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第一章 最果ての街キッパゲルラ

執事バートラムは諦めない

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「っ!ま、まだです!!このバートラム、まだ認めてはいませんぞ!!」

 兵士達がぶちまけた金貨を片付け、それをヘイニーに指示された場所に運び終えてようやく、意識を取り戻したバートラムはそう叫んでいた。

「はぁ・・・もう良いのではないか、バートラム?そう強情を張らずとも、彼らを認めては」

 ユーリがあれだけの成果を上げたにも拘らず、まだ彼らを認めないと叫ぶバートラムに、ヘイニーは呆れたように嘆息を漏らす。

「なりません、旦那様!!奴めは所詮、財政を立て直しだけ!!それだけではまだ認める訳には参りませんな!貴族たるものの責務とは、まず第一に臣民の安全を保障する事にあります!!こんな領内に賊が跋扈する状態を放置しておいて、認める訳には参りませんな!!」

 はっきりと呆れた様子を見せる主にも、バートラムはめげる事なくこぶしを振りかざす。
 彼は領内の治安が乱れた状況を放置しているユーリを、認める事など出来ないと主張していた。
「その責任をユーリ君に取らせるのは無理があるのではないか?財政難で騎士達に逃げられ、兵の数を絞らざる得なかったのは私達の責任だろう?」

 今、領内の治安が乱れているのは、財政の苦しさの余りそれらに対する予算を削った結果だとヘイニーは話す。

「いいえ、違います!旦那様は彼らの事を新しい風だとおっしゃいました!我らの領地を刷新する者達だと!であれば、そうした問題をも解決して見せるのが筋ではございませんか!?」
「いや、それは流石に―――」

 ヘイニーが話す筋の通った道理にも、バートラムは決して認めないと粘りを見せていた。
 それは流石に無理はあるだろうとヘイニーが突っ込もうとしていると、彼らの下へ再び慌ただしい足音が近づいてくる。

「旦那様、それにバートラム様も!お、お助けを!!このままでは、このままでは我々は殺されてしまいます!!」

 彼らの下へと駆けこんできては、いきなり助命を嘆願してきたのは先ほどの兵士達よりも立派な鎧を身に纏った、この領地で雇われている騎士達であった。

「ほら、御覧なさい旦那様!!我が騎士達がこんなにも怯えている様を!これこそこの地の治安が如何に乱れているかの証左ではありませんか!あぁ恐ろしい、一体どんな魔物が現れたのか!それとも賊の類いか!ほら、どうしたお前達?遠慮する事はない、何があったか申してみよ!」

 よく見ればかなりボロボロな姿で、何かに怯えている彼らの様子にバートラムは勝ち誇ると、彼らの姿こそがユーリ達の無能の証拠だと指し示す。

「は、はい!先ず我々は早朝から、キッパゲルラ周辺に現れた賊の退治に向かいました」
「うんうん、ではその賊に返り討ちにあったのだな?」

 バートラムに促され、緊張した面持ちでこれまでにあった事を話し始める若い騎士。
 それに早速出てきた賊という言葉に、バートラムはウキウキとした表情で望んだ結末を期待する。

「いえ、その賊は特に問題なく退治出来たのですが・・・」
「ん?ど、どういう事だ?」

 しかしあっさりとそれを退治したと口にする騎士に、彼の望みは裏切られる。

「その帰りに寄った村で魔物が出没するという話を耳にした我らは、今度はそれの討伐に向かったのです」
「お、おぉ!今度こそ、それにやられたのであろう!?」

 肩透かしを食らいがっくりきていたバートラムも、若い騎士が再び危険な予兆を話し始めれば、期待に目を輝かせる。

「いえ、それも手早く片付けられました」
「ほ、ほぅ~・・・なるほどなるほど、そう来たか」

 再び同じ流れで期待を裏切られるバートラム、しかし彼は前の経験を活かし、それに耐えて見せる。

「しかし問題はその後です、私達はそこからキッパゲルラに帰る途中にある情報を掴んでしまうのです。あの『サガトガ山賊団』がどういう訳か、このキッパゲルラに流れてきているという情報を」
「あの『サガトガ山賊団』がか!?ふふふ、随分ともったいぶりおって・・・流石にあの『サガトガ山賊団』相手では、どうしようもあるまい!?」

 これまで散々期待を裏切られてきたバートラムも、ここに来て出てきたビックネームの存在に、今度こそはと期待する。

「えぇ、私達も流石に無理だと考えました。しかし隊長は賊は許しておけないと聞かず・・・私達は『サガトガ山賊団』との死闘を行う事になったのです」
「おぉ!いいじゃないか!・・・ん、しかし待てよ?お前達がここに帰ってきているという事は・・・?」

 これまでとは違う若い騎士の深刻な語り口に、バートラムはいよいよ期待する展開になってきたとこぶしを握る。
 しかし彼はその途中で気付いてしまっていた、目の前に特大のネタバレが存在している事実を。

「あ、はい。それには何とか勝利したのですが」
「は?あの『サガトガ山賊団』に、お前達がか?そんな馬鹿な・・・」

 この国だけはなく、周辺の国にすら被害を齎していた凶悪な山賊団を、予算も少なく領内の治安を維持するのにも苦労していた騎士達が退治してしまう。
 そんな有り得ない事実に、バートラムは頭を抱え固まってしまう。

「それでは、一体何が問題なのだ?」

 そんなバートラムに代わり、ヘイニーが話しの続きを促す。

「はい、それなのですが・・・『サガトガ山賊団』との死闘を制し、ヘロヘロで帰ってきた私達に隊長が言うのです『お前達はなっていない、また調練のやり直し』だと」
「その隊長というのは、まさか・・・」
「はい、エクス様です。旦那様、どうかお助けください!!このままでは私達はまた、あの地獄の特訓を・・・旦那様、どうかお願いします!!このままでは私達は、本当に死んでしまいます!!」

 騎士達が助けを求めていたのは、それだけの働きをしたにも拘わらず、そんなことお構いなしに激しい特訓を課そうとするエクスから逃れるためであった。
 その騎士達の必死な様子に、ヘイニーも思わず生唾を飲み込む。

「あ、あぁ・・・そんな、そんなぁ」

 ヘイニーの足元に縋りつき助命を嘆願していた騎士達は、突如何かに気付くと目を見開き、呻き始める。

「あぁ何だ貴様達、こんな所にいたのか。ほら、行くぞ」

 彼らが見ている方へと目を向けると、そこには金色の髪の絶世の美少女が。
 彼女は至って気軽な様子で彼らに声を掛けると、そのまま彼らの襟首を掴む。

「嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁ!!!?死にたくない、死にたくなーーーい!!!」
「ほう、感心だな。今から私が教えようとしていたのは、まさしくその死なないための技術だ。まさか貴様らが自らその必要性に気付くとはな・・・」
「意味が違ーーーう!!!」

 エクスはそのまま、彼らの引きずってはこの場から去っていく。
 彼らのその悲痛な悲鳴は、その姿が見えなくなるまで響き続けていた。

「うむ、何だ。治安が良くなって結構じゃないか。バートラム、君もそう思うだろう?バートラム?」
「そんな馬鹿な、こんなの有り得ない。そうだ有り得る訳がない、有り得る訳がないんだ・・・有り得ない有り得ない有り得ない・・・」

 騎士達の可哀そうな姿はともかく、領内の治安は良くなって結構とヘイニーは満足げに頷く。
 ヘイニーは傍らのバートラムにも同意を求めていたが、彼はまだその事実を受け入れられていないように虚空を見詰めて何事かを呟き続けていた。
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