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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

幾千の死を超えて 2

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「そういうのいいから!!さっさと行くよ、マーカス君!!」
「そんな事いわずに!少しだけでいいので、可愛がっていきましょうよ!!ほ、ほら!お昼に貰ったパンの残りがありますから、それをあげてみませんか?」
「い・い・か・ら、行くのー!!」

 マーカスはあの手この手でリタの足を止めようと頑張るが、それが功を奏する事はない。
 そうこうしている間に、その猫は彼の足元を通り過ぎ、彼らが先ほどまでいた部屋の中央へと陣取っていた。

「そこを何とか!!・・・ん?そう言えば、何でこんな所に猫が?もしかして、あれも魔物か何かなのでしょうか・・・?」
「ほらほら、飛ばすよー!!」
「えっ!?ちょ、ちょっと待って・・・ひ、ひぃぃぃぃっ!!?」

 足元を通り過ぎる猫が珍しくなくとも、それがダンジョン内であればおかしいと感じることもある。
 こんな場所にいる筈もないその存在に、マーカスは何とか折り合いをつけようと、それも魔物なのではないかと考え始めていた。
 その思索も、リタがその速度を全速力へと高める間までだろう。
 考え事へと没頭していたマーカスの足がそれに反応出来る訳もなく、急激に速度を上げたリタに彼の身体は引き摺られてしまう。
 その衝撃は、まだ休みきっていない彼の身体には負担だろう。
 それは今も響き続けている、彼の悲痛な叫び声からも窺い知る事が出来た。

「・・・やれやれ、騒がしい連中じゃて」

 猛スピードで走り去っていく二人に、その悲鳴もいつまでも聞こえ続けはしない。
 そうして誰もいなくなったダンジョンの一室に、誰かの呆れるような呟きが響いていた。
 それはどうやらその部屋の中央に陣取り、先ほどまで地面に横たわっては欠伸を漏らしていた猫から聞こえてきたようだった。

「さて、仕事に取り掛かるとするかの。しかし、どこにあったか・・・」

 去っていった二人に対して肩を竦めるような仕草をみせる猫、ダミアンは腰の辺りに手を添えると自らの仕事へと取り掛かっていく。
 彼は伸ばした背筋に僅かに高くなった頭を左右に振ると、何やら何かを探しているようであった。

「おぉ、あれじゃあれじゃ!」

 その探していた何かを見つけた様子のダミアンは、そちらに向かってトコトコと歩み寄っていく。
 しかしそこにはただの地面と虚空が広がるばかりで、何かがあるようにはとても思えなかった。

「ん?なんじゃ、あれは・・・ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。奴めの手先か・・・まぁ、よい。存分に見ておくといい、我らが主の偉業を」

 トコトコと歩くダミアンは、その途中に視界を横切る黒い影の存在へと気付く。
 それは良く見れば、ただの蝙蝠であった。
 こんな洞窟であれば珍しくもないその姿に、彼は意味部かな笑い声を漏らすと、何やらぶつぶつと呟いている。
 それには一体、どんな意味があるのだろうか。
 分かっている事は、このダンジョンにはその通り過ぎていった蝙蝠以外、一匹もその姿を見た事がないということだけであった。

「これぐらいの範囲ならば大丈夫じゃと思うが・・・さて、どうかのぅ」

 ダミアンが軽く払った両手の間に、一瞬雷光が奔ったのは幻か。
 ダンジョンの奥の方を眺めてはなにやらぶつぶつと呟いているダミアンは、広げた両手を目の前の地面へとそっと置いている。
 その瞬間に広がった光は、すぐにその形を定め、やがて魔法陣の姿へと変わっていく。
 その魔方陣は最初こそダミアンの周囲を覆っているだけであったが、それはやがてその部屋全体へと伝わり、今やそこを中心にダンジョンを覆おうと広がり続けていた。

「やれやれ、やはりこの規模ともなると骨が折れるのぅ・・・ダンジョンという概念に、位相空間を被せるというのは、ちと力技過ぎるか?」

 その煌々と輝く真っ赤な光は、まるで命を燃やして輝いているかのよう。
 眩い光に包まれているダミアンはしかし、その小さな身体をさらに小さくしているように見える。
 その顎から伝った汗が、彼の豊かな体毛に吸収されきらずに垂れ落ちたのは、それが後から後から途切れる事なく湧き続けているからか。
 地面を焼きつくように輝いている魔法陣に落ちた汗が、焦げ付いた音を立ててもダミアンの集中が途切れることはない。
 彼は地面へとついた手から伝わる重たい手応えに、その原因が何かと探りを掛けているようだった。

「しかし出来ると言ってしまった手前、ここで諦める訳にはいかんじゃろうて」

 彼がやろうとしている事は、勇者の逃げ道を完全に塞いでしまう事だろう。
 ダンジョンの奥深くにまで誘い込んだ現状に、それは必ずしも必要な事ではないかもしれない。
 しかしと、彼は嗤う。
 こうした仕事が出来てこその、年長者であろうと。
 彼の仕事が生きてくるのは、彼よりも年若い者達が何かを失敗し、その尻拭いをする時だ。
 それこそが自らの仕事だと張り切る彼は、さらに力を込めては両手を突き出している。
 その突き出した両手の周辺が一瞬波立って見えたのは、果たして錯覚だろうか。
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