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第二章 王国動乱

ラルフ・スタンリーは頭を抱える

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(・・・どうしてこんな所に来てしまったんだろう)

 そうヘーゲン伯爵、ラルフ・スタンリーは心の中で呟いていた。
 ふかふかのソファーに、気の行き届いた調度品、チラリと視線を横に向ければ窓の外には美しい庭園が広がっている。
 そんな心を落ち着かせるには最高の場所と言ってもいい環境に囲まれながらも、彼の心は全く落ち着くことなく千々に乱れ続けていた。

「・・・どうかされたか、スタンリー卿?」

 その理由は、彼の目の前に座っている男にあった。
 その男の名はジーク・オブライエン、この邸宅の主であり、この国の全ての貴族から尊敬と畏怖を一身に受ける男であった。

「い、いえ何でもありません!!はははっ・・・えーっと、そうだ!大丈夫だったのですかオブライエン卿?何やら大変なご様子でしたが」

 何やら落ち着かない様子のラルフに、ジークが声を掛ける。
 それに対して、貴方が落ち着けない原因だとは言えないラルフは、先ほど目にしたばかりの戴冠式の様子について彼に尋ねていた。

「・・・どうやら陛下から嫌われたようで、太后陛下から息子には近づくなと警告されましてな」

 戴冠式から突然退席した幼王ジョン、それを追っていった筈のジークが今、自分の目の前にいる。
 それがどうしてなのかと尋ねるラルフに、ジークは幼王ジョンから遠ざけられてしまったのだと素っ気なく告げていた。

「はははっ、またまた御冗談を!摂政であるオブライエン卿を遠ざけて、どうしてこの国を運営出来るというのか!それでは太后陛下の専横ではありません・・・か?」

 摂政であり、この国の重鎮でもあるジークが国王から遠ざけられる。
 そんな事は冗談でしか有り得ないと、ラルフは笑う。

「・・・冗談ではないが?」

 しかしジークの表情は一切変わる事なく、その身に纏う重々しい雰囲気にも変化はない。
 それは彼が口にした言葉を聞くまでもなく、それが冗談ではない事を示していた。

「は、ははは・・・そ、そうですか冗談ではないと。え、えーっと、そうだ!実はこれが気になっておりまして、いやー実に見事な刀剣でありますな!この意匠など、まこと素晴らしい限りで!」

 完全に地雷を踏み抜いてしまったと悟ったラルフは乾いた笑みを漏らすと、その空気を換えようと必死な表情でこの部屋の中へと視線を向ける。
 そして彼はその一角に飾られていた一本の刀剣を見つけると、わざとらしいほどに明るい声を上げていた。

「・・・宝剣、ニルベンスターン」
「は?」

 ラルフが見つけたその刀剣へと近づいたのは、ジークの重々しい視線から逃れるためだ。
 そうしてラルフがその刀剣の鑑賞で何とか気を紛らわしていると、彼に背中へとジークの冷たい声が向けられる。

「その刀剣の名だ、宝剣ニルベンスターン。ただの飾りではない本物のアーティファクトである、その刀剣のな」
「は、はぁ・・・」

 気まずい空気を誤魔化そうと偶々それへと目をつけたラルフ、しかし彼の目はどうやら高かったようだ。
 この部屋に飾られている数々の美術品の中から本物を選び抜いたラルフに、ジークは上機嫌に唇を歪めると、そのアーティファクトについて語り始めていた。

「三代前の当主が小国を征服した際に手に入れた代物だ。そちらにあるのが魔槍ファルケンボルグ、『龍殺し』のバルバド様が持ち帰った宝物の一つ。それは不壊ガラスの盾、忘れられた神殿から発掘されたものを買い取ったものだ」
「へ、へぇー・・・」

 上機嫌なジークは、この部屋に飾られているアーティファクトを指し示しては解説していく。
 それらはどれも、普通の貴族であれば家宝として倉庫の奥深くに厳重に保管しているような代物であった。
 そんなものをこうして気軽に見せつけられるオブライエン家に、ラルフは圧倒的な家格の差を感じ、更に息苦しさを感じていた。

「そしてこれが黒騎士ユルレから初代当主ガウルル・オブライエン様が奪い取った、黒剣ワールドエンド」

 その剣、部屋に入った瞬間から目のつく目立つ場所に置かれていた、その黒い刀身の剣。
 それはそうしたものに興味がないラルフであっても、一目でやばいものだと分かる代物であった。
 それを今、ジークが手に取る。

「ひぅ!?」

 命が、掴まれた感触がした。

「どうだ、持ってみるか?」
「い、いえ!遠慮いたします!!」

 気軽に、ジークはその剣をラルフへと差し出している。
 それにラルフが必死に手を振って遠慮すると、ジークは僅かな間を置いてそれを元の棚の上へと戻していた。

「・・・スタンリー卿、こうしたものこそが貴族たるものの証だとは思わんか?」
「は?そ、そのどういう意味でしょうか?」

 お互い席に戻った二人に、ジークは唐突にそう口にする。

「これらの品々は、オブライエン家が綿々と受け継いできたものだ。そしてそれらは代々の当主が心血を注いで築いた成果の証でもある」
「はぁ、確かに」

 重々しい声で語り始めたジークに、今度はどんな凄いことを言い出すのかと身構えていたラルフは、その拍子抜けする内容に気の抜けた返事を返している。

(何だ?結局、自慢話がしたいだけなのか?これがあの皆に恐れられるジーク・オブライエン?何だか拍子抜けだな・・・)

 まだ家を継いで間もないラルフにとって、ジークとこうして対面するのは初めての経験であった。
 そのためどんな恐ろしい男かと戦々恐々としていた彼は、その至って普通の自慢話に拍子抜けすると共に、少し安堵もしていたのだった。

「それに何よりこれらは力だ、他を圧倒するほどの破壊的で絶対的な、な」
「へ?」

 しかしそうして安堵したのも束の間、目の前の男は急に凶悪な言葉を口にし始める。
 その言葉に間の抜けた声を漏らしたラルフの目に飛び込んできたのは、獲物に狙いを定めた猛禽のような凶悪な笑みを浮かべるジークの姿だった。

「それを集め、所蔵し、使い方を解明しては、後世へと伝える。それこそが貴族の務めよ。来るべき時に、かかる火の粉を振り払うために・・・な。そうは思わんか、スタンリー卿」

 目の前の男は、この部屋に飾っているアーティファクトを美術品としても、家の誇りとして誇示している訳でもなく、純然に兵器として扱っている。
 それを宣言するジークの姿に、ラルフは冷や汗を垂らしていた。
 この部屋に飾ってあるアーティファクト、それはどれ一つとっても普通の貴族ならば家宝に、それどころか国宝になってもおかしくない品々だ。
 そしてオブライエン家が所持しているアーティファクトが、この部屋に飾ってあるだけとはとてもではないが思えない。
 だとしたら、目の前の男は一体どれ程の力を有しているのか。
 それを想像して、ラルフは生唾を呑む。

「は、はははっ・・・いやー、私のような伯爵風情には少し難しいお話といいますか―――」

 恐怖に、ラルフは引き攣った笑みを浮かべ頭を掻く。
 その固い表情を浮かべる頬には、今も冷や汗が垂れていた。

「父上!!」

 そんな時、部屋の扉を開いて金色の髪の若者が飛び込んできていた。

「・・・マーカスか。来客中だ、見て分からんか?」

 その飛び込んできた若者、自らの息子であるマーカスの姿にジークは目を細めると冷たく突き放す。

「あっ!?そ、その・・・失礼しました!」

 ジークにそれを指摘されて初めて来客の存在に気付いたらしいマーカスは、ラルフの方へと視線を向けると慌てて頭を下げ、そのまま部屋を出て行こうとする。

「あぁ!気にしないでください、もうお暇しようと思っていた所なので!」

 この家の主人であるジークが来客を持て成している場に間違って立ち入ってしまった息子としては、その対応は当然のものであろう。
 しかしこの場で持て成されていた来客であるラルフは、そんな彼を慌てて引き留める。

(あぁ、良かった!これでようやく、こんな場所から解放される!)

 そう考え、ラルフはマーカスを引き留めていた。
 マーカスの失礼な振る舞いも、ジークの迫力に追いつめられていたラルフにとってはまさに救いの神であったのだ。

「・・・もう、お帰りになられるのか?」

 扉を開きこの部屋から出て行こうとしていたマーカスを何とか引き留め、ほっとした表情をみせていたラルフに、ジークの冷たい声が響く。

「え?え、えぇ!その、実はこの後用事がありまして・・・そ、それに息子さんも何やらご用がおありのご様子!ここは私のようなお邪魔虫は退散致しまして、親子水入らずの時間を過ごされるのがよろしいかと!」

 ジークの声に射すくめられたように固まったラルフは、だらだらと冷や汗を垂らしながら必死に言い訳を述べている。
 そんな彼の姿をマーカスは珍しい事があるものだなという表情で見つめていた、何故ならジークが来客を引き留める姿というのをマーカスは初めて目にしたからだ。

「そうか。ご忠告、痛み入る。お帰りならば、そちらから行くとよい。案内が必要か?」
「い、いえ!道ならば憶えておりますので!で、では失礼して!」

 ラルフの言い訳に、引き留めることを諦めたジーク。
 そんな彼の姿に安堵し、ラルフは帰途を急いでいた。

「最後に一つ、よろしいか?」
「ひっ!?な、何でしょうか?」

 マーカスが開けた道を通り、この部屋を後にしようとしていたラルフの腕をジークが掴み、その耳元で囁く。
 その突然の行動に思わず悲鳴を上げてしまったラルフは、青い顔で彼に何の用かと尋ねていた。

「スタンリー卿、貴方には何があろうと変わらず王室に忠誠を誓っていただきたい。貴方らしく、実直にだ」
「え、えぇ・・・も、勿論です、オブライエン卿。そ、それがうちの家訓ですので」

 ジークは真剣な表情で、ラルフに王室への忠誠を誓わせる。
 その迫力に押されながらも、ラルフは何をそんな当然の事をといった様子で、王室への忠誠を誓っていた。

「ならば、よろしい。失礼した・・・お帰りはそちらからだ、スタンリー卿」
「は、はぁ・・・」

 どうやら本当にそれだけを確認したかったらしいジークは、ラルフの返答を聞くとあっさりと退きさがり、彼に帰るように促していた。
 そんな彼の振る舞いにラルフは戸惑いながら、今度こそはと帰路を急ぐ。

「結局、何の用で招かれたんだ・・・?」

 オブライエン家の邸宅から表へと出たラルフは、その巨大な建物を振り返りながら首を捻っていた。
 この忙しい時期にわざわざ招かれた割には碌な話もしなかった招待に、ラルフにはジークがどんな意図で彼を招いたのか分からなかったのだ。

「うぅ!?な、何だ?寒気が・・・誰かに見られてる?な、何だ?何かの陰謀か?冗談じゃない、俺は帰るぞ!!」

 オブライエン家の邸宅を見上げながらそれを考え頭を捻っていたラルフは、やがて誰かの視線を感じ身体を震わせる。
 摂政としてこの国の実権を握るジークの周囲には、どんな陰謀が渦巻いていてもおかしくない。
 その視線からそれに巻きこまれそうだと感じたラルフは、その視線の正体を確かめることもなく帰路を急いでいた。
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