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裏切り者達

彼女達の決着 2

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「ふふっ、ふふふっ、あーはっはっは!!あらあら、当てが外れちゃったんじゃないの?もう諦めたら?」
「っ!あんたもそれは、同じでしょうが!!」

 しかしそれも、僅かな間だけだ。
 足早に立ち去っていったサブ達の姿が消えるや否や、百合子が呆気に取られている隙をついて攻撃を再開した一華は、彼女を煽るような言葉を囀っている。
 その攻撃を百合子が何とか凌いだのは、一華のそんな行動を事前に予想していたからか。

「ふんっ、さっきから防戦一方じゃない。いい加減諦めて、楽に・・・ははぁん、そういう事」

 凌がれてしまった乾坤一擲の奇襲に、一華は鼻を鳴らす。
 身長的にも勝っているためか、常に上から百合子の押し込んでいる一華であったが、それは彼女に致命傷を与えるまでに至らない。
 それは百合子が防戦に徹しているというのも、理由の一つだろう。
 これでは埒が明かないと感じた一華は、それを止めさせようと挑発の言葉を吐くが、彼女はその途中に百合子のある狙いを感じ取っていた。

「・・・何ですか?気持ち悪い」

 お互いに組み合いながら交わす会話は、吐息に混じった体温を感じ取れてしまうほどに近い。
 そんな距離でしたり顔を披露しては、意味深な声を漏らす一華に、百合子は純粋な嫌悪感から表情を歪めてしまっていた。

「あんた、もしかして・・・応援が来るのを待ってる訳?あの、匂坂とかいうガキの事を」
「・・・それが、何か?」

 しかし一華が勿体つけては口にした事実は、百合子にとってまさに核心を突くものであった。
 一華に強い恨みを持ち、彼女を殺そうとする動機を持ち合わせている匂坂が、この場に表れさえすれば百合子の勝利は確定するだろう。
 彼女はそれを待つために、防戦に徹し時間を稼いでいたのだ。
 その思惑を明かされた百合子は、僅かに言葉を詰まらせると、今度は睨みつけるように一華へと目を向ける。

「彼は貴女に強い恨みを抱いている。それに貴女を殺す動機も持ち合わせている。彼が間に合えば、貴女なんて―――」
「あいつなら来ないわよ」

 匂坂さえこの場に間に合えば自分の勝利は確定するという、強い自信を抱いている百合子はそれを誇るように一華へと捲くし立てている。
 それは自らの勝利を謳う、前奏曲となる筈であった。
 しかしそれは、一華が告げた事実によって、あっさりと瓦解してしまう。

「は・・・?」
「滝原ってしょうもない男がいたでしょ?あいつを焚き付けて、匂坂を殺すように唆したのよ。ま、あれの事だからどうせ仕留めるなんて無理でしょうけど・・・足止めぐらいにはなるんじゃないかしら?」

 断ち切られた頼みの綱に、百合子は疑問の声を緩んだ口から漏らすことしか出来ない。
 そんな彼女の表情に気分良くした一華は、その身体から両手を離すと、得意げに自分が行ったことを語り始める。
 彼女は予測した力也の死から匂坂の存在が危険になると考え、それを排除するために滝原が抱いていた不満を利用していた。
 彼女にとってそれは、保険程度の意味合いでしかなかったのかもしれないが、今この場にやってこない匂坂を思えば、それは完全に的中しているといえる。

「どう?これで分かったかしら、貴女では私に勝てないって事が」
「・・・そう、ですね。これでは、もう・・・」

 勝利を確信し、その余裕に両手を広げて勝ち誇る一華の姿に、百合子は絶望したようにその場に膝をついてしまっていた。
 それは彼女達の争いに、決着がついたことを知らせる合図だろうか。
 少なくともその姿に満足げな笑みを漏らした一華は、彼女に止めを刺すために、とっくに手放してしまっていた自らの武器を拾おうと踵を返している。

「―――奥の手を使うしかないですね」

 こちらに背中を見せた一華の姿に、床へと膝をついた百合子は静かに自らのポケットへと手を忍ばせる。
 そこにはかつて自らのスマホから取り外し、ポケットへと仕舞っておいたアクセサリーのかたまりが存在していた。
 その中の一つを掴み取った百合子は、そのまま一華の背後へと忍び寄る。
 そうして取り出したアクセサリーは、小指の先ほどの刃先が飛び出す隠し武器であった。

「っ、何を!?」
「油断するのが、悪いんだよぉぉぉ!!!あーっはっはっは!!!」

 その短い刃では、致命傷を与えるのは難しいだろう。
 しかし場所を慎重に選べば、命を刈り取ることも出来る。
 そうして百合子は、一華の首筋へとその刃を突きつけていた。

「勝ったと思った?ねぇ、勝ったと思ったの!?そんな訳ねーだろ、馬ーーーーーー鹿!!!」

 首筋に伝う頚動脈を掻き切れば、その流れ出る血流は致命の量へと届くだろう。
 一華の命を完全に握ったことで勝ち誇る百合子は、先ほどまでの彼女の振る舞いをこき下ろしては笑い転げている。
 そんな百合子の振る舞いにも、命の握られた一華には抵抗する術は残されおらず、悔しそうに唇を噛み締めることしか出来なかった。

「ね、ねぇ・・・ここら辺で、お互い手打ちにしない?もう十分でしょう?」
「はぁ?何言ってんの、叔母さん」

 首筋には先を突きつけられ抵抗する術が残されていない一華は、もはや形振り構わずに命乞いの台詞を並び立てている。
 そんな彼女の振る舞いに、百合子は何を今更と白けた態度を見せていた。
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