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止まらない連鎖
不気味な男
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「私は部屋に戻るわ」
殺人鬼が現れたロッジで、警察を呼ぶ事も出来ず逃げ場もない。
そんな状況を知れば、重苦しい雰囲気にもなってしまう。
そうした状況にもかかわらず、一人さっさとこの場を後にしようと声を上げる者がいた。
その声の主、九条一華はその場で身を翻すと、自らの部屋がある西棟へとさっさと帰って行こうしていた。
「お、おい!一人になるつもりかよ!?そりゃ、流石に不味いだろ?」
「そう?あの・・・殺人鬼って言っていいのかしら?殺人鬼はそれほど屈強に見えなかったし、私一人で大丈夫じゃないかしら?それとも貴方、ここで皆、肩寄せあって一夜を過ごす気?私は嫌よ」
こんな状況で自ら一人になろうとする一華に、力也も流石に驚きそれを制止しようとする。
そんな彼の言葉に、彼女はそもそも今回現れた殺人鬼は恐れるに値しないと話し、そんな事よりもここで一夜を過ごすほうが嫌だと語っていた。
「そりゃ、そうだが・・・しかしな、姉貴」
「はいはい、分かったわよ。それじゃ、誰か連れて行けばいいんでしょ?じゃあ・・・あなた、ついて来なさい」
そんな彼女の言葉にも心配そうな力也に、一華も折れたようで誰を連れて行くことで折り合いをつける。
そうして彼女はロビーへと視線を向け、そこにいた一人の青年へと呼びかける。
「僕、ですか?」
「そうよ、貴方よ貴方。一晩、私の身を守りなさい。それぐらい、簡単な事でしょう?あぁ、安心なさい。報酬なら弾むわよ」
一華に指名されたのは、不安そうにテレビのニュースを眺めていた匂坂であった。
突然の使命に戸惑う彼に、一華はちゃんと報酬も払うと説明すると、もはや了承を受けたと部屋に戻ろうとする。
「あぁ、それと・・・貴方が望むなら、一回くらい付き合ってあげてもいいわよ?勿論、貴方がこんなおばさんに欲情するならだけど」
部屋へと向かう途中に足を止めた一華は、顔だけを振り向かせると細めた瞳で匂坂にそんな言葉を告げる。
彼女の瞳は冗談めかした輝きを見せていたが、その柔らかいカーブを描いた唇ははっきりと欲望で濡れそぼっていた。
「えっ!?えっと、それは・・・」
「ふふっ、冗談よ。それで、来てくれるの?」
一華の提案に始めから乗り気であり、そちらへと歩き出そうとしていた匂坂も、その誘いには面食らい戸惑ってしまう。
そんな彼の表情に、一華は冗談だと意味ありげに笑みを漏らすと、こちらは冗談ではないのだともう一度、ついて来てくれるかと尋ねていた。
「それは、まぁ・・・僕でよければ」
再びの一華の提案に匂坂は頷くと、そちらへと歩み寄って行く。
その彼の姿に一華もまた満足げに頷くと、彼がこちらまでやってくるのを待たずに先に進もうとしていた。
「ちょっと!匂坂君、本気なの!?」
そんな二人に、制止の言葉を叫ぶ者がいる。
それは彼らのやり取りをそのすぐ傍で見ていた、飯野巡であった。
「えっ・・・まぁ、こんな状況で女性を一人にする訳にもいかないし」
「ふーん・・・そんな事言って、本当は期待してるんじゃないの?」
「ち、違うって!?僕はただ・・・」
彼女はどうやら匂坂が、一華の色香に惑わされてほいほいついていくものと考えているらしく、それが気に入らないと彼へとジト目を向けている。
彼女がそれを疑うのも、無理はないだろう。
一華は匂坂達より一回りは年上であったが、その容姿はかなり整っており、重ねた年月は大人色香として昇華されている。
そんな彼女の姿を見れば、匂坂がその色香に惑わされたと考えるのも当然の事のように思われた。
「私もついてきます!別にいいですよね!?」
匂坂の煮え切らない態度に痺れを切らした飯野は、右手を掲げると大声で一華へと呼びかける。
それは、自分も彼女についていくというものだった。
「・・・私は別に構わないけど。ベッドは二つしかないわよ?」
「だって!匂坂君も、いいよね!?」
「えっ!?う、うん・・・」
彼女の提案に一華は若干面食らった表情を見せていたが、その二人の姿を見比べると呆れるように吐息を漏らし、渋々了承する意向を伺わせる。
そんな彼女の言葉に飯野は匂坂へと迫ると、もはや有無も言わせずに同行を認めさせていた。
「お、おい!巡!誰かと一緒にいたいんなら、俺が・・・!」
自分とは違う男についていこうとしている恋人の姿に、滝原は慌てて声を上げる。
しかしその声は、最後まで言い切ることはなかった。
「恋君は私と一緒だよね?ね、れーん君?」
「恋君はわ、た、し、を、守ってくれるんだよね?そうだよねー、れんれーん?」
彼はその両脇を固める二人の女性によって、伸ばそうとした腕ごと捕まえられ、引き戻されてしまっている。
その二人の女性は滝原の身体に自らの身体をすりすりと擦り付けては、その存在を大いにアピールしていた。
「あぁ?恋君は私と一緒にいるって言ってるんですけど?」
「あらあら・・・年を取ると耳も遠くなるのかしら。恋君がさっき、私を守ってくれるって誓ったのを聞いていなかったのかしら?」
彼女達は滝原の両手をがっちりと固めると、それぞれに自分と彼が一緒に過ごすと主張している。
しかしその言葉を耳にした滝原は、どこか戸惑うように彼女達の顔を見比べていた。
「い、いや・・・俺はそんな事、言って―――」
「「恋君は黙ってて!!」」
「あ、はい」
彼女達の勝手な言い分に、自分はそんな事は言っていないとささやかな主張を述べた滝原は、すぐにその二人によって黙らされてしまう。
そんな彼の姿を遠くから見詰めている者が、ここにいた。
「そんなんだから・・・」
西棟へと向かう通路の手前に立ち止まり、滝原へと目を向けている飯野は、そんな事を一人呟いている。
その近くには匂坂もいたが、先を進む一華とはもう随分、距離が開いてしまっていた。
「やっぱり戻った方が・・・」
「え?何で?ほら、行こ行こ!」
彼女の後ろ髪を引かれている様子に、匂坂は戻った方がいいじゃないかとそっと語り掛ける。
そんな匂坂の言葉に、何の事かさっぱり分からないとすっ呆けた飯野は、彼の背中をグイグイと押すと、何かを誤魔化すように先を急ぎ始めていた。
「っ!危ないな・・・」
「あ、ごめんなさい!」
先ほどの自分の振る舞いを誤魔化したい飯野は、前方の事など確認もせずにどんどんと進んでいく。
そんな彼女は当然、前方からやってきていたフードを被ったひょろ長い男の事など気づきもしない。
正面からぶつかりそうになり、慌てて横へと避けたその男は、彼女達へと文句を呟く。
その声にようやく彼の存在に気づいた飯野は顔を上げると、その男に向かって謝罪の言葉を張り上げていた。
「なっ・・・!あいつは、まさか・・・あの時の」
ちょっとしたトラブルに、そのまま通り過ぎようとしていた男はしかし、正面からはっきりと目にした飯野の顔に、電撃に撃たれたようにその場に立ち尽くしてしまっていた。
「あと少し、あと少しだってのに・・・ふふ、ははは、はははははっ!そうかいそうかい、逃がしはしないって事か!!」
ぶつぶつと何事か呟いていた男は、いつか一人で笑い声を漏らし始める。
やがてそれは自らを嘲笑うような響きに変わり、男は一人何かに納得するかのように拳を叩く。
「分かってる、分かってるさ・・・そのためなら、俺は」
男は元々向かっている方向から踵を返し、飯野達が向かった方へとふらふらと進んでいく。
「あいつを、殺す」
そうして彼は、明確な殺意を告げる。
そんな呟きと共に彼の姿もまた、廊下の向こうへと消えていってしまっていた。
殺人鬼が現れたロッジで、警察を呼ぶ事も出来ず逃げ場もない。
そんな状況を知れば、重苦しい雰囲気にもなってしまう。
そうした状況にもかかわらず、一人さっさとこの場を後にしようと声を上げる者がいた。
その声の主、九条一華はその場で身を翻すと、自らの部屋がある西棟へとさっさと帰って行こうしていた。
「お、おい!一人になるつもりかよ!?そりゃ、流石に不味いだろ?」
「そう?あの・・・殺人鬼って言っていいのかしら?殺人鬼はそれほど屈強に見えなかったし、私一人で大丈夫じゃないかしら?それとも貴方、ここで皆、肩寄せあって一夜を過ごす気?私は嫌よ」
こんな状況で自ら一人になろうとする一華に、力也も流石に驚きそれを制止しようとする。
そんな彼の言葉に、彼女はそもそも今回現れた殺人鬼は恐れるに値しないと話し、そんな事よりもここで一夜を過ごすほうが嫌だと語っていた。
「そりゃ、そうだが・・・しかしな、姉貴」
「はいはい、分かったわよ。それじゃ、誰か連れて行けばいいんでしょ?じゃあ・・・あなた、ついて来なさい」
そんな彼女の言葉にも心配そうな力也に、一華も折れたようで誰を連れて行くことで折り合いをつける。
そうして彼女はロビーへと視線を向け、そこにいた一人の青年へと呼びかける。
「僕、ですか?」
「そうよ、貴方よ貴方。一晩、私の身を守りなさい。それぐらい、簡単な事でしょう?あぁ、安心なさい。報酬なら弾むわよ」
一華に指名されたのは、不安そうにテレビのニュースを眺めていた匂坂であった。
突然の使命に戸惑う彼に、一華はちゃんと報酬も払うと説明すると、もはや了承を受けたと部屋に戻ろうとする。
「あぁ、それと・・・貴方が望むなら、一回くらい付き合ってあげてもいいわよ?勿論、貴方がこんなおばさんに欲情するならだけど」
部屋へと向かう途中に足を止めた一華は、顔だけを振り向かせると細めた瞳で匂坂にそんな言葉を告げる。
彼女の瞳は冗談めかした輝きを見せていたが、その柔らかいカーブを描いた唇ははっきりと欲望で濡れそぼっていた。
「えっ!?えっと、それは・・・」
「ふふっ、冗談よ。それで、来てくれるの?」
一華の提案に始めから乗り気であり、そちらへと歩き出そうとしていた匂坂も、その誘いには面食らい戸惑ってしまう。
そんな彼の表情に、一華は冗談だと意味ありげに笑みを漏らすと、こちらは冗談ではないのだともう一度、ついて来てくれるかと尋ねていた。
「それは、まぁ・・・僕でよければ」
再びの一華の提案に匂坂は頷くと、そちらへと歩み寄って行く。
その彼の姿に一華もまた満足げに頷くと、彼がこちらまでやってくるのを待たずに先に進もうとしていた。
「ちょっと!匂坂君、本気なの!?」
そんな二人に、制止の言葉を叫ぶ者がいる。
それは彼らのやり取りをそのすぐ傍で見ていた、飯野巡であった。
「えっ・・・まぁ、こんな状況で女性を一人にする訳にもいかないし」
「ふーん・・・そんな事言って、本当は期待してるんじゃないの?」
「ち、違うって!?僕はただ・・・」
彼女はどうやら匂坂が、一華の色香に惑わされてほいほいついていくものと考えているらしく、それが気に入らないと彼へとジト目を向けている。
彼女がそれを疑うのも、無理はないだろう。
一華は匂坂達より一回りは年上であったが、その容姿はかなり整っており、重ねた年月は大人色香として昇華されている。
そんな彼女の姿を見れば、匂坂がその色香に惑わされたと考えるのも当然の事のように思われた。
「私もついてきます!別にいいですよね!?」
匂坂の煮え切らない態度に痺れを切らした飯野は、右手を掲げると大声で一華へと呼びかける。
それは、自分も彼女についていくというものだった。
「・・・私は別に構わないけど。ベッドは二つしかないわよ?」
「だって!匂坂君も、いいよね!?」
「えっ!?う、うん・・・」
彼女の提案に一華は若干面食らった表情を見せていたが、その二人の姿を見比べると呆れるように吐息を漏らし、渋々了承する意向を伺わせる。
そんな彼女の言葉に飯野は匂坂へと迫ると、もはや有無も言わせずに同行を認めさせていた。
「お、おい!巡!誰かと一緒にいたいんなら、俺が・・・!」
自分とは違う男についていこうとしている恋人の姿に、滝原は慌てて声を上げる。
しかしその声は、最後まで言い切ることはなかった。
「恋君は私と一緒だよね?ね、れーん君?」
「恋君はわ、た、し、を、守ってくれるんだよね?そうだよねー、れんれーん?」
彼はその両脇を固める二人の女性によって、伸ばそうとした腕ごと捕まえられ、引き戻されてしまっている。
その二人の女性は滝原の身体に自らの身体をすりすりと擦り付けては、その存在を大いにアピールしていた。
「あぁ?恋君は私と一緒にいるって言ってるんですけど?」
「あらあら・・・年を取ると耳も遠くなるのかしら。恋君がさっき、私を守ってくれるって誓ったのを聞いていなかったのかしら?」
彼女達は滝原の両手をがっちりと固めると、それぞれに自分と彼が一緒に過ごすと主張している。
しかしその言葉を耳にした滝原は、どこか戸惑うように彼女達の顔を見比べていた。
「い、いや・・・俺はそんな事、言って―――」
「「恋君は黙ってて!!」」
「あ、はい」
彼女達の勝手な言い分に、自分はそんな事は言っていないとささやかな主張を述べた滝原は、すぐにその二人によって黙らされてしまう。
そんな彼の姿を遠くから見詰めている者が、ここにいた。
「そんなんだから・・・」
西棟へと向かう通路の手前に立ち止まり、滝原へと目を向けている飯野は、そんな事を一人呟いている。
その近くには匂坂もいたが、先を進む一華とはもう随分、距離が開いてしまっていた。
「やっぱり戻った方が・・・」
「え?何で?ほら、行こ行こ!」
彼女の後ろ髪を引かれている様子に、匂坂は戻った方がいいじゃないかとそっと語り掛ける。
そんな匂坂の言葉に、何の事かさっぱり分からないとすっ呆けた飯野は、彼の背中をグイグイと押すと、何かを誤魔化すように先を急ぎ始めていた。
「っ!危ないな・・・」
「あ、ごめんなさい!」
先ほどの自分の振る舞いを誤魔化したい飯野は、前方の事など確認もせずにどんどんと進んでいく。
そんな彼女は当然、前方からやってきていたフードを被ったひょろ長い男の事など気づきもしない。
正面からぶつかりそうになり、慌てて横へと避けたその男は、彼女達へと文句を呟く。
その声にようやく彼の存在に気づいた飯野は顔を上げると、その男に向かって謝罪の言葉を張り上げていた。
「なっ・・・!あいつは、まさか・・・あの時の」
ちょっとしたトラブルに、そのまま通り過ぎようとしていた男はしかし、正面からはっきりと目にした飯野の顔に、電撃に撃たれたようにその場に立ち尽くしてしまっていた。
「あと少し、あと少しだってのに・・・ふふ、ははは、はははははっ!そうかいそうかい、逃がしはしないって事か!!」
ぶつぶつと何事か呟いていた男は、いつか一人で笑い声を漏らし始める。
やがてそれは自らを嘲笑うような響きに変わり、男は一人何かに納得するかのように拳を叩く。
「分かってる、分かってるさ・・・そのためなら、俺は」
男は元々向かっている方向から踵を返し、飯野達が向かった方へとふらふらと進んでいく。
「あいつを、殺す」
そうして彼は、明確な殺意を告げる。
そんな呟きと共に彼の姿もまた、廊下の向こうへと消えていってしまっていた。
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