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第一章 最果ての街キッパゲルラ

誕生会への誘い

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「わぁ・・・!」

 青天の日差しに、最果ての街キッパゲルラの中心である広場、「青の広場」に敷き詰められた緑雲石が鮮やかな色を帯びる。
 その真ん中に聳えるは街のシンボルの時計塔、最近不幸な事故で倒壊し、新たに立て直されたばかりのそれを見上げながら、金色の髪の少女は口をポカンと開けている。
 それはこの街の財政を一手に握っている誰かさんが、過去の罪を覆い隠すために過剰なほどに立派に立て直した時計塔を目にしたからだけではないだろう。
 辺境に建てられたこの街は土地だけは余っており、そのため街の中心に作られたこの「青の広場」もその広さだけは国でも一番と呼べるものであった。
 だが当然、こんな辺境の地ではそこに訪れる人も疎らで、その広さが逆に寂れた様子を強調してしまう有り様であった。
 それが今や、広場一面を人がごった返すようになっている。
 その様子に、この街の領主の娘であるオリビアは驚きと感動で口をポカンと開けてしまったのだ。

「凄い!凄いよ、リリィ!!見て、こんなに人が・・・あうっ!?」
『おいっ、どこ見てんだこんガキが!!ちゃんと前見て歩きやがれ!!』

 自らの街の一変した様子に、普段の口調も忘れて興奮しているオリビアは、興奮の余り周囲への注意を怠り、通行人にぶつかってしまう。
 彼女がぶつかった通行人は浅黒い肌をしており、見たことのない衣装を身に纏い、聞いた事のない言葉を口にしては去っていく。

「お、お嬢様!?お怪我はございませんか!?」

 去っていった通行人の方を見詰めては固まってしまっているオリビアに、彼女のお付きの侍女であるリリィが心配した様子で駆け寄っていく。

「今の聞きまして!?さっきの方、どこからいらしたのかしら?あんな言葉聞いた事もありません、きっと遠い異国からやって来た方なのですわ!!あのような方まで私の街にいらっしゃるなんて・・・それだけ私の街が魅力的になったという事ですわね!!」
「あぁ、そうでしたか・・・ふふっ、それはようございました」

 見知らぬ人にぶつかられて、さらに何やら口汚く罵られた事にショックを受けているのだと心配していたリリィは、オリビアの眩しい笑顔に安堵すると、彼女もまた柔らかな微笑みを浮かべていた。

「えっとですね、さっきの人が何て言っていたのかといいますと・・・」
「マスター、御命令とあればあの者を処して参りますが・・・いかがいたしますか?」

 そんな幸せな光景を、空気の読めない二人がぶち壊そうとしている。

「お二人とも・・・余計な行動は慎むよう、お願い出来ますか?」
「「あ、はい」」

 それをリリィはにっこりと笑って、慎むよう注意していた。
 その笑顔の裏に潜む迫力に思わず二人は生唾を呑み、ただただ頷くしかなかった。

「おーい、オリビアー!置いてっちゃうぞー!」
「早く早くー!」

 賑やかな街の雑踏の向こうから覗くのは、二つの尻尾と四つの耳。
 ネロとプティがオリビアへと手を振りながら、早く来いと呼びかけていた。

「お待ちになって、今行きますわ!」

 その声に長いスカートの裾を摘まんだオリビアは、駆け出していく。

「あぁ、お嬢様!?お待ちください!!」

 そんなオリビアの姿に、リリィもまた慌てて駆け出していた。



「はーい、どうぞー!」
「う、受け取ってください!あ、えへへ・・・ありがとうございます!」

 太陽が天頂に達し、更に人通りが増えた広場には大道芸人の姿も見え始め、彼らは何やら組体操のような曲芸を興じては観衆を楽しませていた。
 そんな雑踏の中に覗く黒と白の尻尾は、その間を忙しなく動いている。
 彼女達はその途中途中で通行人に声を掛けては、何かを手渡しているようだった。

「ねーねー、プティ。今、何枚渡せたー?」
「んー・・・五、六枚くらいかな?」
「へへへっ、だったらボクの勝ちだね!ボク、さっきので十枚目ー」
「むー、勝負はまだこれからだもん!」

 合流した二人は、手元の何かを見せ合ってはその枚数を競っているようだ。
 その結果に勝ち誇っているネロに、プティは頬を膨らませてまだ負けていないと闘志を燃やしていた。

「むむむ・・・このままでは負けてしまいますわ」

 そしてここにもう一人、二人のやり取りに焦りの表情を浮かべている少女がいた。

「ですが私はこういう事は苦手ですし・・・はっ!良い事を思いつきましたわ!」

 お嬢様であるオリビアには、二人のように気軽に人に声を掛ける事など出来ない。
 そのためか彼女の手元には、二人とは比べ物にならないほど多くの枚数が残っていた。
 それに焦るオリビアはしかし、何かを思いつくと顔を上げどこかへと駆けていく。

「おばーちゃん、これあげるねー」
「よ、良かったらいかがですか!」

 競い合う二人は、同時に同じ人へとそれを差し出す。

「む、何だよ真似するなよー」
「わ、私の方が早かったもん!」

 それに二人は、それを差し出したままいがみ合う。

「あらあら、まぁまぁ・・・何かしらこれは?」

 そんな二人の様子をニコニコと笑いながら、それを差し出された老婆はそう尋ねていた。

「えっとねー・・・」
「た、誕生会の招待状です!」
「あー、ボクが言おうと思ってたのにー!」

 老婆の質問に競い合うように答えた二人は、彼女の前で賑やかにいがみ合っている。

「まぁまぁ、誕生会の・・・それでそれはどちらの?それともお二人のかしら?」
「ううん、違うよ?」
「そうです、私達の誕生会じゃありません」

 手渡されたのが誕生会への招待状だと聞いて、老婆は当然それが目の前の可愛らしい少女達のものだと考えていた。
 しかしネロとプティの二人は首を横に振ると、その主役は自分達ではないと答える。

「あら、じゃあ一体誰の誕生会なのかしら?」

 老婆は二人の答えに、不思議そうに首を捻る。

「私ですわ!!」

 そんな彼女に、その誕生会の主役であるオリビアの声が届く。

「えっ?まぁまぁまぁ!?」

 その声に振り返った老婆が見たのは、大道芸人の曲芸に加わり、一番高い所に掲げられているオリビアの姿であった。

「あぁ、お嬢様・・・」

 そんなオリビアの姿を見上げながら、彼女のお付きの侍女であるリリィがハラハラと見守っている。

「マスター、いざとなれば私が」
「た、頼んだぞ」
「お任せを」

 そしてエクスがいざとなれば自分が助けると、鋭い視線を送っていた。

「おいあれ、オリビア様じゃないか?」
「え?あの領主の娘の?」
「本当だ・・・本当にオリビア様だぞ!!」

 騒ぎを聞きつけた群衆の中に、その中心にいるのがこの街の領主の娘であるオリビアだと気付く者が出始めていた。
 それらの者達が上げた声に、騒ぎはさらに大きくなっていく。

「ふふふ、いい感じに盛り上がって参りましたわね!そろそろクライマックスと参りましょう・・・いいですわね、いきますわよ!」

 集まる視線に調子を良くしたオリビアは、自分を掲げている大道芸人へと声を掛ける。

「任せときな!いくぞ、お前ら!」
「「おぉ!!」」

 オリビアの声に、大道芸人達も気合の籠った声を返す。 
 集まる視線に盛り上がる観衆、それに燃えない彼らではなかった。

「はい、はい!!」
「いいですわ、いいですわよ!!」

 複雑な動きをしながら、また新たな人間彫像を作り上げていく大道芸人達。
 その間を、オリビアはまるで荷物のように人の手から手へと運ばれていく。

「嬢ちゃん!最後は任せたぜ!!」
「誰に言ってると思っているの!?私はオリビア・ユークレール!あのユークレール家の娘ですのよ!これぐらい、出来て当然ですわ!さぁ、いきますわよ!!」

 組み上がっていく人間彫像に、大道芸人のリーダーと思われる屈強な男がオリビアへと声を掛ける。
 そうして彼はオリビアの身体を抱えると、それを天高く放り投げていた。

「はい!!」

 天高く舞い上がり、そこからクルクルと回転しながら落ちてくるオリビア。
 それは彼女が身に纏う衣装がそれに舞って、まるで天女のような美しさであった。

「おぉ・・・う、美しい」
「オリビア様、オリビア様ー!!」
「ん、何だこれ・・・?」

 そして大道芸人が掲げる手の平の上へと見事に着地し、ポーズを決めるオリビアの姿に観衆が一斉に湧き上がる。
 そんな彼らの下に、ヒラヒラと大量の紙片が舞い落ちてきていた。

「私の誕生会に皆さんいらしてくださいまし!!」
「「くださいましー!!」」

 それはその天辺からオリビアがばら撒いている、誕生会の招待状であった。
 彼女の足元では、ちゃっかりそれに加わっているネロとプティの二人が、同じように招待状をばら撒いている。

「お、お嬢様・・・」

 そんなオリビアの姿に、リリィがもはやよく分からない感情で涙を流す。

「ま、終わり良ければ総て良し・・・かな?」
「はい、マスター」

 楽しそうな三人の姿に、ユーリは肩を竦めながらそう呟く。
 その主の言葉に、エクスも薄く微笑んでは頷いていた。
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