上 下
224 / 308
カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

メイドは内密に話したい 2

しおりを挟む
「お二人の実力を疑うなど・・・滅相もございません。私が相談したかったのは、エヴァン坊ちゃんの事なのです」
「あの坊ちゃんの?確かに、ふらふらしてて危なっかしいが・・・こっちの言う事は素直に聞いてくれるし、そこいらの糞貴族共と比べれば対して問題にもならないぞ?なぁ、ケネス?」
「だから、言い方!う、うぅん!確かにコレットさんが心配するのも無理はありませんが、安心してください。僕達はこうした仕事も経験積みですから」

 真顔のままで首を横に振り、彼らの実力を疑う訳ではと否定を口にするアビーは、エヴァンの事で相談があるのだと二人に告げていた。
 その言葉に今だにふらふらとそこらを彷徨っているエヴァンへと目を向けたエルトンは、僅かな納得を示しながらも疑問を口にしている。
 危ない所を助けに入ったためか、エヴァンの彼らに対する態度は素直で真っ直ぐなものだ。
 今までに貴族に関わる仕事も数多くこなしてきた二人からすれば、そんな彼は大変扱いやすくアビーが心配するような事はないように思われた。

「いえ、そうではないのです。お二方、坊ちゃまの格好を見て、どう思いましたか?」
「格好?そりゃ、やっぱり金かかってんなって・・・あぁ、そういやあの子が持ってた奴に似てるな、あれ。似せて作ったのか?」
「あの子って、リタの事?確かに良く似てるけど・・・そういえばあの髪も・・・えっ、もしかしてそういう事?」

 自分たちの仕事ぶりについて疑われたと感じている二人に、アビーはそうではないとエヴァンの方を示していた。
 エヴァンの姿を改めて見るまでもなく、その服装の高級さは伝わっている。
 しかしその背中に背負っている大剣の姿を目にすれば、いつか見た存在に思いを馳せることもある。
 エルトンが口にした言葉に、かつて酒場で出会った少女リタを思い出したケネスは、その姿を真似ているようなエヴァンの格好に、アビーが言いたい事を悟りつつあった。

「おや、お二人は勇者様ご本人と顔見知りでございましたか。であれば、尚更でございます。近々あのダンジョンには、勇者様ご本人が訪れるという噂。その際にも坊ちゃんの気分が損なわれないよう、勇者ごっこにお付き合いいただければと、お願いしたいのでございます」

 エルトンとケネスの二人が勇者本人と顔見知りであった事に、僅かに驚いた様子を見せたアビーは深々と頭を下げると、彼らへとエヴァンの勇者ごっこに付き合ってくるよう頼み込んでいた。

「はぁ?勇者ごっこ?何だそりゃ?」
「うわぁ・・・やっぱり、そういう・・・その、そういった事は僕達にはちょっと・・・」

 彼女の言葉にエルトンは訳が分からないと疑問符を顔一杯に浮かべ、ケネスは頭を抱えて肩をがっくりと落としている。
 ケネスからすれば実入りが良く楽な仕事だと思っていた案件が、一気に複雑で面倒臭いものになったのだ、それは肩を落としたくもなるというものであろう。

「勿論、追加の報酬は弾ませてもらいます。これでいかがでしょうか?」
「いや、報酬がどうとか言う話ではなくてですね・・・えっ、こんなに!?」

 自らの頼みに難色を示すケネスに対して、アビーはなにやら手元で報酬の増額について示しているようだった。
 これは報酬の問題ではないと話すケネスも、冒険者としての本能だろうか、自然とその手元を覗き込んでいる。
 そこに示されていた金額は、彼が思わず驚きの声を上げてしまうほどのものであった。

「今回の件が問題なくが終われば、さらに追加で・・・」
「嘘でしょ!?こんな額、下手すれば僕達の一年分の稼ぎに匹敵するんじゃ・・・」

 報酬の額を目にした事で明らかに気持ちが揺らいでいるケネスに対して、アビーはさらに畳み掛けるように報酬の追加について話している。
 その額が如何ほどのものかは分からないが、ケネスの顔色が興奮の暖色から、青ざめた色に変わるほどのものであるのは確かなようだった。

「何だか知らねぇけど、報酬を弾むってんなら別にいいじゃねぇか?用はあの坊ちゃんのお遊びに付き合えって話だろう?」

 報酬の多さに目が眩みそうになっていたケネスに、追い討ちをするようなエルトンの声が届く。
 彼は報酬が弾まれるならば、お遊びにぐらい幾らでも付き合ってやるとのたまっている。
 そんな彼の態度は、冒険者らしい豪快さや度量の深さを示すものだろうか。
 いいや、違う。

「エルトン・・・お前はいいよな、それで。面倒臭いことは全部、俺に押し付ければいいんだから」
「はははっ!ばれたか」

 彼は面倒臭い事は全て、相棒へと押し付ける腹積もりであったのだ。
 それをすぐに見抜いたケネスは、ジトッと伏せた瞳をエルトンへと向けている。
 ケネスのそんな振る舞いに、エルトンは悪びれることもせずに豪快な笑い声を上げていた。

「それで、お引き受けくださるでしょうか?坊ちゃんもあのように懐いておられるご様子、私としては出来ればお二方にお願いしたいのですが・・・」
「うぅん・・・しかしですね」
「何も、難しく考える必要はありません。普通に冒険を楽しませてくだされば、良いのです。ただ、本物の勇者様と遭遇した場合は坊ちゃまの気分を害さないように、誤魔化してくださるようお願いしたいというだけで」

 エルトンの言葉に風向きが良くなった事を察したアビーは、すぐさま言質を取ろうとケネスに問い掛ける。
 しかしそんな状況になっても、ケネスは頑なに首を縦には振ろうとはしない。
 そんな彼の様子に、アビーは決して難しいことを頼んでいるのではないと彼に語りかけていた。

「それなら問題ないだろ?あの子が本当にこっちに来るかなんて、分からねぇんだから。偶然すれ違う事なんて、ないない!」
「うーん・・・それもそうか。分かりました、この件引き受けさせてもらいます」

 勇者であるリタがあのダンジョンに来るかもしれないという事を、まさにその場で耳にした彼らも、彼女がこの場に現れたという話は聞いてはいない。
 あの場の雰囲気ではすぐにでもやって来そうなものであったが、今だにその影もないという事は、そもそも彼女はここにはやって来ないかもしれない。
 そうであるならばこの仕事は、普通に貴族の坊ちゃまのレクリエーションに付き合うだけのものとなる。
 それであの報酬であるのならば断る理由はないと、ケネスはようやく決断を下していた。

「それは、ようございました。それではお二方、先ほどの件くれぐれもお願いいたします」
「おぅ!頼んだぜ、ケネス!」
「・・・はいはい、分かりました分かりましたよ!ったく、いっつもこれだ・・・」

 ケネスの決断にニコリともしないまま軽く頷いたアビーは、そのまま彼らに先ほどの話を必ず守るようにと言い聞かせている。
 その言葉に先に応えたのは、その責任を欠片ほども負う気のないエルトンであった。
 彼は威勢良く了承の声を上げると、ケネスの背中を叩いては全部任せるとのたまっている。
 そんな彼の態度にケネスが小言を零すだけで受け入れたのは、長年の付き合いがなせる業か。

「それではお二方、食事を取りに参りましょう。坊ちゃまもそろそろ限界の筈・・・おや?」

 相談の間にも列は進み、彼らの番になるまでそう間がない状況となっている。
 二人との秘密の相談も終わり、これ以上エヴァンを一人にしておく必要もなくなったアビーは、手早くそれを済ませてしまおうと、そちらへと意識を移していた。
 彼女はその前に一度、エヴァンが今どうなっているかを確認しようとそちらへ視線を向ける。
 その視線の先には、意外な事に席を確保することに成功している、エヴァンの姿が映っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル【海】ってなんですか?

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜 ※書籍化準備中。 ※情報の海が解禁してからがある意味本番です。  我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。  だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。  期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。  家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。  ……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。  それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。  スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!  だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。  生命の海は思った通りの効果だったけど。  ──時空の海、って、なんだろう?  階段を降りると、光る扉と灰色の扉。  灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。  アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?  灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。  そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。  おまけに精霊の宿るアイテムって……。  なんでこんなものまで入ってるの!?  失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!  そっとしておこう……。  仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!  そう思っていたんだけど……。  どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?  そんな時、スキルが新たに進化する。  ──情報の海って、なんなの!?  元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

森に捨てられた俺、転生特典【重力】で世界最強~森を出て自由に世界を旅しよう! 貴族とか王族とか絡んでくるけど暴力、脅しで解決です!~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 事故で死んで異世界に転生した。 十年後に親によって俺、テオは奴隷商に売られた。  三年後、奴隷商で売れ残った俺は廃棄処分と称されて魔物がひしめく『魔の森』に捨てられてしまう。  強力な魔物が日夜縄張り争いをする中、俺も生き抜くために神様から貰った転生特典の【重力】を使って魔物を倒してレベルを上げる日々。  そして五年後、ラスボスらしき美女、エイシアスを仲間にして、レベルがカンスト俺たちは森を出ることに。  色々と不幸に遇った主人公が、自由気ままに世界を旅して貴族とか王族とか絡んでくるが暴力と脅しで解決してしまう! 「自由ってのは、力で手に入れるものだろ? だから俺は遠慮しない」  運命に裏切られた少年が、暴力と脅迫で世界をねじ伏せる! 不遇から始まる、最強無双の異世界冒険譚! ◇9/25 HOTランキング(男性向け)1位 ◇9/26 ファンタジー4位 ◇月間ファンタジー30位

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
人類がリアルから撤退して40年。 リアルを生きてきた第一世代は定年を迎えてVR世代との共存の道を歩んでいた。 笹井裕次郎(62)も、退職を皮切りに末娘の世話になりながら暮らすお爺ちゃん。 そんな裕次郎が、腐れ縁の寺井欽治(64)と共に向かったパターゴルフ場で、奇妙な縦穴──ダンジョンを発見する。 ダンジョンクリアと同時に世界に響き渡る天からの声。 そこで世界はダンジョンに適応するための肉体を与えられたことを知るのだった。 今までVR世界にこもっていた第二世代以降の若者達は、リアルに資源開拓に、新たに舵を取るのであった。 そんな若者の見えないところで暗躍する第一世代の姿があった。 【破壊? 開拓? 未知との遭遇。従えるは神獣、そして得物は鈍色に輝くゴルフクラブ!? お騒がせお爺ちゃん笹井裕次郎の冒険譚第二部、開幕!】

処理中です...