上 下
68 / 70
裏切り者達

崩壊 1

しおりを挟む
「幸也兄ちゃん!!」

 駆け出した足に、踏み込んだ雪につく足跡は浅い。
 それはその足跡の主が、まだ子供だったからだろうか。
 それとも止んだ吹雪に、積もった新雪が少なくなっていたからだろうか。
 吹雪が閉ざした視界が晴れても、まだ薄暗い時間には見通しが利くことはない。
 それでも燃え盛る建物を見詰め、寄り添うように立っている二人の男女の姿ははっきりと目にすることが出来た。

「翔君!無事だったんだね!良かった・・・」

 こちらへと駆け寄ってくる翔へと両手を広げ、その身体を受け止めた匂坂は、その無事を確認するように強く抱きしめている。
 彼に抱きとめられた翔もまた、その身体を嬉しそうに強く抱きしめ返していたが、すぐに悲しそうにぐずり始めてしまっていた。

「うん、でも・・・でも!サブ兄ちゃんが、サブ兄ちゃんが!!」
「サブさん?彼に何が・・・まさかっ!?まだ中に!?」

 自らを逃がし、中に残ったサブの事を心配する翔は、それを涙ながらに訴えている。
 彼の必死の訴えにサブがまだ中に残っている事を察した匂坂は、慌ててそちらへと目を向けていた。
 しかし今も燃え盛っているロッジはもはや、人の立ち入りを許すような様相ではなかった。

「・・・飯野さん、翔君を頼みます」
「っ!?無理だよ、匂坂君!!あんな所に戻ったら・・・生きて帰れる訳ない!!」

 それでもと、匂坂は翔を隣に寄り添っていた飯野へと託す。
 それは彼が、サブを探しに行くために燃え盛るロッジへと戻ることを意味していた。
 それが自殺行為なのは、子供にだって分かる。
 翔の事を匂坂から託された飯野は、彼のそんな行動を見過ごせないと声を上げる。

「・・・あそこにはまだ、滝原だっているかもしれない。見捨てられないよ」
「あいつの事なんか!君の事を殺そうとしたんだよ!!そんな奴、助ける事ない!!」

 飯野へと託した翔の頭を軽く撫でた匂坂は、彼女へと向き直りそこへと行かなければならない理由を語る。
 多くの者達が命を失ったその建物に、残っている可能性がある者は少ない。
 それでも確実に残っていると思われるものはまだ、数人存在する。
 その中の一人である滝原を見捨てられないと語る匂坂に、飯野はあんな奴放っておけばいいと叫んでいた。

「だからって、見捨てられない!それに、あの子もまだ・・・」
「あの子?一体誰の話・・・?」
「いや、何でもない。とにかく、行かないと」

 例え一度は命を狙われたとしても、彼を見捨てることは出来ない叫び返した匂坂は、同時にあの時出会った少女の事も気になっているようだった。
 その少女が、そのロッジで惨劇を引き起こした殺人鬼である事を、彼は知らない。
 それは飯野も同じであった。
 彼女からすれば何の事かも分からないその呟きに、匂坂は何か後ろめたいものを感じ、先を急ぐ。
 その先には、今にも崩れ落ちそうな燃え盛るロッジの姿があった。

「こんなものでも、少しは足しに!ううっ!?つ、冷たい・・・!!」

 覚悟を決めてロッジへと足を向ける匂坂は、その途中で積もった雪を掬っては自らの身体に塗りつけている。
 さらさらと流れる新雪は、彼の表面を滑って落ちるばかり。
 それでも僅かに残ったそれらは、確かな冷たさを彼に伝えてくる。
 その冷たさに奮え、白い息を吐き出した匂坂は、改めて覚悟を決めるとロッジに向かって進みだそうとしていた。

「よ、よし!これなら―――」
「うぉぉぉぉっらぁぁぁっ!!!」

 その時、近くの窓を突き破って誰かが飛び出してくる。
 それは安っぽい金髪を短く刈り上げ、派手な服装を身に纏ったチンピラ風の男、サブその人であった。

「っう~・・・な、何とかなったか?ふぅ~・・・やべぇやべぇ、危うく死ぬ所だったぜ」

 勢いよくロッジから飛び出し、新雪が降り積もる地面へと不恰好に転がったサブは、ようやく落ち着いた背中にそこへと振り返りながら、冷や汗を垂らしていた。
 その身体には、恐怖から垂らしたのではない汗も全身から滴っている。
 彼が纏う衣服の端々の焦げた痕を見れば、彼が如何にギリギリの所から生還したかが窺えるだろう。

「さ、サブさん?無事だったん―――」
「サブ兄ちゃん?サブ兄ちゃーーーん!!!」

 覚悟を決めて、死地へと赴こうとした瞬間に、その救おうとした相手が飛び出してくる。
 そんな面食らう展開に戸惑っていた匂坂は、その相手に声をかけるタイミングも別の誰かに奪われてしまう。
 サブの生還に、誰よりも彼の事を待ち望んでいた翔が、飯野の手を振り切って彼へと飛び込んでいく。

「うおっ!?か、翔か?お前も無事だったんだな!!」
「うん、うん!!」

 いきなり飛び込んできた翔に、彼の事をうまく受け止め切れなかったサブはそのまま、雪の中へと倒れこんでしまう。
 そんな仕打ちにも彼が嬉しそうにしていたのは、それがお互い無事を願いあっていた存在だからか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死が二人を分かつまで

KAI
キャラ文芸
 最強の武術家と呼ばれる男がいた。  男の名前は芥川 月(あくたがわ げつ)殺人術の空術を扱う武人。  ひょんなことから、少女をひとり助け出したが、それが思いもよらない方向へと彼の人生を狂わせる!  日本の・・・・・・世界の『武』とはなにか・・・・・・  その目で確かめよ!!

「サヨナラを大好きな君にあげるから」

悠里
キャラ文芸
主人公 きいちゃん 貧乏神 役目は、人に気づきを与えること。 気付いてもらって、幸せになってほしいとずっと思ってる。 でも、なかなか、気付いてもらえなくて、少し寂しいなと思いながらずっと、過ごしてきた。 ある日、今住み着いているところの男の子が、事故で頭を打って入院。 帰ってきた男の子が、きいちゃんを見て、誰?と言った。 僕が見えるの? 話せるの?  貧乏神のきいちゃんと、その家の男の子ヒロくんとの、 ほのぼのな。ちょっと切ない、お話です。 神様とかめちゃくちゃ調べて書いてるというよりは、 ネットでさーっと読んだ神様の説明から自由に妄想した物語です。 童話を読んでるみたいな緩い気持ちで読んでもらえたら、ありがたいです(^^) 読んだ後は、ほっこりしてもらえたらいいなと思ってます。 楽しんでいただけましたら。 感想など頂けたら嬉しいです。

和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね
キャラ文芸
1期 少女と白狐の悪魔が和菓子屋で働く話です。 2018年4月に完結しました。 2期 死んだ女と禿鷲の悪魔の話です。 2018年10月に完結しました。 3期 妻を亡くした男性と二匹の猫の話です。 2022年6月に完結しました。 4期 魔女と口の悪い悪魔の話です。 連載中です。

命姫~影の帝の最愛妻~

一ノ瀬千景
キャラ文芸
ときはメイジ。 忌み子として、人間らしい感情を知らずに生きてきた初音(はつね)。 そんな彼女の前にあらわれた美貌の男。 彼の名は東見 雪為(さきみ ゆきなり)。 異形の声を聞く不思議な力で、この帝国を陰から支える東見一族の当主だ。 東見家当主は『影の帝』とも呼ばれ、絶大な財と権力を持つ。 彼は初音を自分の『命姫(みことひめ)』だと言って結婚を申し出る。 しかし命姫には……ある残酷な秘密があった。 和風ロマンスです!

理容師・田中の事件記録【シリーズ】

S.H.L
キャラ文芸
床屋の店主である田中が逮捕される物語

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ピエロの嘲笑が消えない

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。

キラースペルゲーム

天草一樹
ミステリー
突如見知らぬ館に監禁された十三人の男女。彼らはそれぞれ過去に完全犯罪を成し遂げた者たちであり、それゆえにとある実験兼ゲームの栄誉ある被験者として選ばれた。そのゲームの名は『キラースペルゲーム』。現代の科学では解明されていない、キラースペルという唱えるだけで人を殺せる力を与えられた彼らは、生き残りが三人となるまで殺し合いをするよう迫られる。全員が一筋縄ではいかない犯罪者たち。一体誰が生き残り、誰が死ぬのか。今ここに究極のデスゲームが幕を開ける。

処理中です...