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第二章 王国動乱
勝利は黄金に輝く
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ユーリが指揮する懲罰部隊が所属する独立遊撃部隊、その指揮官であるボロア・ボロリアの朝は早い。
厳しい母親の下で育った彼は、毎朝鳥の鳴き声と共に目覚めるのであった。
「ふぁ~ぁ・・・んん~、いい香りだなセバス。この芳しい香り、間違いない今日こそムーラン・ロイヤルだな?」
「いえ、その辺で手に入れた安い紅茶でございます」
そして貴族の朝と言えばこれに決まっている、そう淹れたての紅茶だ。
子供の頃母親が読み聞かせてくれた物語に、そういう習慣の貴族のキャラクターが出てきたのだ。
それ以来彼はそうしている、社交界などで会う他の貴族がそうした習慣をしているという話は聞いたことがないが、彼はそれこそが絶対的に正しい貴族の習慣だと信じていた。
「そうか・・・それで奴らから報告は来ているか?」
自信をもって断言した高級銘柄が今日も外れだと執事であるセバスから告げられたボロアは、若干しゅんとした様子で紅茶を啜る。
そうして一息ついた彼は、もったいぶった様子でセバスへと尋ねていた、今朝が期限となるユーリ達の任務、その達成報告が来ているかと。
「報告?一体何のことでしょうか?私が毎朝報告するように申しつけてある坊ちゃまの寝小便の有無の報告なら、先ほど伺いましたが・・・?」
「そ、それは十年も前の話だろ!?大体、何だそれは今も報告を受けているだと!!僕は聞いてないぞ!!」
「言っておりませんから・・・で、カンパーベック砦奪還の報告ですか」
「分かっているなら最初からそう言え!!で・・・どうなのだ?」
ボロアの本当の朝の習慣であるセバスとのじゃれ合いを終え、ようやく落ち着いた彼は再びそれについて尋ねる、カンパーベック砦奪還について。
「上がっておりませんな、そのような報告は」
沈黙に、陣幕の中にしつらえた立派なベッドの上で前屈みになりムニムニと唇を動かしては焦れているボロアの姿を一通り堪能したセバスは、あっさりとそれを告げる。
「ふふっ、ふははははっ!!そうかそうか!来ていないか!!やはりな!昨夜は何やら騒がしかったが、所詮は悪あがきであったという事か!!これで僕の失敗など、なかった事に・・・何だ、騒々しいな?」
カンパーベック砦が落ちたという報告が上がっていないと知ったボロアは、背中を仰け反らせて勝ち誇る。
彼はこれで自らの失態も全てユーリに押し付けられると安堵するが、その時彼の幕舎の外側からざわざわと何やら騒ぎの音が聞こえてきていた。
「おい、あれ・・・」
「う、嘘だろ?」
それは昨夜の騒ぎでよく眠れなかったのか、普段よりも早起きをした囚人部隊の者達の声であった。
彼らは皆、カンパーベック砦の一番高い塔の部分を見上げては何やら信じられないという様子で驚きの声を漏らしている。
「何だ、どうしたというのだ?」
眠る時は全裸と決めているボロアは、近くに掛けてあったガウンを羽織ると幕舎を抜け出し騒ぎの方へと近づいていた。
そちらへと目を向ければ、彼らは皆カンパーベック砦の頂上へと視線を向けており、彼もそれに倣ってそちらへと視線を向ける。
「な、何だと!?」
驚愕に、彼が手にしたままであった紅茶がその手から零れ落ち、地面へと墜落して小さく音を立てる。
ボロアが見上げた先、そこには旗がはためいていた。
懲罰部隊の旗である、クロスした腕に手錠が嵌められた意匠が描かれているその旗が。
◇◆◇◆◇◆
カンパーベック砦の最上階、そのさらに上に上がった屋上、はためく旗に背にしたシャロンは屋上の端へと足を掛け身を乗り出すと、そこからそれに驚く囚人部隊の連中を見下ろしていた。
「どう!?たった三人だけで・・・うぅん、四人だけでこの砦を落として見せたわよ!!驚いたかしら!?まぁ、あたし達に掛かればこれぐらいちょろいものってことね!!
規律もへったくれもない懲罰部隊が起き出すにしては早すぎる時間に、見上げる彼らの数はそれほど多くはない。
しかしざわざわと広がっていく騒ぎに、次々に砦の周囲に集まってきては間抜け面で見上げる彼らの姿にシャロンは満足そうな表情を見せていた。
「ふふーん、少しはあたし達の実力ってものを思い知ったかしら?さぁユーリちゃん!貴方も言っておやりなさい!!」
今も続々と、こちらを見上げる懲罰部隊の数は増えている。
その中に彼らをこんな困難な任務に駆り立てたボロアの姿を見つけ、彼が驚きの余り取り落とした紅茶が足に掛かり、その熱さに慌てふためている様子を見ろしたシャロンは満足したのか後ろを振り返る。
そしてそこで自分の出番を待っている筈のユーリへと手を伸ばしては、彼の番だと力強く宣言していた。
「あら・・・寝ちゃったの?」
しかしシャロンがその先で目にしたのは、屋上に突き立てた旗に仲良く寄りかかり寝息を立てているユーリとデズモンドの姿であった。
「もぅ!折角の晴れ舞台だって言うのに・・・仕方ない子ね」
お互いを支え合うようにして寝息を立てているユーリとデズモンドの姿は、よく見ればボロボロだ。
彼らはもはやそれを着ている体力もなかったのか身に纏っていた鎧を乱暴に脱ぎ散らかしており、その下の服装も擦り切れた箇所が目立ち、血だか泥だかに汚れていない部分を見つける方が難しいという有様であった。
そんな彼らに不満げに唇を尖らせたシャロンはしかし、優しい表情で微笑む。
「あら?下ではエディちゃんが頑張ってくれてるみたいね、なら後は任せても大丈夫・・・ふぁ~ぁ、私も眠く・・・なって、きちゃった・・・」
屋上の縁から下の景色へと目を移せば、そこではエディが周囲の囚人部隊に指示を出しては、シャロン達が奪った砦を確保するために動いているようだった。
それを目にし気が緩んだのか、シャロンは大きく欠伸をするとウトウトと瞳を緩ませていく。
彼はふらふらとした足取りでユーリ達の下へと近寄ると、丁度旗を三方向から支える位置に寄りかかり眠りへと落ちる。
穏やかな寝息が漏れる屋上を、鮮やかな朝日が照らす。
昨夜上がった雨に吹き抜ける優しい風が雲を運んで、抜けるような青空がそこには広がっていた。
厳しい母親の下で育った彼は、毎朝鳥の鳴き声と共に目覚めるのであった。
「ふぁ~ぁ・・・んん~、いい香りだなセバス。この芳しい香り、間違いない今日こそムーラン・ロイヤルだな?」
「いえ、その辺で手に入れた安い紅茶でございます」
そして貴族の朝と言えばこれに決まっている、そう淹れたての紅茶だ。
子供の頃母親が読み聞かせてくれた物語に、そういう習慣の貴族のキャラクターが出てきたのだ。
それ以来彼はそうしている、社交界などで会う他の貴族がそうした習慣をしているという話は聞いたことがないが、彼はそれこそが絶対的に正しい貴族の習慣だと信じていた。
「そうか・・・それで奴らから報告は来ているか?」
自信をもって断言した高級銘柄が今日も外れだと執事であるセバスから告げられたボロアは、若干しゅんとした様子で紅茶を啜る。
そうして一息ついた彼は、もったいぶった様子でセバスへと尋ねていた、今朝が期限となるユーリ達の任務、その達成報告が来ているかと。
「報告?一体何のことでしょうか?私が毎朝報告するように申しつけてある坊ちゃまの寝小便の有無の報告なら、先ほど伺いましたが・・・?」
「そ、それは十年も前の話だろ!?大体、何だそれは今も報告を受けているだと!!僕は聞いてないぞ!!」
「言っておりませんから・・・で、カンパーベック砦奪還の報告ですか」
「分かっているなら最初からそう言え!!で・・・どうなのだ?」
ボロアの本当の朝の習慣であるセバスとのじゃれ合いを終え、ようやく落ち着いた彼は再びそれについて尋ねる、カンパーベック砦奪還について。
「上がっておりませんな、そのような報告は」
沈黙に、陣幕の中にしつらえた立派なベッドの上で前屈みになりムニムニと唇を動かしては焦れているボロアの姿を一通り堪能したセバスは、あっさりとそれを告げる。
「ふふっ、ふははははっ!!そうかそうか!来ていないか!!やはりな!昨夜は何やら騒がしかったが、所詮は悪あがきであったという事か!!これで僕の失敗など、なかった事に・・・何だ、騒々しいな?」
カンパーベック砦が落ちたという報告が上がっていないと知ったボロアは、背中を仰け反らせて勝ち誇る。
彼はこれで自らの失態も全てユーリに押し付けられると安堵するが、その時彼の幕舎の外側からざわざわと何やら騒ぎの音が聞こえてきていた。
「おい、あれ・・・」
「う、嘘だろ?」
それは昨夜の騒ぎでよく眠れなかったのか、普段よりも早起きをした囚人部隊の者達の声であった。
彼らは皆、カンパーベック砦の一番高い塔の部分を見上げては何やら信じられないという様子で驚きの声を漏らしている。
「何だ、どうしたというのだ?」
眠る時は全裸と決めているボロアは、近くに掛けてあったガウンを羽織ると幕舎を抜け出し騒ぎの方へと近づいていた。
そちらへと目を向ければ、彼らは皆カンパーベック砦の頂上へと視線を向けており、彼もそれに倣ってそちらへと視線を向ける。
「な、何だと!?」
驚愕に、彼が手にしたままであった紅茶がその手から零れ落ち、地面へと墜落して小さく音を立てる。
ボロアが見上げた先、そこには旗がはためいていた。
懲罰部隊の旗である、クロスした腕に手錠が嵌められた意匠が描かれているその旗が。
◇◆◇◆◇◆
カンパーベック砦の最上階、そのさらに上に上がった屋上、はためく旗に背にしたシャロンは屋上の端へと足を掛け身を乗り出すと、そこからそれに驚く囚人部隊の連中を見下ろしていた。
「どう!?たった三人だけで・・・うぅん、四人だけでこの砦を落として見せたわよ!!驚いたかしら!?まぁ、あたし達に掛かればこれぐらいちょろいものってことね!!
規律もへったくれもない懲罰部隊が起き出すにしては早すぎる時間に、見上げる彼らの数はそれほど多くはない。
しかしざわざわと広がっていく騒ぎに、次々に砦の周囲に集まってきては間抜け面で見上げる彼らの姿にシャロンは満足そうな表情を見せていた。
「ふふーん、少しはあたし達の実力ってものを思い知ったかしら?さぁユーリちゃん!貴方も言っておやりなさい!!」
今も続々と、こちらを見上げる懲罰部隊の数は増えている。
その中に彼らをこんな困難な任務に駆り立てたボロアの姿を見つけ、彼が驚きの余り取り落とした紅茶が足に掛かり、その熱さに慌てふためている様子を見ろしたシャロンは満足したのか後ろを振り返る。
そしてそこで自分の出番を待っている筈のユーリへと手を伸ばしては、彼の番だと力強く宣言していた。
「あら・・・寝ちゃったの?」
しかしシャロンがその先で目にしたのは、屋上に突き立てた旗に仲良く寄りかかり寝息を立てているユーリとデズモンドの姿であった。
「もぅ!折角の晴れ舞台だって言うのに・・・仕方ない子ね」
お互いを支え合うようにして寝息を立てているユーリとデズモンドの姿は、よく見ればボロボロだ。
彼らはもはやそれを着ている体力もなかったのか身に纏っていた鎧を乱暴に脱ぎ散らかしており、その下の服装も擦り切れた箇所が目立ち、血だか泥だかに汚れていない部分を見つける方が難しいという有様であった。
そんな彼らに不満げに唇を尖らせたシャロンはしかし、優しい表情で微笑む。
「あら?下ではエディちゃんが頑張ってくれてるみたいね、なら後は任せても大丈夫・・・ふぁ~ぁ、私も眠く・・・なって、きちゃった・・・」
屋上の縁から下の景色へと目を移せば、そこではエディが周囲の囚人部隊に指示を出しては、シャロン達が奪った砦を確保するために動いているようだった。
それを目にし気が緩んだのか、シャロンは大きく欠伸をするとウトウトと瞳を緩ませていく。
彼はふらふらとした足取りでユーリ達の下へと近寄ると、丁度旗を三方向から支える位置に寄りかかり眠りへと落ちる。
穏やかな寝息が漏れる屋上を、鮮やかな朝日が照らす。
昨夜上がった雨に吹き抜ける優しい風が雲を運んで、抜けるような青空がそこには広がっていた。
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