109 / 210
第二章 王国動乱
太后と摂政
しおりを挟む
王城の奥、王族や高貴な女性が使う空間である姫百合の間に、小さなシルエットが駆ける。
普通ならば眉を顰めるようなその行為も、今日は誰も咎める事はない。
それはその人物がこの王城の主、幼王ジョンであったからだ。
「さて、どこに隠れるかだが・・・よし、あそこがいい!あそこに隠れよう」
自らの召使達と、かくれんぼに勤しんでいる幼王。
彼が隠れ場所に決めたのは、姫百合の間の中でも飛び切り上等で更に高価な香水の匂いがプンプンと漂ってくるような、そんな部屋であった。
彼はその部屋の中へと立ち入ると、そこのクローゼットへと身を潜ませる。
「誰だ?誰か入ってくる・・・まさか、もう見つかったのか!?」
彼がそこに隠れると程なくして、誰かがその部屋の扉を再び開き、誰かが中へと入ってきていた。
「・・・あれは母上?それと・・・あの嫌な男か?どうしてこんな所に?」
扉を開き部屋の中へと入ってきたのは、彼の母親である太后メリッサ・キャロルと、彼の嫌いな男ジーク・オブライエンであった。
「・・・このような所に呼び出して、何用か太后陛下」
この部屋にメリッサがやって来ることは珍しくない、何故ならここは彼女の部屋なのだから。
しかしそんな場所に、ジークがやって来る事はとても珍しかった。
何故なら、二人は反目しあっている事が有名である人物であったからだ。
「お互い、腹の探り合いにはうんざりでしょう?単刀直入に言います、摂政の職を私に譲ってくださらないかしら?」
部屋の中へと進みその中心へと立ったメリッサは、ジークが扉を閉めるのを確認すると扇で口元隠しながら、そう切り出していた。
「・・・意図を、測りかねるな」
摂政の職を譲れという、メリッサの余りに突然の申し出。
しかしジークはそれに意外そうな顔一つ見せることなく、淡々と答えをはぐらかしていた。
「意図も何もないでしょう?単に職を譲ってくれというだけの話なのだから。それで、譲ってくれるのくれないの?」
「この職は、亡き先王ウィリアム陛下から託されたもの。簡単に譲る訳にはいくまい」
「先王ウィリアムから託されたねぇ・・・遺言にそう記されていたのですってね?貴方が書いて、貴方が発表した遺言にそう、ね」
メリッサがその言葉を口にした瞬間に、開け放たれていた窓の外で木々に止まっていた鳥達が一斉飛び立っていく。
その羽ばたきの音はうるさいほどであったが、それでもその声を掻き消すほどではなかった。
「・・・何の事だ?」
「あら、とぼける必要はなくってよ?私、色々と知っているのだから。例えばそうね・・・あの子、確かリリーナとか言ったかしら?あの子を王族として擁立するために、貴方が裏で色々と暗躍していたって事とかね。貴方らしくもない、随分と張り切ったようじゃない?まぁ、あの子の生まれを考えれば張り切るのも―――」
鳥達の羽ばたきの音が消えた室内には、痛いほどの沈黙が待っていた。
それを打ち破ったジークの声は、重々しい。
しかしそれを受けてニッコリと話し始めたメリッサの声は明るく、喜悦に満ちたものであった。
「条件によっては、そちらの要求を認めてもいい」
「あら、随分とお早い決断ね。それだけ、あの子の事が大事ってことかしら?ふふっ、これ以上聞くのは野暮というものよね。それでその条件とはどういったものかしら、窺ってもよろしくって?」
ペラペラと調子よく喋り続けているメリッサの声をジークが遮ったのは、そこにそれ以上触れられたくない事があるからか。
メリッサもそれを目敏く感じ取り更にその笑みを深めると、嗜虐的な表情を浮かべてはジークにその条件を尋ねていた。
「先王に託された職ゆえ摂政の座からは退くわけにはいかぬ、しかし政務からは離れよう。後はそちらの好きなようにするがいい。これで話は終わりだ、私は帰らせてもらおう」
ニヤニヤとした表情で勝ち誇るメリッサの前でジークは自らの条件を口にすると、そのまま踵を返してこの場から立ち去ろうとしていた。
「なっ・・・ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?約束が違うじゃない!!」
「・・・何の違いが?私が去った後の宮廷すらまとめられないのであれば、摂政の座など土台無理だったという話であろう。まさか、その程度の事も叶わぬ者がその座を望んだとでも?」
もはや話し合いは終わったと立ち去ろうとしているジークを、メリッサが必死に呼び止めている。
彼女はジークに約束が違うと叫ぶが、ジークはそれに立ち止まり振り返るとギロリと睨み付けるだけ。
自らが口にした言葉を翻す事も、譲る事も一切しないとその態度で示していた。
「くっ・・・分かったわよ、その条件を呑むわ!ただし、そちらにも約定は守ってもらいます!それでよろしくって、オブライエン卿?」
「・・・承った。その約定、決して違えぬと誓おう、太后陛下」
交渉の余地のないジークの態度に悔しそうに呻き声を漏らしたメリッサは、諦めたようにその条件を呑むと口にする。
その言葉に誓いの言葉を返したジークは、外套を翻るとその場から立ち去っていた。
「お、王様、ど、どこかな?どこかな?」
「さっさと見つけろってんだ、このウスノロ!俺ん時ばかり鼻を利かせやがって!!」
太后の部屋を離れ、姫百合の間から足早に立ち去ろうとしているジークの横を、騒がしい二人組が通り過ぎてゆく。
それは褐色の肌の大男と、薄緑の肌の小男という奇妙な二人組であった。
「あれが例の人体実験の成果か・・・外道が」
その二人組にジークは足を止め、その姿を見詰める。
そして彼はそう短く吐き捨てると、再び足を進め始めていた。
普通ならば眉を顰めるようなその行為も、今日は誰も咎める事はない。
それはその人物がこの王城の主、幼王ジョンであったからだ。
「さて、どこに隠れるかだが・・・よし、あそこがいい!あそこに隠れよう」
自らの召使達と、かくれんぼに勤しんでいる幼王。
彼が隠れ場所に決めたのは、姫百合の間の中でも飛び切り上等で更に高価な香水の匂いがプンプンと漂ってくるような、そんな部屋であった。
彼はその部屋の中へと立ち入ると、そこのクローゼットへと身を潜ませる。
「誰だ?誰か入ってくる・・・まさか、もう見つかったのか!?」
彼がそこに隠れると程なくして、誰かがその部屋の扉を再び開き、誰かが中へと入ってきていた。
「・・・あれは母上?それと・・・あの嫌な男か?どうしてこんな所に?」
扉を開き部屋の中へと入ってきたのは、彼の母親である太后メリッサ・キャロルと、彼の嫌いな男ジーク・オブライエンであった。
「・・・このような所に呼び出して、何用か太后陛下」
この部屋にメリッサがやって来ることは珍しくない、何故ならここは彼女の部屋なのだから。
しかしそんな場所に、ジークがやって来る事はとても珍しかった。
何故なら、二人は反目しあっている事が有名である人物であったからだ。
「お互い、腹の探り合いにはうんざりでしょう?単刀直入に言います、摂政の職を私に譲ってくださらないかしら?」
部屋の中へと進みその中心へと立ったメリッサは、ジークが扉を閉めるのを確認すると扇で口元隠しながら、そう切り出していた。
「・・・意図を、測りかねるな」
摂政の職を譲れという、メリッサの余りに突然の申し出。
しかしジークはそれに意外そうな顔一つ見せることなく、淡々と答えをはぐらかしていた。
「意図も何もないでしょう?単に職を譲ってくれというだけの話なのだから。それで、譲ってくれるのくれないの?」
「この職は、亡き先王ウィリアム陛下から託されたもの。簡単に譲る訳にはいくまい」
「先王ウィリアムから託されたねぇ・・・遺言にそう記されていたのですってね?貴方が書いて、貴方が発表した遺言にそう、ね」
メリッサがその言葉を口にした瞬間に、開け放たれていた窓の外で木々に止まっていた鳥達が一斉飛び立っていく。
その羽ばたきの音はうるさいほどであったが、それでもその声を掻き消すほどではなかった。
「・・・何の事だ?」
「あら、とぼける必要はなくってよ?私、色々と知っているのだから。例えばそうね・・・あの子、確かリリーナとか言ったかしら?あの子を王族として擁立するために、貴方が裏で色々と暗躍していたって事とかね。貴方らしくもない、随分と張り切ったようじゃない?まぁ、あの子の生まれを考えれば張り切るのも―――」
鳥達の羽ばたきの音が消えた室内には、痛いほどの沈黙が待っていた。
それを打ち破ったジークの声は、重々しい。
しかしそれを受けてニッコリと話し始めたメリッサの声は明るく、喜悦に満ちたものであった。
「条件によっては、そちらの要求を認めてもいい」
「あら、随分とお早い決断ね。それだけ、あの子の事が大事ってことかしら?ふふっ、これ以上聞くのは野暮というものよね。それでその条件とはどういったものかしら、窺ってもよろしくって?」
ペラペラと調子よく喋り続けているメリッサの声をジークが遮ったのは、そこにそれ以上触れられたくない事があるからか。
メリッサもそれを目敏く感じ取り更にその笑みを深めると、嗜虐的な表情を浮かべてはジークにその条件を尋ねていた。
「先王に託された職ゆえ摂政の座からは退くわけにはいかぬ、しかし政務からは離れよう。後はそちらの好きなようにするがいい。これで話は終わりだ、私は帰らせてもらおう」
ニヤニヤとした表情で勝ち誇るメリッサの前でジークは自らの条件を口にすると、そのまま踵を返してこの場から立ち去ろうとしていた。
「なっ・・・ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?約束が違うじゃない!!」
「・・・何の違いが?私が去った後の宮廷すらまとめられないのであれば、摂政の座など土台無理だったという話であろう。まさか、その程度の事も叶わぬ者がその座を望んだとでも?」
もはや話し合いは終わったと立ち去ろうとしているジークを、メリッサが必死に呼び止めている。
彼女はジークに約束が違うと叫ぶが、ジークはそれに立ち止まり振り返るとギロリと睨み付けるだけ。
自らが口にした言葉を翻す事も、譲る事も一切しないとその態度で示していた。
「くっ・・・分かったわよ、その条件を呑むわ!ただし、そちらにも約定は守ってもらいます!それでよろしくって、オブライエン卿?」
「・・・承った。その約定、決して違えぬと誓おう、太后陛下」
交渉の余地のないジークの態度に悔しそうに呻き声を漏らしたメリッサは、諦めたようにその条件を呑むと口にする。
その言葉に誓いの言葉を返したジークは、外套を翻るとその場から立ち去っていた。
「お、王様、ど、どこかな?どこかな?」
「さっさと見つけろってんだ、このウスノロ!俺ん時ばかり鼻を利かせやがって!!」
太后の部屋を離れ、姫百合の間から足早に立ち去ろうとしているジークの横を、騒がしい二人組が通り過ぎてゆく。
それは褐色の肌の大男と、薄緑の肌の小男という奇妙な二人組であった。
「あれが例の人体実験の成果か・・・外道が」
その二人組にジークは足を止め、その姿を見詰める。
そして彼はそう短く吐き捨てると、再び足を進め始めていた。
6
あなたにおすすめの小説
自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜
ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。
その一員であるケイド。
スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。
戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。
それでも彼はこのパーティでやって来ていた。
彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。
ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。
途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。
だが、彼自身が気付いていない能力があった。
ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。
その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。
自分は戦闘もできる。
もう荷物持ちだけではないのだと。
見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。
むしろもう自分を卑下する必要もない。
我慢しなくていいのだ。
ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。
※小説家になろう様でも連載中
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。
詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。
王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。
そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。
勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。
日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。
むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。
その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる