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止まらない連鎖
九条一華と匂坂幸也 1
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「あぁ、いけない。鞄を向こうに置き忘れてしまったわ」
先に匂坂を部屋に通し、自らもそこに足を踏み入れたタイミングで、九条一華はそんな事を一人呟いている。
「ちょっと、そんな所で立ち止まらないでくれますか?入れないんですけど?」
一華に出入り口を塞がれてしまった事で、彼女の後に続いていた飯野はその場で立ち往生してしまう。
彼女はそれに当然の如く文句を言うが、一華はその言葉ににっこりとした笑顔を返していた。
「あら、ごめんなさい。でも、貴女はここに入る必要はないの」
「はぁ?何を・・・ちょっと!?」
一華が笑顔で告げた言葉を、飯野は理解する事が出来ない。
意味が分からないと文句を返そうとした飯野はしかし、それを言葉にする事はなかった。
それはその前に一華が、そのドアを閉めてしまったからだ。
「何のつもりよ、あんた!入れなさいよ、この!!」
目の前で閉められたドアに、飯野はすぐに張り付くと、抗議の意味も込めてドンドンと激しくノックする。
そんな彼女に届いたのは、無常にもそれをロックする、カチャリという無機質な音だけだった。
「はぁ?何か鍵かけてんのよ、この・・・!」
「申し訳ないのだけど、私の鞄を取ってきてもらえる?」
完全に閉め出されたと示す物音に、飯野はさらに怒りを加速させようとする。
その張り上げる大声は、準備に一つ呼吸が必要だ。
そんな僅かな隙間に、一華は自分が言いたい事だけを好き勝手に差し込んでいた。
「っ!ふざけんな!何で私が―――」
「勝手に私の部屋に押しかけるのですもの、それくらい働いてもばちは当たらないでしょう?あぁ、鞄なら貴女でも一目で分かるぐらい高級な代物だから、心配要らないわ。それじゃあ、お願いね?」
一華の身勝手な要求に、飯野はさらに怒りのトーンを上げようとする。
しかし彼女がその拳を振り上げるよりも早く、一華は自らの要求の正当性を捲くし立てていた。
そして彼女は、言いたい事を言って満足したという態度を見せると、そのままドアから離れていく。
「ちょっと、私はまだ納得して・・・あぁ、もう!分かったわよ、分かりました!取ってくればいいんでしょ!!」
そう厚くもないドア越しであれば、その向こうに人がいるかどうかぐらい分かってしまう。
もはや明らかにその近くにすらいなくなった一華の気配に、飯野は地団駄を踏むと、怒りのままに承ったと叫んでいた。
「匂坂君、聞いてる!?私が戻るまでに変な事してたら、許さないから!!」
飯野は駆け出していく前に、ドアへと指をつけつけるとそんな言葉を残す。
果たしてその言葉は、その向こう側の匂坂へと届いただろうか。
「・・・だ、そうだけど?」
ドアから離れ、部屋の中へと歩いていった一華は、その先に佇んでいる匂坂に意味あり気に問い掛けている。
それは飯野が心配した言葉を反芻して、彼に注意を促すことが目的だろうか。
いいや、違う。
「貴方のそれは、変な事に含まれないのかしら?ねぇ、匂坂君?」
一華が向ける視線の先に、抜き放ったナイフを手にしている匂坂の姿があった。
彼はその声に、仕舞っていた刃をも解き放つ。
「匂坂幸恵(さきさか ゆきえ)という名前に、聞き覚えはありますか?」
九条家の者と二人きりになれたチャンスを、彼が見逃す筈もない。
しかし、ナイフを構えジリジリと近づく匂坂にも、一華は動揺した様子を見せる事はなかった。
「勿論、知ってるわよ?お父様のお気に入りの愛人でしょう?」
「だったら!お前が僕達を―――」
匂坂がナイフを見せ付けて脅してまで聞きたかった内容を、一華はあっさりと答えて見せていた。
その内容に目を見開いた匂坂は、一気に彼女への距離を詰めると、そのまま切りつけようとする。
「でも、それが何?貴方も私が犯人ではないと思ってるんでしょう?貴方の母親と、妹を焼き殺させた黒幕ではないと」
「なん、だと・・・?」
掲げられた刃が自らの身体に迫っても、一華に焦る様子は見られない。
それどころか彼女は、匂坂の考えを見透かしたように言葉を紡ぐ。
事実、彼の刃は彼女の身体に触れる前に減速し、止まってしまっていた。
「私はその当時、この国にいなかったもの。貴方もそれを知っていたから、私を狙うのを途中で止めたのでしょう?」
「なっ・・・気付いて、いたのか?」
「当たり前でしょう?そうでなければ、何故見ず知らずの他人でしかない貴方を部屋に招き入れるのよ?まさか、本当に私が貴方を気に入ったとでも思ったの?お子様ね」
自らが匂坂の復讐の相手では有り得ないと話す一華は、彼が自分達を狙っていたのも知っていたと語っている。
それに動揺し、驚いた表情を見せる匂坂に、彼女は馬鹿にしたように鼻を鳴らしていた。
「だとしたら何故、僕を・・・?」
自らが九条に復讐しようとしていると知っていて、何故そんな人間を部屋に招きいれたのだと匂坂は疑問を漏らす。
「あら、それも分からないの?仕方ないわね・・・」
そんな彼の言葉に、察しの悪い生徒を見るような瞳で首を振った一華は、丁寧にその理由を語り始める。
「私はお父様の遺産を独り占めにしたい。貴方は、貴方の家族を殺させた犯人に復讐したい。ね、私達って協力出来そうじゃないかしら?」
彼女は自分の目的と、彼の目的は一致しており、協力し合えると語る。
ベッドに腰掛けては足を組み、妖艶に笑う彼女に、匂坂はゴクリと生唾を飲み込んでいた。
先に匂坂を部屋に通し、自らもそこに足を踏み入れたタイミングで、九条一華はそんな事を一人呟いている。
「ちょっと、そんな所で立ち止まらないでくれますか?入れないんですけど?」
一華に出入り口を塞がれてしまった事で、彼女の後に続いていた飯野はその場で立ち往生してしまう。
彼女はそれに当然の如く文句を言うが、一華はその言葉ににっこりとした笑顔を返していた。
「あら、ごめんなさい。でも、貴女はここに入る必要はないの」
「はぁ?何を・・・ちょっと!?」
一華が笑顔で告げた言葉を、飯野は理解する事が出来ない。
意味が分からないと文句を返そうとした飯野はしかし、それを言葉にする事はなかった。
それはその前に一華が、そのドアを閉めてしまったからだ。
「何のつもりよ、あんた!入れなさいよ、この!!」
目の前で閉められたドアに、飯野はすぐに張り付くと、抗議の意味も込めてドンドンと激しくノックする。
そんな彼女に届いたのは、無常にもそれをロックする、カチャリという無機質な音だけだった。
「はぁ?何か鍵かけてんのよ、この・・・!」
「申し訳ないのだけど、私の鞄を取ってきてもらえる?」
完全に閉め出されたと示す物音に、飯野はさらに怒りを加速させようとする。
その張り上げる大声は、準備に一つ呼吸が必要だ。
そんな僅かな隙間に、一華は自分が言いたい事だけを好き勝手に差し込んでいた。
「っ!ふざけんな!何で私が―――」
「勝手に私の部屋に押しかけるのですもの、それくらい働いてもばちは当たらないでしょう?あぁ、鞄なら貴女でも一目で分かるぐらい高級な代物だから、心配要らないわ。それじゃあ、お願いね?」
一華の身勝手な要求に、飯野はさらに怒りのトーンを上げようとする。
しかし彼女がその拳を振り上げるよりも早く、一華は自らの要求の正当性を捲くし立てていた。
そして彼女は、言いたい事を言って満足したという態度を見せると、そのままドアから離れていく。
「ちょっと、私はまだ納得して・・・あぁ、もう!分かったわよ、分かりました!取ってくればいいんでしょ!!」
そう厚くもないドア越しであれば、その向こうに人がいるかどうかぐらい分かってしまう。
もはや明らかにその近くにすらいなくなった一華の気配に、飯野は地団駄を踏むと、怒りのままに承ったと叫んでいた。
「匂坂君、聞いてる!?私が戻るまでに変な事してたら、許さないから!!」
飯野は駆け出していく前に、ドアへと指をつけつけるとそんな言葉を残す。
果たしてその言葉は、その向こう側の匂坂へと届いただろうか。
「・・・だ、そうだけど?」
ドアから離れ、部屋の中へと歩いていった一華は、その先に佇んでいる匂坂に意味あり気に問い掛けている。
それは飯野が心配した言葉を反芻して、彼に注意を促すことが目的だろうか。
いいや、違う。
「貴方のそれは、変な事に含まれないのかしら?ねぇ、匂坂君?」
一華が向ける視線の先に、抜き放ったナイフを手にしている匂坂の姿があった。
彼はその声に、仕舞っていた刃をも解き放つ。
「匂坂幸恵(さきさか ゆきえ)という名前に、聞き覚えはありますか?」
九条家の者と二人きりになれたチャンスを、彼が見逃す筈もない。
しかし、ナイフを構えジリジリと近づく匂坂にも、一華は動揺した様子を見せる事はなかった。
「勿論、知ってるわよ?お父様のお気に入りの愛人でしょう?」
「だったら!お前が僕達を―――」
匂坂がナイフを見せ付けて脅してまで聞きたかった内容を、一華はあっさりと答えて見せていた。
その内容に目を見開いた匂坂は、一気に彼女への距離を詰めると、そのまま切りつけようとする。
「でも、それが何?貴方も私が犯人ではないと思ってるんでしょう?貴方の母親と、妹を焼き殺させた黒幕ではないと」
「なん、だと・・・?」
掲げられた刃が自らの身体に迫っても、一華に焦る様子は見られない。
それどころか彼女は、匂坂の考えを見透かしたように言葉を紡ぐ。
事実、彼の刃は彼女の身体に触れる前に減速し、止まってしまっていた。
「私はその当時、この国にいなかったもの。貴方もそれを知っていたから、私を狙うのを途中で止めたのでしょう?」
「なっ・・・気付いて、いたのか?」
「当たり前でしょう?そうでなければ、何故見ず知らずの他人でしかない貴方を部屋に招き入れるのよ?まさか、本当に私が貴方を気に入ったとでも思ったの?お子様ね」
自らが匂坂の復讐の相手では有り得ないと話す一華は、彼が自分達を狙っていたのも知っていたと語っている。
それに動揺し、驚いた表情を見せる匂坂に、彼女は馬鹿にしたように鼻を鳴らしていた。
「だとしたら何故、僕を・・・?」
自らが九条に復讐しようとしていると知っていて、何故そんな人間を部屋に招きいれたのだと匂坂は疑問を漏らす。
「あら、それも分からないの?仕方ないわね・・・」
そんな彼の言葉に、察しの悪い生徒を見るような瞳で首を振った一華は、丁寧にその理由を語り始める。
「私はお父様の遺産を独り占めにしたい。貴方は、貴方の家族を殺させた犯人に復讐したい。ね、私達って協力出来そうじゃないかしら?」
彼女は自分の目的と、彼の目的は一致しており、協力し合えると語る。
ベッドに腰掛けては足を組み、妖艶に笑う彼女に、匂坂はゴクリと生唾を飲み込んでいた。
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