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第二章 王国動乱
その時、人が恋に落ちる音がした
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王都クイーンズガーデン、そこには当然各地に領地を持つ貴族達がこの街で滞在するための別邸が存在していた。
そしてその規模や立地は、その貴族の地位によって如実に変わってくるものであった。
それを鑑みれば、王城の近くに広大な敷地を持つその建物は、よほどの地位にある貴族の邸宅なのであろう。
そしてそれが違わない事は、その邸宅から今出てきた青年の姿を目にすれば一目で分かった。
「きゃー!!マーカス様よー!!マーカス様ー、こっち向いてー!!」
邸宅を出てきた青年の姿に、その敷地のギリギリの所に集まっていた貴族の子女と思しき少女達が一斉に黄色い声を上げる。
その声に一瞬ぎょっとした表情で立ち止まり、今は困ったように手を振っている青年はマーカス・オブライエン、あの四大貴族筆頭のオブライエン家の御曹司であった。
「その皆、こういう事は止めてって前に言ったよね?」
「えー、この前は敷地には勝手に入ってはいけないって言われたのでー、それはーちゃんと守ってまーす」
邸宅を囲う塀、その門の辺りに固まっている少女達に、マーカスは困ったように話しかける。
そんな彼に対して、少女達はそっぽを向いて惚けると、自分達はちゃんと言いつけは守っているとアピールしていた。
「あ、そうなんだ・・・困ったな、もっと厳しく言うべきだったかな?」
見れば確かに、彼女達はオブライエン家の敷地内には足を踏み入れてはいない。
しかしマーカスとしては、こうした騒ぎを起こして欲しくないというつもりでそれを言ったのであった。
それがうまく伝わっていないのかとマーカスは困り果てては、その日差しを浴びて輝く金色の髪を掻き混ぜる。
「マーカス様ぁ、お出かけですかぁ?」
「え?あぁ、うん。実はそうなんだ、だから―――」
普通の男であればデレデレと喜んでしまいそうな美しい、しかも貴族の少女達に囲まれても、マーカスは動じることはない。
何故ならば彼にとってそうした存在は、妹であるエスメラルダで慣れ切っていたからであった。
かつてこの国一番の美女と謳われたマーカスとエスメラルダの母親、その美貌を受け継いでいるエスメラルダは、その美貌を飾ることなく天真爛漫に振舞う。
そんな彼女の存在に慣れてしまっているマーカスにとって今周りに集まっている少女達など、厚化粧に香水の匂いをぷんぷん漂わせているだけの、けばけばしい女達にしか見えなかったのであった。
「えー?そんなの放っておいて、私達と遊びに行きましょうよー?」
「い、いや、そんな訳には・・・ちょっと!?」
「ほらほらー、早く早くー!」
用事があるから彼女達には付き合えないと告げようとしたマーカスを無視して、少女達は彼の腕を取って無理やり連れ去ろうとしている。
マーカスの身体能力からすれば彼女達を振り払う事など造作もなかっただろうが、紳士なマーカスは女性を傷つけることを嫌い、彼女達を無理やり振りほどけない。
彼女達もそれを知ってか、わざとらしく身体を密着させては彼から抵抗の余地を奪おうとしていた。
「だから駄目なんだって、これは父上からの頼まれごとで!」
少女達の波に攫われて、為す術なくズルズルと引きずられていってしまっているマーカスは、思わずそう口にする。
「あ、あれ?」
その瞬間、彼の周りから潮が引くように少女達が一斉に遠ざかっていく。
その余りの素早さに、それを望んでいたマーカスまでもが思わず戸惑ってしまっていた。
「あのぉ、マーカス様ぁ。その父上というのはぁ?」
「え?うん勿論、僕の父上ジーク・オブライエンの事だけど・・・」
「あー・・・そうですよねぇ。あら私、急に用事を思い出しましたわ。ここで失礼させていただきます。またお会いいたしましょう、マーカス様」
マーカスから距離を取った少女達の一人が、おずおずと彼に尋ねる。
そうして彼の口からジーク・オブライエンの名が出た瞬間、彼女達は真っ青に顔を染めると、慌ててその場を後にしていた。
「何だったんだ、一体?」
蜘蛛の子を散らすようにあっという間にこの場からいなくなった少女達に、マーカスは不思議そうに首を傾げている。
威厳のある父親としてジークを恐れているマーカス、しかし彼は知らなかったのだ、ジーク・オブライエンという名が他の貴族達にとってどれ程の存在であるかを。
「っと、それより急がないと。父上からはある場所にいる人に会いに行けとしか聞いてないけど・・・えーっと何々、姫百合の間?あそこは確か王族とかが使う場所じゃなかったっけ?まぁ、行けば分かるかな?」
急に一人になったマーカスは、ジークから渡されたメモを取り出して行き先を確認する。
そうしてそれを再び仕舞い込んだ彼は、遅れを取り戻そうと小走りで駆けていく。
その先には王城に続く、緩やかな坂が続いていた。
「えーっと、ここだよな?ここに入ればいいのかな?」
名門貴族の子息であるマーカスにとって、王城の中を進むのは慣れたものであった。
しかしこの姫百合の間と呼ばれる場所は彼にとっても初めて立ち入る場所で、その表情には若干の緊張の色があった。
「すみません、マーカス・オブライエンです。入ってもよろしいでしょうか?」
緊張のためか、僅かに硬い声色で部屋の中へと呼び掛けたマーカスは、目の前の扉を丁寧にノックする。
「・・・」
しかし返事は返ってこない。
「やだぁ、あれ見てよ」
「ねぇー、クスクス」
返ってこない返事に、手持ち無沙汰で立ち尽くすマーカス。
そんな彼の事を、この場所に足を踏み入れる事を許された高貴な身分の女性達が見つけては、その口元を扇で隠しながらクスクスと笑い声を漏らす。
「な、何かおかしかったかな?あっ、もしかしたら!少し走ってきたから、汗臭いのかも・・・」
貴族としての礼儀や作法に精通していても、こうした場所での正しい振る舞いまでは分からない。
高貴な女性達の笑い声にそわそわと落ち着かない様子で身体を動かしているマーカスは、自分の格好を見下ろすと掲げた腕に鼻を近づけて、くんくんと汗臭くないかを確認していた。
「あのー、すみませーん。マーカス・オブライエンです!入ってもよろしいですか!?」
彼のそうした様子が可笑しかったのか、高貴な女性達の笑い声は先ほどよりも大きなものとなっていた。
それにさらに居辛くなったマーカスは、再び扉をノックすると部屋の中に声を掛ける。
しかし、やはり返事がない。
「ふふふっ、待ちぼうけかな、坊や?それともぉ、相手にすっぽかされちゃった?」
「駄目よそんなこと言っちゃ、可哀そうでしょ」
「えー、だってー・・・んー、何ならお姉さんと遊んでくー?」
待ちぼうけの時間に少しずつ取り乱しつつあるマーカスに、彼をからかう高貴な女性達の声が飛ぶ。
その圧力に、マーカスは段々と追い詰められてきていた。
「っ!?す、すみません!入らせてもらいます!!」
ついに耐え切れなくなったマーカスは、中から返事もないままドアノブを捻り、部屋の中へと踏み込んでしまう。
そこには―――。
「『うむ。では、オリビア。お客様に入ってもらいなさい』」
「っ!だ、駄目ですお嬢様!それ以上は・・・ぷぷぷっ、あははははははっ!!!」
今まで彼に寄ってきた女達とはまるで似ても似つかない、天真爛漫に笑う金色の髪をした美しい女性の姿があった。
「・・・あら?」
笑い過ぎて浮かんできてしまった涙を拭いながらその金色の髪の女性、リリーナは部屋の中に入ってきたマーカスへと視線を向ける。
その頬は僅かに上気しほんのりと赤く染まり、涙が浮かんで潤んだ瞳は彼女の碧眼を更に美しく飾っていた。
「・・・天使だ」
その時、マーカス・オブライエンは初めて恋というものを知り、思わずそう呟いてしまっていたのだった。
「無礼な!!女性の部屋に、しかも王族たるこの私の部屋に勝手に足を踏み入れるとは・・・恥を知りなさい!!」
マーカスはここに来るようにジークに命令され、訪れたのである。
そのためこの部屋に立ち入る資格はあったが、この部屋の主であるリリーナの許可なくそこへと足を踏み入れたのは間違いない。
それに怒るリリーナは、彼の顔をキッと睨み付けるとその手を振り上げる。
「ご、誤解です!!僕は―――」
そんなリリーナの姿に、彼女に見惚れボーっと突っ立ってしまっていたマーカスが正気を取り戻し、慌てて誤解だと口にする。
「問答無用!!」
その返事は、彼の頬から鳴り響いた軽快なビンタの音であった。
そしてその規模や立地は、その貴族の地位によって如実に変わってくるものであった。
それを鑑みれば、王城の近くに広大な敷地を持つその建物は、よほどの地位にある貴族の邸宅なのであろう。
そしてそれが違わない事は、その邸宅から今出てきた青年の姿を目にすれば一目で分かった。
「きゃー!!マーカス様よー!!マーカス様ー、こっち向いてー!!」
邸宅を出てきた青年の姿に、その敷地のギリギリの所に集まっていた貴族の子女と思しき少女達が一斉に黄色い声を上げる。
その声に一瞬ぎょっとした表情で立ち止まり、今は困ったように手を振っている青年はマーカス・オブライエン、あの四大貴族筆頭のオブライエン家の御曹司であった。
「その皆、こういう事は止めてって前に言ったよね?」
「えー、この前は敷地には勝手に入ってはいけないって言われたのでー、それはーちゃんと守ってまーす」
邸宅を囲う塀、その門の辺りに固まっている少女達に、マーカスは困ったように話しかける。
そんな彼に対して、少女達はそっぽを向いて惚けると、自分達はちゃんと言いつけは守っているとアピールしていた。
「あ、そうなんだ・・・困ったな、もっと厳しく言うべきだったかな?」
見れば確かに、彼女達はオブライエン家の敷地内には足を踏み入れてはいない。
しかしマーカスとしては、こうした騒ぎを起こして欲しくないというつもりでそれを言ったのであった。
それがうまく伝わっていないのかとマーカスは困り果てては、その日差しを浴びて輝く金色の髪を掻き混ぜる。
「マーカス様ぁ、お出かけですかぁ?」
「え?あぁ、うん。実はそうなんだ、だから―――」
普通の男であればデレデレと喜んでしまいそうな美しい、しかも貴族の少女達に囲まれても、マーカスは動じることはない。
何故ならば彼にとってそうした存在は、妹であるエスメラルダで慣れ切っていたからであった。
かつてこの国一番の美女と謳われたマーカスとエスメラルダの母親、その美貌を受け継いでいるエスメラルダは、その美貌を飾ることなく天真爛漫に振舞う。
そんな彼女の存在に慣れてしまっているマーカスにとって今周りに集まっている少女達など、厚化粧に香水の匂いをぷんぷん漂わせているだけの、けばけばしい女達にしか見えなかったのであった。
「えー?そんなの放っておいて、私達と遊びに行きましょうよー?」
「い、いや、そんな訳には・・・ちょっと!?」
「ほらほらー、早く早くー!」
用事があるから彼女達には付き合えないと告げようとしたマーカスを無視して、少女達は彼の腕を取って無理やり連れ去ろうとしている。
マーカスの身体能力からすれば彼女達を振り払う事など造作もなかっただろうが、紳士なマーカスは女性を傷つけることを嫌い、彼女達を無理やり振りほどけない。
彼女達もそれを知ってか、わざとらしく身体を密着させては彼から抵抗の余地を奪おうとしていた。
「だから駄目なんだって、これは父上からの頼まれごとで!」
少女達の波に攫われて、為す術なくズルズルと引きずられていってしまっているマーカスは、思わずそう口にする。
「あ、あれ?」
その瞬間、彼の周りから潮が引くように少女達が一斉に遠ざかっていく。
その余りの素早さに、それを望んでいたマーカスまでもが思わず戸惑ってしまっていた。
「あのぉ、マーカス様ぁ。その父上というのはぁ?」
「え?うん勿論、僕の父上ジーク・オブライエンの事だけど・・・」
「あー・・・そうですよねぇ。あら私、急に用事を思い出しましたわ。ここで失礼させていただきます。またお会いいたしましょう、マーカス様」
マーカスから距離を取った少女達の一人が、おずおずと彼に尋ねる。
そうして彼の口からジーク・オブライエンの名が出た瞬間、彼女達は真っ青に顔を染めると、慌ててその場を後にしていた。
「何だったんだ、一体?」
蜘蛛の子を散らすようにあっという間にこの場からいなくなった少女達に、マーカスは不思議そうに首を傾げている。
威厳のある父親としてジークを恐れているマーカス、しかし彼は知らなかったのだ、ジーク・オブライエンという名が他の貴族達にとってどれ程の存在であるかを。
「っと、それより急がないと。父上からはある場所にいる人に会いに行けとしか聞いてないけど・・・えーっと何々、姫百合の間?あそこは確か王族とかが使う場所じゃなかったっけ?まぁ、行けば分かるかな?」
急に一人になったマーカスは、ジークから渡されたメモを取り出して行き先を確認する。
そうしてそれを再び仕舞い込んだ彼は、遅れを取り戻そうと小走りで駆けていく。
その先には王城に続く、緩やかな坂が続いていた。
「えーっと、ここだよな?ここに入ればいいのかな?」
名門貴族の子息であるマーカスにとって、王城の中を進むのは慣れたものであった。
しかしこの姫百合の間と呼ばれる場所は彼にとっても初めて立ち入る場所で、その表情には若干の緊張の色があった。
「すみません、マーカス・オブライエンです。入ってもよろしいでしょうか?」
緊張のためか、僅かに硬い声色で部屋の中へと呼び掛けたマーカスは、目の前の扉を丁寧にノックする。
「・・・」
しかし返事は返ってこない。
「やだぁ、あれ見てよ」
「ねぇー、クスクス」
返ってこない返事に、手持ち無沙汰で立ち尽くすマーカス。
そんな彼の事を、この場所に足を踏み入れる事を許された高貴な身分の女性達が見つけては、その口元を扇で隠しながらクスクスと笑い声を漏らす。
「な、何かおかしかったかな?あっ、もしかしたら!少し走ってきたから、汗臭いのかも・・・」
貴族としての礼儀や作法に精通していても、こうした場所での正しい振る舞いまでは分からない。
高貴な女性達の笑い声にそわそわと落ち着かない様子で身体を動かしているマーカスは、自分の格好を見下ろすと掲げた腕に鼻を近づけて、くんくんと汗臭くないかを確認していた。
「あのー、すみませーん。マーカス・オブライエンです!入ってもよろしいですか!?」
彼のそうした様子が可笑しかったのか、高貴な女性達の笑い声は先ほどよりも大きなものとなっていた。
それにさらに居辛くなったマーカスは、再び扉をノックすると部屋の中に声を掛ける。
しかし、やはり返事がない。
「ふふふっ、待ちぼうけかな、坊や?それともぉ、相手にすっぽかされちゃった?」
「駄目よそんなこと言っちゃ、可哀そうでしょ」
「えー、だってー・・・んー、何ならお姉さんと遊んでくー?」
待ちぼうけの時間に少しずつ取り乱しつつあるマーカスに、彼をからかう高貴な女性達の声が飛ぶ。
その圧力に、マーカスは段々と追い詰められてきていた。
「っ!?す、すみません!入らせてもらいます!!」
ついに耐え切れなくなったマーカスは、中から返事もないままドアノブを捻り、部屋の中へと踏み込んでしまう。
そこには―――。
「『うむ。では、オリビア。お客様に入ってもらいなさい』」
「っ!だ、駄目ですお嬢様!それ以上は・・・ぷぷぷっ、あははははははっ!!!」
今まで彼に寄ってきた女達とはまるで似ても似つかない、天真爛漫に笑う金色の髪をした美しい女性の姿があった。
「・・・あら?」
笑い過ぎて浮かんできてしまった涙を拭いながらその金色の髪の女性、リリーナは部屋の中に入ってきたマーカスへと視線を向ける。
その頬は僅かに上気しほんのりと赤く染まり、涙が浮かんで潤んだ瞳は彼女の碧眼を更に美しく飾っていた。
「・・・天使だ」
その時、マーカス・オブライエンは初めて恋というものを知り、思わずそう呟いてしまっていたのだった。
「無礼な!!女性の部屋に、しかも王族たるこの私の部屋に勝手に足を踏み入れるとは・・・恥を知りなさい!!」
マーカスはここに来るようにジークに命令され、訪れたのである。
そのためこの部屋に立ち入る資格はあったが、この部屋の主であるリリーナの許可なくそこへと足を踏み入れたのは間違いない。
それに怒るリリーナは、彼の顔をキッと睨み付けるとその手を振り上げる。
「ご、誤解です!!僕は―――」
そんなリリーナの姿に、彼女に見惚れボーっと突っ立ってしまっていたマーカスが正気を取り戻し、慌てて誤解だと口にする。
「問答無用!!」
その返事は、彼の頬から鳴り響いた軽快なビンタの音であった。
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