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第二章 王国動乱

その者の名は

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「何だと!?王が死んだだと!!そんな馬鹿な!?」

 馬車で数日かけて自らの領地ウェンズリーに帰ってきたルーカスは、慌てた様子で報告にやってきた執事から耳にしたそのニュースに、ぐったりと沈んでいたソファから跳ね起きていた。

「はっ!わ、分かったぞ!先王ウィリアム陛下の事と勘違いしているのであろう?陛下が亡くなられたのは数週間も前の話だぞ、全く驚かせおって・・・」

 執事が齎したその驚きのニュースを信じられないルーカスは、それを先王ウィリアムの事だと解釈する事で落ち着き、再びソファへと腰を下ろす。
 彼はまだ僅かに震えている手で近くのテーブルに置いてあったワインの瓶を取ると、それをグラスへと注いでいた。

「いえ、亡くなられたのは現王ジョン陛下でございます」
「だから、それはあり得ぬとさっきから言っておるではないか!?我々が王都に立つ前には、陛下は確かに生きておられたのだぞ!!それが―――」

 そんなルーカスに対し、執事は淡々と事実を告げる。
 それに再びソファから跳ね起きたルーカスは、注いだばかりのワインを盛大に撒き散らしてしまっていた。

「いつ、亡くなられたのですか?」
「お、おぉ!そうだな、ボールドウィン!!いいところに気付いた!我々が馬車を飛ばしてここについたのが昨日の事なのだ!であれば、そのニュースがここに伝わるのがいくらなんでも早すぎるではないか!!我々が王都を発った時には、陛下は確かに生きていらっしゃったのだからな!」

 執事が口にした言葉と自らが撒き散らしたワイン、その二つに驚き慌てているルーカスの横で、蛇面の男パトリックが冷静に執事に尋ねる。
 その言葉に適当に服についたワインを拭っては、却ってその傷口を広げているルーカスはその通りだと喜び、勝ち誇った表情で執事に指を突きつけていた。

「・・・五日前の出来事だと聞いております」
「五日前だと!?そ、その日は・・・我々が王都を発った日ではないか!?」

 執事はおずおずと告げたその日付、それはルーカス達が王都を発ったその日の事であった。
 それを聞いて信じられないと目を見開くルーカスは、手にしたままであったワイングラスを取り落とし、それは床に落ちて粉々に砕けていた。

「それはそれは・・・くっ、くくくっ!いやはや、これは本当に惜しい事をしてしまったようですね!このような素晴らしい政治劇の舞台に立ち損なうとは!!」
「ボ、ボールドウィン?ど、どうしたというのだ一体・・・」

 自らが王都を立ったその日に、王が死んだ。
 それを耳にしたパトリックは、顔を押さえると愉快そうに笑い声を漏らす。

「あぁ、御心配には及びません。それで・・・どうなさいますか、ルーカス様?」
「ど、どうとは?一体何の事だ、ボールドウィン?」

 彼の様子を心配そうに見つめるルーカスに、パトリックは手を広げては心配ないと示している。
 そうしてその細い目をさらに細めて愉快そうに嗤うパトリックは、ルーカスに何事かを尋ねていた。

「勿論、誰を犯人にするか・・・というお話でございます、ルーカス様」
「犯人、だと・・・お、おぉ!そうだ、そうであるなボールドウィン!!そうだ王が死んだのだ、あんな健康そうな子供が何もなくいきなり死ぬ訳がない!であれば、誰かに殺されたのだ!!その犯人をフェルデナンドにしてしまえば、自動的に私が次の王に・・・そ、そういえばフェルデナンドの奴、あの日慌てて王都を離れていたではないか!!あの慌てよう、何かやましい事があったに違いない!!犯人はあいつで決まりだ!!」

 パトリックが嗤いながら告げた、犯人という言葉。
 それにようやく彼が言わんとしている事を察したルーカスは、王を殺した犯人は彼の兄であるフェルデナンドに違いないと叫ぶ。

「・・・それは私達も、でございますがね」
「ん?何か言ったか、ボールドウィン」
「いいえ、何でもございませんルーカス様」

 ルーカスはあの日、自分達よりも前に王都を離れたフェルデナンド達に疑いを掛けるが、それであるならば自分達も同じだとパトリックはぼそりと呟く。
 その呟きを耳にしたルーカスに、パトリックはにっこりと微笑んでそれを誤魔化していた。

「とにかく!フェルデナンドを王殺しに仕立て上げるのだ!ん待てよ・・・王は確かに殺されたのか?」
「はっ、王は誰かの手によって殺されたようでございます」
「はははっ、それ見た事か!!やはりフェルデナンドの仕業だ!!いや、実際はどうでも構わぬ!!とにかく奴を王殺しの犯人に―――」

 王は死んだと告げた執事も、王が殺されたとは口にしていない。
 その事実に気付きそれを確かめるルーカスに、執事ははっきりと王は殺されたと口にする。

「既に犯人は捕まってございます」
「・・・は?な、何だと?もう一回言ってくれるか?」
「ですから、その王殺しの犯人は既に捕まったようでございます」

 王が殺されたと知り、これでフェルデナンドを王殺しに仕立て上げる事が出来ると盛り上がるルーカス。
 そんな彼に、執事は再び淡々と告げる。
 その王殺しの犯人が、既に捕まっているという事実を。

「王殺しという大罪を企てておいて、あっさりと捕まるだと・・・?どこのバカだ、そいつは!!!」

 王殺しというのは、歴史に刻まれるほどの大罪だ。
 そんな大罪を犯しておいて、あっさりと捕まる。
 しかもこのニュースが伝わった期日を考えると、即日の内に捕まったであろうその犯人に、ルーカスはふざけるなと叫ぶ。

「・・・その犯人の名は?」
「―――でございます」

 雄叫びを上げるルーカスの横で、顎に手をやったパトリックが犯人の名を尋ねている。
 それに執事は、ある男の名を口にしていた。

「―――だと?それは」
「くっ、くくくっ、くははははははっ!!あぁ、残念だ!!残念で仕方ない!!そのような場面を見過ごすなど・・・あぁ、本当に残念です」

 執事が口にした名前に、ルーカスが首を捻る。
 その横でパトリックがその細い身体を折り曲げ、くつくつと激しく震えては嗤い声を上げていた。
 彼の口元には深い深い笑みが浮かび、幾度も残念そうに首を横に振る。
 やがてその目線は窓の外へ、王都クイーンズガーデンの方へと向いていた。
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