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第二章 王国動乱

敵は外から来るとは限らない

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「な、何だお前達!?持ち場はどうした!?」

 ここはカンパーベック砦、西門へと向かう廊下。
 そこに詰めていた衛兵は、猛然と迫ってくる三人組の姿に動揺しそう叫ぶ。

「いくわよデズモンドちゃん!せーーーの!!」

 普段通り仕事に励んでいると突然そんな奴らがやってくる、そんな状況に遭遇すれば動揺してしまうのも仕方がないことだろう。
 しかしそんな彼ももはや動揺する必要はない。何故なら彼はシャロンとデズモンドの二人が繰り出すダブルラリアットを食らい、失神してしまったのだから。

「ふぅ・・・後はあれを開けるだけね」

 足元に崩れ落ちる兵士を踏み越え、砦の建物から外へと足を踏み出したシャロンは、一仕事終えたと手をパンパンと払いながら外の景色に目を細める。
 そこに現れたのは予想とは違いすっかり日が暮れた景色と、それを遮るように聳え立つ巨大な門であった。

「・・・これからどうする?」
「あぁ、それは―――」

 カンパーベック砦の構造は、彼らが先ほどまでいた兵士達が駐留するための建物とそれを取り囲む城壁、そしてその間に兵を展開したり物資を集積するための中庭といったものであった。
 ユーリ達はその中庭へと足を一歩踏み出し、そこからカンパーベック砦と外界を繋ぐ門の一つである西門を見上げていたのだった。

「それはね、こうするのよ!皆、大変!敵襲よー!!敵襲ー!!」

 夜という事もあってか、中庭の兵士は疎らであった。
 それでも流石に西門の周囲にはそれを守る兵士がおり、その上の城壁には歩哨として外を見張りながら退屈そうに欠伸を噛み殺している兵士の姿があった。
 シャロンはそんな彼らの前におもむろに進み出ると、口元に手を添えてはそう大声で喚き散らしていた。

「っ!シャロン、それは・・・!」

 シャロンの突然の振る舞いに肩を跳ねさせ、身構えるデズモンド。
 彼はユーリを庇うように前に進み出ると周囲を警戒するが、そこにはざわざわと慌てた様子の兵士達の姿があるだけで、敵である彼らの下へと殺到してくる様子はないようであった。

「・・・どういう事だ?」

 敵であるシャロン本人が敵襲を知らせる、そんな異常事態にも拘らず一向にこちらへやってこない兵士達の姿にデズモンドは小首を傾げると、得意げな表情でこちらを見下ろしているシャロンへとそう尋ねる。

「あら、そんなの簡単じゃない。ここは砦で、外には私達の部隊が囲んでいるのよ?敵はどこから来ると思う?」
「・・・外だ」
「ご名答。敵襲なんて声が聞こえたら、外を警戒するのが当然よね。ほら、向こうの兵士ちゃん達を見て御覧なさいな。必死になって敵の姿を探しちゃって、健気よねぇ」

 強固な砦に駐留しそこで守りを固めている兵がどこから来る敵を警戒しているかといえば、それは当然外である。
 そのため、彼らは敵襲の知らせを聞けば自ずと外を警戒する事になる。
 そして逆に警戒の薄くなった内側からは、悠々と彼らが守りを固めている場所まで近づけるのだ。

「さぁ、それじゃ行きましょうか」
「はい!」

 そう西門という、カンパーベック砦において最も大きく、それでいて守りの堅いその場所に。

◇◆◇◆◇◆

「お、お前たち!敵襲というのは本当なのか!?敵の姿などどこにもないではないか!?」

 敵襲の知らせに慌ただしく兵士達が駆け回っている西門、そこにユーリ達が近づくと、ここの指揮官らしき口髭の男が駆け寄ってきてはそう尋ねていた。

「えぇ、間違いありませんわ指揮官殿。敵軍は今にもこの砦へと迫っております、特にこの西門を狙って!」

 焦った様子の指揮官にそう答えたのは、ユーリ達の中から一歩前に出ては踵を打ち鳴らし、見事な敬礼を決めて見せたシャロンであった。
 その敬礼は見様見真似であり、恐らく正式な作法には則っていなかったが、その余りに様になっている姿にそれを指摘する者はついに現れなかった。

「この西門をか!?うむむ、確かに今夜夜襲があるとか何とか言って、斥候に出た兵はいたが・・・まさか奴らめが本当にそんなことを企てておるとは!」

 シャロンの報告を聞いた口髭の指揮官は、それを疑う様子もなく腕を組んではその事態を憂いているようだ。
 それは彼はふと口にした兵士の存在も関係があるだろう、事前に夜襲の可能性を匂わせた彼によって指揮官は聞かされた事実も不思議に思わなくなっていたのだ。

「斥候に出た兵士?」

 しかしその謎の兵士の存在は、ユーリ達からしても初耳であった。

「ほら、エディちゃんの事よきっと。あの子が気を利かせてくれたんだわ」
「あぁ、なるほど」

 その存在が誰かとひそひそと話し合えば、それはエディの事だろうと結論に至る。
 確かにここでそんなことをするとすれば彼以外に考えられず、また彼であればこの目の前の口髭の指揮官を手の平の上で転がし、まんまと斥候に出てしまうことなど訳ないように思えた。

「それで、ガウンスト将軍の指示は?ここで守りを固めておれば良いのか、増援はどれほど期待出来る?」

 夜襲に対する守りについて考えていたのか、目の前のユーリ達の怪しい動きを気にしていない様子の口髭の指揮官が、彼の上司の指示について尋ねる。
 それはあくまでも儀礼的な確認だけで、彼はとっくに門を固く閉じ守りを固めることに心決めているようで、脇に控える兵士に何事が指示を与えていた。

「はっ、将軍は門を開けて迎え撃てと。増援は追って寄越す、そう申しております!」
「なっ!?門を開けて迎え撃てだと!?何故こちらから打って出る必要があるのだ!?夜襲など、守りを固めておればよいではないか!?将軍は何を考えておられる!?」

 その決めつけを裏切るシャロンの言葉に口髭の指揮官は驚愕の声を上げると、唾をまき散らす勢いで彼に食って掛かってきていた。

「将軍のお考えは存じ上げません。私はそう指示されただけですので」

 激しく食って掛かる口髭の指揮官に、シャロンは澄ました顔でそう答える。

「くっ、話にならんな!えぇい構わぬ、守りを固めよ!!ここで打って出るなど、常軌を逸しておるわ!!」

 その答えに口髭の指揮官は吐き捨てるようにそう漏らすと、二つの矛盾した指示に動揺している部下達に怒鳴りつけるようにして命令を下していた。

「よろしいのですか?」
「・・・何だと?」

 そんな彼に、シャロンは誘うようにそう呟く。
 その挑発するように響きに、口髭の指揮官は額に青筋を立てては振り返っていた。

「ガウンスト将軍のご気性はご存じなはず、彼のお方は何より自分の指示を反故にされる事をお嫌いです。彼の命令に逆らったものがどうなったか、貴殿もよくご存じな筈なのでは?」
「ぐっ!?そ、それは・・・」

 守りに徹すれば決して落ちないと言われるほど堅牢なこのカンパーベック砦、そこを守る兵士達にその利点を捨てて打って出させる事など不可能だ。
 しかしそれを可能にする方法を、ユーリは事前に調べていた。
 この砦をボロアから奪ったガウンスト将軍は勇猛果敢な将軍として知られている、しかしその勇猛さは乱暴や残虐と紙一重であるという事も良く知られていた。
 そしてそんな彼の事をここを守る兵士や指揮官が心底恐れている事を、ユーリは事前に調べ上げていたのだ。

「・・・門を開けろ」
「は?今、何と仰いましたか?」
「門を開けろと言ったのだ馬鹿者!!すぐに支度を整えろ、それが終わり次第打って出るぞ!!」

 抑えたトーンでぼそりと呟いたその言葉も、軍隊の指揮官特有の良く通る声で発せられており、それを傍で控えていた兵士が聞き逃す訳はない。
 それでも彼がそれを聞き返したのは、それが余りに意外な命令であったからだ。
 そんな部下の姿に、口髭の指揮官は怒鳴りつけるように命令を叫ぶ、それはそうせざる得ない自分自身への不満も込もっていたのかもしれない。

「やりましたね、シャロンさん!」
「えぇ!後は―――」

 鈍い音を立てて上がっていく鉄格子状の門を見上げながら、ユーリは歓喜の声を上げる。
 それにデズモンドも無言で頷き、シャロンも流石に緊張していたのか表情を緩めながら笑顔を見せていた。
 これで後は最後の仕上げだけだと彼が口にしようとしていると、砦の内側から慌ただしい足音が近づいてくる。

「侵入者だ、侵入者ー!!!」

 その足音は、ユーリ達を侵入者として追い回していた砦の中の兵士達であった。 
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