございますな。そもそも、その仕事は坊ちゃまの役割では?」
どれだけ主人を侮っていても仕事だけは完璧にこなすセバスは、もちろん食事についても完璧なタイミングで提供していた。
その食事が刻一刻と冷めていき、ボロアがこちらを指すために使っているナイフが彼の立派な口髭を少しばかり切り落としていても、彼は僅かに眉をひくつかすだけで堪えて見せる。
「そうだ、それはこの僕の仕事だ!そして!!僕は奴らが砦を奪還したことなど、悔しくてまだ報告していないのだ!!」
「・・・逆に、清々しくなってしまうほど情けない発言でございますな」
ユーリが所属する懲罰部隊を指揮下に置くボロアには、日々の戦況を上へと報告する義務があった。
しかし彼はユーリ達がカンパーベック砦をたった四人で奪還したという大手柄を上に報告することが余りに悔しく、今までそれを怠っていたのだった。
「ふふふ、だがなセバス・・・今回はそれが功を奏したのだ!僕は砦奪還の報告をまだしていない!まだしていないという事は、それを自分の手柄として上に報告してもいいという事だ!!ふははっ、どうだこの素晴らしいアイデアは!!早速、オブライエン公に報告に向かわねば!!後の事は任せたぞ、セバス!」
ボロアが閃いた逆転の一手とは、ユーリ達の手柄を自分のものとしてしまうというものだった。
その素晴らしい閃きに酔いしれるボロアは、もはやいても立っても居られぬと椅子から立ち上がると、食事のためのナプキンを首元に着けたまま飛び出していく。
「・・・ふむ、我ながら上出来ですな」
ほとんどで手を付けずに食事を残していったボロア、セバスはその残された食事を一掴みすると口に放り込み、自らの料理の腕前を自画自賛していた。
「それにしても、よろしいのですかな坊ちゃま?私の記憶が確かならば、坊ちゃまは自らの失態であるカンパーベック砦失陥についても上に報告していなかったように思えるのですが」
喜び勇んでカンパーベック砦奪還の報告をオブライエン公、つまりジーク・オブライエンへとしに行くボロア。
しかしそのジークは彼が報告を握り潰したため、カンパーベック砦の失陥すらまだ知らない筈なのだ。
落ちたこともない筈の砦を奪還したと報告にやって来ては、あまつさえそれを手柄のように誇る、そんな人間に対してジーク・オブライエンはどう接するのか。
セバスはそんなことを想像しながら、自ら用意した素晴らしく美味しい昼食をゆっくりと堪能していたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「カンパーベック砦を奪還した、だと?おかしな話だな、奪還したも何も・・・あそこは元々我々のものだった筈だが?」
王都クイーンズガーデン、その王城である黒百合城の奥、宰相であるジーク・オブライエンのために用意された執務室で、その部屋の主は窓から注ぐ日差しを背中で浴びながらそう静かに口にしていた。
「へ?」
顔の前に組んだ腕の上に顎を乗せるようにしてこちらを睨みつけてくるジークの迫力はそれだけでも大したものであったが、それに背後からの後光まで加わればもはや思わず息を呑んでしまうほどだ。
そんなジークの前で彼からお褒め言葉が頂けると期待し間抜け面を晒していたパルバール男爵ボロアは、彼から返ってきた意外な返事に更なる間抜け面を披露していた。
「え、えー何を仰っているのか皆目見当も・・・あっ!!?」
ジークの発言の意味が分からないと、キョロキョロと視線を彷徨わせながら適当な言葉を口にしていたボロアも、やがてその意味を悟ると顔を真っ青に染める。
今更ながら自分がカンパーベック砦陥落の報告を握り潰していたことを思い出した彼は、ダラダラと滝のような冷や汗を流し始めていた。
「おかしいですね、ボロリア卿の報告を信じるならばカンパーベック砦は一度陥落したことになる。そうなりますとその責任をまず追及しなければなりませんが、当時の責任者は・・・おや、ボロリア卿ではありませんか。これは、いかがいたしましょうかジーク様?」
そんなボロアにさらに追い打ちをかけるように、ジークの背後に控えていたマービンが心底不思議そうに彼の失態を指摘する。
ボロアの喉から、首を絞められたカエルのような悲鳴が漏れた。
「・・・カンパーベック砦は重要な軍事拠点だ、それを失墜した責任は余りに重大である。よってボロリア卿には爵位剥奪のうえ即刻死―――」
ジークは先ほどから全く変わらぬ不動の姿勢のまま、淡々とボロアに最後通牒を告げる。
彼がそれを言い終わる前からマービンはその決断を察していたのか、何やら兵士を呼びにやろうとしていた。
ボロア処刑、そのための兵を。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!私の、私の勘違いであります!!我が部隊の運営は至って順調、何も問題ありません!!カンパーベック砦の奪還など、ましてや失墜など起こってなどおりませんでした!そ、それでは、報告も終わりましたのでこれで失礼させていただきますぅぅぅ!!!」
ゴンと響いた物音は、ボロアが見事なジャンピング土下座を決めた時の音だ。
彼はその姿勢のまま、先ほど報告したことは全て自分の勘違いだったと捲し立てると、そのまま全速力でこの場を後にしていく。
「・・・よろしかったのですか?」
「あんな者でもこちらに味方する貴重な貴族の一人だ、そう易々と手放す訳にもいくまい」
随分と長く続いたボロアの悲鳴もやがて途切れ、沈黙が訪れた室内にマービンの窺うような声が響く。
それに答えたジークはどこか疲れたような様子で、軽く頭を押さえているようだった。
「いえ、そちらではなく・・・例の部隊についてにございます、何やらたった四人だけで例のカンパーベック砦を奪還したとか。褒美の一つでも与えるべきではないでしょうか?」
そうではないと口にするマービンの言動は、カンパーベック砦で起こった出来事を全て知っている者の口ぶりだ。
それは当然で、彼らはそれらの事をボロアから報告されるまでもなく全て掌握していたのだった。
「その事か・・・あれには当然の事だ、捨て置け」
「・・・左様で」
マービンが口にしたのはユーリ達の活躍についてだ、それを彼から聞いたジークは深く腰を下ろしていた椅子から立ち上がると窓の外へと視線を向け、そう冷たく言い捨てる。
しかし自らの息子にそんな冷たい態度を取ったジークの発言を耳にしたマービンの口元には、どこか優しげな微笑みが浮かんでいた。
「ところでジーク様、エスメラルダ様の件なのですが・・・いかがいたしましょう?」
「・・・あれももう子供ではない市井の厳しさを知るのもいいだろう、放っておけ」
「はっ」
会話の終わりにマービンが思い出したように付け加えたその話題、それに答えたジークの声が少し疲れているように感じられたのは気のせいだろう。
束の間の休息に再び席へと戻ったジークはマービンへと合図を送る、それに応えたマービンが次の者へと入室を促すと報告に訪れた貴族風の若者が緊張した面持ちで入室してくる。
それに対し、先ほどまでと同じ厳しい面持ちで対応するジークに疲れた様子はない。
彼の執務はそれからたっぷり半日ほど続き、終わった時にはすっかり日が暮れてしまっていた。
◇◆◇◆◇◆
「身体は泥に汚れ、碌に食べるものもなく、眠る所も満足に用意出来ない。こんな生活、こんな生活もう・・・もう、最っ高ですわ!!」
リグリア王国某所、カンパーベック砦からほど近い森の中で黒髪の美しい少女が両手を握りしめてはそう叫んでいた。
その言葉を叫んだ少女、エスメラルダはこの国でも最高の名門であるオブライエン家に生まれた生粋のお嬢様であった。
そんな生粋のお嬢様であるエスメラルダにとって、こんな野外でキャンプするなど当然初めて経験である。
そしてその初めての経験は予想だにしない喜びを彼女に与えたようで、彼女はその頬を土埃で汚しながら汗まみれの顔でそう叫ぶ、キャンプ最高と。
彼女は余程興奮しているのか、普段使わない言葉遣いにまでなってしまう始末であった。
「ねーさまねーさま!見て見てー!凄いでしょ、これ!?ボクが獲って来たんだよ!!」
「ね、ねーさま!わ、私も色々取ってきました!ほら野苺もあるし、美味しそうなキノコだって!」
「えー?キノコなんて美味しくないじゃん!ボクのお魚の方が嬉しいよね?ね、ねーさま?」
「そ、そんなことないもん!!キノコだって美味しいもん!ねーさまもそう思いますよね!?」
そんな彼女の下に彼女以上にその全身を泥まみれにした黒と白の獣耳少女達が駆け込んできていた。
彼女達はそれぞれ手にした獲物を掲げるとそれをアピールし、エスメラルダから褒めてもらおうと押し合うようにして競い合う。
それに挟まれながらぎゅうぎゅうと押しつぶされていくエスメラルダは困ったような表情を浮かべていたがどこか嬉しそうで、二人の妹達もすっかり彼女に懐いたようだった。
「やれやれ、呑気なもんだぜ。まるでピクニック気分じゃねぇか」
もはやそれぞれの作業を放り出し、二人してエスメラルダを引っ張り出しているネロとプティの姿に、ガララは肩を竦めると呆れるようにそう漏らす。
彼の背後では、彼らが懲罰部隊の野営地だと知らずにそこからかっぱらってきたテントの設営に四苦八苦しているヌーボの姿があった。
「あ、あわわ・・・ガ、ガララ、こ、これ、どうしたらいいんだな?」
「あん?ちっ、そんな事も分からねぇのか?全く、仕方ねぇ奴だな手前はよぉ!」
テントのパーツである木製の支柱とロープを手にしながら、それをどう使っていいのか全く分からないと首を捻っているヌーボ。
そんな彼の姿に舌打ちを漏らしたガララは腕を捲るとテキパキと指示を出し、あっという間にテントを設営してしまっていた。
「ま、こんなもんだろ」
出来上がったテントを見上げながら、小柄なガララは満足そうにそう呟く。
「わー・・・凄いね、ネロ!」
「うん!ねーねー、どうやったの?どうやったのー?ボクにも教えてよ、ねーねー?」
それを知らない者からすればまるで魔法のような手際の良さでテントを設営して見せたガララに、ネロとプティの二人が目を輝かせながら彼の下へと飛びついてくる。
その背後では、自分も教えてもらいたそうなエスメラルダの怨めしそうな姿もあった。
「あぁん?ちっ・・・しょーがねぇーなー、全くよぉ!!」
キラキラと輝く四つの目に、ガララは面倒くさそうに頭を掻きむしると舌打ちを漏らす。
しかし再び顔を上げた彼の表情はどこか楽しげで、腕まくりして見せたその姿は生き生きとしていた。
こうしてエスメラルダ一行のキャンプ生活は、今日も賑やかに過ぎていくのだった。
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ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
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エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。
恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。
それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
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クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
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小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
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これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
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