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第二章 王国動乱

幼王即位

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「さてさて、どうなるのでしょうな?」
「どうなるとはまた、一体何の話で?」
「またまた、ご存じでしょう?次の王が誰になるのかという話ですよ」

 葬儀も終わり、王の棺は彼の遺体から魂が完全に抜けるまでの七日間、この王城の奥に設けられら王族専用の霊安室に安置される。
 それが運ばれていくの見送った貴族達は、王が謁見を行ういわゆる玉座の間に集められていた。

「それは当然、王の孫にあたるジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチ殿下でしょう。何しろ直系の王族は彼しか残っておりませんからな」
「いやいや確かにそうだが彼はまだ子供、王弟の二人の子息達も黙ってはおるまい?」
「幼い殿下が育つまで、繋ぎの王をやらせろと?さてさて、そうなったとして彼らが大人しく玉座を譲りますかな?そもそも、その二人の間でも玉座の奪い合いが始まりそうですなぁ」
「いや、全く。あの二人の仲の悪さは今に始まった事ではありませんからな」

 彼らがこの場に集められたのは、次の王をこの場で発表するためだ。
 彼らもそれを知っており、隣近所の者達と次の王は誰になるのかとひそひそと噂し合っていた。

「おっと、直系の王族という事ならば彼女がいるではないですか。彼女が女王として即位するという可能性も捨てがたいのでは?」
「彼女?あぁ、あのリリーナとかいう娘の事か。ないない、あんなぽっと出の娘など。あのような者が玉座については、エルドリッチ王家の品格が疑われるわ」
「そうですかな?私は結構いけるのではないかと思えたのですが・・・あの葬儀での振る舞いなどを見るに、王家としての品格を十分に備えているものと。それに何より・・・美しいではないですか」

 彼らが噂する、次の王候補は四人だ。
 まず一人目に、王の孫息子ジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチ。
 彼は死んだ王ウィリアムの息子カールの子供であり、直系の王族だ。
 次に王の弟の二人の息子、フェルデナンド・フレイル・ジェニングスとルーカス・ウルフ・エインスワース。
 彼らはそれぞれに別に家を継いだ、王族でもあり有力な貴族だ。
 またその家を継ぐ際に別の家とも縁戚関係を結んでおり、その力を背景に王位を要求してくる可能性があった。
 そして最後に、突然現れた新たなる王族リリーナ・クレイ・リンドホーム=エルドリッジ。
 彼女には何の後ろ盾もなく、突然現れた事もあって一番王位から遠いと考えられていた。
 しかし彼女には、他の王族達とは違う強みがあった。

「美しいか。ふんっ、それは結構な事だがな・・・本音を言ったらどうかね?」
「と、言いますと?」
「知れた事よ!貴公がそのリリーナとかいう娘の王配となり、王家を乗っ取ろうと企てておるのだろう?」
「はははっ、まさかそんな事は滅相もない」

 リリーナは女性である、そして王家の血を繋ぐ義務を持った王族でもある。
 彼女が王に即位すれば当然、彼女と夫となる王配が必要であった。
 そして王配となる者にはその血を王家に取り込み、やがては王家事態を乗っ取ることが出来るという圧倒的なメリットがあった。
 勿論それは、王家の継承問題や婚姻契約の内容も絡んでくることでありそう簡単にはいかないが、そうすることでこの国の中で確かな地位を確立出来ることだけは確かであった。

「ま、ここで我らがとやかく言っても始まりますまい」
「あぁ、そうだな。全ては・・・」
「「『キングメーカー』、オブライエン家が全てを決める、ですか」」

 次の王は誰になるかと、噂し合っている貴族達。
 しかし彼らはその最後に、口を揃えてこう唱えていた。
 キングメーカー、そう呼ばれるオブライエン家が、全てを決めると。



「静粛に、静粛に!!これより、第十七代国王ジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチ陛下の戴冠式を執り行う!!」

 玉座の脇から現れた役人がその名前を告げると、玉座の間からは溜め息と安堵の声が漏れていた。

「やはり、ですな」
「まぁ、妥当でしょう」
「しかしそうなると誰が摂政の座につくかという話ですが・・・それも決まっておりますかな?」

 新たな王の誕生に、玉座の間には拍手が溢れる。
 貴族達は自らの手を打ち鳴らしながら、隣の者達と話していた。
 彼らはその当然の結果に多少の退屈さを感じていたが、概ねは満足しているようだった。

「ジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチ陛下のお成りである!皆の者、頭を下げよ!!」

 役人の声と共に、集まった貴族達が一斉に頭を垂れる。
 その前をまだ幼いジョン王、そして彼の手を引くジーク・オブライエンが歩いていた。

「予想通り、ですな」
「えぇ」

 玉座についたジョン王に、役人の合図で貴族達は顔を上げる。
 彼らの目には、その身体に対して大きすぎる玉座に鎮座し落ち着かない様子でそわそわしているジョン王と、彼の傍らに立つジークの姿が映っていた。
 ジークがその場所に立つ意味、それを彼らは知っていた。
 それは彼が王の左腕、つまり摂政につくという意味であった。

「さぁ、これを陛下」

 戴冠の儀は進み、ついに新たなる王に王冠が被せられる段にまでなっていた。
 真っ白な衣装に身を包んだ年老いた大神官の手から、宝石と金で形作られた王冠がジョン王の頭へと被せられる。

「神聖なるリグリア王国、第十七代国王ジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチ陛下に栄光あれ!!」
「「栄光あれ!!」」

 王冠をジョン王へと被せた年老いた大神官が振り返り、その見た目にそぐわない堂々たる大音声で彼の即位と栄光を祝福する言葉を発する。
 その声にこの場に集まった貴族達が右手を掲げ、声を重ねて栄光を謳った。
 ここに第十七代国王ジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチの即位が成り、万雷の拍手の下でそれが迎えられていた。

「静粛に、皆様静粛に願います!!これより新政権による閣僚の発表に移らさせていただきます!よろしいですか?では・・・摂政、ユーギニー公爵ジーク・オブライエン卿!軍務卿、ワッバース伯爵―――」

 いつまでも続くような万雷の拍手を必死に収めた進行役の役人は、今度は声を張り上げてジョン王を中心とする新政権の閣僚の発表へと移っていた。

「うぅ~・・・やっ!!」

 その途中で突如響いた声は、役人の張り上げた大声と比べれば小さい。
 しかしそれを発した人物と、彼がそれを発するとともに投げ捨てたものを目にすれば、それがとてもではないが小さな出来事とは思えなかっただろう。

「陛下!?」
「あぁ、王冠が!?」

 その声を発したのは、まだ幼い新王ジョンであった。
 そして彼は被されたばかりの王冠を投げ捨てると、そのまま出てきた場所へと駆けて行き、この場を後にしてしまう。

「え、えっと・・・」

 突然の事態に戸惑い、発表を途中で止めてしまう進行役の役人。

「・・・続けろ」
「えっ!?いや、しかし・・・」
「いいから、最後まで続けろ。いいな?」
「は、はい!」

 そんな彼のすぐ傍から囁かれた声は、冷たく重い。
 その言葉を彼に囁いたジークは、戸惑う彼に有無を言わせる気はないと睨み付けるとジョン王の後を追う。

「え、えー・・・ぐ、軍務大臣、ワッバース伯爵アーヴィング・ヘイル卿!国務大臣―――」

 ジークの命令に従い、健気に閣僚の発表を続ける進行役の役人。
 しかしもはや彼の言葉を聞いている貴族などその場には残っておらず、ざわざわと動揺が広がり続けるばかりであった。

「だ、大丈夫なのか?新王があんな子供で?これではこの国は・・・」
「平気だろう?国王があれでも、国政を握ってるのは結局、あのジーク・オブライエンなんだから」
「そ、そうだよな!ジーク様に任せとけば問題ないよな。ははっ、はははは・・・」

 広がり続ける動揺の中で、多くの貴族は新王の振る舞いに不安を憶えていた。
 しかし同時に彼らは思っていたのだ、あのジーク・オブライエンがいる限りこの国が揺らぐことはないと。

「あ、王冠が・・・」

 戴冠式を行うために、この場に集まった貴族達は玉座を遮らないよう左右に分かれて立っていた。
 ジョン王によって投げ捨てられた王冠は、その開かれた真ん中の道をころころと転がり続け、やがてこの玉座の間へと至る階段にまで差し掛かっていた。
 今、王冠が階段から転げ落ちる。
 その無機質な乾いた音は、玉座の間に不自然なほどにはっきりと響き、それはまるでこの国の行く末を示すように下へ下へと転がり落ちていくのだった。
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