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第二章 王国動乱

偶然の遭遇

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「どうして・・・どうしてこんな事に」

 王都クイーンズガーデン、その王城にほど近い路地裏でユーリは頭を抱えていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・はー、楽しかったー!!へへへっ、中々いい追い駆けっこだったね!」
「だ、駄目だよネロ!見つかっちゃったら失敗なんだから!」
「あ、そうだった。へへへ、失敗失敗」

 彼の背後には息が上がった様子の二人の娘、ネロとプティの姿があった。
 そしてよく見てみれば、そのさらに向こう側に何やら誰かを探している様子の衛兵達が慌ただしく駆け回っており、彼らが今まさに何をしてきたところなのかを物語っていた。

「どうしますか、マスター?私ならば、今からでも強行突破出来ますが?」

 通りの向こうを駆け回る衛兵達に目を向けながら、地面へと蹲っているユーリの傍らで息も乱さず立っているエクスがそう提案する。

「止めろ止めろ!そんな事したら、さらに洒落にならない事になるから!」
「そうですか、分かりました・・・」 

 そうして今にも飛び出していきそうなエクスを、ユーリは慌てて制止していた。
 そんなユーリの指示に、エクスは残念そうに肩を落とす。

「はー・・・取り合えず、ここから離れるぞ」
「「はーい」」

 今も通りの向こうには、多くの衛兵達が彼らを探して行きかっている。
 それらから身を隠そうと、ユーリはゆっくりと立ち上がると娘達に声を掛けこの場を離れる。

「あー・・・本当、どうしよう。あんなこと言って出てきた手前、こんなんじゃ帰るに帰れないぞ。うー、ヘイニーさんにどう言い訳すれば・・・」

 王城近くの路地裏から人通りの少ない道を回り、賑やかな大通りへとやって来てもなお、ユーリは頭を抱え落ち込んでいた。

「あ、オリビアだ」

 そんなユーリの耳元で、プティがポツリと呟く。

「え、どこどこ?あ、本当だ!おーい、オリビアー!」

 その呟きに反応したネロが通りを指差し、何かを見つけると大声を上げ手を振っている。

「おいおい、何言ってるんだ二人とも。こんな所にいる訳が・・・」

 そんな二人の振る舞いは、流石に頭を抱え落ち込んでいたユーリの耳にも入ってくる。
 二人が口にした信じられない出来事に、ユーリは有り得ないと口にするとゆっくりと振り返る。

「あら、ネロにプティ。二人ともどうしたの、こんな所で?」

 その先に待っていたのは、駆け寄ってくるネロとプティの二人に驚いた表情を見せているオリビアとその傍らに佇むリリーナの姿だった。

「いたーーー!!!」

 王城に忍び込んでまで連れ出そうとしていた二人が、急に目の前に現れた。
 その驚愕の事実に、ユーリは彼女達に指を向けると大声を上げる。
 その大声にどうやらお忍びで抜け出してきたらしい二人は驚くと、頻りに辺りの様子を気にしていた。



「そんな事が・・・」

 大通りから僅かに離れたユーリ達の前には、いれたての紅茶が湯気を立てている。
 探し求めていたオリビア達と不意に合流したユーリ達は、近くの喫茶店のオープンテラスへと席を取り、そこで彼女達のこれまでの事情について説明を受けていた。

「まさか、マービンさんが誘拐犯だったなんて・・・」

 二人から事情を聞き、そこで始めてあのマービン・コームズが彼女達を攫った誘拐犯だと知ったユーリは青い顔で紅茶を啜ろうとする。
 しかし彼の手はそのショックで震えてしまっており、うまくティーカップも掴むことが出来ず、僅かに紅茶をテーブルへと零してしまう。

「ふんっ!あんな男に、さんなんかつける必要はありませんわ!!あの男が私達に何をしたか知ってまして!?縄で縛って樽にぶち込みましたのよ!?淑女に対する何たる扱い・・・絶対に、絶対に許せませんわ!!」

 ユーリの動揺に彼の傍で控えるエクスがオロオロしていると、さらに彼を動揺させる激しい物音がその場に響いていた。
 それは一息に飲み干したティーカップをソーサーに叩きつけながら吠える、オリビアが発したものであった。
 彼女の口からはその怒りを含んだ大声だけではなく、まだ熱い紅茶を一気に飲み干したためか熱気を帯びた蒸気も一緒に吐き出されていた。

「ま、まぁまぁ・・・彼にもその、何か事情があったのかもしれませんし」
「事情ですって!?事情があれば、淑女を樽詰めにして運んでもいいと!?そんな理屈は通りませんわ!!大体、あの男はジーク・オブライエンと最初からグルでしたのよ!!裏で何をしていたかなんて、分かったものではありませんわ!!」

 ティーカップを叩きつけながら吠えたオリビアの声は大きく、通りを歩く人々が何事かとこちらに視線を向けている。
 それを気にしてユーリが彼女を宥めようとするが、それは彼女の怒りをさらに過熱させるものとなってしまっていた。

「そういえば、ユーリさんとマービンさんが同じ乗合馬車でキッパゲルラにやって来たという話を耳にしたのですが・・・本当なのでしょうか?」

 興奮し暴れるオリビアを必死に宥めようとしているユーリ、その周囲ではネロとプティが楽しそうにはしゃいでいる。
 そんな彼らの姿を見詰めながらのんびりと紅茶を啜っていたこの場のもう一人の主役、リリーナはそんな事をポツリと口にする。

「えっ?えーっと・・・その話、一体誰から?」
「マービンさん、本人からです」
「あー、そうなんですか。まぁその・・・本当です、はい」

 あのマービンとユーリが同じ馬車でキッパゲルラにやって来た、その事実をマービン本人から聞いたと話すリリーナに、ユーリは頷くことしか出来ない。

「はぁ?何よ、ユーリ。貴方もしかして、マービンとグルだったの?」
「いやいやいや、違いますって!!それは偶々一緒の馬車だったってだけで・・・あれ?マービンさんが父さんの手下だったって事は、初めから俺を監視する事が目的だったりしたのか?」

 自分達を攫った誘拐犯とユーリが一緒に街にやって来ていた、そんな情報を今初めて知ったオリビアは、彼も自分達を裏切っているのではないかと疑いの目を向ける。
 その疑いの目に対して必死にそんな事ないと否定しているユーリはしかし、その途中で新たな事実に気付いてしまっていた。
 それはマービンが初めから、自分を監視する役目を帯びていたのではないかという事実であった。

「何を一人でぶつぶつ言ってるのよ?大体父さんって、一体誰の話を・・・」
「っ!?あはははは!いやー実はあの後、倒産するお店が相次ぎまして!その対応が色々と大変だったんですよ!やー、あの時は大変だったなー!」

 ユーリにとっても衝撃の事実に彼は思わず口にしてはならない事を呟いてしまう、自らがあのジーク・オブライエンの息子であるという事実を。
 それを聞き咎めたオリビアの言葉に慌てて跳ね起きた彼は、引き攣った笑いを漏らしながら適当な誤魔化しの言葉を並び立てていた。

「そ、そんな事より!折角こうして再会出来たことですし一緒に帰りましょう、オリビア!それにリリィ、じゃなかった・・・リリーナさんも。ヘイニーさんが宿で待ってますよ!」
「お父様が?いいわね、それじゃ―――」

 これ以上その話題に触れてほしくないユーリは、二人に一緒に帰ろうと強引に話題を変える。
 父親であるヘイニーが宿で待っていると聞き、オリビアはその表情を明るくしてはすぐに了承を返そうとしていた。

「駄目です、皆さんとは一緒に行くことは出来ません」

 しかしその提案を、リリーナがきっぱりと否定する。

「えっ?リリーナさん、どうして・・・?」
「そうよリリィ!お父様が来ているのよ!?」

 その意外な言葉に、ユーリは勿論の事ながらオリビアも信じられないと驚いている。

「お嬢様、今私達がヘイニー様の下へ向かえば、ヘイニー様にもご迷惑が掛かるのです。今の私は王族です、その私が有力な貴族であるユークレール家の下に向かえば、あらぬ嫌疑が掛けられてもおかしくはありません。それはお嬢様もお嫌でしょう?」
「うっ・・・で、でもリリィ!私達は誘拐されたのよ!?それを主張すれば・・・」
「それも難しいでしょう。相手はあのジーク・オブライエンなのですよ?私達の戯言など、簡単に握り潰してしまうだけです」
「うぅ・・・確かに、そうかもしれないけれど。お父様・・・」

 リリーナは、自分達が帰れない理由を淡々と告げる。
 その冷たい口調はしかし、彼女のかつての主人でありオリビアの父親でもあるヘイニーを守ろうとするものであり、オリビアもやがてそれを理解すると俯いて悔しそうにするばかりであった。

「それに私達には監視をついていますから、そう簡単には・・・」
「ふんっ!あんな奴、どうとでもなるわ!!」

 リリーナの言葉にヘイニーの下にすぐには帰れないと思い知り落ち込むオリビアを、リリーナは慰めながら監視もいるのだと通りへと視線を向ける。
 その言葉にオリビアは涙を拭うと、監視など何て事もないと侮っては強がりを口にしていた。

「お嬢様、彼を侮ってはいけません。何故なら彼は、あのオブライエン家の―――」

 オリビアが口にした強がりは、人前で涙を流した恥ずかしさから来るものだろうか。
 そんな彼女の口ぶりを窘めながらも、リリーナは優しく彼女へと話しかける。

「マスター?どうなされたのですか?マスター!?」

 そしてリリーナがその監視の男の名を口にしようとする最中、ユーリが突然脱兎のごとくその場から逃げ出していく。
 それに驚いたエクスが、慌てて彼の後を追っていた。

「あぁ、ここにいたのですか!探しましたよ、お二人とも。余り勝手に動かれては困ります、せめて僕の目の届く範囲にいていただけないと・・・」

 急に飛び出していったユーリに、その場に残ったリリーナ達が呆気に取られていると、そこに近づいてくる爽やかな好青年の姿があった。
 その好青年、マーカス・オブライエンはその金色の髪を掻きながら困ったように微笑み、彼女達へと小走りに近づいてくる。

「ふんっ、見失う方が悪いのですわ!!」
「えぇ、それはもう言葉もありません・・・それでその、そちらの方達は?」

 小走りに近づいてきたマーカスにオリビアは鼻を鳴らすと、彼の方が悪いのだと怒鳴りつける。
 それに申し訳なさそうに平謝りを繰り返すマーカスは、オリビア達と一緒のテーブルについているネロとプティへと視線を向け、彼女達が誰なのかと尋ねていた。

「えぇと、それは・・・」
「・・・?」

 マーカスの質問に、答えようとするリリーナの口は重い。
 それはユーリの突然の逃亡という異常事態を、彼女の中でもまだよく処理出来ていないからだった。
 そんなリリーナの戸惑いを全く理解出来ないマーカスは不思議そうに首を捻りながら、彼女とそこに残されたネロとプティの二人の間で視線を行き来させ続けていた。
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