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第二章 王国動乱

懲罰部隊

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「さてさて・・・誰からこいつで『行方不明』になってもらおうか?」

 看守達によって組み敷かれたユーリ達は縄で縛られ、王獄バスバレイの要衝である「大迷宮」前に並べられていた。
 彼らの前には看守達の上役と思われる男が、鞭を手でパシパシと打ち鳴らしながら歩いていた。
 彼の背後には、どこかで見たことのある巨大な入れ物が鎮座しており、彼はそれを示しながら不吉な言葉を口にしていた。

「あ、ありゃ旦那が入ってた・・・それで『行方不明』だって?あんたさっきから何を・・・」
「ん?何だ、貴様らは知らんのか?ここの囚人は皆、これで『行方不明』になるのを」

 それは確かに、デズモンドが先ほど閉じ込められていた巨大な入れ物であった。
 それと「行方不明」という不吉の言葉の関係が分からず戸惑うエディに、上役はニヤリと笑うとそれを開けて見せていた。

「ここにな囚人を閉じ込めて、後はこれの至る所に空いている穴から熱した針を差し込むのだ。そうした時の囚人共の悲鳴ときたら!!貴様らも一度耳にすれば、病みつきになるぞ!ははっ、そうだお前達こいつの名前を知っているか?『豚箱』と言うのだがな、名前の由来はその時の囚人共の鳴き声から取ったのだ!はははっ、どうだ傑作だろう!?」

 上役はその入れ物の縁をなぞるように指を這わせると、興奮した様子で語り始める。
 その様子にこれから自分達がどういう目に遭うか理解したユーリ達は皆、顔を青ざめさせていた。

「さて、それでは誰からこれに入ってもらおうか・・・ん~、誰だぁ?誰が一番に犠牲になる?おっと、これは失言だったな!犠牲ではなく、あくまでも『行方不明』になるのだったな!これは失敬失敬。さてさて誰がいいか・・・そのでかい身体でいい声で泣きそうな貴様か?それともそのおかまのナニがまだ残っているか、針で確かめてみるのも一興か?それともそこの小さい男を入れて、じわじわと痛ぶるのを楽しむか・・・いいや、どれも違う!お前だ、お前がいい!お前に決めたぞ、私は!」

 再びユーリ達の前をゆっくりと歩き出した上役は、ユーリの前で立ち止まるとその手にした鞭を彼へと向ける。
 それは彼が、その「豚箱」に入る事に選ばれたという事だった。

「え?ちょ、ま、待ってください!!冤罪なんです、俺冤罪なんです!!」
「そうよ!ユーリちゃんは冤罪なの!!選ぶなら、こっちのエディちゃんを選びなさいよ!!」
「そうだそうだ、兄さんは・・・って、えぇ!?そりゃねぇですぜ、姉さん!!」

 上役の指示に看守達がすぐさま寄って来て、ユーリを無理やり連れて行く。
 それに仲間達が抗議の声を上げるが、そんな事で彼らが止まる筈もなかった。

「冤罪、それがどうした?そんなもんなぁ・・・私達には関係ねぇーんだよぉ!!!」

 上役はユーリを「豚箱」へと叩き込むと、シャロン達の前へと駆け寄り、その顔を覗き込むようにしてそう喚き散らす。
 彼の目は、シャロン達囚人達など自分達の玩具に過ぎないのだと言葉よりもはっきりと語っていた。


「だが、私には関係がある。故に、そこまでにしてもらおう」


 その時どこかから響いたその声は、まるで死刑を宣告するかのごとく冷たく重いものであった。

「何だ、どこから・・・何だと、『大迷宮』仕掛けが!?」

 見れば、「大迷宮」の仕掛けが軋みを上げ、悲鳴を上げるような呻き声を上げながらゆっくりと動いている。
 その光景を目にした上役は、明らかに動揺した様子を見せていた。

「ねぇ、エディちゃん。この『大迷宮』の仕掛けを動かせるのって、相当なお偉いさんだけって言ったわよね?」
「えぇ、間違いねぇですよ姉さん。この「大迷宮」の仕掛けを動かせるのなんて、四大貴族の方々・・・いや、その筆頭のオブライエン家か後は国王陛下ぐらいしか」
「つまり、そのどちらかが来てるってこと?この王獄バスバレイに・・・」

 「大迷宮」の仕掛けが動く、それはこの百年なかった事だ。
 そしてそれを動かせる権限を持つものなど、この国でも数得るほどしかいない。
 つまり今、その中の誰かがここにやってきているという事であった。

「ジーク・オブライエン・・・」

 その喉から絞り出すような声を、この場の誰が発したものなのかそれは分からなかった。
 あるいはこの場にいる全員が、思わずそう呟いてしまったのかもしれない。
 それほどの圧倒的な存在感を持って、四大貴族筆頭であるオブライエン家当主、ジーク・オブライエンはこの場に顕現していた。

「ユーリ・ハリントン。貴様に仕事を与える」

 この場にいる誰しもが身動ぎ一つ出来ない空気の中、ジークは重々しく口を開く。
 そのジークに名前を呼ばれ、ユーリはびくりと肩を震わせていた。

「囚人だけで構成された懲罰部隊を編成する。その指揮官は貴様だ、ユーリ・ハリントン。即刻この牢獄から出て、現場で指揮を取れ」

 ジークはそう告げると、もはや用事はないと踵を返して立ち去っていく。
 その一連の出来事に、誰一人口を挟むことが出来なかった。

「・・・え?」

 それは彼の息子である、ユーリにとっても同じだった。
 彼はただただ呆気に取られ、口をポカンと開けたまま固まってしまっていたのだった。
 その肩を看守達の手によって解放されたシャロンが心配そうに揺すっていたが、遂に彼が反応する事はなかった。

◆◇◆◇◆◇

「・・・え、え?」

 頭上に輝くお日様は、ここが暗い地下の奥深くではない事を示している。
 目の前に広がるのは、どこまでも続くかのような平原だ。
 王都からほど近いこの平原の名を何といったのだったか、ユーリには思い出せない。
 そしてそれ以上に、彼には今の状況が呑み込めていないのであった。

「ユーリちゃん、早く指示を頂戴!!このままじゃ、危ないわ!!」

 ユーリの方を必死に揺するシャロン、その恰好はいつものように妙な優美さを醸し出しているものであったが、以前に目にした時とは違い所々に金属製の鎧を纏った武装したものであった。
 そんな彼に肩を揺すられているユーリの身体にも鎧が引っ付いており、よく見てみればその手には抜身の剣までもが握られていた。

「ひぃぃぃ!?もう駄目だぁ、お終いだぁ!!やっぱりあっしには戦争なんて、無理だったんですよぉ!!」
「・・・諦めるな」

 周囲へと目を向ければそこには、彼の小柄な身体に合う鎧がなかったのかぶかぶかの鎧に着られているという感じのエディと、逆に鎧姿が異常なほどに似合い歴戦の戦士といった雰囲気を醸し出しているデズモンドの姿があった。
 そして彼らの向こう側にいる何だか柄の悪い男達と、さらに向こう側のこちらへと突進してきている兵士達の姿も。

「不味いわね・・・ユーリちゃん、ここはもう持たないわ!逃げなさい、せめて貴方だけでも!!」

 迫る兵士達の姿、恐らく敵軍と思われる軍勢はもはやこちらの軍と衝突する所まで来ている。
 しかしそんな状況にあってもこちらの軍はてんで統制が取れておらず、戦う前から怖気づき逃げ出している者もいれば、周りといがみ合い敵と戦う前に味方と揉め事を起こしている者もいる始末。
 そんな二つの軍が衝突すればどうなるか、それは火を見るよりも明らかであり、それを察したシャロンはユーリの背中を無理やり押し出し、この場から逃がそうとしていた。


「へぇ、あれが・・・」


 しかしそれももう遅く、両軍は衝突を開始してしまう。
 それも予想通り、ユーリ達の軍の方が一方的に押されるという形で。
 統制の取れた敵軍に一方的に蹂躙されていく味方の懲罰部隊、そんな二つの軍の衝突を少し離れた場所から眺める少女は、唇を歪めるとそう囁いていた。

「野郎ども、行くよ!!」
「「合点でさぁ、頭ぁ!!」」

 馬に跨った少女が得物を掲げながら号令を下すと、背後に控えた屈強な男達が応えるように雄たけびを上げる。
 そして彼らは陣取っていた小高い丘から駆け降りると、敵味方入り混じった二つの軍勢の間へと割って入っていく。
 その勢いは凄まじく、一方的な蹂躙を楽しんでいた敵軍は形成が不利になったと悟ると、まるで波が引いていくかのように早々に引き上げていくのだった。

「な、何が起こったの・・・?」

 ユーリを連れてこの場から逃げ出そうとしていたシャロンは、背後で起こったその出来事に驚き振り返る。
 その横では、エディを小脇に抱えたデズモンドも同じように振り返っていた。

「ユーリちゃん、あれ!」
「ひぃぃ、敵だけじゃなく俺たちまでやろうってのかい!?ず、ずらかりましょうぜ兄さん!!」

 敵軍を蹴散らした謎の軍勢はそのまま、ユーリ達の下まで近づいてくる。
 その存在にユーリ達が怯えているとその中から一騎、恐らく頭と呼ばれた少女が彼らの前へと進み出てきていた。

「あんたがあたい達の指揮官、ユーリ・ハリントンかい?」

 少女はユーリ達の前にまでやってくると馬から降り、被っていた兜を外す。
 そこから現れたのは、燃えるような真っ赤な髪の少女であった。

「あたいはケイティ!あのサラトガ山賊団の団長、赤毛のケイティとはあたいの事さ!!」

 脱いだばかり兜を小脇に抱え、赤毛の少女はそう名乗る。
 その目はユーリを真っ直ぐに見据え、挑発するような色を帯びていた。

「・・・誰?」

 彼女は恐らく、自分の名を名乗る事でユーリがビビったり驚いたりすることを期待していたのだろう。
 しかし様々な出来事のせいで頭が全く回っていない今のユーリには、その名を耳にしてもピンと来るものはなかった。
 そのため思わず呟いたユーリの言葉に、ケイティは唇を引くつかせる。
 そして次の瞬間、彼女はその顔までを真っ赤に染めると、ユーリの頬を引っ叩いていたのだった。
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