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第一章 最果ての街キッパゲルラ

二人の娘

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「えー・・・ネロにプティ、二人を迎えるに当たりまして、色々とやらなくてはならない事があります」

 あの騒動から少し経って、ユーリはネロとプティの前に畏まってそう告げる。

「えー、今更なにー?そういうのもういいよー!!また毎日身体は拭けだの、ちゃんと歯は磨けとか言うんだろー!!ぶーぶー!」
「駄目だよ、ネロ!おとーさんの言いつけはちゃんと守らないと!!」
「あー!!またプティが、おとーさんの前でいい子ぶってるー!知ってるんだぞー、プティがおとーさんの靴下集めて、こっそり匂い嗅いでることー!」
「ど、どうしてそれを!?あっ・・・ち、違うよおとーさん!!そんな事、してないから!本当だよ、ちょっとしかしてないからね!!」

 ベッドに腰を下ろし二人に話しかけてるユーリの前で、ネロは床に寝転がり足をパタパタとはためかせては不満を表している。
 そんなネロを注意するプティに彼女が放った反撃の一言、それに慌てふためくプティの背後ではその尻尾が激しく暴れていた。

「えっと・・・今回はそういうのではなくてだな、色々と生活に必要なものを買い出しに行きます!後、プティはちゃんと靴下返してね。何かなくなるなーとは思ってたけど、そういう事だったのかぁ・・・」

 まだ幼い少女二人のパワーに圧倒されるユーリは、気を取り直すと改めて今回の目的について告げる。

「えっ、買い物!?行く行くー!!ボクもついて行くからね、いいでしょおとーさん!?」
「わ、私も!!私も行くー!!」

 またお説教されると気怠い態度を見せていたネロも、お出かけと聞けば一気に態度を豹変させる。
 ユーリに齧り付くような勢いで手を掲げる彼女に、負けじとプティも両手を握り締めて自分の存在をアピールしていた。

「待て待て!!そう焦るなって、ちゃんと二人とも連れて行くから!!」

 二人勢いに早速壁際にまで追い詰められたユーリは、手を伸ばしてどうにか距離を保とうとする。

「やったー、おとーさんとお出かけだー!!」
「えへへ、楽しみだねネロ!」

 自分とお出かけ出来る事を素直に喜ぶ二人の姿に、ユーリは思わず頬を緩める。

「ねーねー、おとーさん。どこに行くのー?」
「あぁ、それはまず―――」

 二人の少女が生活するためにまず必要なもの、それは―――。



「―――二人の服を揃えないと」

 カーテンを捲る音に思い思いに着飾ったネロとプティが、自分を可愛く見せるポーズでそれを見せつけてくる。

「どうどう、おとーさん!ボク、イケてるでしょー?」
「えへへ・・・どうかなおとーさん。私、可愛いかな?」

 ここはこの街一番の服飾店、ロギンズスタイル。
 子供服から婦人服、果ては冒険者用のような酷環境に耐えうる服装も扱っている人気店だ。
 何も言わなくても勝手に服が出てくる環境で育ち、そこから追放されてからも碌に服など買ったことのないユーリにとって、子供のしかも女の子の服を選ぶなど余りにもハードルが高い。
 そのため彼は何でも揃っているこの店舗に赴くことで、そのハードルを潜る事にしたのだ。

「・・・まぁ、いいんじゃないかな?」
「良くお似合いですよー!!えー、もしかしてどこかのお姫様でいらっしゃいます!?今日はお忍びでございますかー?」

 自信満々といった様子でポーズを決めているネロと、若干俯きながらもじもじしているもののチラチラと褒めて欲しそうにユーリに視線を向けているプティ。
 そんなそれぞれに異なる可愛らしさをアピールしている二人に対して、ユーリの反応は鈍い。
 そんなユーリの鈍い反応をカバーにするように、この店の女性店員がオーバーなほどのリアンションを見せていた。

「むー・・・次!!」
「はわわっ・・・ネ、ネロ!?わ、私も!!」

 しかし、そんなもので満足する二人ではない。
 ユーリの反応に不満げに唇を尖らしていたネロがカーテンの向こう側に引っ込むと、それに釣られて慌ててプティも新たな服へと手を伸ばしていた。

「もー、駄目じゃないですかお父さん。娘さん達があんなに張り切ってらっしゃるんですから、ちゃんと褒めてあげないと!・・・お父さん、どうかなさいましたか?」

 二人が新たな服の選別に夢中になったのを確認した店員は、小声で隣で佇むユーリへと駄目出しを開始する。
 しかしそれを受けるユーリは何故か口元を押さえ、プルプルと小刻みに震えだしてしまっていた。

「どうしよう、うちの娘が可愛すぎて辛い。やばいだろあいつら、何であんなに可愛いんだよ・・・何だ、もしかして俺を殺す気なのか?可愛さで殺す気なのか?思わず、キュン死する所だったぜ・・・」

 ユーリは戦慄していたのだ、自らの娘達の余りの可愛さに。

「あー・・・そっちですかぁ、なるほどなー。でしたらー、可愛い娘さん達にたくさん買ってあげてくださいねー」

 ユーリの様子に心配そうな表情を見せていた店員も、今や死んだ目をして彼にセールストークを繰り広げている。

「そりゃ勿論、幾らでも!!いえね、実は最近懐が暖かくて!可愛い娘達の為なら、幾ら使っても惜しくないって気分なんですよ!ちなみに、さっきの一揃いならお幾らですか?ま、参考までにね」
「えーっと、そうですねちょっと待ってくださいよ・・・あれとあれでしょ、後あそこの奴が入って・・・最近、あのブランドは値上がりしてるから・・・はい、お待たせしました!大体、これぐらいですね!」
「えー、どれどれ・・・」

 店員のセールストークにまんまと乗せられて、ユーリはその財布の紐を緩めている。
 彼が調子に乗って訪ねた服の値段を、店員は算盤のような道具を取り出して、物凄いスピードで計算し始める。
 そうしてその結果を近くの紙へと書き写した彼女は、それをユーリへと示していた。

「えっ!?こ、こんなに・・・?」
「はい。これでも、大分勉強させてもらってるんですよ?」

 その額に、ユーリは思わず硬直する。

「おとーさん!今度はどう!?イケてるでしょ!!」
「わ、私も!可愛いよね、おとーさん!!」

 そんなユーリの横顔に、カーテンが捲れる音が響く。
 そこから現れた二人の娘に、ユーリは油が差し足りないロボットのような動きで振り返っていた。

「お、おぉ・・・ふ、二人とも可愛いぞ」

 ユーリの言葉に、二人は抱き合って喜ぶ。
 そんな彼らの姿を目にしながら、店員は一人ニヤリと口元に笑みを浮かべていた。



「ありがとうございましたー!」

 服飾店を後にする三人の背後からは、勝利を謳う店員の声が響く。
 その声に送り出されたユーリの背中は、はっきりと煤けてしまっていた。

「ねーねー、おとーさん。ボク、どうだったー?可愛かったでしょー?あれ・・・おとーさん?」
「はわわっ!?おとーさん、どーしたの!?ポンポン痛いの!?ほら、痛いの痛いの飛んでけー!痛いの痛いの飛んでけー!」

 そんなユーリの様子に、ネロとプティの二人はオロオロと慌て始める。

「ははは・・・平気平気。そうさ、可愛い娘の為ならこれぐらい・・・」

 自らの周りで何やらワタワタと忙しなく動き始めた二人の姿に、ユーリは乾いた笑みを漏らすとその頭を撫でてやる。
 すると二人は途端に大人しくなり、為すがままにユーリに頭を預けてはうっとりとした表情を見せていた。

「今度、皆でお出かけしような。新しい服を着て」
「「うん!!」」

 暮れていく太陽、茜に染まりだした雲に伸びていく影は三つ。
 それはいつしか一つに重なって、どこまでも続いていくようだった。
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