上 下
145 / 210
第二章 王国動乱

ボロアの思惑

しおりを挟む
「・・・忌々しい雨め」

 戦地にいるとは思えないほどに豪勢な、もはや仮ではなくしっかりとその場に建築されたような幕舎の中から外で振り続ける雨の様子を眺めていた金髪の男、ボロアはそう呟くと淹れたての紅茶で満たされたティーカップを手に取った。

「ムーラン・ロイヤルか、まぁまぁだな」

 口元にまで近づけたティーカップから漂う香りを口をつける前に堪能したボロアは、それに使われている紅茶の銘柄を口にしては悦に浸る。
 彼はその王室御用達の高級銘柄を口にしては、それをアピールするかのように周囲へと視線を向けるがそこには誰の姿もない、つまるところそれは単なる彼の習慣であるのだろう。

「ふふふ・・・しかし我ながら素晴らしい思いつきだったな、奴らに全て押しつけてしまうとは」

 予想以上に紅茶が熱かったのか一口啜っただけで慌ててそれを口を離したボロアは、机の上のソーサリーへとそれを戻しカチャリと音を立てる。
 その乱暴な手つきを気にも留めていない様子のボロアは何やら、その口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「これで奴らがあの忌々しいカンパーベック砦の奪還に失敗すれば、全て奴らの責任にしてしまえばいいのだからな!こうなればあの砦を奪われてしまったのも怪我の功名といえるのではないか?いやいやそれどころか、これはもはや巧妙な策略といっても過言では―――」

 ボロアが笑みを浮かべていた理由、それは彼がユーリ達へと押しつけたカンパーベック砦奪還によるものであった。
 ユーリ達がその奪還に失敗すれば、その責任全てを彼らにおっ被せてしまえる、ボロアはそう考えては悦に浸っていたのだ。

「ほほぉ、部屋が気に入らないと散々喚き散らし兵を混乱させ、周辺への警戒に出す兵を自らの身辺が危うくなると出し渋った挙句、遅れた兵の収容を急いだ結果開け放った城門から敵兵に侵入され、ついには砦を奪われてしまった事が策略だったとは・・・このセバスの目をもってしても見抜けませんでしたな」

 上機嫌に自画自賛の言葉を捲し立てるボロアに、冷や水を浴びせかけるような声が掛かる。
 その声の主はいつの間にかボロアの幕舎に現れたボロリア家の執事セバスであり、彼は音もなくボロアの背後に忍び寄って来てはそう囁いていたのだった。

「うひゃあ!?な、何だ、セバスか。お前は毎度毎度、どうして突然背後に現れるのだ!?びっくりするではないか!大体なんだその言い草は、それではまるで僕が失態を犯したようではないか!!」
「それは坊ちゃまのリアクションが毎度毎度面白く・・・おっと、これは失言でございましたな。それにしても坊ちゃま、あの行いが失態でないなどとそれは些か無理があるのでは?ボロリア家に身命を捧げているこのセバスをもってしても、流石に目を瞑るのは難しゅうございますなぁ」

 突然背後から響いた声に座っていた椅子から跳ね上がるボロア、彼がその勢いに倒してしまいそうになった椅子やら何やらをスッと支えて戻しながら、セバスはそのニヤついた口元を白々しく隠していた。

「ふ、ふんっ!ま、まぁ?僕としても多少の失敗はあったと考えているのだぞ?だがそれも運が悪かったというだけで、決して僕が悪い訳では・・・うぁちちちっ!?」
「あ、先ほど坊ちゃまがムーラン・ロイヤルと仰られていたその紅茶ですが、その辺で買えるただの安物ですのであしからず。こんな状況でそのような高級品が手に入る訳がないことなど、少し考えれば分かると思いますが・・・いやはや、流石でございますな坊ちゃま」

 セバスが淡々と口にする事実に流石のボロアもばつが悪くなってきたのか、彼は誤魔化すように紅茶へと口をつける。
 そして熱々のそれを啜ったことで思わず火傷してしまった彼の姿にセバスはにっこりと微笑むと、彼をさらに追い詰める言葉を淡々と口にし続けていた。

「っ!そ、そんな事、当然分かっていたに決まっているだろう!?敢えてだ、敢えてそう思うことで気分をだなこう・・・そ、そんな事よりもだセバス!頼んでいた仕事はどうなったのだ!?」

 飄々とした表情でこちらを追い詰めてくるセバスに流石に分が悪いと悟ったのか、口の中でもごもごと何やら言い訳めいたことを呟いていたボロアはそれを振り払うように手を振るうと、セバスへと頼んでいた仕事について尋ねていた。

「それなのですが、実は・・・」
「何だ、まさか駄目だったのか!?奴らに協力しないよう、囚人共に少しばかり言い含めてやるだけだろう?何故それが失敗するのだ!?はっ!まさか奴らめ何か卑劣な手を使って・・・くっ、王殺しの異名は伊達ではないということか?こ、こうしてはいられん、セバス即刻何か対応を―――」

 ボロアの言葉にセバスは顔を伏せると、言葉を濁すように言い淀んでいた。
 彼のその表情は、ボロアが彼に頼んでいた仕事がうまくいかなかったことを物語っている。
 それをその仕事の対象であるユーリ達の陰謀によるものだと考えたボロアは、再び慌てふためくと椅子から跳ね上がってバタバタと右往左往し始めていた。

「私が話をするまでもなく彼らは例の者に協力する気はなかったようで、何もする必要がありませんでした。いやはや、骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこのことですな」
「それならそうと、始めからそう言え!!」

 こちらの行動を全て見透かすユーリ達が今にもここに襲い掛かってくるのではと、青い顔をしきりに周囲を警戒していたボロアは、セバスが口にしたどうしようもない事実に顔を真っ赤に染めると怒鳴り散らしている。

「と、とにかくだ!囚人共は奴らに協力する気はないのだな?」
「えぇ、それは間違いありません。私が、一々!確認して参りましたからな」
「・・・何か、含みがある言い方だな」
「何か?」
「いや、何でもないぞ!ふふふ、しかし奴らめよっぽど人望がないと見える。これで僕の計画は成功したも同然だな!よし、ここは一つ奴らの絶望した顔でも拝みに行ってやるとするか」

 セバスにしつこく確認してはユーリ達に囚人達が協力しないことを確かめたボロアは途端に上機嫌になると、うきうきとした表情で幕舎の外へと足を運ぶ。

「うわっ!?何だこれは、土砂降りではないか!!セバス、セバス!!早く来てくれ、このままでは風邪をひいてしまう!!」

 スキップのような足取りで幕舎の外へと足を踏み出したボロアは、そこに降り続いている土砂降りの雨に打たれ、一瞬の内に濡れ鼠の様相となっていた。

「やれやれ・・・坊ちゃま、今参ります!そこでお待ちください!!」
「う、うむここで待てばよいのだな?・・・ん?ここで待たなければならないのか?雨が酷いのだが・・・わぷっ、わぷぷ!?セバス、セバスー!!?」

 つい先ほど外で降り続ける雨に悪態をついたばかりだというのに、それをもう忘れて全身びしゃびしゃになってしまっているボロアの姿に、セバスはやれやれと首を横に振るとゆっくりと彼に近づいていく。
 そんなセバスが口にした言葉に騙され、土砂降りの野外に突っ立って待っていたボロアは、余りに酷い雨に溺れそうになりながら必死に彼へと助けを求め続けるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...