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第二章 王国動乱

カンパーベック砦潜入

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 猛烈な勢いで猛り狂った濁流は、本来ユーリ達が道具を使ってこじ開ける筈であった錆びついて脆くなった鉄格子をぶち壊し満足したのか、その流れを急激に穏やかにしていた。
 穏やかな流れとなった水流に、浮かび上がる土左衛門が二つ、その中をぷかぷかと漂っていた。

「・・・起きろユーリ」

 その中の一つ、ユーリの身体をむんずと掴んだデズモンドは、彼を水路の中から引き上げ近くの地面へと下ろし、その頬をぺしぺしと叩いていた。

「はっ!?げほっ、げほっげほっ!!?み、水が!水がぁ!!」

 デズモンドの気つけによって意識を取り戻したユーリは激しく咳き込むと、飲み込んでしまった水を吐き出していた。
 その胃液や唾液やらの体液と入り混じり、粘り気を帯びた水を一頻り吐き出したユーリは錯乱した様子で目の前のデズモンドにしがみつくと、怯えた瞳で必死で同じ言葉を繰り返していた。

「・・・落ち着けユーリ、もう大丈夫だ」
「デ、デズモンド?そうか俺、助かったのか・・・」

 恐怖でタガの外れた人間の力は強い、ユーリはしがみついたデズモンドの腕に肉を抉るほどにその指に力を込めていた。
 しかしそんな痛みなど気にも留めず、デズモンドはユーリに優しく言葉を掛ける。
 その言葉にようやく彼の顔へとその焦点を定めたユーリはどうにか落ち着きを取り戻し、その場に崩れ落ちるように膝をついていた。

「デズモンド、それ!?」
「・・・平気だ」

 ぐったりと腰を下ろしたユーリの目の前に、デズモンドの腕から垂れた血が滴り地面を汚す。
 それに慌てて顔を上げたユーリからその傷を隠すように、デズモンドは腕を庇っていた。

「・・・ありがとうデズモンド、今はこれぐらいしか出来ないけど」

 ユーリは自分の衣服の袖を切り裂くと、それデズモンドの腕の傷口をギュッと縛った。
 デズモンドは縛られる際に痛みを感じたのか僅かに呻いたが、それすらも噛み殺そうとする彼の姿にユーリは少しだけ笑う。

「そういえばデズモンド、君はどうして平気だったんだ?幾ら君の足でも、あの濁流から逃れられる訳はないだろう?」

 ふと、ユーリは気になったことをデズモンドに尋ねる。
 ユーリが飲み込まれたあの濁流は、幾らデズモンドの足といえど逃げ切れるものではないだろう、しかし事実として彼はユーリを助け起こせるほどに無事であったのだ。

「・・・これに乗ってたら何とかなった」

 その疑問に、デズモンドは近くに放ってあった木の板を掲げて見せる。
 それは巨体のデズモンドが乗っても大丈夫そうなサイズの、ただの木の板であった。

「えっ!?それに乗って、あの濁流を!?」
「・・・あぁ、流れに身に任せるのがコツだ」

 どうやら、デズモンドはその木の板に乗ってあの濁流を波乗りで凌ぎきったようだ。
 それに信じられないと口をあんぐりと開けて驚いているユーリに、彼はどこか誇らしそうな表情でユーリに波乗りのコツを伝授していた。

「あら、楽しそうじゃない?今度あたしにも教えてもらってもいいかしら、デズモンドちゃん?」
「・・・いいぞ」

 デズモンドに引いたユーリがその口元を引きつらせていると、背後から楽しそうな声が響く。
 それはユーリと一緒に濁流に流されていた、シャロンのものであった。
 彼は実はとっくに目覚めていたのだが、その濡れて乱れた髪をいつものビシッと決まっている髪形へと整えるのに今まで時間が掛かっていたのだった。

「シャロンさん、よくぞ無事で!!」
「当ったり前でしょ?あたしを誰だと思ってるの、平気よ平気!それより酷いじゃないのデズモンドちゃん!ユーリちゃんは助けたくせに、あたしは放っておくなんて!!」
「・・・すまない、シャロンならば平気だと」

 喜びの声を上げるユーリに、シャロンは自らの胸を押さえるとピンピンしているとアピールする。
 彼はどうやらそんな事よりもデズモンドに放っておかれた事の方に傷ついているようで、デズモンドに詰め寄ってはがみがみと喚き散らしていた。

「あら、それってどういう意味?まさかあたしを不死身の怪物か何かだとでも思っているのかしら?このか弱い女の子であるあたしを・・・むぐぐっ!?」
「・・・しっ、足音が聞こえる」

 ユーリと自分の扱いの差が気に入らないシャロンは、デズモンドの言葉にしなを作ってはか弱い乙女のように振舞って見せる。
 デズモンドがその口を慌てて覆ったのは、何も彼が寄越す流し目がうざったかった訳ではないだろう。
 彼はシャロンを抱え物陰に隠れると、水路に繋がる通路から響いてくる足音へと耳を澄ましていた。

「おい、物音が聞こえたのはこっちの方からだよな?」
「あぁ、間違いない。しかし何なんだここは?こんな場所がこの砦にあったとはな・・・」

 水路へ水以外のものの侵入を拒む鉄格子すら破壊する濁流、それが齎した物音は小さくない。
 当然それは砦に駐留する兵士達の耳にも届き、彼らは枯れて以来使われることのなかったこの水路にもおっかなびっくり足を運んできたのだった。

「不味いですねこれは、どうしたら・・・」
「・・・まずは様子見だ」

 初めて訪れる水路に、兵士達は恐る恐るといった様子で辺りを見回している。
 ユーリ達はそんな彼らの姿を、物陰から息を呑んで見守っていた。

「そう?あの数なら大したことないじゃない。はぁ~い、そこの兵士ちゃん達ぃ」

 そんな中で一人、シャロンだけは彼らの事を侮っていた。
 そのためか彼は物陰から一人飛び出し、悠然とした足取りで彼らへと声を掛ける。

「シャロンさん!?」
「・・・あの馬鹿」

 確かに彼の言う通り、ここにやって来た兵士の数は大した数ではない。
 その数は普段の彼らならば、何て言うことのない数であろう。
 そう、普段の彼らであれば。

「何だ貴様は!?どこから入ってきた!!」
「あら、変なことを聞くのね?こんな場所に現れた見知らぬ人間なんて、曲者に決まってるじゃない」

 突然現れた怪しい人物に色めき立つ兵士達、そんな彼らを前にしてもシャロンは余裕の態度を崩さなかった。

「それじゃ、おやすみなさい兵士ちゃん。お勤めご苦労様」

 シャロンは兵士達にウインクをかますと、腰の剣へと手を伸ばし居合の構えを取る。
 そして目にも止まらぬ速さで、それを抜き放っていた。

「・・・何をしているんだこいつは?」

 どさりと、倒れる筈であった兵士達は健在なまま、まるで頭のおかしい人間を見るような目をシャロンへと向ける。

「・・・あら?」

 居合を振り払った構えのまま固まるシャロン、その手には何も握られてはいなかった。
 そう、彼の大事な装備は濁流と共に流されてしまっていたのだ。

「と、とにかく!曲者だ曲者!!出会え出会えー!!」

 固まるシャロンに同じように固まってしまう兵士達、その中の一人が沈黙を破るように声を張り上げていた。
 その前で、シャロンは困ったわねと顎に指を添えて首を傾げていた。

「・・・行くぞ」
「は、はい!」

 そんなシャロンを見かねて、デズモンドとユーリが物陰から飛び出していく。
 その手には当然得物は握られておらず、助けに向かう二人の表情もどこか焼けくそなものであった。
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