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第一章 最果ての街キッパゲルラ

何とかするユーリ

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「な、何だよあれ・・・?」
「ば、化け物だ・・・に、逃げろ!逃げろー!!」

 突如街中に現れた規格外の化け物の姿に、キッパゲルラの住民は混乱し逃げ惑う。
 それは図らずとも、ユーリ達が望んだ姿にように思われた。
 しかし混乱にがむしゃらに逃げ惑う彼らの動きは、決して秩序だったものとは呼べず、却って混乱を加速させるものとなってしまっていた。

「わたしゃここを動かないよ!この宿は、先祖代々受け継いできたもんさね!それを投げ出して、どこに逃げようってんだい!!」

 そして中には、そんな怪物が現れてもその場を動こうとしない者もいた。

「おふくろ、駄目だって!!あの化け物を見たろ!?あんなのにかかったら、この宿なんて一発じゃないか!?早く逃げよ、な!?」

 その人物、マイカは自らが経営する宿である古木の梢亭の門へと噛り付いていた。
 彼女の息子が何とかそれを引き剥がそうとしているが、彼女はそこを頑なに動こうとはしなかった。

「何が化け物かい!あんなもんにねぇ、うちの宿はやらしゃしないよ!!」
「いや、気合で何とかなる相手じゃないんだって!!」
「だから何だって言うんだい!!ほら、あんたも見てみるといい!お隣さんもそのお向かいさんも、まるで逃げちゃいないじゃないか!それなのに、あんたはあたしにここから逃げろっていうのかい!?そんなんじゃ、ご先祖さんにどう申し開きするんだい!!」

 何とかマイカをこの場から非難させようとする息子は、彼女を説得しようとするが頑としていう事を聞かない。
 彼女は逆に、彼女と同じようにこの場に留まろうとしているご近所さんを指し示しては、この場に残る正当性を示していた。

「お隣さんって・・・あの人は人の話を聞かない頑固爺だろ?そのお向かいさんって言ったら、もうボケちゃってるお婆ちゃんじゃん。そんなのを持ち出されても・・・ん、あれは?」

 マイカが持ち出してきたのは、いずれもこんな状況でも避難しなくて当然といった人物達であった。
 それに呆れ頭を抱える息子は、思わず彼女が口にしたご近所さんの方へと視線を向ける。

「えっ、お隣の頑固爺が避難を!?嘘だろ、ボケちまった婆ちゃんまで!?」

 その視線の先では、マイカが先ほど口にした避難する訳のない人物達の姿があった。
 それがまさしく、避難している途中といった姿で。

「一体どういう・・・うっ!?あ、あの二人は・・・」

 マイカの息子がその有り得ない事態に戸惑っていると、通りの向こうから駆けてくる小さなシルエットが二つあった。

「皆さーん、避難所はこっちですよー!」
「あ、慌てて走ったら危ないので!駆け足で、駆け足でお願いしまーす!!」

 それはかつて彼らの宿の宿泊していた客の娘達、ネロとプティであった。

「何だい、避難所はあっちなのかい。じゃあ急がないとねぇ」

 通りを駆け抜けながら避難を呼びかける二人、その声を耳にしたマイカはふらりとしがみついていた門から離れると、その後をふらふらと追い駆け始める。

「へっ?お、おふくろ?一体どうしたっていうのさ?さっきまではあんなに避難を嫌がってたのに」
「はぁ?あんたこそ何言ってんだい?大体ここにいちゃいけないんだから、どこかに避難するのは当然じゃないか?」

 そのマイカの突然の豹変に、息子は戸惑う。
 しかしマイカはそんな息子の方がおかしいとでも言うように顔を顰めると、避難するのが当たり前だろうと口にしていた。

「えっ?う、うん。確かにそうなんだけど・・・あぁ、いっちゃった。どうしちゃったんだ、一体?」 

 マイカは息子にそう告げると、ネロとプティを追ってさっさと避難していく。
 彼女の変わりようが理解出来ない息子は、頭を抱えながらその様を見送っていた。

「はっ、まさか・・・あの二人が何かしたのか!?そういえばあの時だって、あんな子供なのにとんでもない力を持ってたもんな。あの二人なら有り得なくも・・・ぶるるっ!」

 マイカの豹変に首を捻っていた息子は、突如閃いていた。
 その豹変は先ほどの二人が、彼女に何かをしたからではないかと。
 彼はそう思えるだけの光景を過去に目撃していた、そう思うと全てが納得でき、彼はその想像に恐怖し思わず身体を震わせる。

「ま、待ってくれよおふくろ!置いてかないでくれよぉ~!!」

 恐怖に震える彼は急に一人でいるのが不安になったのか、慌ててマイカの後を追い駆ける。
 彼の背後には、彼と同じように二人に誘導された人々がぞろぞろと途切れることなく続いてきていた。



 この街最大の広場、「青の広場」。
 その中心に聳える時計塔はエクスがかつて破壊し、それをユーリがヘイニーに頼み込んで再建させたものであった。

「ふぅ・・・どうやら、何とかなったみたいだな」

 その時計塔の上から顔を覗かせ街の様子を眺めるユーリは、その様子に安堵の吐息を漏らす。
 その手には、ゴワゴワとした質感の紙が握られていた。

「少しだけスペースを残しておいて良かったな。いけるか半信半疑だったけど・・・『立ち入り禁止』をこの街に『書き足す』事で、ここまで効果が出るなんてな」

 ユーリはかつて彼が他の土地に対して行ったように、このキッパゲルラの街に「立ち入り禁止」という称号を付与したのであった。
 その効果は、一目瞭然だ。
 この街が立ち入ってはいけない場所だと認識した住民達は、自然とここから離れようとし、避難を誘導されればそれに素直に従うようになっていたのだった。

「さて戦いの方は・・・ん、何だあれは?」

 ユーリは手にしていた紙を丁寧にしまうと、エクスと邪龍の戦いへと目を向けようとしていた。
 しかし彼はその途中に気になる光景を目にし、そこへと視線を移す。

「あれは・・・コームズ商会の実験農場の方か?誰かが住民の避難を誘導している?」

 それは街の外の小高い丘の上、マービンとユーリが実験農場を作っている場所の方であった。
 そこに、この街から避難した住民達が集まっている姿が見えた。
 それはネロやプティに彼が命じた場所とは違い、誰かが自発的に行っている行動のようだった。
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