【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第一章 最果ての街キッパゲルラ

青空

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「・・・ようやく来たか」

 そう呟き、用意された椅子から立ち上がったゲイラーは、その身を先祖伝来の逸品であるギラギラと輝く鎧で包んでいる。
 彼の視線はウルリ川を挟んだ対岸へと向かっており、そこには猛烈な土煙を上げながら何かが近づいてきていた。

「おぉ!ついにでございますな!それで・・・奴らめは如何程の兵を率いてございましょうか?」
「ふんっ!景気がいいだ何だと調子に乗って浮かれている連中だ!有事の備えという貴族として責務など等に忘れて、遊び惚けていたに決まっている!!碌に兵など集められますまい!!」
「まさに!寡兵など恐るるに足らず!!今すぐ進軍いたしましょう!!」

 待ちぼうけを食らっていた時間にすっかり焦れてしまっていたのか、敵軍の登場にその場の貴族達は口々にすぐに戦端を開こうと気勢を上げている。
 彼らはユーリの手腕によって隆盛を極めている彼らは油断していたに違いないと決めつけ、この戦場にやって来た兵も寡兵に決まっていると叫んでいた。

「ちっ、馬鹿者共が調子に乗りおって・・・お前達が油断するのは自由だが、その所為で私の勝利を台無しにされては敵わんぞ。ここは一つ引き締めておくか」

 明らかに調子に乗っている貴族達に、ゲイラーは舌打ちを漏らす。
 彼らは自らの勝利のための踏み台なのだ、そんな彼らのせいで足元を掬われては敵わないと、彼は一人ごちる。
 しかし彼自身、自分が負けるとも相手が大軍を率いてやってくるとも考えてはいなかった。

「皆さん、落ち着いてください!まだ相手が寡兵と決まった訳ではないではありませんか!それにあれをご覧ください、あの土煙を!あれこそが向こうが寡兵ではない証拠でしょう!!」

 ゲイラーは騒ぐ貴族達の前へと進み出ると、兜を小脇に抱えて熱弁を振るう。
 彼がそのもう片方で示した土煙は確かに、寡兵と呼ぶには多すぎる兵がこちらに迫っている事を示しているようだった。

「・・・あれが、敵の大軍ですか?」

 そんなゲイラーに、貴族の一人が彼の背後を指差しながらそう呟く。

「えっ?」

 それに振り返ったゲイラーが目にしたのは、ユーリ達一行たった四人の姿だった。

「ぐっ・・・あ、あれは先ぶれの兵に決まっているではないですか!先行している一部の兵がああして現れただけでしょう!!それか・・・そうだ!あれは陽動で、別方面から兵がやってくるのではないですか!?そうだ、きっとそうに違いない!!」

 敵が寡兵な訳がないと主張した矢先に現れた、寡兵と呼ぶにもおこがましい敵の姿、その矛盾を貴族から指摘されたゲイラーは言葉を詰まらせると顔を真っ赤に染める。
 彼はそれを誤魔化すように声を張り上げると、彼らはきっと陽動であり、別方面に本命の軍がいる筈だと主張していた。

「その心配はない、ゲイラー卿!!この戦に参加するのは、ここにいる我々だけだ!正々堂々掛かってくるがいい!!」

 しかし彼の張り上げた声を上回るボリュームで、エクスがそれはないとすぐさま否定してしまう。
 彼女は両手を地面へと突き立てた剣に添えながら、堂々とした態度で我が軍はこの四人だけだと宣言していた。

「・・・あちらはあのように言っておりますが?」

 エクスのゲイラーの発言と矛盾する宣言に、またしても貴族の一人が怪訝そうな表情でそう突っ込んでくる。

「て、敵の言葉を信じてどうなさる!?寧ろ、あの発言こそあれらが陽動である証!!我らを油断させようという言葉に他ならないではありませんか!!」

 それに再びゲイラーは顔を真っ赤に染めると、敵の言葉を信じるなど以ての外だと叫ぶ。
 周りの貴族達もその言葉に一理あると納得する様子を見せ、ゲイラーはその反応に得意げな笑みを浮かべていた。

「えぇ!?後から誰か来るとかじゃないの!?本気で俺達だけで戦うつもりなのか、あの大軍と!?」
「えぇ、勿論ですマスター。あのような雑兵を相手に、助勢など必要ありません」
「あーーー!!?マジだこいつー!!だって目がマジなんだもん!!もーーーやだーーー!!!誰か助けてーーー!!!」

 ゲイラーの言葉に貴族達が説得されようとしている最中に、ユーリの悲痛な叫びが響く。
 その内容は、彼ら以外に兵がやってこない事を暴露するものであった。

「・・・あれも、我らを騙すための演技と?」

 またしても、貴族の一人がゲイラーへと突っ込みを入れる。
 その口調は、もはや呆れの色が混じり始めていた。

「ぐっ・・・ふ、ふざけるな!!あれで全軍だと、舐めるのも大概にしろ!!えぇい、あのような寡兵に策などいらぬ!!全軍突撃ぃぃぃぃ!!!」

 度重なる空振りの連続に、もはや誤魔化すのも難しくなったゲイラーは、腰に佩いていた剣を引き抜くと全軍突撃の号令を叫ぶ。

「・・・仕方ない、適当に付き合ってやれ」

 全軍突撃の号令を叫びながら一人駆け出したゲイラーに、付き従う者はいない。
 流石にそれでは哀れだと思ったのか、貴族の一人が顎をしゃくると兵達に命令を下す。
 その声と共に、どこか気の抜けた雄叫びがその場に響き渡っていた。

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!俺の、俺の勝利は!俺の栄光はもう目の前だぁぁぁ!!!」

 その先頭を駆けるゲイラーは、その手に剣を掲げながら叫ぶ。
 その目には確かに見えていたのだ、栄光を掴む未来の自分の姿が。



「・・・あ、あれ?お、俺の勝利は?栄光はどこにいったのだ?」

 掲げた腕に、その先の剣は先っぽが折れている。
 ゲイラーは地面に倒れ伏しながら、真っ青な空を見上げていた。
 その景色は、胸がすくほどに清々しいものであった。

「これが貴様の栄光だ、ゲイラー卿」

 ただし、それが敗北に見上げる空でなければ。
 ゲイラーの傍らに立つエクスは、その首筋へと剣先を突きつけながら周りを示している。
 そこには戦場となったゲルダン平原を埋め尽くすように倒れ伏す、ゲイラー達の兵の姿があった。

「安心するといい、殺してはいない。貴様らの兵はマスターの主であるイストリア公爵閣下の兵でもあるからな」

 よく見れば、地面に倒れ伏している兵士達のあちらこちらから苦しそうな呻き声が響いてきており、それは彼らが健在な証拠であった。

「コームズ商会の治療薬ー、コームズ商会の治療薬はいかがですかー?」
「え、えっと・・・痛いの痛いの飛んでけー!」

 そんな兵士達の間を、黒と白の少女が忙しなく駆け回っている。
 彼女達はそれぞれの方法で、彼らの傷を癒してやっているようだった。

「ふ、ふははは・・・そうか、私は敗れたのか」
「あぁ、そうだ。だからさっさと兵をまとめて―――」

 自らが敗れた事すら認識出来ない速さで蹴散らされてしまったゲイラーも、その敵からこのような情けまで掛けられれば、その事実を認めざるを得ない。
 そんなゲイラーの発言に、エクスは彼へと突き付けていた剣を引くと、兵をまとめて引き下がるように促そうとしていた。

「ふっ、馬鹿め!これで勝ったと思うなよ!!我々は陽動に過ぎんのだ!今にも援軍がこの場に駆けつけ貴様らを殲滅して―――」

 自らの敗北を認めたように思えたゲイラーも、この戦いの趨勢までは手放していなかった。
 彼は今にも援軍が駆けつけると叫び、それがエクス達を蹂躙するのだと笑う。

「そうだ、我々は陽動に過ぎない!別動隊が貴様ら不在のキッパゲルラを襲うためのな!!」
「そうだお前も言ってや・・・えっ?」

 自らの発言に被せるように大声で叫んできた貴族の言葉を、ゲイラーは自らの意見に同意する言葉なのだと思い、いいぞいいぞとこぶしを掲げる。
 しかしその内容は、彼が予想したものとは全く違ったものであった。

「何だと!?貴様、それは本当なのか!?」
「本当だとも!はははっ、まんまとこんな所まではるばる誘き出されて・・・貴様らがいないあの街など容易く落ちる。ここからでは救援も間に合うまい、ざまぁないな!我らがあのような愚物を本気で担ぐとでも思っていたのか!?ふははははっ!」

 凍り付いたように固まるゲイラーを尻目に、エクスはその貴族へと駆け寄り胸ぐらを掴む。
 その貴族は彼女に詰問されるまでもなくペラペラと喋る、それは完全に勝利を確信しているからだというのが、その勝ち誇った表情からも窺えた。

「マスター!!」
「あぁ、まんまとやられたな・・・」

 剣の柄頭で勝ち誇った笑い声を上げる貴族を黙らせたエクスは、焦った様子でユーリへと駆け寄っていく。
 ユーリもまた、彼女と同じように深刻な表情を浮かべていた。
 二つの領土の境界に当たるこのゲルダン平原は、当然のようにキッパゲルラから遠く離れている。
 その距離に幾らエクスの足であっても、すぐに駆け付けるという訳にはいかなかった。

「えっ、えっ?陽動って、どういう事?それじゃ我々が捨て駒という事になってしまうではないか・・・それは、おかしいだろう?だってこの書状には、ちゃんと挟み撃ちにすると書いてあるではないか。ほら、ここに・・・」

 深刻な空気が漂う中で一人、ゲイラーだけがまだ事態を飲み込めていないという様子でぶつぶつと呟き続けている。
 彼はそこに書いている事が証拠だと、飛竜の皮で出来た書状をヒラヒラと示して見せていた。
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