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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

凱旋

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「「おめでとうございます!!」」

 その到る所から響いてくる声は、まさに彼の偉業を讃える言葉であった。
 一度ダンジョンから帰還し、アトハース村にまでエヴァン達を送り届けたカイは、彼らと別れたその足で再びダンジョンへと戻ってきていた。
 妙に人気がなく、静かなダンジョンにも、それを管理していたヴェロニカ達の計画を阻止した後と考えれば、それほど不自然なこともない。
 そんなダンジョンを駆け抜けていたカイに、いつのまにか現れた魔物達が口々にお祝いの言葉を投げかけていた。

「ありがとう、ありがとう!!おっ!いたなっ!お前達の働きはちゃんと憶えているからな!後でヴェロニカにも話しておく、期待しているのだぞ!!」

 降り注ぐような賞賛の声に、気分を良くしたカイはその手を大きく振りながら声援へと応えている。
 そんな多くの声の中から、自らと共に戦った魔物達の姿を目敏く発見した彼は、そちらへと指を差すとちゃんとその働きには報いると宣言する。
 このダンジョンの支配者という、天上人とも言えるカイにそんな言葉を掛けられたゴブリンとオーク達は、どちらも驚くように身体を跳ねさせていた。
 それはカイの姿が、彼らが共に戦った男とは違っていたからだろう。

「本当に、あれがリンデンバウム様だったのか・・・しかし結局、あの方は何がしたかったのだ?」

 共に戦ったことで奇妙な連帯感がでてきたのか、ゴブリンのヨヘムとオークのルーカスが肩を並べてカイが駆け去っていく様を眺めている。
 ヨヘムはどうやら、自ら達が守っていたあの商人が本当に彼らの主人であったことに驚いているようで、その振る舞いについて疑問を浮かべては首を捻っていた。

「ふんっ、知るものか。我等としては、彼の者の発言が本当であることを願うばかりだな」
「お、おい!?聞こえるぞ!」 

 そんな彼の疑問など、どうでもいいとルーカスは鼻を鳴らしている。
 彼にとってはカイが今、約束した恩賞の方が気になるようであった。
 このダンジョンの運営にほとんど関われていないオークの、さらに代表ともいえる立場の彼からすれば他の何よりも優先してそれが大事なのも無理はない。
 しかしカイの発言の真偽を疑うようなルーカスの言葉に、彼の後ろに控えていたマルセロがおろおろと頻りに周りを気にしているようだった。

「ありがとう、ありがとう!!いやー、嬉しいなぁ!!」

 鳴り止まない賞賛の声に、カイもいつまでも上機嫌に応えている。
 その賞賛の雨に、彼は疑問を覚えなかったのだろうか。
 彼が為したのは、ダンジョンで遂行している計画を妨害し、勇者の命を助けるという事だ。
 それは本来、謗られて然るべきの事である筈。
 にもかかわらず、この降り注ぐ賞賛の嵐はいかなる事であろうか。
 彼が冷静であったなら、その違和感に気づけたかもしれない。
 しかし彼は今、大仕事をやり終えた達成感の中にいる。
 そんな彼に、今のこの状態が何かおかしいと気付けというのは、酷な話であろう。

「おっ!レクスとニックか!お前達もよく頑張ってくれたな。その働きはちゃんと、ヴェロニカに伝えておくからな!」
「は、ははぁ!ありがたき幸せございます」

 最奥の間へと急ぐ途中で顔見知りの姿を見かけたカイは、僅かにその足を緩めると彼らにも労いの言葉を掛けていた。
 斜めに頭を下げたままの姿勢でカイの事を出迎えていたレクスは、カイの言葉にさらにその角度を深くすると、恐縮の言葉を叫ぶ。
 そんな相棒の姿を、彼の横で同じように頭を下げていたニックは、どこか冷めた表情で眺めているようだった。

「で、結局あの御方は何がやりたかったんだ?結果的に勇者を殺せたから良かったものの・・・俺達が守ってたのは、全然違う奴だったんだろ?」
「それは・・・しかしあの御方の口ぶりすると、あれも計画の内だったのは間違いがないんだろう。いや、そういえば・・・あの人間達の会話からすると、もしかして・・・」

 ニックはやはり、他の魔物達と同じようにカイの行動について疑問を感じているようだった。
 その疑問はレクスにもうまく答えられないものであるようだったが、彼はカイの振る舞いからそれが、ある種の確信を持った行動だと推測する。
 その推測は、やがてある結論へと彼を導いていく。
 それは彼らがカイから執拗に守るように、あるいは危険へと陥れるように要求された、ある少年についてであった。

「なんだよ?何か分かったのか?」
「いや、これは・・・まだはっきりとしたことは分からないんだ。後でクライネルト様にも確認してみないことには・・・」

 レクスが気がついたのは、カイが明らかに重要視していた少年、エヴァンの事だろう。
 周りの人間達から一人守られ続け、身形も一際良かった彼の事を改めて考えたレクスは、それが重要な立場の人間であるのかもしれないと推測していた。
 それは奇しくも、ヴェロニカやダミアンが考えた結論と同じものである。
 その賢しさこそが、彼がこのダンジョンで重用される理由であろう。
 思わせぶりなレクスの言葉に、ニックは何か分かったのかと瞳を輝かせるが、彼はそんな不確かな考えを広める訳にはいかないと口を紡ぐ。 

「あぁ?いいから聞かせろよ!気になるだろ!!」

 しかしそんな半端な所で濁されてしまえば、気になってしまうのが人情というものだ。
 レクスの肩を小突いては、さっさと続きを聞かせろと急かしてくるニックに、レクスはうんざりとした表情をみせていた。

「・・・リンデンバウム様の御姿も見えなくなった。そろそろ俺達も部屋に戻って休むぞ。明日からは恐らく、忙しくなるからな」
「なんだよ、そりゃ?それって、今日はもうやる事はないってことだろ?じゃあ、尚更話せよ!なぁ、いいだろ~?」
「えぇい、うざったい!!纏わりつくな!!大体、疲れてるって話だったろ!なら、さっさと寝ろよもう!!」

 会話をしていた僅かな時間に、駆け抜けていったカイの姿はもはやこの場からは見えなくなっている。
 それならばもはや、この場で出迎える必要もないとレクスは宛がわれた部屋へと帰ろうとしていた。
 見れば、彼らのいる場所の手前の部屋へと集まりカイを出迎えていた魔物達も、続々と寝所へと帰ろうとしている。
 そんな状況にあっても、ニックは先ほどの話の続きが気になるのか、レクスへと纏わりついては離そうとしない。
 レクスはそんな彼の事を必死に引き剥がしては、自らの部屋へと向かう。
 ニックもまだどこか文句がありそうな様子ながら、ゆっくりとしたペースでそれに付き従っていた。
 彼らが立ち去った後のダンジョンには、嵐が過ぎ去った後のような静けさが訪れる。
 それはまるで、再び大きな嵐が巻き起こる、その前兆のような静けさであった。
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