【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第二章 王国動乱

ヒーローは遅れてやって来る

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「・・・リリーナ様、ここを離れましょう」
「マーカス?貴方、一体何を言っているのですか!?こんな時にこの場を離れるなど、私には出来ません!!」

 ジョンを中心としてざわざわと騒ぎが広がっているスラム街、その中心に近い場所に佇みジョンへと近づこうとしていたリリーナに、マーカスが周りを伺いながらそう囁く。

「ここにいては危険です!それに・・・貴方まで、責任を取らされかねません」
「そんな事・・・私はっ!」

 この騒動に自分が関わっている、ジョンはそれを認めた。
 そんな騒動の現場にもう一人王族がいたと判明すれば、彼女もそれに関わっていたと思われても仕方ない事だろう。
 例えそのように思われなくても、今度は現場にいながら何故止められなかったのだという責任問題になってくる。
 そうした事を危ぶむマーカスに、リリーナはそんなこと気にはしないと高潔な態度を見せる。

「リリーナ様・・・申し訳ありません!!これが僕の役目、ですので」
「くっ・・・マーカス、貴方は」

 しかしそれは彼女の生き方であり、マーカスの役割とは違う。
 彼女の身を守るように託されたマーカスにとって、彼女の面子や立場も守るべき対象であったのだ。
 だから彼はリリーナの意識を奪い、その身体を抱きかかえる。

「オリビア、君も!」
「え、えっ!?ど、どういう事ですの!?あの二人は放って・・・きゃああああ!!?」

 リリーナをその小脇に抱えたマーカスは、彼女の侍女であるオリビアにも声を掛けると、その身体を無理やり抱え込んでいた。
 オリビアはその場に残されるネロやプティの事を心配していたが、残念ながら彼女達はマーカスの護衛対象ではない。
 リリーナとオリビアを抱えたマーカスは、その圧倒的な身体能力を振るい信じられない速度でこの場を離脱していく。

「さぁ、どうした?余のものになるのか、ならぬのか?」

 余りに素早く行われた離脱劇は、周りの関心を引くことはない。
 ジョン自身もそちらにチラリと視線をやっただけですぐに本命である二人へと向き直り、血で真っ赤に染まった手を差し伸べては決断を迫る事を優先していた。

「なる訳ないでしょ、バーカ!!」
「そうだよ!こんなの・・・許されないよ、ジョン君!!」

 その誘いを、ネロとプティの二人ははっきりと断っていた。

「ふっ、そうか・・・ガララ、兵を孤児院に回せ」
「は?あ、あそこにですかい王様?流石にそれは・・・」

 予想通りといった二人の回答に、ジョンは軽く笑みを漏らすと近くにいたガララへと命令を下す。
 その命令には流石のガララも戸惑い、難色を示していた。

「・・・聞こえなかったのか?いいから、さっさとやれ!この人間の成り損ないが!!」
「へ、へぇ!直ちに!!」

 下した命令をすぐに実行しなかった、ガララへと向けるジョンの視線は冷たい。
 その視線に射すくめられ、怒鳴り声に背中を押されたガララは、この騒動で近くまでやってきていた近衛兵の下へとすっ飛んでいく。
 そしてその命令を聞いた彼らは流石の練度の高さを見せ、素早い展開で先ほどの孤児院を包囲していたのだった。

「さぁ、どうする二人とも?お前達が余のものにならぬのであれば、あの孤児院の者達が死ぬことなるぞ?」

 その様子を満足げに眺めていたジョンは、再び髪をかき上げそれを赤く染め上げると、二人に手を伸ばす。
 彼のもう片方の手は顔の高さで掲げられており、いつでも攻撃の合図が送れるようになっていた。

「どうして、どうしてこんな事するのさ!?さっきまで、あんなに楽しくやってたじゃん!!」
「そうだよ、ジョン君!!今ならまだ間に合うから・・・元のジョン君に戻ってよ!!」

 変わってしまったジョンの姿に、ネロとプティは涙を浮かべながら訴える。

「はっ!余を、この王である余をあれだけ蔑ろにしておいて楽しくだと?ふざけるな!!!」

 しかしその声が、ジョンに届くことはない。

「ふっ、そうだな。丁度いい・・・おい、ヌーボ。お前がそいつらを連れてこい」
「お、おらが・・・?」

 こんな事になってしまった全ての原因は、ジョンにとっての初めての友達であるネロとプティの関心がヌーボに移ってしまったからだった。
 それを思い出したジョンは皮肉げに口元を歪めると、命令を下す。
 そのヌーボに、二人を連れてこいと。

「う、うぅ・・・うぅぅぅぅ!!お、おら、や、やりたくないだ!!」

 ジョンと二人を交互に見比べ頭を抱えて唸り声を上げていたヌーボは、やがて迷いを断ち切るとジョンの命令をはっきりと拒絶する。

「そうか。では、そうだな・・・また母上に『お仕置き』してもらわねばならんな」
「ひっ!?」

 勇気を振り絞り、ジョンを睨み付けるヌーボ。
 しかしそれも、ジョンが「お仕置き」という言葉を発するまでであった。
 それをジョンが口にした瞬間、彼はガタガタと震えだし、頭を抱えて蹲ってしまっていた。

「もう『お仕置き』は嫌か、ヌーボ?では、どうすればいいか分かるな?」

 蹲り、震えているヌーボに声を掛けるジョンの声は優しい。
 例えその言葉が、どれほど残酷なものであっても。

「う、うぅ・・・ご、ごめんよぉ、ふ、二人とも」

 ジョンの言葉にゆっくりと立ち上がったヌーボは、躊躇いながらもその巨大な手でネロとプティの二人を掴み上げる。

「そんな、ヌーボどうして・・・?」
「止めてよ、ヌーボ!い、痛い!痛いよ・・・」

 二人がその手にあっさりと捕まってしまったのは、ヌーボがそんな事をするとは思わなかったからか。
 そんな彼の事を裏切られたとショックな表情で見上げる二人の視線に、ヌーボは辛そうに顔を背けていた。

「はははっ、いいぞヌーボ!そうだ、余は王なのだ!その王に絶対の服従を誓うのが、臣民の正しい姿である!!さぁ、ネロにプティよ。お前達も余のものになり、服従を誓うのだ」

 ジョンの前に差し出すように手を伸ばしネロとプティを捧げるヌーボの姿に、彼は愉快そうに笑い声を響かせる。
 そして彼は再び、二人に自らのものになるように告げていた。

「「嫌!!」」

 その言葉を拒絶する二人の声は、ぴったりと揃う。
 息が触れるほどの近さではっきりと拒絶されたジョンは、唇を僅かに引きつらせる。

「・・・そうか、では死ぬがいい。余のものにならぬものなど、必要ない!!どうしたヌーボ、そいつらを殺せ!!『お仕置き』されたいのか!!」

 それを告げる前にジョンが僅かに見せた逡巡は、未練によるものだろうか。
 しかしそれを捨て去った彼は声高に叫ぶ、二人を殺せと。

「「―――――!!」」

 ジョンが口にした恐怖のキーワードに、ヌーボは躊躇いながらも腕に力を籠める。
 僅かに奔った痛み、その死の予感にネロとプティの二人は声にならない悲鳴を上げた。
 その時、二人が胸の中で呼んだ名前はきっと同じものだ。
 その名は―――。


「―――どこの誰だか知らねぇが・・・うちの娘に何してくれてんだ、あぁ?」


 ユーリ・ハリントン、二人の父親であるその男の名だった。
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