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第二章 王国動乱

反旗

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「あの小娘が・・・あの小娘が即位しただとぉぉぉ!!?」

 王都クイーンズガーデンから南東に五日ほど馬車を走らせた距離にある領地、ウェンズリーでも一番大きなお屋敷から、その絶叫は響いていた。
 その声の主、ルーカス・ウルフ・エインスワースは頭を掻き毟りながら、その報告を持ってきた執事を睨み付ける。

「はい、そのように聞いております」

 しかし大柄で、悪く言えばいかつい見た目のルーカスに睨み付けられても、その執事は表情一つ変えることはない。

「おかしいではないか!?男系継承が基本の我が国で、何故我を差し置いてあんな小娘が即位する!?よしんば、我が兄であるフェルデナンドが即位したならば分かるが・・・あの小娘が即位するなど、そんな事が許されてたまるか!!!」

 執事のそんな態度が気に触ったのか、ルーカスは余計に苛立ちを募らせては再び叫び声を上げる。
 その大音声は、この部屋に張られたガラス窓がビリビリと震えてしまうほどのものであった。

「ですが、事実でございます」
「くっ、そんな事は分かっておるわ!いや、待てよ・・・そうだ、女の王などこの国で歓迎される訳がないではないか!!そんなもの、どうせすぐに倒れるに決まっておるわ!!ふはは!ジーク・オブライエンめ、焦りおったな!!」

 苛立つルーカスに、執事は淡々と事実だけを告げる。
 それに呻き声を漏らしたルーカスは、ふと考え込むように俯くと、再び顔を上げる時には力強くこぶしを握り締めていた。
 そう彼は気付いたのだ、男系継承が基本のこの国で女王であるリリーナが歓迎される訳がないと。

「・・・そうとも、限らないのではないですか?」

 自らの考えが正しいと確信し、勝ち誇った笑い声を漏らしているルーカスに、そんな彼の姿を椅子に座ったままゆったりと眺めていた蛇面の男、パトリックがそう冷たく言い放つ。

「何だと?どういう事だ、ボールドウィン?」
「いえ、何事も確かめてみなければ分からないという事です。どうです、民草の反応は?」

 自分の意見に賛同してくれると思った腹心が反対の意見を述べる、それが気に食わないとルーカスは振り返ると苛立たしげにパトリックへと尋ねる。
 それに肩を竦めてみせたパトリックは、報告を持ってきた執事にその時の王都の様子はどうだったのかと尋ねていた。

「はっ、どうやら大歓迎であったようです。即位の宣下では王都の大通りに民衆が溢れ、陛下の名を讃える声が鳴りやまなかったと聞いております」
「馬鹿な!?そんな筈がない!!」

 大盛況であったとリリーナの即位の様子を伝える執事に、ルーカスはそんな訳がないと両手を広げる。

「ふんっ、どうせオブライエンの連中が何か裏で仕込んでおったのだろう!あの連中がやりそうな、汚い手だ!!」
「・・・本当にそれだけでしょうか?」
「何?何が言いたいのだ、ボールドウィン?」

 リリーナの即位が民衆から歓迎されたという事実を聞いても、ルーカスはそれを受け入れようとはしない。
 彼は何かを払うように腕を振るうと、それもこれもオブライエン家の仕業だと力強く言い切っていた。

「亡くなられた王、ジョン陛下も実質的に宮廷を支配していた太后陛下もあまり評判のよろしい人物ではありませんでした。それに代わって見目麗しい若き女王が即位したのです、しかもその脇をあのジーク・オブライエンが固めて。これを歓迎しようというのは自然の成り行きではありませんか?」
「ぐぐぐ・・・」

 はっきりと断言するルーカスに口を挟んだパトリックは、淡々とリリーナの即位が民衆に歓迎される理由を口にしていく。
 その整然とした理論に、ルーカスは唸り声を上げるしか出来なかった。

「さらにリリーナ嬢の、おっと今は陛下とお呼びすべきですね。陛下の侍女には、あのオリビア・ユークレール嬢がついているとか。ルーカス様もご存じの通り、ユークレール家は我が国でも最も由緒正しき名家であります。そしてその御令嬢であるオリビア嬢は、まだ幼いながらも貴族らしい気品を備えた美しい少女だとか。美しい女王に、由緒正しき名家の生まれのこれまた美しい侍女が付き従う・・・その光景は一種の絵画のようでございましょうな。いやはや民衆というのはいつも、そうした『分かりやすい高貴さ』に惹かれるものですから」

 オリビアとリリーナの組み合わせ、それは単に美しいだけでなく、彼女の生まれの高貴さも相まって強い効果を発揮するものなのだとパトリックは語る。

「くっ、ユークレール家の娘がちょろちょろしておったのは知っておったが・・・そうした狙いがあっての事か!!どこまで悪辣であれば気が済むのか、ジーク・オブライエンめ!!」

 ルーカスもオリビアがリリーナの侍女として付き従っていたのは、以前から知っていた。
 しかしそこにそんな狙いがあった事など、今の今まで気付かなかったのだ。

「やはりあの時、ジョンが死んだあの時に王都に戻った方が良かったのではないか?貴公が止めたのであの時は従ったが・・・」

 ジークへの苛立ちを散々叫んだあと、ルーカスは恨めしそうな目をパトリックへと向けていた。
 それは先王であるジョンが死んだ時、彼が王都に戻ろうとしたのをパトリックが止めたからだった。

「それは、いずれにしても無駄に終わったでしょう」
「何だと、どういう事だ?」

 ルーカスの恨めしそうな視線にパトリックは肩を竦めると、首を横に振りながら答える。
 そんな彼の仕草に、ルーカスは全く意味が分からないと首を傾げていた。

「リリーナ陛下の即位はいつ行われたのですか?」
「七日前と聞いております」

 早く説明して欲しそうにしているルーカスを無視し、執事へと視線をやったパトリックは彼にそう尋ねる。
 それに執事は、いつもの淡々とした口調で答えていた。

「七日前ですか、やはりですね。これで分かったでしょう?あの時王都に戻っても無駄だったという事が」
「・・・?全く分からん」

 執事が口にした七日前に即位が行われたという情報に、パトリックは納得するように頷いている。
 パトリックは当然、それでルーカスも理解したと考えていたが、彼は頭の上にはてなマークを浮かべては首を捻るばかりであった。

「・・・ルーカス様、憶えておいででしょう?我々がジョン陛下の死を知ったのは、十日ほど前の事です。ここから王都まで馬を急がせても五日は掛かる、つまりあの時我々が王都に戻ったとしても即位には間に合わなかったという事です。フェルデナンド殿下のおられるパパゲアはここからさらに遠い・・・つまりジーク・オブライエンは、他の王位継承者に邪魔されないように女王の即位を急いだ、つまりそういう事なのです」
「おぉ!なるほどそういう事か!」

 パトリックの丁寧な説明でようやく理解したルーカスは、手の平をこぶしで叩いては軽快な音を響かせている。

「しかしそうなると・・・我はどうすれば良いのだ?まるで打つ手がないようではないか?」
「そんなのは決まっております」

 パトリックの説明でようやく事態を理解し上機嫌になったルーカスも、それによって完全にジークに上をいかれたと知れば急に落ち込んでもしまう。
 彼はどこか不貞腐れたように椅子にどっかりと座り込むと、どうすればいいのだパトリックに尋ねる。
 その問い掛けに、パトリックはルーカスの下へとゆっくりと歩み寄ってきていた。

「王位を請求なさいませ。反旗を翻すのです、女王なぞこの国には相応しくないと」

 パトリックはその長く細い舌を覗かせると、ルーカスの耳元で甘く囁く。
 その誘惑の言葉を。

「お、おぉ!そうだ、その通りだ!!栄光なるリグリア王国、その王位は正当な王位継承者であるこの我、ルーカス・ウルフ・エインスワースにこそ相応しい!!」

 王位に就けと囁くパトリック、それにルーカスは乗せられると椅子から立ち上がっていた。

「いや、しかしな・・・反旗を翻すとなるとそう容易ではないぞ?大体、兵はどうするのだ?」

 自らが王になれる、その事実に興奮した彼はしかし、すぐに冷静になると再び席へとどっかりと座り込んでいた。
 王位を請求するのはいい、反旗を翻すのは魅力的だ、しかしそれにはそれ相応の準備と兵が必要だった。

「御心配には及びません」

 そんな彼に、パトリックは薄く微笑むとカツカツと音を立てて歩みを進める。
 彼が進んだ先は、この部屋からバルコニーへと続くガラス張りの大扉、普段はカーテンで覆われているそれの前であった。

「この通り、準備は既に整っております」

 カーテンを捲り、ガラス張りの大扉を開け放つパトリック。
 そして彼はその先の光景を示すように腕を伸ばすと、ルーカスに向かって恭しく頭を下げていた。

「「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」

 その先には、完全武装した兵達の姿が。
 彼らはそれぞれに異なる家紋が描かれた盾を掲げ、それに得物を打ち付けながら雄たけびを上げる。
 その家紋の数は、ルーカスの王位を支持する貴族の多さを物語っていた。

「お、おぉ・・・こ、これが我が兵か。我が王位に就くための兵だというのか!?」
「はい、その通りでございます」

 その光景に、ルーカスはフルフルと震えながら椅子からゆっくりと立ち上がっている。
 そうしてバルコニーへと向かうルーカスに、パトリックはそう恭しく告げていた。

「これだけの兵があれば・・・これだけの兵があれば勝てるぞ!!我が、この我が!リグリア王国の王となるのだ!!ふははははははっ!!!」

 バルコニーへと進み出たルーカスは雄叫びを上げる兵士達の姿を見下ろすと、両手を広げ笑い声を上げる。
 その目には、既に王位へと昇った自分の姿が見えているのだろう。

「ここまでうまくいきましたが。さてさて、向こうはどう出てくるものやら・・・楽しませてもらいますよ、ジーク・オブライエン」

 欲望にぎらついた目で笑い声を上げているルーカスの背中を眺めながら、パトリックは遠い目でそう呟く。
 その目は油断なく細められ、彼の口元はルーカスとはまた種類の違う笑みによって歪められていた。
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