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止まらない連鎖
囁かれるは甘い誘惑か
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多くの人々が立ち去り、人気のなくなったロビーには一人、虚ろな瞳をした椿子だけが立ち尽くしている。
そんな彼女の事をこのロッジの従業員の夫婦は、どこか気まずそうな表情で見詰めていた。
「・・・その、大丈夫ですか?」
家族が去っていったにもかかわらず、その場に立ち尽くしたままの椿子に、従業員もいつまでも方って訳にはいかず、おずおずと控えめに声をかけている。
しかし彼女は、それに反応を示すことはなく、ぶつぶつと何事か呟くばかりであった。
「・・・てない・・・私は・・・九条の・・・」
夫を失い、娘からも見放された彼女はそれでもまだ、権力への夢を描いているのか。
その口からは、彼女が唯一頼りにする九条の名前が漏れ聞こえてきていた。
「・・・分かりますよ、お客様。夫を亡くされてお辛いんですね?」
「ですが、落ち込むことはないのですよ?貴方様は間違いなく、九条家の一員なのですから」
様子のおかしい椿子に、ロビーの向こう側で顔を見合わせた従業員は、そのカウンターから抜け出し彼女の隣へと歩み寄る。
そうして彼らは、彼女に同情的な言葉を囁き始めていた。
「・・・そう?そうよね、私は・・・」
そんな彼らの言葉に椿子は始めて反応を示すと、僅かに顔を上げる。
彼女のその反応に従業員達もまた、にっこりと笑顔を作っていた。
「夫に死なれても、貴方にはその配偶者として幾らかの遺産が舞い込んでくるはずです」
「しかしそれは・・・貴方が本来手にする財産と比べたら、あまりに少ない額だと思いませんか?」
その顔に貼り付けたような笑みを浮かべて、夫婦と思われる従業員は椿子の左右から囁きかける。
その距離は段々と近づいていく、今や頬が触れそうなほどの距離となっていた。
「確かに、そうね・・・でも、どうすれば・・・?」
本来ならば窮屈に感じ、近づきすぎる距離に拒絶してもいい状況でも、茫然自失の状態から回復しきっていない椿子はそれに気付かない。
彼女は彼らの言葉をそのまま鵜呑みすると、彼らの望むように言葉を返してしまっていた。
「それは・・・そうですね。ここは寒い、中に入ってから話しませんか?」
縋るような椿子の態度に気分よく言葉を続けようとした従業員はしかし、その途中で言葉を切ると彼女を従業員用の控え室へと誘っていた。
確かにこのロビーは広く、用意された暖房器具だけでは暖まりきっていない。
「それは・・・」
「そうですね、そうした方がいい。さぁ、お客様。こちらへどうぞ」
しかし躊躇う椿子の腕を素早く取り、グイグイと中へと進ませようとするその態度は、明らかに異常であり、とても彼女の身体を心配しているだけには思えない。
そんな従業員達の異常な振る舞いにも、椿子は気付けずに為すがままに引っ張られてしまう。
「さぁ、この先に貴方が望む未来が待っていますよ」
喪失した気力に、そこまで無理矢理連れてこられた椿子に、従業員の男が扉へと手を掛ける。
彼はそれを開く際に、椿子の耳元で何やら意味深な言葉を囁いていた。
「ふんふん、ふふーん。まだかな、まだかなー?」
そこには、一人の少女が待っていた。
その長い髪の少女は、粗末な椅子に腰掛けると、何やら待ちきれない様子で両足をパタパタとはためかせている。
それはとても、無邪気で微笑ましい光景だ。
その彼女の髪や、足や腕に、血糊がべったりと張り付いていなければ。
「さぁ、誰を殺しますか?」
その少女に魅入られたように視線を吸い付かせている椿子に、従業員の男はそうそっと囁く。
彼女は、その言葉に反応を示さない。
僅かに吊り上った、その唇以外は。
そんな彼女の事をこのロッジの従業員の夫婦は、どこか気まずそうな表情で見詰めていた。
「・・・その、大丈夫ですか?」
家族が去っていったにもかかわらず、その場に立ち尽くしたままの椿子に、従業員もいつまでも方って訳にはいかず、おずおずと控えめに声をかけている。
しかし彼女は、それに反応を示すことはなく、ぶつぶつと何事か呟くばかりであった。
「・・・てない・・・私は・・・九条の・・・」
夫を失い、娘からも見放された彼女はそれでもまだ、権力への夢を描いているのか。
その口からは、彼女が唯一頼りにする九条の名前が漏れ聞こえてきていた。
「・・・分かりますよ、お客様。夫を亡くされてお辛いんですね?」
「ですが、落ち込むことはないのですよ?貴方様は間違いなく、九条家の一員なのですから」
様子のおかしい椿子に、ロビーの向こう側で顔を見合わせた従業員は、そのカウンターから抜け出し彼女の隣へと歩み寄る。
そうして彼らは、彼女に同情的な言葉を囁き始めていた。
「・・・そう?そうよね、私は・・・」
そんな彼らの言葉に椿子は始めて反応を示すと、僅かに顔を上げる。
彼女のその反応に従業員達もまた、にっこりと笑顔を作っていた。
「夫に死なれても、貴方にはその配偶者として幾らかの遺産が舞い込んでくるはずです」
「しかしそれは・・・貴方が本来手にする財産と比べたら、あまりに少ない額だと思いませんか?」
その顔に貼り付けたような笑みを浮かべて、夫婦と思われる従業員は椿子の左右から囁きかける。
その距離は段々と近づいていく、今や頬が触れそうなほどの距離となっていた。
「確かに、そうね・・・でも、どうすれば・・・?」
本来ならば窮屈に感じ、近づきすぎる距離に拒絶してもいい状況でも、茫然自失の状態から回復しきっていない椿子はそれに気付かない。
彼女は彼らの言葉をそのまま鵜呑みすると、彼らの望むように言葉を返してしまっていた。
「それは・・・そうですね。ここは寒い、中に入ってから話しませんか?」
縋るような椿子の態度に気分よく言葉を続けようとした従業員はしかし、その途中で言葉を切ると彼女を従業員用の控え室へと誘っていた。
確かにこのロビーは広く、用意された暖房器具だけでは暖まりきっていない。
「それは・・・」
「そうですね、そうした方がいい。さぁ、お客様。こちらへどうぞ」
しかし躊躇う椿子の腕を素早く取り、グイグイと中へと進ませようとするその態度は、明らかに異常であり、とても彼女の身体を心配しているだけには思えない。
そんな従業員達の異常な振る舞いにも、椿子は気付けずに為すがままに引っ張られてしまう。
「さぁ、この先に貴方が望む未来が待っていますよ」
喪失した気力に、そこまで無理矢理連れてこられた椿子に、従業員の男が扉へと手を掛ける。
彼はそれを開く際に、椿子の耳元で何やら意味深な言葉を囁いていた。
「ふんふん、ふふーん。まだかな、まだかなー?」
そこには、一人の少女が待っていた。
その長い髪の少女は、粗末な椅子に腰掛けると、何やら待ちきれない様子で両足をパタパタとはためかせている。
それはとても、無邪気で微笑ましい光景だ。
その彼女の髪や、足や腕に、血糊がべったりと張り付いていなければ。
「さぁ、誰を殺しますか?」
その少女に魅入られたように視線を吸い付かせている椿子に、従業員の男はそうそっと囁く。
彼女は、その言葉に反応を示さない。
僅かに吊り上った、その唇以外は。
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