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それは吹雪の中で始まる

それぞれの思惑 2

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「一華と力也もここに。今ならうまくいけば・・・ひぇぇぇぇ!?殺されるぅぅぅ!!?」

 九条の名を持つ者が、ここに一堂に会している。
 それはまたとない、復讐のチャンスだろう。
 匂坂はそう判断すると、情けない声を上げながら逃げ出し始めていた。

「何、この子?一体何なの?」
「ちっ、そういやこいつもいたな。おいっ、勝手に動いてんじゃねぇよ!」

 お互いの腹を探るのに夢中であった姉弟は、その近くで蹲っていた匂坂の存在を感知していなかった。
 彼らの脇を通り抜けて部屋から出て行く匂坂に、力也は腕を伸ばすがそれが間に合うことはなかった。

「あっ!続きをやるの!待て待てー!!」

 そんな匂坂の姿に、歓声を上げる者がここに一人、いた。
 その一人、チェーンソーを手にする血塗れの少女は、遊びの続きが始まったと嬉しそうに笑いながら、彼の後を追おうと駆け出していく。

「ふぅん、そう動くの・・・きゃあ、怖い!!このままじゃ、殺されてしまうわー!」
「あ、てめぇ!何一人で、助かろうとしてんだ!!そんな柄じゃねぇだろ!さっさとそこを開けやがれ!!」
「嫌よ。だって、怖いじゃない」

 半壊したドアを挟んで力也と会話していた一華は、迫り来る血塗れの少女の姿にわざとらしい悲鳴を上げると、慌ててそのドアを掴んで力也の退路を塞いでしまう。
 そんな一華の振る舞いに、力也はふざけるんじゃないと叫ぶが、彼女はこんな状況ならばそうした行動を取るのもおかしくはないと、すっ呆けて見せていた。
 兄である要が死んだ今、遺産相続の最大のライバルはこの弟、力也なのだ。
 それを排除するチャンスを、彼女が見逃す筈もない。
 塞がれたドアをドンドンと叩いては、さっさと開けろと迫る力也に、一華は怖くてとてもそんな事は出来ないと、全力でそれを押さえつけていた。

「・・・今なら」

 そして、そんな復讐のチャンスを匂坂は見逃さない。
 彼は逃げている間も手放していなかったナイフを再び閃かせると、その狙いを定める。
 それは今もドアを押さえている、一華の首筋であった。

「何か、騒がしくねぇか。おいサブ、お前見てこいや」
「い、嫌っすよ兄貴!さっき悲鳴が聞こえたじゃないですか、きっと危ない事ですって!」
「あぁ?だから様子を見に行くんだろうが!ちっ、使えねぇな・・・じゃあ、おっさん。あんたが行ってきて」

 しかしそんな彼の計画も、周囲から聞こえてきた声によって阻まれてしまう。
 廊下の向こうから、こちらの様子を窺うような話をしている柄の悪い声の主は、先ほど大助達から金を取り立てようとしていた男だろう。
 兄貴と呼ばれたその男から様子を見に行くように言われたサブは、危険だと怯えては難色を示している。
 そんな彼の様子に、兄貴と呼ばれた男は別の同行者へと話題を振っていた。

「わ、私がですか?しかし・・・」
「おい、おっさん。断れる立場かよ?」
「そ、そうですね・・・分かりました、見てきます」
「分かりゃいいのよ、分かりゃ」

 彼に話題を振られたのは、あの家族連れの父親、大助であろう。
 かれもまたサブと同じように難色を示していたが、借金という負債を抱えるその立場に、断ることは許されない。
 そう兄貴と呼ばれる男に凄まれた大助は、すごすごとこちらへと歩み寄ってきていた。

「ついてこないでよ!!さっきの二人の所に行けばいいでしょ!!」
「ち、違うんだって、巡!あの二人とは、ちょっと遊んだってだけで・・・本命は君なんだ!!」
「ふーん、そうなんだ。でもどうせ、あの二人にも同じ事言うんでしょ?私、そういうの許せないから」

 近づいてくる父親とは反対の方向から、騒がしい声が響いてくる。
 それはどうやら、なにやら揉めている様子の滝原と飯野の声であった。
 これまでの滝原の様子から、容易に痴情の縺れだと想像出来る会話を繰り広げながら、その声は段々とこちらへと近づいてきていた。

「ちょ、ちょっと待って、巡!!とにかく一旦待った方がいいって、そっちは危ない!!」
「・・・三股を掛けるようなケダモノと、一緒にいる方が危ないんじゃない?」
「い、いや!そういう話じゃなくて!本当に危ないんだって!!」

 先ほどの悲鳴を耳にしたのだろうか、そっちにいくのは危険だと訴える滝原に、飯野はそんな彼の方が危険だと皮肉っている。
 滝原はそれでも危険を訴え続けていたが、飯野はそれに聞く耳持たないと、ずんずんと足を進めていってしまっていた。

「・・・ここでは、不味いか」

 集まってくる人々に、匂坂は静かにナイフをしまう。
 彼の視線の先では、ギシギシと押さえつけているドアが軋み、今にもそれを押し破られそうとなっている一華の姿があった。

「洒落になってねぇぞ、姉貴!!くっ、奴が・・・」
「・・・往生際が悪いわね。そのまま大人しく、殺されればいいのに・・・」

 後ろへと迫っているのだろう少女の存在に、力也は出入り口を塞ぐドアを一層激しく揺さぶっている。
 そんな彼の抵抗に、一華はもう諦めて大人しく殺されればいいのにと、ぼそりと呟いている。
 しかしそう口にした彼女の表情も、そう余裕のあるものではなかった。

「こんな所で死んでたまるか!!うおおぉぉぉっ!!!」
「きゃあ!?」

 追い詰められた状況に、力也はその鍛え抜かれた肉体の力を解放する。
 雄叫びを上げながら突進してきた彼の力を、一華の細い身体では支えきれる筈もない。
 ぶち破られたドアに彼女は下敷きになり、その上へと力也の大柄な身体が振ってきていた。
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