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裏切り者達

無垢なる暴力 1

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「早く、一刻も早く、九条一華を殺しなさい!!」

 従業員用の控え室へと足を踏み入れた九条椿子は、そこへと入るや否やそんな言葉を叫んでいる。
 それは椿子の、一華に対する怒りがそうさせた行動であろう。
 事実、血走らした目をギラギラと輝かせる椿子は、今もその部屋のどこかに自分の願い叶える存在がいないのかと、落ち着きなく探し回っていた。

「つ、椿子様!お越しだったのですか・・・!」

 椿子の荒ぶった声に、部屋の奥から慌てた様子であさひの父親、日野宮隆志(ひのみや たかし)が飛び出してきていた。
 彼はまるで、つい先ほどまで激しい運動をしていたように呼吸を荒ぶらせながら、乱れた衣服を必死に正している。

「遅い!!遅すぎる!!一体何をしているのですか、貴方達は!!貴方達が殺せるといったのですよ、九条一華を!彼女はまだ、ぴんぴんしているじゃないですか!?一体いつになったら殺せるんです!!」

 椿子がさらに激昂したのは、そんな彼の姿にだろうか、それとも彼らの仕事が遅すぎることにだろうか。
 慌てて衣服を整えている隆志へと詰め寄り、自分の不満を並び立てている椿子は、その迫力を持って彼を壁際にまで追い詰めている。
 それは仮にも、九条の一翼を担おうとする者の迫力か。
 感情を剥き出しにして迫る彼女の迫力に、隆志は為す術なく追い詰められてしまっていた。

「私は相応の報酬を約束した筈です!まさか、それが不満だという訳ではないでしょうね!?」
「そ、そんな事は決して!一刻も早く、一刻も早く椿子様の願いを果たしますので・・・何卒、何卒どうかご容赦の程を!」

 自分が提示した報酬に不満があるのかと迫る椿子に、隆志は決してそんな事はないと、ただただ平に頭を下げるばかり。
 九条の一族が持つ財産からすれば、彼ら夫婦が一生遊んで暮らせる金額などたかが知れているだろう。
 しかし彼らにとってそれが莫大な報酬であることには間違いがなく、それを手に入れられるチャンスを隆志は逃す気はないようだった。

「梢、梢!早く、あれを・・・あれを連れてこい!!」
「は、はいっ!」

 隆志のただただひたすらに下手に出る態度に満足したのか、僅かに溜飲を下げた様子の椿子は、ここにきてようやく一息を入れている。
 その様子に僅かに安堵の息を漏らした隆志は、しかしまだ危機は脱していないだと急いであさひを妻の梢に呼びに行かせる。
 今まで奥の部屋で服装を整えていたのか、隆志よりもしっかりとした格好で姿を見せた梢は、そのままあさひを呼びに飛び出していく。

「それで・・・いつになったら、実行してくれるの?あれから、もう随分と時間が経ったけど・・・?」
「あれを呼び戻したら、すぐにでもはい!そうさせていただきます!」

 慌てて飛び出していった梢の後姿を見送った椿子は、どこかねっとりとした口調で隆志の事を急かす言葉を投げかける。
 それは先ほどから散々怒鳴りつけた彼女の振る舞いに、今更言わずとも十二分に分かっていることだろう。
 事実、彼女のそんな言葉を受けても、隆志は先ほどと同じように平謝りをするばかり、何も変わることはない。
 しかし彼のそんな振る舞いに、椿子はまるでそれこそが狙い通りだと、満足そうな笑みを見せていた。

「ふん、口先だけなら何とでも言えるわ。でもいいでしょう、許します」
「ほ、本当ですかっ!?ありがとうございます!」

 莫大な報酬が手に入る伝手を失いたくない隆志は、椿子の手の平の中で簡単に踊らされてしまう。
 隆志に圧力を掛けるだけ掛けた椿子は、急に態度を変えると彼らの失態を許すと口にしていた。
 彼女から見放される訳にはいかない隆志は、それに思わず飛びついてしまう。
 それが椿子の思惑通りだとも知らずに。

「えぇ。でもその条件として、もう一つお願いがあるの。勿論、受けてくれるでしょう?あぁ安心して頂戴、その分の報酬はちゃんと出すから」
「お願いですか・・・それは」
「えぇ・・・勿論、殺しよ」

 チラつかした許しに、すぐさま飛びついた隆志の姿に満足そうに頷いた椿子は、その代わりにやって欲しいことがあるのだと、交換条件を提示していた。
 その願いを濁してみたところで、彼らに彼女が望むことなど一つしかない。
 窺うような隆志の視線に、あっさりとそれを白状した椿子は、その願いは殺しだとはっきりと口にしていた。

「―――貴方達に、九条百合子を殺して欲しいの」

 しかし、そのターゲットだけは彼の想像を超えていた。
 僅かに息を吸って、間を作った椿子は、はっきりとした口調で娘を殺して欲しいと目の前の男に頼んでいる。
 その言葉の意味を、隆志は理解出来ないように何度も瞬きを繰り返していた。

「九条、百合子さん・・・ですか?しかしそれは、貴女様の・・・」
「実の娘よ。ふぅん・・・中々、思いきった事を考えるのね、貴女」

 戸惑う隆志は当然、その真意を椿子へと尋ねている。
 しかしそれに答えたのは、彼女ではなかった。
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