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第一章 最果ての街キッパゲルラ

救世主

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「ウオオオオオオォォォォォン!!!」

 その恐ろしい邪龍の咆哮は、遠くこの避難所となっている実験農場にまで響き渡っていた。
 それに激しく動揺する者、先ほどよりも熱心に祈りを捧げる者など様々な反応を見せる避難民達。
 そしてここにもう一人、彼らとは異なる反応を見せる者がいた。

「サン、ドラ・・・?」

 それを耳にした者全てに、根元的な恐怖を抱かせる邪龍の咆哮。
 しかしその少女はそれに、どこか親しげな反応を見せる。

「あら、目が覚めたのアレク?どうしたの、まだじっとしてないと・・・駄目よ!待ちなさい、アレク!!」

 その少女、アレクは邪龍の咆哮にむくりと起き上がると、まだ万全でない身体を引きずってふらふらと立ち上がる。
 ようやく目覚めたアレクへと嬉しそうに声を掛けてきたレジーを無視すると、彼女はそのまま駆け出していく。

「サンドラ、サンドラが呼んでる!!」

 その行き先からは今も恐ろしい、そして彼女にだけは愛おしく聞こえる咆哮が響き続けていた。



「退いて!!」

 その姿が見える場所まで真っ直ぐに駆け抜けたアレクは、邪魔となる最後の障壁を押しのけていた。

「おい、何だよ・・・って、アレクか!?お前、どうしてここに!?レジーと一緒だったんじゃねぇのかよ!」

 その最後の障壁である大柄な男、オーソンは無作法に押し退けてきたのがアレクだと知ると、驚きの声を上げていた。

「サンドラ・・・?サンドラー!!」

 コームズ商会の実験農場、その小高い丘の突端からはキッパゲルラの姿がよく見えた。
 そしてそこで暴れまわっている邪龍、サンドラの姿も。
 その姿を目にし、一度何かを否定するように首を横に振ったアレクは、今度は迷うことなくその名前を叫ぶ。

「アレク、お前・・・馬鹿野郎!あいつはもう、お前の知ってるあいつじゃねぇんだよ!!」

 そんなアレクの姿に一瞬悲しげな表情を見せたオーソンはしかし、すぐにそれを振り払うと彼女の行動を止めさせようと、その肩を掴む。
 しかしそんな大人の理論は、子供の意思を頑なにするだけであった。

「違う!!だってサンドラはまだ、あそこにいるじゃないか!!」 

 振り返り、拒絶を叫ぶアレクの目には涙が浮かんでいる。
 その彼女の表情に、オーソンの手は思わず緩んでしまっていた。

「っ!やっちまった!?」

 オーソンの手が緩んだ瞬間にその拘束から抜け出したアレクは、この丘の突端も突端へと駆けていく。

「サンドラァァァァァ!!!」

 涙を浮かべて叫ぶアレクに、夕暮れを迎えた日差しが差し込む。
 彼女のその左右で色の異なる瞳は、その日差しを浴びて眩いほどに輝いていた。

「ウオオオォォォォォン!!」

 そしてそれに応えるように、邪龍が咆哮を上げた。

「止めろ、アレク!そんな事をしても無駄・・・おい、嘘だろ」

 丘の端から転がれ落ちそうなほどに身を乗り出しているアレクを、オーソンが慌てて抱きかかえる。
 彼はそんな事をしても無駄だと言い聞かせようとしていたが、その言葉も途中で止まる。
 それはこちらへとゆっくりと振り返り、明らかにこっちの方へと視線を向けている邪龍の姿を目にしたからであった。

「やっぱり、お前はまだそこにいるんだね・・・サンドラー!!」

 アレクはそんな反応を見せた邪龍に、喜びの涙を流す。
 彼女は邪龍に、サンドラに呼び掛けるように声を張り上げる。 

「サン、ドラ・・・?」

 しかしそれも、邪龍がその顎をゆっくりと開き、ブレスを放とうとする構えを取るまでの話だ。
 邪龍は間違いなく、彼女達を狙ってそれを放とうとしている。
 それを目にしたアレクは、絶望に目を見開いたまま固まってしまっていた。

「おい馬鹿!ずらかるぞ!!」
「アレクー!!」

 そんな彼女をオーソンと、そして彼女を追い駆けてこの場に現れたレジーが庇う。
 しかしそれは、邪龍のブレスという絶対的な破壊を前にしては、何の意味もない行為であった。
 邪龍の喉の奥から光が溢れ、それは今放たれる。

「・・・下がっていろ」

 全てを塗りつぶすような、圧倒的な破壊。
 音すら、それを伝える空気すら焼き尽くすその威力の中、その声はすぐ近くから聞こえた。

「へ?だ、誰だ?ていうか、何で俺達は生きて・・・うおおっ!?」

 聞こえる筈のない声に恐る恐る顔を上げたオーソンは、キッパゲルラの周囲に広がる荒野に、一本の線が刻まれている事に驚きの声を上げる。

「あぁ、旗が!」

 ギリギリで弾かれたブレスに、その余波は近くに掲げられていたユークレール家の紋章が刻まれた旗を焼いていた。
 それが焼け落ち、風に舞う。

「・・・ユーリさん?」

 騒動に駆けつけたトリニアが、そう呟く。
 彼女の視線の先では、風によって運ばれてきたユークレール家の紋章が刻まれた旗をまるで外套のように身に纏う彼の姿があった。

「救世主だ・・・」
「あぁ、そうだ救世主様だ!!」

 聖剣を手に、歴史ある名家の紋章を背中に掲げる彼の姿はまさに物語の中の英雄、それどころか救世主と呼ばれる存在のようだった。
 その彼の姿に、その場に集まった者は口々に唱えていた。
 救世主と。
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