上 下
54 / 70
裏切り者達

再会する親子 3

しおりを挟む
「はははっ、銃なんて持ち出しますか・・・見なさい翔!所詮こいつも、ヤクザの下っ端だ!ただのチンピラなんだ!!そんな奴についていったって仕方がないだろう!!そんな奴より、お父さんの所に来なさい!」

 正しそれは、相手が正気だった場合の話しだ。
 自らに銃を突きつけられても、大助はまるでそれを気にしていないように振舞っている。
 それどころか、彼はそんなものを持ち出してきたサブを非難しては、翔に自らの方に来なさいと主張し始めていた。
 翔を取り返すための正当性を得た、大助の足は速い。
 それは彼らの間にあった距離を、あっという間に埋めてしまっていた。

「っ!?う、撃つからな!本当に撃つからな!!死んでも恨むなよ!!」

 急速に間合いを詰めてくる大助に、余裕がなくなったサブはその引き金へと力を込める。
 サブがそれでも急所を避けて銃口を下に向けたのは、彼の優しさか、それとも臆病だっただけか。
 定まらない照準はしかし、確実に大助の身体を捉えた瞬間に引き金を引かれていた。

「あ、あれっ!?な、何で!?」
「・・・撃ったな?今、僕のこと撃ちやがったなぁぁぁ!!!」

 引いた筈の引き金はカチリという音だけを返して、何も望んだ結果を齎さない。
 それは扱いなれていない銃に、サブがセーフティーを解除していなかった結果だろう。
 しかし明らかに引かれた引き金に、それを向けられていたものからすればそれは、命を脅かされたも同じ事だ。
 その事実に怒り狂う大助は、近づいてきた勢いそのままにサブの事を突き飛ばしてしまっていた。

「僕を殺そうとしたな!!えぇ!?僕を殺そうとしたんだよな!!?どうなんだ、答えろ!!」

 床へと突き飛ばしたサブへと、そのまま馬乗りになった大助は、自らの拳が痛むことも気にせずに、ただただ全力で彼の顔面を殴り続けている。
 ある程度鍛えてはいるが細身のサブと、中年太りにでっぷりと肉のついた大助では、その体重差は圧倒的だ。
 そのため下になってしまったサブに、それを覆す術などない。
 今はまだ、何とか顔面をガードしているサブも、いつかそれすら満足に出来なくなるだろう。
 それは彼の命が、後数分の命である事を示していた。

「父さん。止めて、止めてよ・・・」

 それを止められる者がいるとすれば、一人しかいない。
 その一人である翔は、サブが突き飛ばされた際に手放してしまった銃を拾い、それを大助へと突きつけている。
 子供の腕ではそれは重いのか、プルプルと震える銃口はしかし、はっきりと彼の父親へと向かっていた。

「・・・翔?止めなさい、翔。それは、子供が触れていいようなものじゃない。今すぐ、そこに置くんだ。いいね」

 サブを殴り続けた事で血塗れになっている腕を掲げて、大助はすぐにその銃を手放すように翔に語りかけている。
 サブが解除出来なかったセーフティーを、翔が解除出来るとも思えない。
 しかし先ほど激しく床へと叩きつけられたそれが、偶然セーフティーを解除していないと、誰にいえるであろうか。

「嫌だ!だったら先に、サブ兄ちゃんを離してよ!!」

 大助の説得にも、翔はさらに銃を突きつけるだけ。
 その指は今にも、引き金を引いてしまいそうなほどに震えていた。

「駄目だ、駄目なんだ分かるだろう翔?この兄ちゃんはなぁ、僕たち親子を引き離そうとする悪い奴なんだ。だから僕がやっつけないと・・・な、分かるだろう翔?だからそれを離すんだ、いい子だから」
「ひゃ、ひゃめほふぁへる・・・ひゃめふんは」

 翔からその銃を離したいのは、サブも同じだ。
 翔を説得しようとする大助の言葉に重ねるように、もはやまともに聞き取れない状態のサブまた彼へと語りかけている。
 しかしその言葉、果たして翔に届いただろうか。
 今まさに、その目から溢れた涙が頬を伝う。

「いいから、いいから早く離れろよぉぉぉ!!!」

 引いた引き金は、またしてもカチリと音を立てる。
 そしてまたしても、その銃口からは弾が出てくることはなかった。

「翔、お前・・・あぁ、私は何て事を」

 それでも、撃ち抜かれるものはある。
 翔の危険な兆候に、慌ててそちらへと飛び掛ろうとしていた大助は、引き金の無機質な音が響くと共に、その場に膝から崩れ落ちてしまっていた。

「サブ兄ちゃん!!」
「あぁ、あぁ・・・ひょく、よ、く・・・やったな・・・」

 解放され、ふらふらと立ち上がるサブに、翔が飛び込んでいく。
 彼の身体を何とか受け止めたサブは、その手から離れなくなっていた銃を優しく奪い取ってあげていた。

「・・・行こう」
「で、でも・・・!」
「馬鹿!振り返るんじゃない!いいんだ、あれで・・・いいんだ」

 膝から崩れ落ち、放心したようにそこに佇んでいる大助へと視線を向けたサブは、翔の背中を押してはその場から離れるように促している。
 翔はそれに抵抗しようとするが、サブは無理矢理にでも彼の背中を押して、その場から立ち去っていく。
 そうして一人、心を壊してしまった大助だけが、その場に取り残されていた。

「・・・あぁ、君か。丁度良かった」

 いや、もう一人。
 そこにはもう一人、誰かの姿があった。
 それは長い髪をたなびかせた、美しい少女の姿をしていた。
しおりを挟む

処理中です...