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第一章 最果ての街キッパゲルラ

すれ違い

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「ふんふんふふ~ん、これで終わりっと!さて、後はっと・・・ふふっ、今日の晩御飯は何にしようかしら?あの子食べたことがないって言ってたし、今日はちょっと奮発して龍舌果でも買って帰ろうかな?」

 最果ての街キッパゲルラ、その冒険者ギルド内では誰かの上機嫌な鼻歌が響いている。
 すっかり仕事終わりといった様相に、建物の中に残っている冒険者も酔い潰れてはテーブルに突っ伏しているような者ばかりだ。
 そんな中で上機嫌にその手を動かし今日の仕事を終わらせた黒髪の受付嬢、レジーは唇に指を添えては笑みを作っている。

「ご機嫌ですね、先輩。何かいい事でもあったんですか?」
「えっ?まぁ、ちょっとね・・・」

 後ろから声を掛けてきたトリニアに、驚いたように振り返ったレジーはしかし、その口元に満更でもない笑みを浮かべている。

「そうなんですか、良かったです!先輩、最近元気なかったから・・・あ、これさっき回ってきたんですけど、先輩も一枚どうぞ」
「何これ、手配書?どこから回ってきたのよ、こんな時間に・・・!?」

 両手を合わせてレジーのそんな様子を喜ぶ、トリニアの反応に嘘はないだろう。
 彼女はその合わせた両手を開くと、背後から一枚の書類を取り出してそれをレジーへと差し出す。
 それは恐らく、どこかから回ってきた手配書か何かだろう。
 そう思いながらそれへと目を落としたレジーは、その内容に目を見開き固まってしまう。

「・・・どうしたんですか、先輩?何かありました?」
「う、うぅん!何でもない!じゃあ私は上がるから、後はお願いね」
「あ、お疲れ様でーす・・・先輩、どうしたんだろ?」

 尋常ではない様子のレジーに、トリニアが心配そうに声を掛けてくる。
 しかし彼女はそれに首を振って誤魔化すと、そのままそそくさと家路についていた。

「これ、間違いない。あの子の事だ・・・」

 ギルドの建物から出たレジーはもう一度受け取った書類を広げ、それへと目を落とす。
 そこには間違いなく彼女が拾ったあの少女の事を示す、手配書の内容が記されていた。



「おかえり、レジー!!」
「・・・ただいま、アレク」

 家の扉を開けた瞬間レジーへと飛び込んできた少女は、あの時とは見違えるほどに清潔で健康的な姿となっていた。
 彼女を驚くことなく抱き留めたレジーは、その綺麗な灰色の髪を撫でつけると、家の中へと入り扉を閉める。

「へへへっ!なぁなぁ、レジー!俺頑張ったんだぜ、もうこれ全部読めるようになったんだ!」
「へぇ、それを全部?凄いじゃない!」

 レジーが荷物を下ろし上着を脱いでいると、アレクと呼ばれたあの少女が嬉しそうに何やら文字が規則的に並べられている紙を両手で広げて見せてくる。
 そこに描かれているのはこの国の公用語であるエルド語の文字であり、彼女はそれが読めるようになったのだと自慢げな表情を見せていた。

「あぁ、そうだ。そのご褒美って訳じゃないんだけど、龍舌果っていう果物を買ってきたから食べていいわよ」
「本当!?後で返せって言っても、返さないからな!」

 アレクの頭を軽く撫でた後、食事の準備をするためか台所に入ったレジーは、そこから顔を出すと買ってきた果物があったのだと口にする。
 それに歓声を上げ、早速とばかりにアレクはレジーが先ほど下ろしたばかりの鞄を漁りに向かう。

「ふふっ、誰も取りゃしないわよ。全く、いつまで経ってもそういう所は直らないだから・・・あっ!?」

 アレクのそんな振る舞いに、仕方ないわねと微笑んでいるレジーの表情は優しい。
 だが彼女は忘れてはいないだろうか、龍舌果と共に鞄にしまっていたある書類の事を。

「・・・レジー、これ何?」

 その存在を思い出し、慌てて部屋の中へと顔を向けたレジーが目にしたのは、彼女が持ち帰ってきた手配書を手に、感情が抜け落ちたような表情しているアレクの姿だった。

「ははっ、結局レジーも同じなんだ・・・他の大人達と」

 文字を憶えたばかりのアレクに、その内容はほとんど読めはしない。
 しかしそれでもそれが自分を捕まえるための手配書であることは、彼女には理解出来た。
 それを握り潰しながら、彼女はひび割れたように笑う。
 その頬には、一筋の涙が伝っていた。

「ち、違うのアレク!?これは・・・!!」
「信じてたのにっ!!!」

 レジーの言い訳を拒絶するように激しく首を横に振ったアレクは、胸が裂けるような痛々しい声で叫ぶと、そのまま勢い良く外へと飛び出していく。

「待って、アレク!!私は貴方を・・・!」

 ずっと大人達から逃げ続ける生活を送っていた、アレクの逃げ足は速い。
 レジーがその後を追い駆けて家を飛び出しても、その姿はもうどこにもなかった。

「・・・守ろうと、誓ったのに」

 家から飛び出したレジーは、アレクの姿がどこにもない事を知ってがっくりと項垂れ、地面へと膝をつく。
 そこは奇しくも、彼女がアレクを拾ったあの場所と同じ場所であった。



「・・・また、一人になっちゃったな」

 薄暗い路地裏をあてどなく彷徨うアレクは、そう一人呟く。

「きゅ?きゅきゅ!」

 その時彼女の足元に、見た事もないほど鮮やかな青い毛皮のフェレットのような小動物が寄ってくる。
 その小動物はまるで彼女を慰めるように、その足元へと身体を摺り寄せてきていた。

「お前も、一人なのか?・・・これ、食うか?」
「きゅー!!」

 アレクはそれに僅かに口元を緩めると、手にしたままであった龍舌果をその小動物へと差し出していた。
 それに小動物は一心不乱に噛り付く、それはどこかの誰かと似た姿であった。

「お前も一緒に来るか?」
「きゅ!」

 その小動物の頭を撫でながら、アレクは優しく語りかける。
 その言葉に小動物はすっかり彼女に懐いた様子で、明るい返事を返していた。

「そっか、そうだよな・・・独りぼっちは寂しいもんな」

 笑顔に細めた瞳から零れた涙を、その小動物が舐め取っている。
 そのお礼をするように小動物の頭を撫でたアレクは立ち上がり、歩き出す。
 その背後には、青い毛皮の小動物が付き従う。
 一人と一匹、その二つの小さなシルエットは路地の暗がりへと向かい、やがて消えていくのだった。
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