上 下
94 / 210
第一章 最果ての街キッパゲルラ

全てが終わって

しおりを挟む
「ユーリさん!!」

 邪龍が打ち倒され、避難民が続々と帰ってきたキッパゲルラ、その中心である「青の広場」に明るい声が響く。
 そちらに顔を向ければ薄汚れた、しかしどこかそれすらも誇らしそうに笑っている人の良さそうな男の姿があった。

「おぉ!ヘイニーさん!!」

 その男、ヘイニーの姿に歓声を上げたユーリは、目の前の焚火で焼いていた何かの肉を放り捨てると、彼の下へと駆けてゆく。
 そしてこの街の領主とその臣下であるユーリは、お互いの無事を祝って抱きしめ合っていた。

「おかえりなさい!」
「えぇ、お陰さまで何とか無事に帰ってこられました。これも全て、ユーリさん達のお陰です」

 ヘイニーの背後には、幾人かの貴族の姿も見えていた。
 その姿が減っているのは、今回の騒動に自らの領地が心配になった貴族達がそこへと帰っていったからだろう。

「ははは、そんな事ないですよ。それはヘイニーさんが頑張ったからで・・・あっ!?」

 自らの成果を全てユーリのお陰だと口にするヘイニーに、ユーリはそんな事ないと軽く肩を叩こうとする。
 しかし彼はその途中で何かを思い出したかのように固まると、ダラダラと汗を流し始めていた。

「どうされましたか、ユーリさん」
「えっ!?いやー、そのー・・・何て言いますか。あっ、そうだ向こうの方を見て回りません?あっちの方も結構被害が出てて・・・」

 ユーリの態度に、ヘイニーは当然のことながら何かあったのかと尋ねる。
 それに彼は露骨に動揺すると、ヘイニーをこの場から遠ざけようとするように腰に手を回して、どこかへと連れて行こうとしていた。

「ホットワインー、美味しい美味しいホットワインだよー!」
「まだ配られていない人はいませんかー?いたら手を上げてくださーい!」

 そんなユーリ達の背後から、元気な声が響く。
 それは頭の上にお盆を乗せ、その上にホットワインの入ったコップを抱えたまま帰ってきた避難民達の間を走り回っているネロと、彼女の一緒に周りに呼び掛けているプティであった。

「ユーリさん、あれは・・・」
「いやー、あの二人は何やってるんですかねー?新しい遊びかなー、あはははは!」

 その姿は当然ヘイニーの目にも止まり、彼はそれを隠そうとするユーリの身体から顔を覗かせるようにして二人へと視線を向けている。
 そんな状況にあってもまだ、ユーリは頭を掻いては何かを誤魔化そうと必死に笑い声を上げていたのだった。

「マスター、用意してあったホットワインが売り切れてしまいそうでして・・・これも使ってもよろしいでしょうか?」
「わーわー!!何を言ってるんでしょうね、この子は!!何でもないですから、本当何でもないですからー!」

 ユーリの背後から静かに近づいてきたエクスは、何やら年代物のワインの瓶を掲げながら、それを使ってもいいかと彼に尋ねてくる。
 そんなエクスの声にユーリは大声を上げると、彼女が抱えたワインの瓶を隠そうと手を広げていた。

「すみません、マスター。私はまた、何かしてしまったのでしょうか」
「うっ!?」

 ユーリのその振る舞いと言動に、エクスはしゅんと肩を落としては小さくなってしまう。
 そんな彼女の姿に、ユーリは思わず言葉を詰まらせてしまっていた。

「そ、そんな事ないから!エクスは何もしてないって、大丈夫大丈夫」
「本当ですか!?私は・・・私はマスターのお役に立てていますか?」
「立ててる立ててる、そりゃもう立ちまくりだって!エクスがいなかったら生きていけないぐらいだよ!」

 罪悪感に慌てて取り繕ったユーリの言葉に、エクスは花が開くような笑顔を見せる。
 そんなエクスの表情に、ユーリは思わず過剰なほどに彼女を持ち上げてしまっていた。

「それでですね、ヘイニーさん。実は・・・」

 一連の出来事にもはや誤魔化しきれないと覚悟したユーリは、ヘイニーに向き直ると事情を話し始める。
 その背後では、赤く染まる頬に手を添えたエクスがうっとりとした表情を浮かべていた。



「私のワインセラーから、勝手にワインを持ち出した?」
「えぇ、そうです。お、お叱りなら、どうか自分にだけにお願いします!!彼女達は悪くないんです!!」

 ユーリが必死に隠そうとしていたのは、ヘイニーのワインセラーから彼秘蔵のワインを勝手に持ち出して、それをホットワインとして住民に配っていた事だった。

「はははははっ、何をそんなに気にしているかと思ったらそんな事ですか!そんなの全然構いませんよ!」
「へ?お、怒ってないんですか?」

 全てを白状したユーリが許しを請うて下げた頭に、ヘイニーの笑い声が響く。
 その声に恐る恐る顔を上げたユーリが見たのは、愉快そうに笑い飛ばすヘイニーの姿だった。

「えぇ。寧ろ、私の無駄な収集癖を有効活用していただいて感謝したいぐらいですよ。これ何かも・・・シャトールーベンの三十年ものですか。ふむ、どうですか?貰っていただけませんか、マービンさん」

 ヘイニーのそんな反応に呆気に取られているユーリの前で、彼はエクスが抱えていたワインを受け取ると、それをまた別の人物へと手渡していた。

「おぉ、これは良い所に来たようですな。では、ありがたく・・・しかしシャトールーベンの三十年物ですか。こんなものを貰って、挨拶だけとは・・・何やら申し訳がないですな」
「おや、どこかへ行かれるのですか?」
「えぇ、実験農場の様子も見ておかねばなりませんので。ここには挨拶に伺ったのです。それではヘイニー様、ユーリ様、私はここで失礼させていただきます」

 その人物、マービンはヘイニーからワインを受け取ると、一礼してそのまま去っていく。

「・・・忙しい方ですね」
「ま、まぁ・・・向こうもまだ避難民が集まってますから。色々と・・・何だ?騒がしいな」

 挨拶もそこそこに足早に立ち去っていくマービンに、どこか不思議そうにヘイニーは首を傾げている。
 それにユーリは向こうにも事情はあるからとフォローしていたが、そんな時広場の向こうから何やら騒がしい声が聞こえてきていた。

「旦那様、旦那様は何処におられますか!!?」
「バートラムか、あれは・・・何があったんだ?バートラム、こっちだ!」

 それはヘイニーの家、ユークレール家の執事バートラムであった。
 彼は血相を変えてヘイニーの姿を探し求めており、それは尋常な様子ではなかった。

「あぁ、旦那様ここにおられましたか!探しましたぞ!!」
「それよりバートラム、何があったんだ?そんなに血相を変えて?」

 ヘイニーの声に彼の姿を見つけたバートラムは、慌てた様子で駆け寄ってくる。

「そ、それが・・・申し訳ありません旦那様!!お嬢様が、お嬢様が攫われてしまいました!!」
「何だって?」

 顔を真っ青に染めたバートラムは、苦渋の表情でそう告げる。
 その言葉を耳にしたヘイニーは、表情を失い固まってしまっていた。

「はーい、ホットワインですよー・・・あっ!?」

 ネロが住民へと手渡そうとしたコップが手を滑り、地面へと落下していく。
 ガシャンと冷たい音を立ててコップが割れ、その中身が地面へと染みわたっていく。

「あーぁ、駄目になっちゃった」

 その真っ赤な中身が。



「ねぇ、オーソン。あの子を見なかった?」
「あの子って、アレクの事か?いや、見てねぇな?」
「もぅ、どこに行ったのかしらあの子ったら・・・」

 エクスによって再び倒壊した時計塔の下、誰かを探している様子のレジーが駆け回っている。
 彼女はそこに偶々立っていたオーソンへとその所在を尋ねるが、彼にも心当たりはなさそうだった。

「・・・ユーリ・ハリントン。憶えたぞ、その名前」

 その頭上、倒壊した時計塔の上でいつか見たようなボロボロなシーツを身に纏った少女が一人、佇んでいた。
 その視線の先には、黒髪の男の姿が。

「絶対に許さない。サンドラを殺したこと、後悔させてやる」

 その少女、アレクは憎しみで歪んだ表情でユーリの事を睨み付ける。
 強い風が吹き、彼女が身に纏ったシーツが飛ばされる。
 再び視線を戻した時、彼女の姿はもうそこにはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

その無能、実は世界最強の魔法使い 〜無能と蔑まれ、貴族家から追い出されたが、ギフト《転生者》が覚醒して前世の能力が蘇った〜

蒼乃白兎
ファンタジー
15歳になると、人々は女神様からギフトを授かる。  しかし、アルマはギフトを何も授かることは出来ず、実家の伯爵家から無能と蔑まれ、追い出されてしまう。  だが実はアルマはギフトを授からなかった訳では無かった。  アルマは既にギフト《転生者》を所持していたのだ──。  実家から追い出された直後にギフト《転生者》が発動し、アルマは前世の能力を取り戻す。  その能力はあまりにも大きく、アルマは一瞬にして世界最強の魔法使いになってしまった。  なにせアルマはギフト《転生者》の能力を最大限に発揮するために、一度目の人生を全て魔法の探究に捧げていたのだから。  無能と蔑まれた男の大逆転が今、始まる。  アルマは前世で極めた魔法を利用し、実家を超える大貴族へと成り上がっていくのだった。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...