【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第一章 最果ての街キッパゲルラ

婚約者

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「・・・退屈ですわ。何かお話になって」

 ネロとプティの二人とかくれんぼでもしているのであろうオリビアは、ユーリの机の下に潜り込んでいた。
 しかしそこでじっと待ち続けるのも飽きてきた彼女は、ユーリに退屈しのぎを求めてくる。

「えっ!?お、お話ですか?な、何かあったかな・・・」

 突然のその振りに、ユーリは戸惑う。
 元々、ユーリとオリビアの関係は雇い主の娘と、その雇われ人というものだ。
 ヘイニーとはすっかり打ち解けたユーリも、その娘とはまだ打ち解けられた訳ではなかった。

「早くしてくださいまし。私、退屈してましてよ」

 貴族の娘特有の我侭さか、オリビアの言葉には遠慮がない。
 それにユーリは一層、焦ってしまっていた。

「あ、あぁ!それなら、参考までにオリビア様の好みの相手というのをお聞かせ・・・はっ!?」

 そして焦りの余り彼はつい口走ってしまう、ヘイニーから内密にと頼まれていた婚活の話し、それに関連していそうな話題を。

「へぇ、好みの相手ねぇ・・・そうね、貴方みたいについうっかり秘密を漏らしてしまわない人かしら?」

 自らの失態に気付き慌てて口を押えるユーリも、もう遅い。
 オリビアは彼の足元から全てを悟ったような、冷たい声を響かせていた。

「す、すみませんでした!!さっきの言葉は忘れてください!!」

 オリビアの皮肉にユーリは慌てて頭を下げては、さっきの失言は忘れてくれと頼みこんでいる。
 しかしそんな事で、口から出た言葉が消える訳もない。

「別にいいわよ。どうせお父様から、私のお相手を探すように頼まれたのでしょう?」

 だが、オリビアの口から出たのは意外な言葉だった。

「・・・へ?お、怒らないのですか?」
「怒ってどうするのよ?それより、お父様からどう頼まれましたの?」

 オリビアの意外な言葉に呆けたような表情を浮かべるユーリに、彼女は怒ってどうするのかと肩を竦める。

「えぇと・・・今度の誕生会でなるべく多くの貴族を招いて、オリビア様のお相手を探すようにと」
「全く、お父様は人の誕生会を何だと思っているのかしら!!」

 ヘイニーから頼まれた内容を告白するユーリに、オリビアはバンバンと床を叩くと怒りを露わにしている。

「そんなのより、私は皆で楽しめるような誕生会にした方が良いと思いますの!貴方もそう思いません?」
「は、はい!私もそう思います、オリビア様!」

 折角の誕生会をただの婚活の場に変えられそうで怒りを露わにしたオリビアは、それをもっと楽しいものにしたいと提案する。
 その明るく前向きな提案に、ユーリも全面的に賛成を示していた。

「・・・その、オリビア様と言うのを止めていただけません?」
「は?いえ、でも・・・」
「曲がりなりにも、その・・・と、友達の父親にそう呼ばれるのはむず痒くて仕方がありませんわ!オリビアで構いませんわ!オリビアで!」

 オリビアはユーリの畏まった呼び方を嫌がる。
 そして彼女は友達の父親にそう呼ばれるのが嫌なのだと、顔を真っ赤に染めながら口にしていた。

「は、はい!分かりました、オリビア!」

 彼女のその可愛らしい理由に、ユーリも笑顔で了承する。

「・・・そこを退いてくださいまし」
「えっ!?ど、どうされましたかオリビア様!?」

 呼び捨てにした途端、自らの足元から抜け出そうとするオリビアに、ユーリは何か不味かったかと焦る。

「だからオリビアと・・・足が痺れただけですわ!」

 しかし彼女がそうしたのは、足が痺れたという可愛らしい理由からだった。

「ふぅ~、やはり手足を伸ばせるというのはいいですわね!あぁ、ユーリ。貴方、お父様から私の縁談が破談になったことも聞いたのでしょう?」
「えっと・・・その、聞きました」
「で、あれば。そのお相手の事も気になっているのでしょう?教えてあげますわ」

 机の下という狭いスペースから解放されたオリビアは、その解放感を手足を伸ばして味わっている。
 彼女はその解放感に振り返ると、秘密を教えてあげると悪戯に微笑む。

「私の婚約者、それはね・・・あのユーリ・オブライエンでしたの!どう驚きまして?」

 オリビアはいたずらに瞳を輝かせると、その相手の名前を告げる。
 ユーリ・オブライエンという、その名を。

「え、ええええぇぇぇぇぇ!!!?」

 驚きの余り、ユーリは椅子から転がり落ちていた。

「・・・いくら何でも、驚き過ぎじゃありませんこと?」

 そんなユーリの姿に、オリビアは不思議そうにしていた。

「あ、あはははは・・・その、同じ名前だったもので驚いて」

 それにユーリは、下手くそな誤魔化しを口にする。

「あぁ、そういえばそうね。でもユーリなんて名前、よくある名前でしょう?そんなに驚くことかしら・・・?」
「へ?そ、そうですよね?あははははっ、何でそんなに驚いちゃったのかなぁ?不思議ですよねぇ」

 ユーリという名は、この国ではありふれた名だ。
 その名前が一緒だったからといって、どうしてそこまで驚いたのかとオリビアは首を傾げている。
 そんな彼女に、ユーリは椅子へと座り直しながら、引き攣った笑みを浮かべていた。

「オリビア、みーーーっけ!!」
「あ、ずるいよネロ!私が先に見つけたのに!!」

 そこに場違いのような、明るい声が響く。
 それはこの執務室の扉を開き顔を覗かせている、ネロとプティのものであった。

「あーーー、もうっ!!貴方のせいですわよ!!」

 二人に見つかったのは、ユーリが騒いだからだとオリビアは彼に指を突きつける。

「えへへ、次はオリビアが鬼ね」
「分かりましたわ!ふふんっ、この建物の事は私が一番詳しいのですのよ!あっという間に見つけて差し上げますわ!!」
「えー、本当かなー?」

 オリビアを見つけた二人は、部屋の中へと入ってくると彼女の事を取り囲む。
 そしてそのまま騒がしく話しながら、彼女の事を連れてどこかへと行ってしまっていた。

「もしかすると、あの子と結婚してたのかな、俺?ははは・・・」

 三人が去った後の執務室には、ユーリが一人取り残される。
 その静寂の中、彼の乾いた笑いだけがいつまでも響き続けていた。
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