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第二章 王国動乱

最後の関門

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「どうやら、兵の排除には成功したようね」

 カンパーベック砦、その内部の建物へと再侵入したユーリ達は、その中を上へ上へとひたすらに上っていた。
 その間、敵の兵士に遭遇する事はほとんどなく、あったとしても一人か二人といった少人数の兵士に遭遇するだけで、それはシャロンとデズモンドの二人に掛かれば障害にもならない存在であった。
 それは一行の先頭を進むシャロンが口にした通り、彼らが砦の兵士を排除に成功したという事を意味していた。

「ボロアちゃんが決めた期日は三日後の夜明け、つまりこの夜が明けるまでよ!時間はないわ、急ぐわよ皆!!」

 螺旋状の階段を上りながら、シャロンはその途中の窓から外の景色へと目を向ける。
 そこには世界を闇で塗りつぶしたような景色が広がっていた、つまり今の時刻は一日が最も暗くなる時間、後はただひたすら明るくなるのを待つだけの夜明け前となっていたのだ。

「・・・間に合いそうか?」

 手を激しく叩いては気合を入れるシャロンの後ろを追いかけるユーリに、デズモンドが尋ねる。
 シャロンが口にした通り、彼らの残された時間は短い。
 作戦会議と準備に丸一日、砦への侵入までにまた丸一日、そして侵入してからこれまでに彼らはほぼ丸一日を要していた。

「それは・・・でも、後は最後の関門だけですから」

 残された時間は短い、しかし残る障害もまた少ないのだとユーリは口にする。
 彼は残された障害はあと一つだと、口にしていた。
 その最後の障害とは―――。

◇◆◇◆◇◆

「・・・奴を倒さなければ」

 カンパーベック砦奪還計画初日、作戦会議の終盤、デズモンドはいつもようにむっつりとそう呟いていた。

「奴?一体誰の事、デズモンドちゃん?」
「・・・ガウンスト将軍です」

 侵入までの手筈、それから砦に詰めている兵士達の排除の方法、それらの計画をまとめたユーリ達の前に立ちはだかる最後の関門、それはガウンスト将軍の存在であった。

「あぁ、将軍ちゃんね。そんなに強いの、その何とかっていう将軍ちゃんは?」

 その名前を出すだけで幕舎の空気は重くなり、降り続ける雨が幕舎の幕を叩き続ける音が響くだけになる沈黙に、一人その重さを理解していないシャロンの能天気な声が響く。

「知らないんですかい、姉さん?ガウンスト将軍といやぁ、負け知らずの将軍として有名ですが、あの将軍はその指揮官として能力でその戦いに勝ってるんじゃねぇんですぜ?その腕っぷし一本で戦を勝利に導いてきたっていう化け物なんでさぁ。確かにもうお年で、全盛期の力はないってもっぱらの噂でやすが・・・それでも、ちっと相手が悪いってもんでさぁね」

 シャロンの能天気さに水を差すように、エディが淡々とガウンスト将軍の脅威について語る。
 その内容は、幾ら腕自慢のシャロンでも敵わないと思える化け物の話であった。

「ふぅん、確かにそれはあたしでもちょーっと荷が重そうね」

 エディの話を聞いてもシャロンがそう軽い調子で答えたのは彼のプライドによるものか、それともこれ以上空気を重くしないための気遣いか。
 しかしそれが功を奏することもなく空気はさらに重くなり、雨垂れが幕舎を叩く陰気な音だけが沈黙に響き続けていた。

「ねぇユーリちゃん?実はあるんでしょ、その将軍ちゃんの弱点とか何か」
「うーん、あるにはあるんですが・・・」
「ほら、あるんじゃない!それでユーリちゃん、その将軍ちゃんの弱点は!?」

 そのシャロンの言葉は沈黙を嫌い苦し紛れに放っただけのものだろう、しかしそれはユーリから意外な言葉を導き出していた。
 手の施しようのない障害として立ち塞がっていたガウンスト将軍に弱点があると口にするユーリにシャロンは喜び勇むと、机に身を乗り出してはユーリにそれを尋ねていた。

「えーっと、ガウンスト将軍には孫娘がいるらしいんですがそれを大変可愛がっているらしくて」
「ふんふん、それでそれで?」
「なので孫娘と同年代の、具体的には十歳前後の女の子を前にするとどうにも力が抜けてしまうらしいです」

 ガウンスト将軍の意外な弱点、それは何と幼い女の子であった。

「・・・えーっと、それだけ?」
「はい、それだけです」

 幼い女の子、具体的に言えば彼の孫娘と同年代の十歳前後の女の子を前にすると力が抜けてしまう。
 それをうまく利用すれば、確かに彼を倒せるかも知れない。

「駄目じゃない!?そんなの今からどうやって用意するっていうの!?」
「流石のあっしでも無理ですわな。男の子であればギリギリ出来なくもないんでやすが、女の子はねぇ・・・」

 しかし無理なのだ、何故ならここにそんな女の子はいないのだから。
 嘆きの声を上げ机を叩きながら立ち上がるシャロンに、男の子ならば出来たのにと自らの小さな体躯を見下ろしながら呟くエディ。
 万策は、尽きたかのように思われた。

「・・・何か打つ手はないのか?」

 椅子に座り直したシャロンがぐったりと項垂れ、それと反対に椅子を傾けながら足をぶらぶらと遊ばせているエディが全てを諦めたように天井を見上げている。
 そんな二人を腕を組んだままむっつりと眺めながら、デズモンドが静かに尋ねる。

「そうですね、あるとすれば―――」

 デズモンドのいつもと変わらぬ表情、それは諦めた者のそれではなかった。
 その意志に応えるべくゆっくりと口を開いたユーリは語る、ガウンストを打倒するための策を。

◇◆◇◆◇◆

「とにかく頑張って倒す、です」

 カンパーベック砦の最上階、今はガウンスト将軍の執務室となっている部屋の前に辿り着いたユーリは、その扉を前に改めてそう口にする。

「はぁ・・・改めて聞いても無茶な話よねぇ」
「・・・やるしかない」

 ユーリが口にしたその言葉に頭が痛くなったとばかりに頭を抱えるシャロン、彼に視線をやりながら床についていた大ぶりな斧を担ぎ直したデズモンドは、そういつものようにむっつりと呟く。

「ふふっ、分かってるわデズモンドちゃん。ちょっと愚痴を言ってみただけよ・・・さぁ、行きましょうユーリちゃん!決着をつけに!!」

 デズモンドの変わらぬ態度に微笑みを漏らしたシャロンは、背筋を伸ばすとゆっくりと腰から剣を引き抜き構える。
 その顔に、もはや迷いはなかった。

「えぇ、行きましょう!」

 シャロンとデズモンド、その二人が向ける決意の眼差しにユーリは力強く答えると、自らもここまでの道中で手に入れた小ぶりな剣を引き抜く。
 そしてガウンスト将軍の執務室の扉へと手を伸ばした彼は、それを一気に押し開いていた。
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