上 下
270 / 308
カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

カイ・リンデンバウムは何を望むのか 1

しおりを挟む
 針を落としたような静けさに、その空間では呼吸の音すらも憚られる。
 そんな重苦しい空気が漂っているのは、彼らがモニターを通じて先ほど起こった一連の出来事を目撃してしまったからだろう。
 今も空中に展開されているモニターには、同行した冒険者と何やら会話している、彼らの主人の姿が映っていた。

「これは・・・一体、どういう事じゃ?」

 今、その口を開いて呟いたダミアンの仕草は、つい先ほどまであれほどウキウキしていた者と、とてもではないが同一人物だとは思えないほどに重苦しい。
 それもその筈であろう。
 勇者を殺す絶好の機会を、彼らの主人が自ら作ってくださったと解釈しそれを実行してみれば、その主人自らがそれを防いで見せたのだ。
 彼らが訳が分からないと戸惑い、混乱してしまうのも無理のない話しであった。

「もしかすると、わしらは何か勘違いをしてしまったのじゃろうか・・・てっきりカイ様は、ここで仕掛けろと仰ってると思ったのじゃが・・・」

 カイの先ほどの振る舞いを見れば、少なくとも彼があの場で勇者を殺害する事を良しと思っていないことは分かる。
 それほどまでに彼ははっきりと勇者を庇うように動いており、それはまるで命を懸けててでもその存在を守ってみせるという意思が垣間見えていた。
 しかしそれでは、彼のそれまでの行動はどうなってしまうのだろう。
 ダミアン達の見立てでは、彼らの主人は明らかにその場に勇者を誘い出そうと振舞っているように感じられた。
 それがもし間違っていたというのなら、果たして彼は一体何を考えてそれを行っていたというのだろうか。
 ダミアンがそれが全く分からないと、その小さな頭を悩ませているようだった。

「もしかして、ここではまだ早いということだったのかしら?いえ、それだとそれまでの動きの説明が・・・」

 ヴェロニカもダミアンと同じように、何とかカイの動きを理由を理解しようと必死に頭を捻っているようだったが、一向に答えが見つからないようだった。
 確かに彼女が考えるように、今回の仕掛けは本来の計画よりも早いものではある。
 しかしそうしようと彼女達が考えたのも、カイの動きがあってこそである事を思うと、それが理由であったとも考えづらかった。

「あれかの、カイ様に同行しておった者達がおったじゃろう?あれも巻き込まれそうじゃったから、それを嫌ったとは考えられんか?」

 主人の考えとその振る舞いに、明確な答えが見つからなければ、多少苦しい言い訳でも考えてしまうというもの。
 ダミアンはカイの不可解な振る舞いに、無理矢理な答えを見つけ出していた。
 それは勇者を抹殺するのを妨害してまで、ただの人間を救いたかったのではというものであった。

「ダミアン、貴方それ本気で言っているの?勇者の首よりも、あんな人間二人の命を優先する?そんな事がありえる訳ないでしょう?」

 そんな滅茶苦茶な考えは、当然すぐさまヴェロニカによって否定される。
 今回の計画は、カイがこのダンジョンに訪れる前から考えていたかもしれない壮大なものだ。
 そんな計画を、たかだか人間二人の命と引き換えに台無しにするなどと、ありえる訳もない。

「勿論分かっておる、分かっておるがしかし・・・もはや、そうとしか考えられはしないかのぅ?」

 軽蔑の色すら覗かせた冷たい瞳を向けてきたヴェロニカに、ダミアンはどこかしゅんとしながらも、自らの意見にも一理あるのだと主張している。
 確かに先ほどのカイの動きは、どちらかというと勇者を救いたかったというより、その先にいた二人の人間を助けたかったように見えた。
 そう考えれば確かにダミアンの主張も筋が通っているように感じられたが、果たして勇者を抹殺するチャンスをふいにしてまで、助けたい人間など存在するのだろうか。

「そんな価値のある人間がいる訳が・・・もしかして!ねぇ、ダミアン。あの人間達の中には、貴族と呼ばれる者もいるという話だったわよね?」

 勇者を抹殺するチャンスをふいにしてまで助けるとなると、それはよほど特別な立場にある人物という事になってくる。
 そんな人間などいる訳がないと、ダミアンの意見を否定しようとしたヴェロニカはしかし、その可能性のある人物がそこにはいたことを思い出していた。

「?そうじゃな、確かあの少年が・・・!なるほど、そういう事か!!」 

 そしてそれは、まさにカイが助けようとしていた少年であるとダミアンも思い出す。
 しかし貴族の子弟というだけで、勇者の命よりも優先すべき価値があるとは思えない。
 それでもダミアンはなにか納得するように頷くと、それに相応する理由を思いついたようだった。

「えぇ、貴方の考えるとおりでしょうねダミアン。カイ様は勇者を抹殺するだけではなく、その先の事も考えておられるのよ」
「その通りよの、ヴェロニカ。まさかそこまでお考えとは・・・全く頭が下がるわい」

 彼らはカイのその行動が、この先の事を考えてのものだと解釈する。
 カイの考えを勝手に先読みし感心している二人は、その余りに深い見識に恐れ戦くように僅かに身体を震わせてすらいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。  しかし、ある日―― 「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」  父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。 「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」  ライルは必死にそうすがりつく。 「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」  弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。  失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。 「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」  ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。  だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...