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第二章 王国動乱
次なる一手
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「はぁ、はぁ、はぁ・・・ひ、酷い目にあった」
碌な明かりもなく薄暗かった放棄された水路も今や、やって来た兵士達が落とした松明によって爛々と照らされている。
その眩しいほど明かりの力を持ってすれば、今まさにユーリの顎から滴った汗の雫が地面を汚す様も克明に映すことが出来るだろう。
複数の光源によってゆらゆらと揺れる影を伸ばすユーリの姿は、どこか先ほどまでよりも草臥れ憔悴したかのようにぐったりとしたものであった。
「あら?結構やれてたじゃない、ユーリちゃん。あたし見直しちゃったわ」
「そりゃもう必死だったですからね!!エディさんも俺には武器を用意してないし・・・俺が使ったの、この板ですよこの板!!意外と戦えて自分でもびっくりですよ、本当!!」
ユーリと違い涼しい顔で佇むシャロンは彼の方へと顔を向けると、その働きを称賛するようにウインクを投げる。
そんなシャロンの言葉に激高したように声を荒げるユーリが振り回したのは、先ほどまで彼が使っていた木の板だ。
それは前にデズモンドが波乗りに使っていた木の板であり、見ればその木の板に殴打されたのか、地面へと伸びた身体に木片を張り付けた兵士の姿が彼の周囲に散見された。
「・・・それで次はどうするんだ?」
「大体ですね、俺一人にあの数を任せるなんておかしいと・・・っと、そうですねいつまでもこんなことしてる場合じゃないですよね。頭を冷やさないと・・・ええと、次はですね―――」
頭に血が上り、怒りのままに喚き散らしていたユーリにデズモンドの冷静な声が届く。
それに落ち着きを取り戻したユーリは、計画の次の段階について話し始めていた。
カンパーベック砦奪還計画、その第一段階である砦への潜入と敵兵への変装は成った。
では、それを経た上で行う第二段階とは何か、それは―――。
◇◆◇◆◇◆
「いやまぁ、潜入までは一旦それでいいとしやしょう。ですがね兄さん、あの砦には敵方の兵士がわんさかいるんだ。そりゃ敵さんからしても、あの砦を奪えたのは望外の事で十分な兵は用意出来てないって事情はあるかもしれやせんよ?しかしねこっちはたったの四人なんです、鼻から勝負になんてなりゃしません!そのへん、どうするおつもりで!?」
カンパーベック砦を望む荒野の一角に張られた幕舎から、頭を抱え絶望したいるかのような声が響く。
そして事実、頭を抱え絶望の表情で訴えるエディを前に、ユーリはカンパーベック砦の兵士のプロフィールを書き上げていた手を止め困ったような表情を浮かべていた。
「そうなんですよねぇ・・・いやぁ、困りましたねどうしましょうか?」
エディの必死の訴えは不満をぶつけるためではなく、ユーリから何か解決策を聞き出すためのものだろう。
事実、彼がこれまで見せてきた計画とその能力は、エディにとって魔法のようなものであったからだ。
しかしそんな彼の期待を裏切り、ユーリは頭を掻くとあっけらかんとそんな言葉を口にしていた。
「へ?な、なんかこう策があるんじゃ?さっきみたいに兄さんの力でこう・・・ぱぁーっと解決するような秘策が」
「ははは、そんなのある訳ないじゃないですか。御伽噺じゃないんだから」
ユーリの言葉に目を見開いたエディの顔に浮かぶ絶望は、今度はわざとらしい演技ではなかった。
「そ・ん・な・・・御伽噺みたいなことやるっつったのはあんたでしょうがぁぁぁ!!ちゃんと最後まで責任取れや、この頭お花畑野郎がぁぁぁ!!」
顔を俯かせプルプルと静かに震えだしたエディはやがて爆発し、ユーリの首根っこを掴むとそれを激しく振り回す。
そんなエディの事をデズモンドが引き剥がそうとしていたが、彼の怒りは深くデズモンドの怪力を持ってしてもそれを引き剥がすのは容易なことではなかった。
「ははっ、見ろよあれ!ああなっちゃお終いだな」
「うわぁ・・・あれが俺達の上官の姿かよ、情けねぇ」
降り続く雨にジメジメとした湿気が立ち込め、室内を閉め切れば途端に不快な空気が溜まりだす。
そのためユーリ達の陣幕は、風通しを良くするために正面を開放していた。
その正面にたまたま通りがかった囚人達が、中の様子を目にしては蔑んだ表情を浮かべていた。
「・・・ねぇユーリちゃん、こういうのはどうかしら?」
そんな彼らの姿を、シャロンはずっと眺めていた。
彼らが立ち去るまで、彼らがお互いの肘を突き合いこちらの事をネタにして下卑た笑いを漏らす様子も含め、最後まで眺めていたのだ。
そんなシャロンがふと口にしたその声は低く、外へと目を向けていた彼の表情はこちらからは伺えない。
「は、はい!何でしょうか、シャロンさん!?」
その提案を断る勇気など、ユーリ達にはなかったのである。
◇◆◇◆◇◆
「あたし達は敵兵ちゃんと同じ格好をしてるのよね?だったら、砦の中で敵襲って叫ぶのはどう?そうやって敵兵ちゃんと、こっちの協力する気もない悪い子ちゃん達をぶつけるの。どう、一石二鳥の作戦だと思わない?」
そう、シャロンは告げた。
そして時は、カンパーベック砦へと侵入したユーリ達の下へと戻る。
「侵入者だ、侵入者だー!!」
侵入者だ、と声が響く。
何かがおかしい、計画ではここでは敵襲だと声が響くはずなのだ。
「逃がすな、追え追えー!!」
そしてその声を上げるのはユーリ達であって、今彼らの背後を猛烈な勢いで追いかけてくる兵士達ではなかったのである。
「んー・・・?どうしてこんなことになっちゃったのかしら?」
猛然と追いかけてくる兵士達から逃げ惑いながら、シャロンは心底不思議そうに首を傾げ唇へと指を添える。
「どうしてって・・・全部シャロンさんのせいじゃないですか!?何であの時、お尻触っちゃったんですか!?」
そんなシャロンの姿にユーリは信じられないと両手を振り回すと、こうなってしまった理由を口にしていた。
そうこうなってしまった理由、それはシャロンが敵である兵士のお尻を撫でてしまったからであった。
「えー?だってぇ・・・いい男だったんだもん」
必死な表情で訴えかけてくるユーリ、しかしそんな彼の態度にもシャロンは悪びれることなく、むしろ誇らしそうにその動機を告げていた。
「だってぇ・・・じゃないですよ!?分かってるんですか、ここ敵地なんですよ!?捕まったら死んじゃうんです!!なのに・・・」
「・・・ユーリ、落ち着け」
「あぁ、もう!とにかくこのまま計画通り西門まで向かいますよ!!そこから先はちゃんとこっちの指示に従ってもらいますからね!!」
せっかく順調にいっていた計画をぶち壊しにするシャロンの振る舞いに、怒鳴り散らすユーリ。
そんな彼の声こそが、今や敵を引き付ける元になっているのだとデズモンドが落ち着くように促す。
それに僅かに落ち着きを取り戻したユーリは、横を走るシャロンに指を突き付けては叱りつけるように言い聞かせていた。
「あら、いい男」
しかしそんなユーリの努力も空しく、シャロンは再び立ち止まるとそう呟いていた。
その視線の先には、丁度着替えの最中だったのかその筋肉質な身体を惜しげもなく晒している兵士達の姿があった。
「シ・ャ・ロ・ンさぁぁぁん!!!」
「わ、分かってるわよ!ほら、急ぎましょユーリちゃん!」
穏やかな性格で普段は滅多に怒る事のないユーリ、そんな彼だからこそ本当にブチ切れたときは怖い。
背後から迫る彼の迫力に、シャロンは慌てて背筋を伸ばすと殊勝な表情で再び足を急がせる。
その背後ではデズモンドが怪盗としての技能を生かし、近くにあるものを使っては時間稼ぎを行っており、いつのまにか彼らを追いかけていた敵兵の声は遠ざかっているようだった。
碌な明かりもなく薄暗かった放棄された水路も今や、やって来た兵士達が落とした松明によって爛々と照らされている。
その眩しいほど明かりの力を持ってすれば、今まさにユーリの顎から滴った汗の雫が地面を汚す様も克明に映すことが出来るだろう。
複数の光源によってゆらゆらと揺れる影を伸ばすユーリの姿は、どこか先ほどまでよりも草臥れ憔悴したかのようにぐったりとしたものであった。
「あら?結構やれてたじゃない、ユーリちゃん。あたし見直しちゃったわ」
「そりゃもう必死だったですからね!!エディさんも俺には武器を用意してないし・・・俺が使ったの、この板ですよこの板!!意外と戦えて自分でもびっくりですよ、本当!!」
ユーリと違い涼しい顔で佇むシャロンは彼の方へと顔を向けると、その働きを称賛するようにウインクを投げる。
そんなシャロンの言葉に激高したように声を荒げるユーリが振り回したのは、先ほどまで彼が使っていた木の板だ。
それは前にデズモンドが波乗りに使っていた木の板であり、見ればその木の板に殴打されたのか、地面へと伸びた身体に木片を張り付けた兵士の姿が彼の周囲に散見された。
「・・・それで次はどうするんだ?」
「大体ですね、俺一人にあの数を任せるなんておかしいと・・・っと、そうですねいつまでもこんなことしてる場合じゃないですよね。頭を冷やさないと・・・ええと、次はですね―――」
頭に血が上り、怒りのままに喚き散らしていたユーリにデズモンドの冷静な声が届く。
それに落ち着きを取り戻したユーリは、計画の次の段階について話し始めていた。
カンパーベック砦奪還計画、その第一段階である砦への潜入と敵兵への変装は成った。
では、それを経た上で行う第二段階とは何か、それは―――。
◇◆◇◆◇◆
「いやまぁ、潜入までは一旦それでいいとしやしょう。ですがね兄さん、あの砦には敵方の兵士がわんさかいるんだ。そりゃ敵さんからしても、あの砦を奪えたのは望外の事で十分な兵は用意出来てないって事情はあるかもしれやせんよ?しかしねこっちはたったの四人なんです、鼻から勝負になんてなりゃしません!そのへん、どうするおつもりで!?」
カンパーベック砦を望む荒野の一角に張られた幕舎から、頭を抱え絶望したいるかのような声が響く。
そして事実、頭を抱え絶望の表情で訴えるエディを前に、ユーリはカンパーベック砦の兵士のプロフィールを書き上げていた手を止め困ったような表情を浮かべていた。
「そうなんですよねぇ・・・いやぁ、困りましたねどうしましょうか?」
エディの必死の訴えは不満をぶつけるためではなく、ユーリから何か解決策を聞き出すためのものだろう。
事実、彼がこれまで見せてきた計画とその能力は、エディにとって魔法のようなものであったからだ。
しかしそんな彼の期待を裏切り、ユーリは頭を掻くとあっけらかんとそんな言葉を口にしていた。
「へ?な、なんかこう策があるんじゃ?さっきみたいに兄さんの力でこう・・・ぱぁーっと解決するような秘策が」
「ははは、そんなのある訳ないじゃないですか。御伽噺じゃないんだから」
ユーリの言葉に目を見開いたエディの顔に浮かぶ絶望は、今度はわざとらしい演技ではなかった。
「そ・ん・な・・・御伽噺みたいなことやるっつったのはあんたでしょうがぁぁぁ!!ちゃんと最後まで責任取れや、この頭お花畑野郎がぁぁぁ!!」
顔を俯かせプルプルと静かに震えだしたエディはやがて爆発し、ユーリの首根っこを掴むとそれを激しく振り回す。
そんなエディの事をデズモンドが引き剥がそうとしていたが、彼の怒りは深くデズモンドの怪力を持ってしてもそれを引き剥がすのは容易なことではなかった。
「ははっ、見ろよあれ!ああなっちゃお終いだな」
「うわぁ・・・あれが俺達の上官の姿かよ、情けねぇ」
降り続く雨にジメジメとした湿気が立ち込め、室内を閉め切れば途端に不快な空気が溜まりだす。
そのためユーリ達の陣幕は、風通しを良くするために正面を開放していた。
その正面にたまたま通りがかった囚人達が、中の様子を目にしては蔑んだ表情を浮かべていた。
「・・・ねぇユーリちゃん、こういうのはどうかしら?」
そんな彼らの姿を、シャロンはずっと眺めていた。
彼らが立ち去るまで、彼らがお互いの肘を突き合いこちらの事をネタにして下卑た笑いを漏らす様子も含め、最後まで眺めていたのだ。
そんなシャロンがふと口にしたその声は低く、外へと目を向けていた彼の表情はこちらからは伺えない。
「は、はい!何でしょうか、シャロンさん!?」
その提案を断る勇気など、ユーリ達にはなかったのである。
◇◆◇◆◇◆
「あたし達は敵兵ちゃんと同じ格好をしてるのよね?だったら、砦の中で敵襲って叫ぶのはどう?そうやって敵兵ちゃんと、こっちの協力する気もない悪い子ちゃん達をぶつけるの。どう、一石二鳥の作戦だと思わない?」
そう、シャロンは告げた。
そして時は、カンパーベック砦へと侵入したユーリ達の下へと戻る。
「侵入者だ、侵入者だー!!」
侵入者だ、と声が響く。
何かがおかしい、計画ではここでは敵襲だと声が響くはずなのだ。
「逃がすな、追え追えー!!」
そしてその声を上げるのはユーリ達であって、今彼らの背後を猛烈な勢いで追いかけてくる兵士達ではなかったのである。
「んー・・・?どうしてこんなことになっちゃったのかしら?」
猛然と追いかけてくる兵士達から逃げ惑いながら、シャロンは心底不思議そうに首を傾げ唇へと指を添える。
「どうしてって・・・全部シャロンさんのせいじゃないですか!?何であの時、お尻触っちゃったんですか!?」
そんなシャロンの姿にユーリは信じられないと両手を振り回すと、こうなってしまった理由を口にしていた。
そうこうなってしまった理由、それはシャロンが敵である兵士のお尻を撫でてしまったからであった。
「えー?だってぇ・・・いい男だったんだもん」
必死な表情で訴えかけてくるユーリ、しかしそんな彼の態度にもシャロンは悪びれることなく、むしろ誇らしそうにその動機を告げていた。
「だってぇ・・・じゃないですよ!?分かってるんですか、ここ敵地なんですよ!?捕まったら死んじゃうんです!!なのに・・・」
「・・・ユーリ、落ち着け」
「あぁ、もう!とにかくこのまま計画通り西門まで向かいますよ!!そこから先はちゃんとこっちの指示に従ってもらいますからね!!」
せっかく順調にいっていた計画をぶち壊しにするシャロンの振る舞いに、怒鳴り散らすユーリ。
そんな彼の声こそが、今や敵を引き付ける元になっているのだとデズモンドが落ち着くように促す。
それに僅かに落ち着きを取り戻したユーリは、横を走るシャロンに指を突き付けては叱りつけるように言い聞かせていた。
「あら、いい男」
しかしそんなユーリの努力も空しく、シャロンは再び立ち止まるとそう呟いていた。
その視線の先には、丁度着替えの最中だったのかその筋肉質な身体を惜しげもなく晒している兵士達の姿があった。
「シ・ャ・ロ・ンさぁぁぁん!!!」
「わ、分かってるわよ!ほら、急ぎましょユーリちゃん!」
穏やかな性格で普段は滅多に怒る事のないユーリ、そんな彼だからこそ本当にブチ切れたときは怖い。
背後から迫る彼の迫力に、シャロンは慌てて背筋を伸ばすと殊勝な表情で再び足を急がせる。
その背後ではデズモンドが怪盗としての技能を生かし、近くにあるものを使っては時間稼ぎを行っており、いつのまにか彼らを追いかけていた敵兵の声は遠ざかっているようだった。
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