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裏切り者達

甘い囁き 2

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「ずっといたよー?いやー、あの二人を心配してあげて幸也っちもいい人だよねー」
「は、はぁ・・・どうも」

 匂坂が空けたスペースに遠慮なく腰を下ろした百合子は、さらに身体を傾けては彼との距離を縮めている。
 そんな彼女の振る舞いに、こちらも身体を傾けては距離を取っている匂坂は、流石にこれ以上は失礼になると身体の角度をある程度までに留めてしまっていた。

「―――そんな幸也っちが、どうして力也叔父さん達を殺そうとしたの?」

 そうして百合子はさらに距離を詰め、匂坂の耳元でそんな言葉を囁いていた。

「なっ!?何でそれ―――」
「大声出しちゃ、だーめ」

 百合子が囁いた言葉に驚く匂坂は秘密の会話にもかかわらず、思わず大きな声を上げそうになってしまう。
 しかしそれは、先んじて彼の唇へと指を当てていた百合子によって阻止されていた。
 それでも僅かに漏れ出した声に、百合子はチラリと後ろを振り返り、ここに残っている他の二人、滝原と飯野の方へと視線を向けるが、彼らは相変わらず痴話げんかの真っ最中であった。

「ふふっ、その反応はー・・・正解ってことだよねー?じゃあー・・・私達、協力出来ると思うなー?」
「ど、どういう事ですか?」

 覆い被さるような姿勢で匂坂へと迫る百合子は、彼の素直な反応に笑みを漏らしていた。
 匂坂の反応に自分の考えが間違いないと確信した彼女は、その猫のようなカーブを描く瞳を輝かせると、彼を誘う言葉を囁いている。
 恐らく年下と思われる百合子にも、その魅惑的な肢体を押し付けられれば、多少の年齢差など意味を成さない。
 鼻についた色香に惑う匂坂は突然の事態だったことも相まり、彼女の雰囲気に呑まれつつあった。

「だってぇ、私が・・・その力也叔父さんを、殺したんだもん」
「そ、それはっ!?・・・本当なんですか?」

 匂坂の耳たぶを舐めるような距離で囁いていた百合子は一度、そこから距離を取って身体を起こすと、濡れた唇を薄く開いて自らの罪の告白を行う。
 それは匂坂にとって、寝耳に水の出来事であろう。
 次の復讐の相手と狙いを定めていた男が、知らない間に既に死んでいたと知らされた彼の心の内はいかほどか。
 少なくともそれは、驚きに荒げた声をすぐさま潜めるぐらいの冷静さを備えたものであった。

「証拠が見たいの?うーん、部屋に行けばそのまま残ってると思うんだけどぉ・・・あ、そうだ!」

 力也を殺したと語る百合子の言葉の真偽を求める匂坂に、彼女は自らの唇に指を添えては小首を傾げて悩んでしまっている。
 恐らく、そのまま放置されている力也の遺体に、そこへと彼を連れて行けば、少なくともその死は証明出来るだろう。
 しかし出来ればここでそれを証明したい百合子は、僅かな時間頭を悩ませると何かを思いついたかのように両手を合わしていた。

「君のぉ・・・これと同じものぉ、私も使ってるんだよ?ねぇ、分かる・・・この形」
「や、止めろ!そこは・・・や、柔らかい」

 匂坂が使っていたのと同じナイフを自らも使っていると語る百合子は、再び彼へと身体を重ねると、その仕舞っている位置を探して彼の身体を弄っている。
 崩れた姿勢に乱れた衣服は、上着のポケットにしまってあったナイフを彼の下腹部へと近くする。
 それをなぞるように指を這わせた百合子は、今度は自分のそれへと彼の手を導いていた。
 学生である百合子の準正装は、学校の制服である。
 その短いスカートのポケットへと導かれた自らの手に、匂坂はその先にある柔らかい感触へと触れ、思わず熱気の篭った吐息を漏らしてしまっていた。

「あー!!?何やってるのよ、あんた達!!ちょっと匂坂君!?こんな時に、何考えてんの!!?」

 お互いの吐息を混ぜ合わせるような距離感で会話を行っていた百合子と匂坂に、その姿を目撃した飯野が大声を上げる。
 彼女はそんな二人のやり取りを場違いで破廉恥過ぎると激昂し、ぷりぷりと肩を怒らせながらそちらへと近づいていく。

「あーぁ、見つかっちゃった。じゃあ続きは後でね、幸也っち」
「あ、あぁ・・・」

 物凄い形相でこちらを睨みつけている飯野の接近に、百合子はあっさりと匂坂の身体から離れると、すぐさまソファーから立ち上がっていた。
 彼女は去り際に匂坂の頬を撫でると、そのまま少し離れたソファーへと腰を下ろしている。
 匂坂はそんな彼女の姿を、呆気に取られたように見詰め続けていた。

「匂坂君、分かってるの!!百合子ちゃんはまだ、高校生なのよ!?手を出したら犯罪なの、犯罪!!それをホイホイと・・・大人として恥ずかしくないの!!?」

 匂坂へと詰め寄ってきた飯野は、彼を誘惑した百合子の事よりも、それに乗せられた匂坂の方を怒っているようだ。
 最初こそそれに反論しようと考えていた匂坂も、彼女の勢いにこれはどうしようもないと考えたのか、今はただひたすら彼女の気が済むのを待っているようだった。

「巡、俺との話しはまだ・・・」

 そんな彼女の背中へと、寂しそうに手を伸ばす男がここに一人、いた。
 そしてその様子に、唇をつりあがらせにっこりと笑顔を作る女もまた一人、そこにいた。
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