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第二章 王国動乱

もう一人の仲間

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「こいつら・・・結構やるぞ!」

 流麗な技量を誇るシャロンと、圧倒的な体格を持つデズモンド、彼らは例え徒手空拳であってもそれらの強みを生かし、襲い掛かってくる兵士達と互角以上の戦いを見せていた。
 そんな彼らの戦いぶりに、碌な装備もない相手に余裕だと高を括っていた兵士達に焦りの色が浮かぶ。

「おい、見ろよ」
「あぁ」

 しかし兵士達もすぐに気づくだろう、彼らに付け入る隙がある事を。

「あいつだ・・・あいつを狙え!!」

 強敵であるシャロン達から距離を取り、息を整えていた兵士達はある事に気づきお互いに肘を突き合う。
 そして同時に同じ事に気づいた彼らは、ある人物を指し示しては声を上げていた。
 シャロンやデズモンドと違い争いに慣れておらず、碌に戦えないままおろおろとその場を右往左往するばかりであったユーリという人物を。

「ユーリちゃん!?」
「ユーリ!?」

 ユーリに狙いを定め、一斉に飛び掛かっていく兵士達にシャロンとデズモンドの鋭い声が飛ぶ。

「えっ?」

 得物すらなく戦いに挑んだ事で何をしたらいいのか分からず、その場をおろおろと右往左往するばかりであったユーリには、突然自分が敵の標的になったこともすぐには呑み込めない。
 そんな彼は迫りくる敵の刃にも、間の抜けた顔でポカンと見上げるだけ。
 シャロンとデズモンドはそんな彼を助けようと身を投げ出すが、それが果たして間に合うか。
 どちらにせよこのままでは、二人が代わりに敵の刃を受けるか、ユーリが無防備なまま敵の刃に沈むか、そのどちらかの結末しか残されていなかった。

「・・・あ、あれ?」

 そう、このままであれば。

「ふぅー・・・危ないところだったですな兄さん。大丈夫ですかい?」

 死の予感にきつく目を瞑ったユーリの頭上から聞こえてきたのは、どこか皮肉げな響きの声。

「エディさん!!」

 その声の主は、ユーリのもう一人の仲間である詐欺師のエディであった。

「ちょっと!遅いんじゃないのエディちゃん!?危ないところだったじゃない!」
「・・・遅刻だ」
「いやいや、ギリギリ間に合っただけ褒めてくださいよ姉さん!?あっしがここに来るまでどれだけ苦労したか・・・大体予定ではもうちょっと後だった筈でがしょ?それでも何やら物音がするからって慌てて駆けつけたんですから、ちったぁ褒めてもらっても損はしないと思いますがね」

 敵の兵士達と同じ格好をし、鎧を身に纏ったエディが差し出した手を握り、ユーリはその場に立ち上がる。
 ユーリは危ないところを助けられた感謝の視線をエディへと送っていたが、残る二人の仲間はちょっと登場が遅すぎるんじゃないかと彼に文句を零していた。
 それにエディは大げさに身振り手振りを交えて反論するが、その度に身に纏った鎧ががしゃがしゃと耳障りな音を立てていた。

「それで、収穫はどうなの?」
「へへっ、そりゃ勿論たんまりと」

 エディはそう言うと、抱えていた荷物からこの砦からかっぱらってきた獲物の数々を見せていた。

「姉さんにはこれを、デズモンドの旦那にはこんなんでいかがでがしょ」
「あら、良いじゃない」
「・・・悪くない」

 エディはその荷物から適当な得物を取り出すと、シャロンには細身の剣を、デズモンドには大ぶりな斧を投げて寄越していた。

「お、お前・・・一体何をしている!?そいつらは敵だ、味方はこちらなんだぞ!?気でも狂ったのか!?」
「何をしているかと聞かれましても・・・ほれこの通り、見ての通りの事情ですので」

 増援に現れた筈の兵士が味方の兵士を殴り倒し、あまつさえ敵に得物を提供している。
 そんな訳の分からない事態に混乱する兵士達に、エディは冗談めかしてウインクを投げると、芝居掛かった仕草で自らの正体を告げる。

「そんじゃ、後はお任せしますよ。姉さん、旦那」

 そしてそんな彼の両脇から飛び出すようにして、得物を手にした二人が敵兵へと向かっていく。
 決着は、あっという間についた。

◇◆◇◆◇◆

「それにしても、よく一人でこんなところまで潜入出来たわねぇ」

 ボコボコにのした兵士達を太い縄で縛り上げたシャロンは、一仕事を終えたと手を叩きながらエディにそう尋ねる。

「まぁ、あっしに掛かればこれぐらいちょろいもんでさぁ・・・と、言いたいところですがね。ま、本当のところはこいつのお陰でさぁね」

 シャロンの質問に腕を組んで胸を逸らしたエディは、その途中で片目を瞑ると皮肉げに唇を吊り上がらせては懐から何やら書類の束を取り出して、それをパタパタと振って見せていた。

「あら、それは?」
「この砦の全兵士、その詳しいプロフィールでさぁ。こんなもんを渡されちゃあ・・・詐欺師としてはこんぐらいやってのけねぇと、沽券に関わるってもんでさぁね」

 エディが懐から取り出したのは、ユーリがそのスキル「書記」で書き出したこの砦の全兵士のプロフィールであった。
 一般人からすれば何に使うか分からないそんな情報も、凄腕の詐欺師であるエディからすれば魔法のステッキに等しい。
 それを手に入れたエディはまさに魔法使いとなり、この砦の兵士達に魔法を掛けてはここまでやって来たのであった。

「あぁ、そういえばそんなものも書いてたわねぇ・・・でも、そんなものがあるんなら私達も一緒に正面から侵入しちゃったら良かったのに。そうすればこんなびしょ濡れになる事もなかったでしょ?」
「ちっちっち、舐めてもらっちゃ困りますぜ姉さん?幾らこんなデータがあるからって、相手を騙してこっちをお仲間だと信じ込ませるには色々とコツがいるんですぜ?姉さん方にそれが出来やすか?正直、幾らあっしでも足手まといを背負ってここまでやってくるのは無理ってもんでさぁ」
「ふーん、そういうものなのねぇ」

 水浸しになったことがそれだけ嫌だったのか、シャロンは恨みがましい視線をエディに向けながら文句を零す。
 その撫でつけ、ツンと尖ったもみあげの頂点からは今だに水滴が零れ続けていた。

「まぁその代わりと言っちゃなんですが、注文された品はしっかりと用意してありやす。いやぁ、デズモンド旦那の体格に合う鎧を探すのにどれだけ苦労したか・・・こいつを聞けば、あっしの苦労もちったぁ身に染みるってもんでさぁね。それでですね、まずあっしが探したのは―――」
「・・・後にしてくれ」
「あ、そうですかい?いやぁ残念だなぁ、奇想天外スペクタクル間違いなしの大冒険譚なんでやすがねぇ」

 エディは彼の小さな身体がすっぽりと収まりそうなほどの大きな荷物袋を引きずると、その中から様々なサイズの鎧を取り出していた。
 それらが今回、彼が砦に潜入した目的なのだろう。
 彼はそれを手に入れるのに辿った苦難の道のりを語りたがっていたが、それをあっさりとデズモンドに却下され残念そうに笑みを浮かべていた。

「おっとそうだ、こっちは兄さんの分でさぁ。万が一に備えて用意しておいたもんですが、早速役に立ったようで」

 それぞれに用意された鎧をユーリ達が着込んでいると、エディがその小さな頭を荷物袋に突っ込み何かを漁り始める。
 そうして彼が取り出したのは、真新しい筆記用具の一式であった。

「おぉこれは、助かります!持ってきたのは全部流されちゃって」
「ははっ、大変でしたね兄さんも」

 今回の潜入に際して、ユーリは当然筆記用具一式を持ち込んでいた。
 しかし先ほどの騒動でそれらは全て流されてしまっており、このままでは彼はまたその能力を一切使うことの出来ない役立たずになってしまう所であった。

「おいエディ!てめぇ、俺様の鎧どこに隠しやがった!!」
「そうよ、私の鎧も見当たらないんだから!絶対あんたの仕業でしょ!!」
「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 その時、先ほど兵士達がやって来た螺旋状になっている通路から、普段着のような軽装をした男達が現れていた。

「・・・エディちゃん、あれは?」
「何か嫌な予感が・・・って、あれ?エディさん?」

 現れた兵士達と思われる男達の人数は三人で、それらの背格好もユーリ達とそっくりだった。
 それにある事情を察したユーリ達がそれをエディに尋ねようとすると、そこには既に彼の姿はなかった。

「・・・あそこだ」

 デズモンドの声にそちらへと目を向ければ、いつの間にかまんまとこの場にやって来た兵士達の背後に回ったエディがこちらへとひらひらと手を振っている姿があった。

「そんじゃ、あっしはこれで」

 そして彼はそのまま頭を引っ込めると、その場を後にするのだった。

「もぉー、エディちゃんったらいけない子ねぇ!!こうなったら仕方ないわ、やるわよデズモンドちゃん!」
「・・・任せろ」

 エディが押しつけた敵にシャロンはぷりぷりと怒りながらも、こうなっては仕方がないと得物を手にする。
 デズモンドもまた彼に続くと、その手に大ぶりな斧を構えていた。

「俺も、今度は俺も戦います!」

 そんな二人を前に、またしても一人蚊帳の外に置かれそうだったユーリは勇気を振り絞るとそう叫ぶ。

「あらそう?だったら・・・向こうをお願いしようかしら?」

 ユーリの声に足を止め振り返ったシャロンは唇に指を添えると、その指を明後日の方向へと伸ばす。

「・・・へ?」

 そちらへと目を向ければ、暗くて今までよく分からなかったがそちらにも通路があったようで、兵士達が近づいてくるガチャガチャとした物音がそこから響いてきていた。

「・・・コツは、流れに身を任せることだ」

 予想していなかった事態に呆気に取られるユーリを前に、デズモンドは先ほどの木の板を手にすると励ますようにそう口にする。

「それは・・・波乗りのコツでしょおぉぉぉ!?」

 ユーリのその悲痛な叫びはカンパーベック砦の地下深く、忘れられた水路に空しく響き渡っていた。
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