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裏切り者達

崩壊 1

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「幸也兄ちゃん!!」

 駆け出した足に、踏み込んだ雪につく足跡は浅い。
 それはその足跡の主が、まだ子供だったからだろうか。
 それとも止んだ吹雪に、積もった新雪が少なくなっていたからだろうか。
 吹雪が閉ざした視界が晴れても、まだ薄暗い時間には見通しが利くことはない。
 それでも燃え盛る建物を見詰め、寄り添うように立っている二人の男女の姿ははっきりと目にすることが出来た。

「翔君!無事だったんだね!良かった・・・」

 こちらへと駆け寄ってくる翔へと両手を広げ、その身体を受け止めた匂坂は、その無事を確認するように強く抱きしめている。
 彼に抱きとめられた翔もまた、その身体を嬉しそうに強く抱きしめ返していたが、すぐに悲しそうにぐずり始めてしまっていた。

「うん、でも・・・でも!サブ兄ちゃんが、サブ兄ちゃんが!!」
「サブさん?彼に何が・・・まさかっ!?まだ中に!?」

 自らを逃がし、中に残ったサブの事を心配する翔は、それを涙ながらに訴えている。
 彼の必死の訴えにサブがまだ中に残っている事を察した匂坂は、慌ててそちらへと目を向けていた。
 しかし今も燃え盛っているロッジはもはや、人の立ち入りを許すような様相ではなかった。

「・・・飯野さん、翔君を頼みます」
「っ!?無理だよ、匂坂君!!あんな所に戻ったら・・・生きて帰れる訳ない!!」

 それでもと、匂坂は翔を隣に寄り添っていた飯野へと託す。
 それは彼が、サブを探しに行くために燃え盛るロッジへと戻ることを意味していた。
 それが自殺行為なのは、子供にだって分かる。
 翔の事を匂坂から託された飯野は、彼のそんな行動を見過ごせないと声を上げる。

「・・・あそこにはまだ、滝原だっているかもしれない。見捨てられないよ」
「あいつの事なんか!君の事を殺そうとしたんだよ!!そんな奴、助ける事ない!!」

 飯野へと託した翔の頭を軽く撫でた匂坂は、彼女へと向き直りそこへと行かなければならない理由を語る。
 多くの者達が命を失ったその建物に、残っている可能性がある者は少ない。
 それでも確実に残っていると思われるものはまだ、数人存在する。
 その中の一人である滝原を見捨てられないと語る匂坂に、飯野はあんな奴放っておけばいいと叫んでいた。

「だからって、見捨てられない!それに、あの子もまだ・・・」
「あの子?一体誰の話・・・?」
「いや、何でもない。とにかく、行かないと」

 例え一度は命を狙われたとしても、彼を見捨てることは出来ない叫び返した匂坂は、同時にあの時出会った少女の事も気になっているようだった。
 その少女が、そのロッジで惨劇を引き起こした殺人鬼である事を、彼は知らない。
 それは飯野も同じであった。
 彼女からすれば何の事かも分からないその呟きに、匂坂は何か後ろめたいものを感じ、先を急ぐ。
 その先には、今にも崩れ落ちそうな燃え盛るロッジの姿があった。

「こんなものでも、少しは足しに!ううっ!?つ、冷たい・・・!!」

 覚悟を決めてロッジへと足を向ける匂坂は、その途中で積もった雪を掬っては自らの身体に塗りつけている。
 さらさらと流れる新雪は、彼の表面を滑って落ちるばかり。
 それでも僅かに残ったそれらは、確かな冷たさを彼に伝えてくる。
 その冷たさに奮え、白い息を吐き出した匂坂は、改めて覚悟を決めるとロッジに向かって進みだそうとしていた。

「よ、よし!これなら―――」
「うぉぉぉぉっらぁぁぁっ!!!」

 その時、近くの窓を突き破って誰かが飛び出してくる。
 それは安っぽい金髪を短く刈り上げ、派手な服装を身に纏ったチンピラ風の男、サブその人であった。

「っう~・・・な、何とかなったか?ふぅ~・・・やべぇやべぇ、危うく死ぬ所だったぜ」

 勢いよくロッジから飛び出し、新雪が降り積もる地面へと不恰好に転がったサブは、ようやく落ち着いた背中にそこへと振り返りながら、冷や汗を垂らしていた。
 その身体には、恐怖から垂らしたのではない汗も全身から滴っている。
 彼が纏う衣服の端々の焦げた痕を見れば、彼が如何にギリギリの所から生還したかが窺えるだろう。

「さ、サブさん?無事だったん―――」
「サブ兄ちゃん?サブ兄ちゃーーーん!!!」

 覚悟を決めて、死地へと赴こうとした瞬間に、その救おうとした相手が飛び出してくる。
 そんな面食らう展開に戸惑っていた匂坂は、その相手に声をかけるタイミングも別の誰かに奪われてしまう。
 サブの生還に、誰よりも彼の事を待ち望んでいた翔が、飯野の手を振り切って彼へと飛び込んでいく。

「うおっ!?か、翔か?お前も無事だったんだな!!」
「うん、うん!!」

 いきなり飛び込んできた翔に、彼の事をうまく受け止め切れなかったサブはそのまま、雪の中へと倒れこんでしまう。
 そんな仕打ちにも彼が嬉しそうにしていたのは、それがお互い無事を願いあっていた存在だからか。
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