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止まらない連鎖

夫婦はそれを考える

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「・・・もう、あいつらを殺すしかない」

 そう呟いた妻の静子の事を、進藤大助は驚き見返している。
 彼は自らの部屋の窓から、先ほどの殺人鬼が侵入してこないように、備え付けられていたベッドの一つをそこへと立て掛けようと苦心している所であった。

「な、なんだって?静子、お前・・・今、何て言ったんだ?」
「あいつらを、あの借金取りどもを殺すしかないっていったのよ!!だって、そうでしょう!?そうすれば、私達は解放されるのよ!」

 妻の信じられない発言に、大助は思わず聞き返す。
 しかし彼の出来れば聞き間違いだと思いたかったという願いは、叶う事はない。
 どこか煮え切らない夫のそんな態度に苛立った静子は、ヒステリックに声を荒げると先ほどの発言を、今度ははっきりと繰り返していた。

「それは・・・そうかも知れないが。そんな事、出来る訳ないだろう?」
「出来なくても、やるのよ!!今なら全部、あの殺人鬼のせいに出来る!そうでしょ!?」

 借金取りに追われ続けた上に、先ほど目の前で起きた凄惨な事件のためか、ストレスで目を血走らせた静子に、大助は落ち着くようにと勤めて冷静に呼びかける。
 その背中では、まだ不安定な状態のベッドが支えられていた。

「何なら、あの殺人鬼に殺させてもいい・・・それなら、貴方にだって出来るでしょ!?」
「そんな、都合良くいく訳が・・・」

 ただの善良な一般人である大助に、そう易々と人殺しなど出来る訳もない。
 それは静子にも分かっているのか、彼女はまた別の計画を彼へと提案している。
 しかしそれは余りにも都合のいい考えだと、大助にすぐさま難色を示されてしまっていた。

「だったら、どうすればいいのよ!?このまま逃げ続けるっていうの!?私はもう嫌なのよ、こんな生活!!」

 静子の滅茶苦茶な提案は、当然のように大助によって却下される。
 しかしそれに彼女は激昂すると、頭を掻き毟っては悲痛な声を上げていた。
 彼らの逃亡生活は、元々大助が友人の連帯保証人になった事が発端だ。
 そんな自分に責任のない苦しい生活に、静子はほとほと嫌気がさしてしまっているようだった。

「そ、それは・・・」

 静子の悲痛な叫びに、大助も言いよどむ事しか出来ない。
 度重なる逃亡生活は、彼に借金を返す当てがない事を示している。
 そんな彼には彼女をその悲痛から救う術などなく、ただただ申し訳なさそうに顔を顰めることしか出来なかった。

「っ!ここでは不味い、とにかく場所を移そう」

 そんな無力な大助にも、守らなければならない者は存在する。
 彼はこの部屋の隅で、携帯ゲームに興じている息子の翔へと目を向けると、こんな話を彼に聞かせてはならないと静子に呼びかけていた。

「何ですか!?まだ話は終わってませんよ!!」
「いいから!一旦外に・・・おぉわっ!?」

 しかしそんな当たり前の事実すら、頭に血が上った静子は気付けないらしい。
 息子の事など気にもしないという態度の彼女に、大助は無理矢理外へと連れ出そうとそちらへと近づいていく。
 それは、その背中で支えていたベッドから離れてしまうという事を意味していた。

「っととと!危ない危ない・・・と、とにかく一旦外に出よう。それでいいね?」
「まだ、話は終わってませんからね!?」
「分かってる、分かってるから・・・」

 ゆっくりと倒れつつあるベッドに慌てて駆け寄り、それを丁寧に窓へと配置し直した大助は、静子に一緒に外に出ようと呼びかけている。
 そんな彼の声に、静子は渋々ながら納得するそぶりを見せていたが、彼女はまだまだ話は終わっていないと強調する。
 牙を剥くようにそれを主張する彼女に、大助はその背中を擦りながら何とか、彼女を外へと誘導していた。

「ふぅ・・・何とかなったか。っとと、そうだ。翔、一人でお留守番出来るな?」
「うん、だいじょーぶ」
「そうか。何かあったら大声で呼ぶんだぞ。お父さん達は外にいるから」
「はーい」

 ドアの外へと静子を送り出し、自らもそれを潜ろうとしていた大助は、何かを思い出すと慌てて部屋の中へと戻ってくる。
 彼はどうやら、部屋で一人になる翔が心配で、声を掛けに戻ったようだった。
 そんな大助に、翔はゲーム機から顔も上げずに返事を返すが、その内容に大助は安心したと頷いては、静子の下へと向かっていく。

「・・・もういいかな?」

 大助達が部屋を去ってしばらく経った頃、翔はそんな事を呟くとゲーム機から顔を上げる。
 彼はそれをズボンの後ろポケットへと仕舞うと、一息にベッドから駆け下りる。

「さっきの兄ちゃん、どこに行ったのかなー?このゲーム、もう飽きてきちゃったよ」

 そんな事を口にしながら、翔は部屋のドアをそっと開ける。
 その向こう側には、廊下の隅でなにやら話し合っている両親の姿があった。
 彼はそれを確認すると、そっとそれとは反対の方向へと歩いていくのだった。
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