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それは吹雪の中で始まる

家族の事情

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「っ!す、すみません!!」

 慌ててトイレから飛び出してきた匂坂は、同じく慌しくそこへと向かう男と、危うくぶつかりそうになってしまう。

「い、いえこちらこそ!あれ?あなたはさっきの・・・」

 やたらと慌てた様子でトイレに駆け込んでいったのは、さきほどまで彼の後方に座っていた翔の父親、大助であった。
 このロッジに訪れてから何も口にしていなかった彼が、急にお腹を壊したとも思えず、匂坂は彼が何故それほどまでに急いでいるのかと疑問に感じてしまう。

「おい兄ちゃん!ちゃんと前見て歩かんかい!!」

 それも、彼に続いてぶつかりそうになってしまった男の姿を見ればすぐに分かる。
 その男はべったりと油を塗りつけた髪を全て後ろへとやり、派手な色のスーツを身に纏った、一目でそちらの筋だと分かる男であった。

「ひっ!そ、その・・・気をつけます!」
「分かれば、ええんや。おい、サブ!!なにてめぇまで、こっち来てやがんだ!!」

 そんな男に睨まれれば、一般人でしかない匂坂が萎縮してしまうのも仕方のないことだ。
 慌てて頭を下げ、以後気をつけますと宣言する匂坂に満足そうに頷いたその筋の男は、後ろを振り返ると声を荒げる。
 その先には彼よりは幾分雰囲気が柔らかいが、しかしやはりチンピラ風な金髪の男がやってきていた。

「えっ?あのおっさんを追かけるんじゃなかったんすか、兄貴?」
「そんなもん、俺一人いりゃ事足りるだろうが!てめぇは向こうで、あのババアを見張るんだよ!!こんぐらい、言われなくても分かりやがれ!このだぼがぁ!!」

 兄貴と呼ばれた男の怒鳴り声を受けても、そのサブと呼ばれたチンピラ風の男はどこか惚けた表情を見せていた。
 そんな彼の姿に苛立ったのか、兄貴と呼ばれた男はさらに声を荒げさせると、その最後に彼の顔面へと拳を叩き込んでしまっていた。

「おらぁ!返事はどうしたぁ!!」
「は、はひ!すくにむひゃいます!!」

 兄貴の拳を思いっきりその顔面で受け止めたチンピラ風の男、サブは口の中を切ってしまったのかそこを痛そうに押さえている。
 そんな彼も、その痛みを与えてきた男がさらに拳を固めている様子を目にすれば、もはやその場に留まっていることも出来ず、慌てて駆け出していっていた。

「ありゃ、間違いなくやーさんだぜ。怖い怖い」
「・・・そうなんですか?」

 匂坂と共にトイレから出てきた滝原は、当然のようにその現場にも居合わせている。
 そんな彼は自然と匂坂の横に並ぶと、立ち去っていったチンピラ風の男に目をやりながら、自らの感想を述べていた。

「間違いない間違いない。いや俺も昔、借金取りに追われててさ。そん時はあんな感じの奴らに追われたもんよ?そん時は女に金出させて何とかなったんだけどさ・・・いや~、ああはなっちゃ駄目だね」
「はぁ・・・そうですか」

 自らの経験を踏まえ、彼らが借金取りであると断定する滝原に、匂坂は彼が語るエピソードの余りの屑さに呆れた声を漏らしていた。
 彼の言う通り、彼らは借金取りなのだろう。
 そう考えれば、あの夫婦がやけに外を気にしていた理由にも納得がいく。

「・・・関係、ないか」

 しかしそんな事情を知った所で、彼に出来ることなど何もない。
 そう、匂坂は呟いていた。
 それは感情的にも、金銭的にも仕方がないことだろう。
 ましてや、彼には別の目的があるのだから。
 そしてその目的は、彼がロビーへと戻った事でよりはっきりとする。
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