上 下
27 / 210
第一章 最果ての街キッパゲルラ

その名はエクスカリバー

しおりを挟む
「ふぅ・・・これで一段落ね。全く、私がいないとすぐにこれ何だから。本当、だらしないったらないわね」

 書類の最後に署名を記入し、黒髪の受付嬢レジーはゆっくりと息を吐く。
 その前には二つの書類の山が出来ており、彼女が今出来上がったばかりの書類を運んだ方を見れば、処理が終わった書類の方が多そうだった。

「お疲れ様です、先輩」
「あぁ、ありがとうトリニア」

 一仕事終え一息入れているレジーに、トリニアがタイミングよく飲み物を差し入れる。
 それに軽く礼を述べたレジーは、それに口をつけるとゆっくり背筋を伸ばしていた。

「どうですか、今日中に終わりそうですか?」
「まぁ、私に掛かればね・・・って、駄目よトリニア!前から言ってると思うけど、こういうのは毎日きっちり処理しておけばこんなに溜まらないんだから!面倒臭いからって、後回しにしてるからこうなるのよ!!」
「うぅ、耳が痛いです・・・」

 レジーの背中越しに、彼女の仕事の様子を確かめるトリニア。
 それに一度は自慢げに胸を反らしたレジーも、すぐに思い出したようにお説教を始める。
 トリニアはそれに、縮こまっては申し訳なさそうにしていた。

「大体、貴方はいつもいつも―――」
「っ!?せ、先輩!?う、後ろ後ろ!!?」
「えぇ?貴方また適当なこと言って誤魔化そうとして、そうはいかな・・・うええぇぇぇ!!?」

 縮こまるトリニアに気分を良くしたレジーは、更に語気を強めてお説教を続けようとしている。
 その背後へと視線を向けたトリニアが、何かに気付き驚きの声を上げる。
 それに疑いながらも振り向いたレジーは、そこに燃え上がる書類の姿を見ていた。

「あああぁぁぁぁ!!?ようやく終わらせた仕事がぁぁぁ!!?」

 目の前で激しく炎上する先ほど終えたばかりの仕事の姿に、レジーはがっくりと膝をつくと頭を抱えて悲鳴を上げる。

「せ、先輩!!そんな事より早く、早く消火を!!」
「そ、そうね!今ならまだ少しは―――」

 絶望に飲み込まれ全てを諦めそうになっているレジーに、トリニアはまだ諦める時じゃないと肩を揺する。
 それにレジーも立ち直り、燃え盛る書類へと手を伸ばそうとしていた。

「きゃあああ!!?火事よ、火事よー!!」
「おい、不味いぞ!!そこには大事な資料が・・・」
「早く、早く水を持ってこい!!延焼を止めないと大変なことになるぞ!!」

 燃え盛る書類に、そこから何とか無事なものだけでも取り出そうとしているレジー。
 トリニアもまた、そんな彼女を助けようと火を消し止める方法を探して駆け出していた。
 そんな二人の下に、ギルドのあちこちから悲鳴が響く。

「そんな、こっちでも!?」

 響いた悲鳴に、トリニアは事務仕事するための部屋から飛び出す。
 彼女が向かうのは、いつもの仕事場である受付のカウンターだ。
 そこからならば、ギルドの表側も裏側も一度に見渡せる。

「・・・嘘」

 そこに広がっていたのは、ギルドの至る所から火の手が上がっている光景。

「一体、何が・・・何が起こっているの?」

 理解出来ない異常な光景に、トリニアは一人立ち尽くす。
 その疑問に答えられる者は、この場にはいなかった。



「・・・どうして、どうしてこうなったんだ?」

 そしてその疑問に答えられる者は、ここにもいなかった。
 この異常事態を引き起こした張本人、ユーリはどうしてこうなったのだと頭を抱えている。
 燃え盛る愛用の筆記用具、街のあちこちから聞こえてくる悲鳴、それらは全て彼が引き起こしたものだ。
 しかし彼自身も、そんな結果は予想していなかったのだ。
 だって、前回はこんな事にはならなかったのだから。

「あ、あぁ・・・騎士団時代に集めた、最高級の筆記用具がぁ。お給料のほとんどをつぎ込んだのに・・・」

 燃え盛る愛用の筆記用具はもはや、どう見ても取り返しがつかない状態だ。
 それらはユーリが騎士団時代の給料のほとんど全てをつぎ込んで集めた、市場に出回っている中で最高ランクの逸品ばかりであった。
 それらが失われていく光景に、彼はがっくりと打ちひしがれている。
 何よりそれらの品は、彼の能力を行使する上でも欠かせない品であったのだ。

「お、おとーさん!?ボク、どうしたらいい?どうしたらいいの!?」
「はわわわっ!?全部燃えちゃうのです、全部燃えちゃうのです!?」

 絶望に蹲るユーリに、ネロは不安そうに抱き着いては涙目で縋りついている。
 プティは何とか火を消し止めようと、身体を拭く用の布を手にしては火元を叩いているが、一向に成果は上がっていなかった。

「うおぉ!?何だ!?」

 部屋の中心から眩しい光が迸り、ユーリは思わず手を掲げる。

「うわぁぁぁん!おとーざーん!?」
「はうっ!?な、何が起こったです!?」

 その光に元々ユーリに抱き着いていたネロはその腕の力を強くし、プティも慌てて彼に抱き着くと不安そうに震えていた。
 あれだけ燃え盛っていた書類や筆記用具、それらが全て燃え尽き煙が立ち込める。

「これは、名札?こんなもの、前には・・・」

 カランと音を立てて何か硬質なものが、ユーリの目の前に落ちてきていた。
 そこには「エクスカリバー」という、先ほどユーリが「命名」した名前が刻まれていた。

「き、君は・・・?」

 開け放たれた窓に、ゆっくりと煙が薄らいでいく。
 そこに現れたのは、神秘的なほどに美しい金色の髪の少女だった。

「聖剣エクスカリバー、召喚に応じ参上いたしました。マスター、ご命令を」

 その少女は、自らを聖剣エクスカリバーだと名乗る。
 一糸纏わぬ姿の金髪の美少女に見下ろされ、ユーリは二人の娘と共にそれを見上げる。
 そんな彼らを、窓から流れ込む朝の爽やかな風だけかさらさらと撫でていた。



「ふぅ~・・・やっぱ仕事の後の湯浴みは最高だぜ!わざわざ高い金払って、お湯を用意してもらう甲斐もあるってもんだ!」

 ホカホカと湯気を立てながら部屋へと入ってきた大柄な冒険者、オーソンはお湯で濡れた身体をタオルで拭きながら後ろ手で扉を閉めようとしている。

「ん、何だ・・・おい、誰だお前!?どっから入ってきた!?」

 しかしその途中で、彼はその手を止める。
 何故なら、部屋の中に見知らぬ人の気配を感じたからであった。
 その人影はオーソンの存在に気が付くと、一目散に出口へと、つまりオーソンが今立っている場所へと向かってくる。

「ちっ!?舐めんなよ!!」

 向かってくる人影に対して、オーソンは腕を伸ばす。
 流石は熟練の冒険者か、彼は人影が身に纏っていた衣服を掴んでいた。

「おら、観念しろ!!あぁ!?」

 彼は掴んだ衣服をそのまま引っ張り上げようとするが、その手応えはない。
 それもその筈だろう、何故ならその衣服はベッドのシーツを身に纏っただけのものだったのだから。

「こ、子供だとぉ!?」

 身に纏っていたシーツを剥ぎ取って現れたのは、何一つ身に纏っていないまだ年若い少年のような子供だった。

「お、おい!待てって!!何も酷い事しようってんじゃ・・・行っちまった」

 不審な侵入者に対して警戒していたオーソンは、その正体が子供だったことに拍子抜けしてしまう。
 そんなオーソンの隙をついて、その子供は彼の脇をすり抜けて部屋の外へと駆けだしていく。

「何だったんだ、あのガキは・・・ん?あれはどこいったんだ?確かこの辺りに置いたと思ったんだが・・・」

 謎の子供が去っていった部屋で、オーソンは一人頭を掻く。
 そして彼は何かを思い出すと、慌てて部屋の中を探り始めていた。



「そんなの、俺にも分かんねーよ」

 オーソンが泊まっていた宿、その中庭から洗濯物のベッドシーツを奪い身に纏っている謎の子供は、
そう呟く。
 それはオーソンが最初に発した言葉への、彼なりの返答だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

外れスキル『レベル分配』が覚醒したら無限にレベルが上がるようになったんだが。〜俺を追放してからレベルが上がらなくなったって?知らん〜

純真
ファンタジー
「普通にレベル上げした方が早いじゃない。なんの意味があるのよ」 E級冒険者ヒスイのスキルは、パーティ間でレベルを移動させる『レベル分配』だ。 毎日必死に最弱モンスター【スライム】を倒し続け、自分のレベルをパーティメンバーに分け与えていた。 そんなある日、ヒスイはパーティメンバーに「役立たず」「足でまとい」と罵られ、パーティを追放されてしまう。 しかし、その晩にスキルが覚醒。新たに手に入れたそのスキルは、『元パーティメンバーのレベルが一生上がらなくなる』かわりに『ヒスイは息をするだけでレベルが上がり続ける』というものだった。 そのレベルを新しいパーティメンバーに分け与え、最強のパーティを作ることにしたヒスイ。 『剣聖』や『白夜』と呼ばれるS級冒険者と共に、ヒスイの名は世界中に轟いていく――。 「戯言を。貴様らがいくら成長したところで、私に! ましてや! 魔王様に届くはずがない! 生まれながらの劣等種! それが貴様ら人間だ!」 「――本当にそうか、確かめてやるよ。この俺出来たてホヤホヤの成長をもってな」 これは、『弱き者』が『強き者』になる――ついでに、可愛い女の子と旅をする物語。 ※この作品は『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しております。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...