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第一章 最果ての街キッパゲルラ

新天地へ

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「―――さん、ユーリさん。起きてください、もうすぐ着きますよ」

 ゆさゆさと揺すられる感触に、目覚めよと呼ぶ声がする。
 窓から差し込む光は、朝から昼へと変わりつつある時刻を示していた。
 ・・・朝から昼へ?

「っ!?やばい、寝過ごした!!マルコム、どうしてもっと早く起こしてくれなかったんだよ!?」

 その時間は、とっくに騎士団の始業時間を過ぎてしまっている。
 それに慌てて跳ね起きすぐに着替えを始めているユーリは、自分をこの時間まで放っておいたマルコムへと文句を零していた。

「あぁ、でも良かった。いや実はさ、騎士団を追放される夢を見ちゃって。そんな訳ないよなマルコ、ム・・・?」

 寝心地のいい簡素な作りの寝巻は、何故かすぐには脱げてくれない。
 狭くても手足を伸ばせないほどではない騎士団の宿舎は、何故かこの両手がつっかえるほどに手狭だ。
 そして目の前にいる筈のマルコムは、彼とは似ても似つかない丸々と太った姿になってしまっていた。

「マルコム?違います違います!私ですよ私、マービン・コームズ。おかしいな、昨日ちゃんと自己紹介したと思いましたが・・・ちゃんと伝わっていませんでしたか?」

 目の前の丸々と太った商人風の男性、マービンはユーリの言葉に困ったように頭を掻く。
 周囲には、そんな二人の事を迷惑そうに眺める見知らぬ人々の姿が。
 ガタガタと不規則に揺れては音を立てる室内に、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。
 それは紛れもなく、ここが乗合馬車の中である事を示す光景だった。

「ここ、は?クイーンズガーデンじゃない・・・?ははっ、そうか僕は本当に騎士団を追放されたのか・・・」

 騎士団では許されない朝寝坊、そしてこの見知らぬ景色。
 それらは全て、彼が本当に騎士団を追放されてしまった事を示していた。
 ユーリは乱れた衣服のまま与えられた席に戻り、力なく笑う。

「クイーンズガーデン?何を仰います、ユーリさん!ここは・・・あぁ、ほら。見えてきましたよ!」

 ユーリの言葉に首を捻ったマービンが、窓の外の何かに気付いて声を上げる。
 その声に、乗客の多くも窓の外へと視線を向けていた。

「いや~、噂には聞いていましたが・・・実際に目にするとまた凄い迫力ですねぇ、『グレートウォール』!あれが世界の果てに聳える壁ですか!」

 世界の果てに聳える巨大な壁、グレートウォール。
 それはいつ誰が何の目的で建てたかも分からない、世界の果てに聳える巨大な壁であった。
 その先には死の世界が待っているだの、はたまた何も存在しないなど噂されているが、誰もその本当の事を知らない。
 そんな壁が、窓の向こうに見えていた。

「という事は・・・あぁ、やっぱり!ユーリさん、貴方もそろそろ準備しておいた方がいいですよ」

 窓の外へと視線を向けていたマービンが、何やらいそいそと身支度を整え始めている。
 周囲に目をやれば他の乗客達も、自らの手荷物を弄っては忙しなくし始めていた。
 その理由は、窓の向こう景色に目を向ければ分かる。

「・・・あれが、最果ての街キッパゲルラ」

 世界の果てを閉ざす巨大な壁、グレートウォールに比べればちっぽけな壁に囲まれた街、キッパゲルラ。
 その人類にとって最果ての街は、もうすぐそこにまで迫っていた。



「おい、邪魔だよ」

 城壁に囲まれた都市の中からでは建物の影に遮られ、グレートウォールと言えどその姿を見ることは出来ない。
 そしてその威容がなければ、この最果ての街キッパゲルラも別段、他の街との差は感じられなかった。

「あっ・・・す、すみません」

 まるでその現実が受け入れられないかのようにその場に立ち尽くしていたユーリは、乗合馬車から降りてくる乗客に肩をぶつけられ、慌ててその場から飛び退いていた。

「いやぁ~、最果ての街といっても中に入ってしまえば他と大差ありませんなぁ!もむもむ・・・おや、どうかなさいましたかユーリさん?」

 乗合馬車の乗客がそれぞれの目的の場所へと足を運ぶ中一人、恰幅のいい商人風の男性マービンだけがこちらへと近づいてくる。
 彼はその手に何やらおいしそうな匂いを漂わせるものを持ち、それに齧り付きながら声を掛けてきていた。

「あぁ、これですか?実はこれ、うちが開発した他より二倍長持ちするという干し肉でして!つけ汁にとある工夫することで、美味しさをキープする事にも成功したという逸品なのですよ!どうです、ユーリさんもお一つ?」
「あぁ、どうも・・・」

 ユーリの視線に気が付いたマービンは、手にしていたのとは別の干し肉を取り出してはこちらに押し付けてくる。

「はははっ、腹が減っては何も出来ませんからな!お互いクイーンズガーデンから新天地を求めてこんな所までやってきたのです、共に頑張ろうではありませんか!はっはっはっは!」

 ユーリに干し肉を手渡しそのまま距離を詰めてきたマービンは、彼の背中をバンバンと叩くと愉快そうに笑い声を上げる。

「さて、まずは知り合いへ挨拶しに行きますかな?それより先にグレートウォールを見物に向かうか、いやいやかの英雄アルフリートが没したとされる黄金樹の森を散策するのも悪くない。うむむ、迷いますなぁ」

 そしてマービンはそのまま歩き出すと、何やらぶつぶつと一人呟きながら立ち去っていく。

「げほっげほっ!!はぁ、何だったんだあの人は・・・?」

 マービンの遠慮のない手の平に、ユーリは軽く咳き込んでいる。
 それが止んだ頃には彼の姿は雑踏に紛れ、もう見えなくなっていた。

「・・・あ、本当に美味いなこれ」

 あれだけ騒がしかったマービンも去り、ユーリは見知らぬ街で一人立ち尽くす。
 思えば彼のあの厚かましい態度も、ユーリを心配してのものだったのか。
 口にした干し肉の塩味は、そんなユーリの身体に染み渡るようだった。

「・・・仕事、探すか」

 傷心のまま、少しでも遠くに行きたいと飛び乗った乗合馬車。
 疲れ果て、多くの時間を眠って過ごした旅路に、もはやその方角も分からない。
 それでもユーリは、青春の日々を過ごしたあの場所へと顔を向け呟く。
 遠い地に冷えた身体は、呟いた呼吸を白く霞ませる。
 それが霞んで消えるのを見送って、彼もまた見知らぬ街の雑踏へと紛れていった。
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