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止まらない連鎖

意外な遭遇

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「ちょっと!?これはどういう事よ!!?」

 閉め出された部屋の前で、下妻秋穂はそう叫んだ。
 彼女は幾ら捻っても開かないドアノブをガチャガチャと鳴らせると、それを諦めて今度はドアを激しくノックし始める。
 しかしその音がどんなに大きく鳴り響いても、そのドアが開く様子はみられなかった。

「どういう事って・・・そんな事、言わなくても分かるよねー?恋君がー、私の方を選んだんだよ?ねー?恋くーん?」

 幾ら叩いても開く様子のないドアに、下妻が疲れて休んでいると、その部屋の中から勝ち誇ったような声が聞こえてくる。
 それは彼女と共に滝原を追ってこのロッジへとやってきた、美倉夏香のものだろう。

「い、いや。俺はそんな事、一言も・・・」
「そ、う!だよねー?」
「あ、あぁ・・・」

 彼女は自らの事を滝原が選んだと主張し、それを彼にも同意させようとしていたが、それについて彼は身に覚えがないと言葉を濁す。
 しかし彼のそんな態度も、美倉が声のオクターブを一つ高くし、語気を強めるまでの話しだ。
 彼女から強く迫られた滝原はあっさりと態度を翻し、彼女の言葉を肯定してしまっていた。

「はぁ?あんた、恋君を脅してんじゃん!?そんなの不正よ不正!!」
「えー?何の事だか、私分かんなーい!・・・負け犬はさっさと、どっかいけば?」

 明らかに滝原を無理矢理従えている様子の美倉に、下妻は不正を訴えてそこを開けさせようと試みる。
 しかし美倉は彼女の言っていることが何の事か分からないとすっ呆けるばかりで、そこを決して開けようとはしない。
 それどころか美倉は、それまでとは打って変わって冷たいトーンの声で囁くと、下妻にさっさと消えろと突き放してきていた。

「はぁ?何で私が・・・恋君、恋君聞こえる!?お願い、ここを開けて!」
「恋くーん!あんなの放っておいて、私と楽しい事をしましょ?ね、いいよね?」

 美倉と話していても埒が明かないと悟った下妻は、部屋の中にいるもう一人の人物である滝原へと助けを求める。
 しかしそんな彼女の声も、美倉の上げた声によって掻き消されてしまう。

「いや、でも・・・んんっ!」

 そして、尚も何か言い返そうとしていた滝原の口を、美倉は物理的に塞いでしまっていた。
 ドアへと耳をつけ、中の様子を窺っていた下妻に聞こえてきたのは、そんな彼らがベッドへと倒れこむ、軋んだ物音だけだった。

「ちょっと、恋君!?あぁ、もう!!」

 その物音に下妻がさらに耳を澄ましても、聞こえてくるのは湿った水音ばかり。
 もはやこちらの言葉は届かないと悟った彼女は、最後に強くそのドアを叩くと頭を抱えてしまっていた。

「あの雌狐め、私がちょっと目を離した隙に・・・はぁ、一体どうしたら・・・ん、あれは?」

 頭を抱える下妻は、とぼとぼと歩き始めるが彼女に他にいく当てなどなく、結局同じ場所に戻ってきてしまっていた。
 もう開く事のないドアを前に彼女が途方に暮れていると、同じように途方に暮れている誰かがそこへと近づいてくる。

「うぅ・・・どこ行けばいいのぉ?分っかんないよ、こんな所・・・だ、大丈夫大丈夫!まだ迷子じゃない、ボクはまだ頑張れる・・・!」

 それは頭にホッケーマスクを被り、小ぶりなチェーンソーを抱えながら、なにやら不安そうに辺りを見回している少女であった。

「あ、あれはっ・・・!もしかして、皆が言ってた殺人鬼?か、隠れないと」

 その少女の事を実際に見た事のない彼女も、その姿を一目見ればそれが危険な人物であるということは理解出来る。
 こちらへとトボトボと歩いてくるその少女に、下妻は慌てて近くの柱の影へと身を隠していた。

「良かった・・・向こうに行ってくれたみたい」

 柱の影へと身を隠し、少女の姿をそっと観察していた下妻は、彼女が別の方角へと歩いていった事に、ほっと胸を撫で下ろしている。
 しかしそれは、ほんの一時の安らぎでしかなかった。

「ここ、さっき来た所だ・・・」

 明らかに迷っている様子のその少女は、覚束ない足取りでまたも下妻の近くへと現れていた。
 その彼女の姿に、下妻は慌てて息を潜め、背中を壁へと預けている。

「うぅぅ・・・わぁぁぁぁん!!もぅ、分かんない分っかんないよぉ!!やだもぉー、こんなのー!!おうち帰る~!!」

 何度も同じ所で迷ってしまっているらしい少女は、絶望した表情でその景色を見詰めるとやがてぐずりだし、大声で泣き出してしまっていた。
 その姿は年相応の少女の振る舞いそのもので、彼女がとても恐ろしい殺人鬼には見えなかった。

「あ、あれ?何か、そんな怖い感じじゃないような・・・そうだ!」

 少女のその姿は、下妻の警戒心を解くには十分なものだ。
 柱の影から大胆に顔を出し、少女の姿を観察する下妻の顔にもはや警戒の色はない。
 それどころか彼女は、その存在を何かに使えると閃いたようだった。

「ね、ねぇ君。迷子なの?」

 にこやかな笑顔をその顔に浮かべ声をかけてきた下妻を、少女は不思議そうな表情で見詰めている。
 下妻はその笑顔をキープしながら、後ろ手になにやら小ぶりなものを隠して、彼女にゆっくりと近づき続けていた。
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